《二人の世界》
―ちあき視点―
特別。
そんなこと言われたの初めてだった。
帰宅後、鏡の前に立ってみると今日あったことがあまりにも嬉しかったせいだろう、気持ち悪いくらいニヤケていた。
『(そういえば、雅治のアド知らないな。)』
着替えながら鞄に入れていた教科書や筆箱なんかを机に出していて、鞄から取り出した携帯を見て思った。
お風呂に入るにしても、布団に入っても考えるのは雅治のことだった。
『これは重症かも…』
深いため息をはきながら深い眠りに落ちていった。
次に気がついた時にはすずめのモーニングコールが聞こえた。
『……よし。』
気合いを入れて学校の支度をして家を飛び出した。いつもより軽い足取りで登校した自分はなんて単純なんだろう。
「お、今日は早いね!」
『おはよう、あすか。』
いつも登校時間が私より早い同じクラスのあすかに玄関で挨拶をした。
なんとなく足並みを揃えて教室を目指した。
「そうそう、ちあき。最近、仁王と仲良いね?」
『うん。ちょっと色々あってさ。雅治に助けられちゃった。』
「まさはるー!?ちょっと、その呼び方はヤバイよ!」
あすかの言うことはわかる。
間違いなくファンクラブのことだろう。
「ファンクラブの会長に睨まれるじゃ済まないよ!幸い、うちのクラスにはファンクラブ加入者はいないけどさ…」
あすかは気をつけなよ?と警告してくれた。
確かに女というのがいかに嫉妬深いか知っているのだから気をつけなくてはいけない。
ちょっと前までの忍足くんみたいにしおりちゃんもゆうきちゃんもみーんなカモーン!みたいな雰囲気ならファンは平等だと思うからいいみたい。
だけど逆に鳳くんみたいに彼女は一人!ウタちゃんだけが特別!というような誠実な人だとファンがひねちゃう。
(でも、ウタちゃんの場合、彼女があまりにもいい子だからファンも逆に手出し出来ないでいるみたい。)
ファンの対象になる側(景吾)も大変だと言っていたし、実際にそれを見たことがあるから余計、私は気をつけなければいけない。
「おはようさん、ちあき。」
『あ。おはよう仁王くん。』
「………」
あぁ。すごく不満そう。
『あ、あのね?』
「昨日とずいぶんな変わり様じゃのう。」
『……ほら、仁王くんで呼び慣れちゃったから。』
「まぁいいけど。」
そうは言ったけど不満そうな表情は変わらなかった。
でも、仕方ないじゃない。
私だって気をつかって毎日過ごすの嫌だもの。
『あ。そう…仁王くん。もしよかったらアドレス教えてもらえる?』
「携帯の?」
『それ以外になんだと思うの?』
「家の住所?」
『手紙書くわけじゃないし、家の住所なんていいよ。』
「じゃあ、携帯のな。(本気で驚いてしまった。情けん。)」
仁王くんは携帯を取り出してピコピコと音を立てて操作していた。
男の子でもストラップ付けてる人は多いのに彼はなにも付けてなかった。
『ストラップつけてないんだ?』
「あちこち引っ掛かるん。シンプルが一番じゃ。…赤外線でいいか?」
『うん。』
携帯の赤外線ポートを向かい合わせて間もなく、アドレスを受信した。
『私も送る?』
「メールとワンコでいいぜよ。」
『うん、わかった。』
彼にそう言われたから電話をまず掛けてみた。
すると仁王くんの携帯が着信した。
それを確認してから終話ボタンを押した。
着信履歴を見た彼は電話番号を見てこんなことを言った。
「1004…ちあきん下四桁はなんか意味あるん?」
『あ…と、うん。一応。』
元カレの誕生日。なんて言えなくて言葉を濁してしまった。
すると聞いてはいけなかったんだと感じたらしく、仁王くんは謝ってきた。
「悪い。野暮なこと聞いたぜよ。」
『ううん。』
「アドレスは後でメールくれればいい。」
『わかった。』
仁王くんのアドレスをゲットした私は席について早々、なんてメールしようか携帯を手にして考えた。
無用心に開かれた携帯を手にしていると深歩がこんなことを言ってきた。
「こんな近い距離でなんでメールしてんの?」
『え?』
「あ。見たわけじゃないからね。開けっ放しにしてたから見えたの。」
携帯の画面に覗き防止シールなんて張ってないから見えたらしい。
現時点でアドレスを選択して本文にカーソルを合わせてあるだけだったから大して問題ではないし平気。
宛先を見て深歩はそう言ったみたい。
『そんなこと深歩がするなんて思ってないよ。さっき仁王くんにアドレス聞いたから今からアド打ってメールするところなの。』
「仁王?へー。聞いたの?」
『聞いたというか…赤外線でね。』
「ならちあきも赤外線ですればいいのに。」
『メールしてって言われたの。』
「変なの。赤外線のが早くて便利じゃん。仁王にしたら受信したら登録すんの手間なのにさ。」
そう疑問を私に投げ掛けて深歩は去っていった。
確かに言われればそうだった。
メールでアドレスを送られて来ればそれを登録しなくてはいけないし、ワンコールしても手間がかかるという点では同じ。
『……よし。』
深歩のおかげでメールに書く内容が出来た。
アドレスだけ打つと味気ないから他の話題を探していたからちょうどよかった。
『(なんで私の赤外線じゃなくてワンコとメールで良いって言ったの?――と。よし、送信。)』
メール送信完了と画面に出ると無意識に仁王くんを見ていた。
彼は机の上で振動した携帯に気づくとそれを手に取った。
「……ふっ、」
メールを見てか、小さく笑ったかと思うとすぐに親指でボタンを押しはじめた。
そして、その指が止まると次は私の携帯がメールを受信して振動した。
『(なになに?……なんでだと思う?って、私が聞いてるのに。意地悪。)』
ちょっと首を傾けると視界に仁王くんが入った。
彼は足を組んでこちらを見て不敵に笑っていた。
なんとなく悔しくて、返信した。
『(記念?)』
するとしばらくすると彼から返事が来た。
『(そう。俺とちあきがまた仲良くなれた記念。着信履歴もメールも目で見える形で残るじゃろ?――そんなこと言われると…)』
その続きを内心で続きを呟いて、私は仁王くんを見た。
彼はただ私を見ていただけだけど、間違いなく私は彼に期待している。
でも、メールの内容からすれば友達の粋(いき)かもしれない。
『(じゃあ、私も記念に着信履歴欲しい。)』
そう打ってメールを返してから携帯を閉じて机の上に放った。
それから間もなく、携帯が着信してマナーモードにしているせいでヴーヴーと独特な音を立てて振動していた。
それをただ眺めていることに気付いて仁王くんを見た。
彼は私を見て携帯を耳に当てていた。
まるで電話に出ろ、と言われているようだったから。
私は仁王くんを見ながら携帯を開いたけどそれでもなお、耳から携帯を放さない彼を見たから電話に出てみた。
「初会話。」
『うん、』
「のう、ちあき?」
『なに?』
「顔見ながら電話するって変な感じするのう。」
『ホントだね。』
「着信履歴、しかと残したぜよ。それも不在やのうて通話時間まで残るん。」
そう言われて気づいた。
わざわざ、通話させるために長く鳴らしていたことに。
『ありがとう。消えちゃわないようにしなきゃ。』
「そうじゃな。俺も気をつけるぜよ。」
そう遠くない距離で電話してる私たちは端(はた)から見れば変かもしれない。
それでも私は嬉しかった。
離れていても、みんながいても、二人だけの世界にいるみたいだったから。
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