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《恋は貪欲に》
―ちあき視点―


ブン太との距離は私が素直になることで埋まった。

ただ、昔のような無邪気にじゃれあう関係には戻れそうにはなかった。

なんでだろう――…。


「なにぼーっとしとう?」

『え?あ。ごめん。早く帰りたいよね。』

「急いではないから気にしなさんな。」


部活後、部室に残って部誌を書く私の手が止まっていることを指摘してきた仁王くんの声で現実に引き戻された。

いつもより帰りが遅くなったからといって自ら鍵当番を申し出た彼には悪いことをしたと感じた。


『別に送ってくれなくても平気だよ?』


本当は一緒にいれることが嬉しいのに彼を煩わせたくない気持ちからそんな風に言った自分を内心、可愛くないと思った。


「俺が誘ったん。それを快く引き受けてくれたはいいが、それで帰宅途中でなにかあったら大変じゃ。」

『ありがとう。じゃあ、早く書いちゃうね。』


初めて書く部誌に慣れないため、前任者の書いていた内容と照らし合わせながら執筆していた。

さらにそれを無言で眺めてくる仁王くんに緊張が高まり、手が微かに震えた。


「のう?」


そのせいで彼が発した、たった二文字に全身で大きく反応してしまった。


『なに?』

「あ。いや…さっきブンに言うてたじゃろ?」


なにを聞かれるのかドキドキしていた。

ブン太に告げた一連のことに嘘はなかったからだ。


「フラれたって言うてたのう。今は好きな人がおるって…それ本当なん?」


銀色の髪の隙間から見えた綺麗な瞳はどこか怯えているように見えた。

あなたが好きです。

そう言えたら、私はどんなに苦しずに済んだか。

でも、また失恋はしたくない。

好きになりすぎて失うのが怖かった。


『あれは…』


言葉を詰まらせた私。次の言葉を待つ彼。

時計がカチカチと動く音と自分の鼓動だけが聞こえた。

仁王くんに今にも爆発しそうな鼓動が聞こえてなければいい、と願った。

意を決したその時、部室の扉がなんの遠慮もなく開かれた。


「あーだから悪いって。後で亜咲んち行ってやるって。は?泊まり?それはどうかわかんねぇけど。ん、じゃ、とりあえず後で。」


電話してたらしく、携帯電話を片手にして部室に入ってきたのは2年レギュラーの切原くんだった。

緊張の糸が切れたみたいに安堵して深くため息をついた。


「部室開いててラッキー…って、仁王先輩とちあき先輩がいたんスね。」

「忘れもんか?」

「明日使う英語のプリントをロッカーに忘れたのを思い出してダッシュしてきました。」

「そうか。」

「英語なんか勉強したかねーのに。亜咲が教えるって言うし、」

「さっきん彼女だったんか。」


そう聞いた切原くんはうるさくてすいません、なんて謝罪しながら自分のロッカーからプリントを引っ張り出した。


「あったあった!」

「見付かったんなら持ち帰ってしっかり勉強しんしゃい。」

「あー!俺が邪魔だって言いたいんスねー!?」


不満げに口元を歪めた彼は椅子の上に鞄を置いてチャックをほんの少しだけ開けるやプリントを突っ込んだ。

するとグチャグチャとプリントが音を立てた。

恐らく、彼は帰宅しても英語のプリントを広げることはないだろう。


「あ。」


切原くんの声に部誌から顔を上げると私を見ていた。

なにか書き方でも間違えたのかと勘違いした私は再度、部誌に目を落とした。


「ちあき先輩って彼氏いんだ?」

『え?』

「シャーペン。彼氏からの貰い物っしょ?」


彼の発言で部活中、幸村くんから聞いた話を思い出した。

実際、ペンをくれた彼は彼氏ではない。

そのため、返答に少々戸惑っていると切原くんがなにかを悟ったように声を上げた。


「あぁーなるへそ。」

『え?』

「やっぱり俺、邪魔だったわけか。はいはい、すいませんねー先輩たち。」


私も仁王くんもなにも言ってないのに嫌み混じりにそう彼は言うとすぐに部室から出ていった。


『変なの。切原くんていつもああなの?』

「いっつも俺をひがんどう。」

『仁王くんが好きなんだね?』

「は?」

『だって好きじゃなければ、意識してひがんだりしないじゃない。』


私の言葉が意外だったのか、彼は目を丸くして私を見ていた。


「矢倉って変わっとう。」

『それは変って言いたいの?』

「そうは言っとらん。さて、書けたなら帰るぜよ?」


ごまかされた、と感じた。でも、彼の中で私が他の子と違うと識別してくれるなら変でも構わないと思った。

…やっぱり私、変なのかも。(普通じゃない考え方してさ?)



自宅までの道中、隣を歩いてくれる彼を横目に見てすぐに前を見た。あまり見ていると変に思われるから。


『仁王くん?』

「ん?」

『仁王くんは好きな人いないの?』


さっき彼が聞いてきたことで自分も気になったのだった。

テニス部で人気が高い彼が好きだという子は少なくなかった。

その彼は誰の告白にも応じない、人に興味がないクールな人間だとみんなが言っていた。


「それを聞いてなにか参考になるんか?」


やられた。

仁王くんは私からの質問をうまく回避したと思う。

言葉巧みだからこそ、クールに見えるんだろう。


『参考って言うか、さっき仁王くんが私に聞いてきたでしょ?だから仁王くんにもいるのかなーって思っただけ。』

「なるほどね。」

『知る限りでは仁王くんモテるみたいだし、――ひゃあ!』


よそ見をして歩いていたせいか、足元にあった段差で蹴(けつま)つまずいてこけた。


「大丈夫か?」

『こんなところでこける人、私くらいだよね。』


鈍臭い、と自分をけなしながら立ち上がろうとした時、手が目の前に差し出された。

――仁王くんの手だった。


「ほら、」

『ありがと。』


掴んだ瞬間、すごい力で引き上げられ、あまりの強さにまたこけるところだった。

仁王くんは空いていたもう片方の手で私の鞄を持ってくれた。するとすぐに歩きだした。


『仁王くん。』

「なん?」

『…あの、手が…』

「あー…嫌なん?」


すんなり離してもらえると思っていたため、予想もしなかった問いに考える暇もなく素直に答えていた。


『嫌…じゃないけど。』

「なら問題なかよ。」


彼はそう言うと手を繋いだまま歩きだした。

正直に言えば、嬉しかった。

こんな展開でも彼との距離がゼロになったことで気持ちが高まった。

このまま、手を離さずにいられたら、なんて貪欲になっていた。





Special Thanks!

亜咲さま






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