《ウサギの涙》
―ちあき視点―
携帯電話が耳元でツーツーと虚しく終話の合図を告げる。
悲しい?
辛い?
怒りたい?
自分の感情さえわからず、ただオレンジ色に染まりつつある空を窓から眺め、立ち尽くしてた。
やがて、手から滑り落ちた携帯が床に痛々しい音を立て、たたき付けられた。壊れた、とか傷がついた、なんて気にすることはなかった。
『なん…で?』
そんなことより、私が満足出来る理由を教えてくれなかった彼に対してそう疑問が募った。
『なんでなの…?』
頬を伝い、ある雫が滴った。それがまさか自分の涙だとは思わなかった。
アイルイヒレンカ
急なことで自分自身、話の展開についていけず、ワンテンポ遅れて理解した私は今頃になって涙が溢れだした。
泣いて、泣いて泣いて泣いて。
『(このままここで泣き疲れて死ねたらいいのに。)』
そう、悲嘆のあまりそう嘆いた。
教室の窓からさしていた夕日はいつの間にか消え、辺りが暗くなり始めていた。それでも涙は止まらなかった。
『…っ、ひっく…うぅ、』
「お。こんなところにおった。」
それが今年の4月から同じクラスになった彼から言われた初めての言葉だった。
廊下から足音さえ聞こえなかったために急に現れた彼の声に色々と驚いた。
「大丈夫か?」
『ごめ……ほっと…いて…』
涙声で途切れ途切れに言った警告は説得力に欠けた。
それのせいか、彼はため息をついてから自分の持っていた鞄の中を漁りはじめた。視界で彼が動いているのが見えたのだ。
「ほら、」
そう差し出してきたのは一枚のタオルだった。彼はテニス部だから部活で使うためのものだったのかもしれない。
きっと部活を終えた彼は教室に用事でもあったのだろう。それでたまたま私に会った。
私たちの始まりはただの偶然だった。
『いらない、』
「涙流しっぱなしにしとうと肌が突っ張るぜよ?」
そう言った彼は私に無理矢理タオルを握らせた。
それは彼の優しさだったのかもしれない。普段なら喜べることなのに皮肉にも今は欝陶(うっとう)しく感じるだけだった。
「もう7時じゃよ、矢倉。」
『……』
「あまり学校に長居するとお化けさんにご挨拶することになるぜよ?」
早く立ち上がれと促してくる彼をキッと睨みつけ、ついに怒鳴るように彼にキツイ口調で言った。
『さっきからなんなの!?』
「……」
『ほっといてって言ってるじゃない!さっさと用事済まして帰りなさいよ!』
親切にしてくれるクラスメートに八つ当たりするなんてみっともない。内心そう思った。
でも、今はすべてがどうでもよく感じたから嫌われるなら嫌われてもいいと思った。
「用事、ねぇ。」
彼は言葉を選んでいたのか少しの間の後に言葉を発した。
「忘れ物があるような気がしたん。そんで教室に来たら一匹のウサギに会うた。」
『うさぎ…?』
「そう、ウサギ。しかも、かなり弱っとうウサギ。俺はそいつを癒す義務はないが見つけた以上、見捨てることは出来ん。」
『なら、さっさと助ければいいじゃない。』
そう冷たく言葉を突き付けてそっぽ向いた私の手を彼は掴んでこう言った。
「助けてやればいいんか?」
『じゃなきゃ、いつまでもアンタそこにいるでしょ!?』
なんで手を掴まれたのかもわからず、気持ちが苛立つばかりでさらに嫌気がさした。
しまいにはどうしたらいいかわからず、拭ったはずの目から涙がまた溢れていた。
「なら言わせてもらうぜよ。気が済むまで泣いて、早う帰りんしゃい。赤い目をしたウサギさん、」
『!』
「今のお前さんの仕事はそん赤い目から血が出るんじゃないかって思うくらい泣くことなんじゃ。」
彼の言葉ですべてが繋がった。
ウサギ。それは泣いていた私のことだったのだとわかった。彼が見捨てられなかったのは“私”だったんだと。
『……っ、うわぁぁぁぁあ!』
恥ずかしさも感じなかった。いや、感じさせてくれなかった。
なにも言わず、隣に座ってそばにいてくれた彼は私の頭をポンポンと慰めるようにまた、あやすように叩いてくれていた。
「ホント、聞いた通り、矢倉は泣き虫じゃのう。」
それが仁王雅治だった。
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