《恋人のように》
―ちあき視点―
雅治の言葉に幸せをさえ感じた。私のためにこんなに尽くしてくれる友達は滅多にいないだろう。
「お疲れさん。」
『雅治こそお疲れ様。』
「ん、」
朝練を終えて部室を出たところで雅治は待っていてくれた。そこで少し会話を交わした。
「じゃ、行きますか。」
そう言うと彼に手を差し出された。
その手を見て雅治を見れば、その手を握るように目で促された。
静かにその手を取り、手を繋いだまま互いに顔を見合わせた。そしてふと笑った。雅治の暖かさを感じて安心したから。
「なんだよアイツら。付き合ってんのか?」
「ジャッカルは恋愛に疎いからね。ふふ、」
「(疎い…俺は本当に付き合ってんのか聞いたんだが。)」
周りの目を気にしないわけではなかった。とはいえ部員(さっきはジャッカルくんと幸村くん)から注目を集めても怖くはなかった。
私にすれば校舎に入るのがなにより怖い。校舎を前にして立ち止まった私を見て雅治は尋ねてきた。
「怖いか?」
『…平気。雅治がいるし。』
「いい答えではあるが不安そうな顔しとう。」
『……ごめん。やっぱり怖い。』
素直に認めろと言われた気がしてそう言うと頭に手を載せてきた。
「素直なのが一番じゃ。」
雅治が歩き出したのに合わせて私も歩き出した。教室へ行くちょっとした距離で多くの生徒から見られた。
『雅治。みんなに見られてる。』
「俺にしたら好都合じゃ。(悪い虫がつかんくてのう。)」
もちろん、先に教室にいたブン太にも。
「なんだよ手なんか繋いじゃって。」
「言わんとわからんのか?」
「………」
ブン太がどう思ったかはわからない。私はそんなことよりブン太にお礼を言うことで頭がいっぱいだった。
『あの…ブン太、昨日ありがとね。』
「あ、おう。おばさんよくなったってな。よかったじゃん。」
ブン太の言葉でお母さんに会ったと改めて知った。ブン太のことだからお母さんを心配したのだろう。私が嘘をついたことなんて知っているだろうに知らない振りをしてくれるのはブン太の優しさだと思った。
『ありがとう。』
「なんかあったらまた言えよ?」
『うん。』
私はいつからブン太を頼らなくなった?
昔からなにかある度にブン太に話していたのに今そのポジションは変わってしまったのだろう。
私は雅治にもお礼を言って昨日のホームルームで席替えして新しくなった自分の席を目指した。ブン太の席(窓辺の一番前)と同じ列で窓辺の一番後ろになった。
私が席にたどり着いてからも雅治とブン太の会話は続いていた。
「仁王、俺はなにも聞かねぇかんな。」
「おーおー疑い深いこと。なんなら今ここで証拠見せちゃるぜよ?」
「いい。見たくねぇし。」
「悪いが、ブン。負けん気はしないんよ。それはおまえが参戦してこんからじゃ。」
「……参戦出来るかよ。」
「すればいいに。」
「出来たら苦労はしねぇよ。ただ、俺はまだおまえにちあきを渡すつもりはねぇよ。(跡部のことがまだ引っ掛かるし。)」
小声だからなにを話しているかはわからなかった。私は前の方で話している二人を見ていたから気付かなかった。
一つの石が近くの窓に目掛けて飛んできていることを。
「言うとることとしとうことが一致しとらんし――…っ、ちあき!」
『え?』
ガシャーン!!
そう大きな音を立てて窓ガラスが割れた。同時に衝撃を受けた。
「ちあき、平気?」
『う、うん…びっくりした。』
「ちっ、逃げたか。」
ガラスから守るため、雅治が走ってきて私を抱きしめたのだった。一瞬の出来事になにに驚いているかわからなかった。
このどきどきはなんだろう。
窓から外を見た雅治を見てさらに鼓動の早さが増した気がした。
『石、よくわかったね。』
「窓向いとったから見えたん。(あれだけコントロールよければソフトボール部か。)」
『雅治、血出てる!』
見れば頬骨辺りに血が滲んでいた。たぶんさっきのガラスが飛び散ったときに切ったんだろう。
「これくらい平気じゃ。ちあきに怪我なくてよかっ「ちょ、ちあき平気!?」
そう言った雅治を押し退けて依央が心配して飛んできた。なんともないことを聞いて安心したみたい。
「まさかファンクラブの子?仁王に近づくヤツにはなにしてもいいっての!?バカバカしい!そこまで仁王に尽くす価値がどこにあるのよ!!」
「傷つくのう依央。」
「なんにしてもちあきに怪我なくてよかったよー!」
「無視か。」
『う、うん。ありがとう。』
間もなく教師が飛んできた。私のせいで大騒ぎになってしまった。肩を落としていた私を依央は励ましてくれたけど私のせいには変わりないと思う。
それを見ていたからか、雅治は私に言った。
「ちあき。俺、我慢ならん。」
『え?』
「こうまでするとは予想外じゃ。(やはり今日は許さん。容赦はしないぜよバカ共め。)」
なにをしようと言うのかわからなかったけど、かなり怒っているのはわかった。
「さて、おびき出しますか。」
1時間目の授業が片付けで潰れたのを利用して雅治は私を中庭に連れて来た。
そしてこう言った。
「俺に抱き着きんしゃい。」
『え!?』
「ちあきがしなきゃ意味がないん。犯人はきっと遠くから見てるからのう。」
『う、うん。』
言われたようにするのに近づいたはいいけど緊張していた。ぎこちなく手を延ばすと雅治が笑った。
「ちあき可愛い。」
『だって!』
「緊張しとうのは俺も一緒じゃき。」
そう言われると本当か確かめたくなって緊張してても難無く抱き着くことができた。そして胸に耳を当てた。
『雅治…?』
「うん?」
『なんかわからないけど、ずっとこのままでいたいと思った。』
「同感じゃ。」
幸せだった。
こんな学校で感じるドキドキ、景吾とはなかったから。
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