《遠い距離》
―ちあき視点―
夜、ブン太に電話で呼ばれて来たのは1階のラウンジだった。
遠くから見たブン太はただじっと天を仰いでいた。
『ブン太?』
「ん?あ、呼び出して悪いな。」
『ううん?どうかしたの?』
そう尋ねるとブン太は顔を歪めて下を向いた。それほど深刻なことなのか、と不安に思い、ブン太に近寄った。
『ブン太…?』
「ちあき…俺、言わなくちゃいけないことがある。」
『なに?』
「俺――」
手を握られた時、胃が縮まるような感覚に陥った。
ブン太の目が私をしっかり捕らえて逃がさなかったから。
「ちあきが好きだ。」
『…え?』
この時の彼が言った好きの意味はちゃんとわかってた。
思ってもいなかった告白にただ驚くしか出来なくて、なんて返事すばいいのかわからずにたたずんでいた。
「ったー!すっきりしたー!」
先とは違うブン太のいつも通りの声にびっくりして身体がビクリと反応した。
心臓に悪いよ。
「なんとなくさ。ちあきに悪い気がして…」
『なんで?』
そう聞いたけど、笑ってはぐらかされてしまった。
小さい頃から一緒だったブン太を男の人として強く意識したことはなかった私。ブン太からの告白は複雑だった。
「別にちあきと恋人になりたいわけじゃねーから安心しろい。」
ブン太は私の答えを一切聞こうとはしなかった。まだ答えらしきものをなにも言ってないのに…。
「…なーんてな!どぉよ、ちょっとはドキッとしたか?」
『っ、』
明るく振る舞っているけど、これはわざとだとわかるから胸が痛む。
ずっと守ってくれたブン太を私は傷つけるの?
信じられない。
「ちあきが元気になってくれれば…俺はそれでいいわ。ちあきが俺を頼るなら、俺は喜んで尽くすぜぃ。」
『ずるいよ…私、どうしたらいいの?』
ブン太にそう尋ねた。
自分が傷付けられた側だったのにいつの間にか傷付ける側になってるなんて嫌だ。
ブン太が相手なら尚更。
「あれは忘れろ、」
『ブン太…』
「ちあきに冗談かまして笑えばな、って思ったんだ。マジで。いや…冗談じゃなかったけどな。」
あれというのはたぶん告白のことだろう。彼は立ち上がると頭をポンポンと軽く叩き、私に背を向けた。
「肝試し行かねぇとだから行くわ。」
『……うん、』
「なぁ、ちあき?」
『なに?』
「……俺の告白聞いてちょっとはドキッとしたか?」
ブン太…。
私をどれほど大切にしてくれてるのか伝わったよ。私が悪者にならないよう、わざわざ気遣ってくれなくていいのに。
『うん……した。』
「……バーカ!冗談キツイぜい。」
ブン太は私に笑ってくれたのに肝心な時に自分が笑えない。涙が溢れて苦しくなって――
「お、おい…ちあき?」
泣きたいのはブン太の方だろうに、私はなんて汚いんだろう。苦しいのはブン太だろうに私はなんで彼をさらに苦しめるんだろう。
『ごめん…ごめんねブン太……』
「……おう。」
肩を引き寄せて抱いてくれた。すっかり、彼の体(胸板)は子供臭さが抜けきっていた。その体で支えて私を泣かせてくれた。
「俺、ちあき泣かしたくて言ったんじゃないぜい?」
『わかって、るけど…』
「ま、今はいいか。俺のために泣いてくれてんだもんな?」
もし、私がブン太を異性として見ていたなら、こんなに苦しまなかったのかな?
でも、まさか彼が私を異性として見ていてくれていたなんて思いもしなかったんだよ―――。
「じゃ、行くわ。」
『うん、』
私が落ち着いたころ、ブン太は芥川くんの提案でマネージャーを交換して行う肝試しに出掛けて行った。
楼兎ちゃんがブン太や幸村くん、切原くん、そして雅治と歩くらしい。
肝試しは2日にかけてする予定で私が氷帝メンバーと歩くのは明日だった。
なんとなく腫れぼったい目で屋敷に帰ると食堂から優雅な香りが漂ってきた。
それに吊られて歩いていくとそこには真田くんや柳くん、柳生くんがいた。
「おや、どこかへ行っていたんですか?」
『うん、ちょっとね…』
「私有地だとはいえ油断は禁物だぞ矢倉。」
真田くんは心配してそう言ってくれたみたい。有り難いわね。
『明日って、天気はいいのかな?』
「先程の話では雨の予報はないようですから安心してください。」
柳生くんにそう言われ、中止という方面で少し期待していたからなんとなくがっかりした。
「矢倉が暗闇に苦手意識を働かせいる確率86%。」
どうやって確率が出るの?なんて内心、彼――柳の思考回路を疑った。
確かに暗闇は怖いから中止になればと思うけど今の話では無理そうだ。でも、中止を願った理由はそれだけじゃない。
景吾と歩かなきゃならないなんて憂鬱の中の憂鬱だ。守ってくれる、というブン太はいないし。
『…そういえば、真田くんは肝試しに行かなかったの?』
「そんなくだらないものに参加などするものか。」
『真田くんらしい。』
彼に話しかけて返ってきた答えに力なく笑うと真田くんは小さなため息をついた。
「矢倉、なにかあったのか?」
今日一日のことを彼は見ていたのかもしれない。
そういうことにちょっとだけ疎い彼になにがあったかはわからないみたいだけど敏感だなと思う。
『答えなんて初めから決まってたはずなのに…いざとなると迷ってる自分がいるの。』
「俺に恋愛相談をする奴はなかなかいないぞ。」
彼は不慣れな相談を持ち掛けられて少々困惑気味だった。私だって、まさか真田くんに相談するなんて思わなかったよ。
「そうだな…好きな食べ物が目の前に並ぶと悩むものだ。」
『まぁね…』
「それと同じだ。」
その話だとつまり、私がみんな好きみたいじゃない。
いや――私はきっとみんな大好きだ。
景吾は今更再会したところでなにもない――恨んだりしてないとはいえ、やっぱりドキドキした。
ブン太だって幼なじみだと思ってたけど、急に告白されて急に遠い存在になった気がして切なさに胸が痛んだ。
雅治は見てるだけでドキドキしてて、いつこっちを見るだろうか、なんて期待を寄せて見つめてる。
「どれも好きかもしれん。ただ、どれを食べるかは矢倉の自由だ。」
『一番最初に食べたのが一番好きなものってこと?』
「そうとは限らん。一番好きなものを最後に取っておく奴もいるからな。」
恋がこんなに大変なんて私は今まで思いもしなかった。
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