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《守りたいもの》
―仁王視点―


放課後の部活動にて。

仕事を覚えるため幸村に指示を受けて働いているちあきをランニング後のクールダウン中に見ていた。すると――


「仁王。彼女、おまえが誘ったらしいな。」


柳が涼しい顔をして近付いてきた。

俺はその問いには答えなかった。答えなくとも柳は答えを知っているからだ。


「なんで矢倉なんだ?」


追究しようとしてる理由はわかる。

マネージャーしかも女とかに興味ない俺が紹介したからだ。


「なんとなくじゃ。」

「そうか。仁王はなんとなくで人の生活を変化させるヤツなのか。」

「嫌みか?」

「とんでもない。」

「はぁ…彼女がいるおまえさんにはわからんよ。」

「同じだと思うが?キョウとこういう形で落ち着くまで少々時間がかかったものだ。」

「じゃけ、おまえさんはキョウにアタックされた側。好きになっていく側で待っとったわけじゃなかろうに。」


柳はふと笑った。

俺がため息混じりに愚痴をこぼしたからだろう。

自分もまさか恋愛を柳に説きすすめられるとは思わんかった。


「待つのはいいことだ。忍耐力が付く。それに可能性はゼロではなさそうだ。おまえからの誘いに応えた。」

「マネがやりたかっただけかもしれんぜよ?」


否定的に柳をかわした。すると柳はこんなことを引き合いにだして言った。


「先日の丸井の話では、矢倉は他校に彼氏がいたらしいな。」

「それが?」

「しかもテニス部だそうだ。言わずとも言わんとしていることが仁王ならわかるだろう。」


他校に彼氏。自分の通うテニス部のマネをすれば少なからず彼氏は敵になる。


「でも別れとう。マネは気まぐれかもしれん。」

「例えば、彼女がまだ過去となった恋愛を引きずっているとすれば、気まぐれでマネをするか?」

「引きずっとうならしないかもな。」

「答えは出た。おまえは少なからずただのテニス部員でもなければ、クラスメートでもない。」


本当にそうならいいが、あまり期待しとると外れたときに苦しむ。

しかし、柳の観察力は俺をはるかに越えるものがある。

信じられないわけでもなかった。


「彼女が欲しいなんて思ったことなかよ。」

「俺もだ。」

「じゃけ、ちあきなら彼女にしたいとは思うん。」

「俺も同じだったな。」


肩に手を載せられ、なんとなく励まされた気がした。

柳は無言だったが頑張れ、と言ったかのようにすると去っていった。

待つばかりが手ではないと思っとう。

だから軽くアタックしてる。





――その日の部活後。

部室に戻ると幸村が近付いてきた。


「今日の鍵当番は柳なんだけど変わってくれって、仁王が指名されたよ。」

「(アイツ…たく。)あぁ、了解。」


部室の鍵を預かり、着替えを終えてからベンチに座った。そして携帯を開いた。

新規でメールを作成して宛名を選択してから送信した。

するとすぐに部室の中からヴーヴーとバイブレーターの振動音が聞こえた。


『(終わったら呼んで。…て?)』


俺は部室にあるテニス雑誌を手に取り、ベンチに寝転んだ。邪魔しないようにと思った。

部誌を書くのに見られていれば書きにくいだろうとも思った。

雑誌を読んでいくらかページをめくった頃、携帯が振動した。メールを受信したのだった。

それで携帯を開き、内容を確認した。


「(終わったよ。…か。)」


身を起こし、雑誌を片付けて鞄を肩にかけた。

見ればちあきも帰宅準備が整っていた。


「帰りますか、」

『うん。待っててくれてありがとう。』

「待つんは苦痛じゃなかよ。」

『なんで?』

「いつ声がかかるか、って待っとうから。」

『疲れちゃわない?』


確かに。首がキリンみたいに長くなる。

でも、疲れない理由がある。

忠犬ハチ公は希望が実現しなかったが俺は違う。


「必ず声がかかるって思うからのう。」

『確信を持つからか。』

「例えば、待ち合わせしとうとか、約束の時間に電話してくるとか…そういうんは苦痛じゃなかよ。」


その言葉に安心したのか、ふと笑って見せたその顔があまりにも女っぽかった。

胸が弾んだ。


『でも、待たせてごめんね。』

「いいや。」

『帰ろうか、雅治。』


二人のとき、ちあきはそう呼んでくれた。

嬉しい半面、複雑な思いがあった。

気を遣わせているからだ。


「のう、ちあき。」

『なに?』

「不安か?」

『え?』

「いや、なんでもなかよ。それより早う帰らんと暗くなるぜよ。」


俺が守ってやる。

そう言えたらいいのにまだ勇気が足りんかったから逃げた。

最近、自分を情けなく思う。


『急がなくても平気だよ。まだそんなに暗くないし。』

「夜は不審者が多いん。」

『心配してくれてありがとう。今まで送ってもらってばっかりだったけど、これからは用心するし。』


遠回しに一人で帰れると言われた気がした。

でも、夜は本当に危ないし、心配で気が気じゃない。


「いや、送る。」

『だって…』

「送りたいん。」

『本当に甘えていいの?』

「俺がそうしたいん。甘えていいん。」

『うん、ありがとう。』


あらゆる危険から守りたいと思った。

だから少しでもちあきのそばにいた。

だって、ちあきは傷付いた弱いウサギみたいなんじゃ。

自分の身を守ることさえ出来ない無防備なウサギなん。





Special Thanks!

キョウお姉さま






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