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《もう子供じゃない》
―ちあき視点―


そう遠くない辛い過去を思い出すことになってしまった。

また完全に傷は癒えていないのに。


『(目が離せない…)』


彼が私の目を捕らえている。理由はわからないけど、そのせいで身動き取れないでいる。


「……ちあき、」


みんなが楼兎ちゃんに案内されて歩いて行く中、私と景吾だけがその場に残った。

まるでその場に残れ、と促されたみたいに目を反らせなかった。

声をかけられたときには身体が硬直したみたいに動けなかった。


『ひ、さしぶり…』

「まさか、おまえがマネをしてるなんてな…こんなところで世話になるとも思ってなかったぜ。」

『……私もまさか景吾主催の合宿だと思わなかった。』


景吾は私に一歩、また一歩と近づき、手を延ばしてきた。

それで固く目を閉じて恐れを感じていると誰かの足音が聞こえてきて、それが目の前で止んだ。


「やめろよ。」

「……」

『ブン太…』


ブン太が助けに来てくれた。

目を開けば私の前に立って景吾を遮って敵対してくれていた。

私がいないことに気づいて戻ってきてくれたのかもしれない。


「ちあきに構うな。跡部はちあきに近づく権利はないだろ。」

「ならおまえにはあるのか?」


ブン太の発言に景吾の表情が曇ったかもしれない。

私の位置からでは景吾の顔は見えないけど声でわかった。


「ある。」

「……」

「俺はちあきにちあきを守るって約束した。だからある。」


権利があるとかないとかで揉める理由はいまいちわからなかった。

ただ、ブン太が来てくれただけで安心して涙が零れそうになった。


「行くぞちあき。」

『う、ん…』


私の手を握り、ひいて行く様を後ろから見ていると自分が子供になった気分になる。

それだけ彼の背中がたくましく見えたということ。

それだけ彼が男の人だと意識したということだ。


『(あのブン太が…)』


幼い頃、ブン太は髪色のことでよくからかわれ、泣いていたことがあった。

彼といつも一緒だった私は彼の手を握り、慰めながら引いて歩いた。

懐かしく思うくらい遠い記憶と化していたにしても、まさか当時と逆のことが生じるなんて思いもしなかった。


「ちあき。」

『ん?』

「俺、ちあきが好きだから絶対守る。…約束する。」


ブン太の言葉の意味は正確に読み取れなかった。

“好き”という言葉には色々な意味が含められるからだ。


『じゃあ…さっきはわざわざ戻って来てくれたの?』

「ちあきの姿が見当たらなかったし、跡部がこの屋根の下にいる限り安心できないからな。」


こんなに自分を思って守ってくれるブン太だけど、ただの幼なじみにここまでしてくれる人なんて他にいるんだろうか?

ブン太以外の幼なじみはこんなにしてくれないかもしれない。


「跡部が相手の時はちあきを守るのは俺だ。」

『他の人が相手なら守らなくていいの?』


ブン太の言葉に対して浮かび上がった疑問を投げかけた。

軽い気持ちから疑問を投げ掛けたけど、後で後悔した。

しかし、それに対しての答えは返ってこなかったからその時だけは安心した。


『……なんか、ブン太じゃないみたい。』

「は?」

『昔はさ。私がブン太の手、引いてあげてたんだもん。女の子みたいだ、ってからかわれては泣いてたじゃない?』

「あれはガキん時の話だろ!」


そう。

私は彼の背中をこんな間近で見たことがなかった。

そのせいで今すごく緊張してて心臓が口から飛び出そうなくらいバクバクしてる。


「俺は俺だろい。」


ちょっと不機嫌そうに言ったブン太は立ち止まると私を振り返り見てこう言った。


「俺、昔とは違うんだぜ?あの頃と比べもんにならないくらい強くなったし…」

『いつまでもあのままなら私ちょっと困るよ。』

「成長してんだよ。ちあきだって。」


ブン太は私の頭に手を軽く乗せると子供をあやすように撫でてきた。

でも、バカにされてるとは思わなかった。

どちらかといえば、愛しまれてるような――…。


「女って脆いところあるじゃん?だから男が守ってやるんじゃん?」


どうしちゃったの?

彼はこんなに胸が熱くなるようなことを言う人ではなかったのに、いつの間に私が知らないブン太になったの?

まるで――…。


『そう、かもね…』


気まずく返事をしてしまった。

どう返事したらいいかわからなかった末、動揺だけがおもむろに現れてしまったみたい。


「やべ、遅れを取ったな。」


ブン太はみんなとはぐれる、と話を切り替えして足を進めた。

それから間もなく、彼は少し前に私が投げ掛けた質問に答えてくれた。


「さっきの話…」

『え?』

「ちあきが守れと言うなら、全ての男から守ってやる。」

『(ブン太…もしかして……)』


まるで――…あなたが恋をしてるみたいに見えて、ただ振り向かないことを私は願ってたの。

この顔が赤いこと、知られたくなかった。

――誰にも。





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