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《傷口に辛子と薬》

―ちあき視点―


マネージャーとして初めての仕事は部員に挨拶することだった。

周りの視線を集め、緊張しつつ自己紹介した。その中、ブン太が目を丸くしていた。(予想外の展開ってやつ?)

仕事内容は部長の幸村くんから教えてもらった。

鈴菜優李ちゃんが言うようにやることがたくさんある。これは確かに大変だ。


「今日から優李の代わりに仕事をしてもらうんだが主にレギュラーの世話が必要だ。うちは部員が多いからマネージャーは準レギュラーや3年・2年・1年専用マネと分けて仕事をしている。」

『じゃあ、結構重要なスポットなんだ…』

「そう固くならなくていい。」


幸村くんに仕事内容が書かれた紙とスコアボードと記録紙、部誌を渡された。

そして尋ねられた。


「ペンはある?」

『シャーペンでもいい?』

「あぁ、構わないよ。」


取り出したペンを見るなり、彼はくすりと笑った。

なにかおかしい点でもあったか、と笑う理由を一瞬考えたけど思い当たらなかった。


「そのペン、跡部から?」


そう尋ねられて体が強張った。こんな場面で景吾の名前が出るなんて思わなかった。


「前に本人から聞いたんだ。」

『…そう。』


付き合ってることを人には言わないようにしてたのは景吾の方なのになぜ彼には伝えたのかわからなかった。

部長同士、交流があったのだろうか。なんにしても今は関係ない。


「矢倉さんは知らないかもしれないけど、うちの学校は彼氏がいるマネってみんな持ってるものがあるんだよ。」

『なにを持ってるの?』

「矢倉さんみたいな普通、女の子が持たないような柄のペンだよ。みんな彼氏に持たされるんだ。」

『そう…だったんだ。』

「マネってだけで部員からすればマドンナ的存在になる。それで多分、男避けに彼氏は持たせるんじゃないかな?」


残念ながら、このペンをくれたのは幸村くんが言う彼氏ではない。仁王くんがくれたんだもん。

私が持っていても“彼氏がいます”なんて無言で語ってもらう必要はない。だって彼氏いないし。


「そんな話を前に跡部としたんだ。そのときは矢倉さんは帰宅部だったけどね。」

『じゃあ、優李ちゃんも持ってるんだ?』


ふと思い出したことで幸村くんの意識がそがれれば、と思った。

今はまだ景吾の話が出来るほど立ち直ってはいないから。


「一応、持たせてるよ。まぁ、お蔭様で誰も優李に近寄らないね。」

『(多分、みんな恐くて幸村くんを敵に回せないんだよ。)』


微笑んで話している幸村くんを見て内心みんなの気持ちを悟った。

マネージャー業とはあまり関係ない話で盛り上がっていた私たちの元に慌ただしく真田くんが走ってきた。

でも、会話を割らないように少し離れたところで一段落着くのを待っているように見えた。


『幸村くん、真田くんが来たよ。』

「ん?真田、なにかあったか?」

「朝練から不調だと気付いていたがいよいよ限界が来たらしい。」

『誰か調子悪いの?』


真田くんに話しかけるのに抵抗を感じなかった。と、言うのは中学時代に同じクラスだったことがあるから。


「ブン太だろ?」

「木陰で休んでいれば治る、といって休んではいるが帰宅させたほうがいいかもしれん。まったく…体調管理も出来んとはたるんどる。」


ブン太の調子が悪いと聞いて仕事を投げ、走っていた。

真田くんが帰宅させたほうがいい、という結論を出すほど朝より容態が悪化しているのだと思った。


「ふふ、若いね。」

「ん?こんなところにペンが落ちている。幸村、おまえのか?」

「……マネージャーのだよ。」

「矢倉の?」


渡されていた資料すべて置いてきたことに気付いたのは木陰で横になってるブン太に声をかけて、うっすら目を開けて返事をしてくれた後だった。


「ちあき…どうしたんだよ?」

『こっちが聞きたい。熱あるんじゃない?』

「なんでマネなんかやりだしたんだよ?テニス部のマネだけは絶対やらないって言ってたくせに。」

『答えになってないじゃん!熱あるの?』

「ねーよ。平気。多分、知恵熱。」

『知恵熱でも立派な熱です!』


その場から水飲み場が近いことに気づき、ポケットからハンカチを出して走った。

水で湿らせて適度に絞ったハンカチを持ち帰り、ブン太の赤い髪を避けて額に載せた。


「立海のマネになったら、立海以外みんな敵になる、他校を応援出来ないからやらないって言ってたのになんでだよ?」

『臨時だから。引退も近いっていうし、』

「やっぱなにかあったんだろ?俺、昨日アイツに会い行ってきたんだ。」

『……嘘、』

「でもなにも言わねぇの。こんなに心配してやってんのになんでなにも言わねぇの?」


ブン太に言えば、景吾を殴りにでも行くんじゃないかって思った。

この結果に満足してるわけではない。

ただ、今はまだ景吾を悪く言うことも責める勇気もなかった。


「なんか隠してんだろぃ?それはいくら鈍感でもわかるっつの。」

『……私、他に好きな人出来たの。』

「はぁぁあ!?」


ブン太は驚きのあまり跳び起きた。それだけ驚いたみたいだけどすぐに怒りの色で顔色が変わった。


「その話、ちゃんと聞かせろ。」

『え?』

「まさか別れたとか言うのか?」

『…うん、ごめん。』

「おまえの気持ちはそんなもんだったのかよっ!あんなに幸せそうにしてたじゃねーか!!」

『っ、』

「なんか言えよ!俺が納得するように説明しろよ!」


ブン太の声にみんなが動きを止めてこっちを見ていた。

さすがの幸村くんでも私たちの話に口出し出来る雰囲気ではないと感じたらしい。


「ブン、もう止めてやりんしゃい。」

「邪魔すんな!」

「矢倉を見てみろ。」

「………っ、」


ブン太の気持ちは痛いほどわかる。

自分を捨てた男を守るのに捨て身になる義務はないのになんでこんなに涙を堪えてまで彼を守ってるの?


「…悪い、」


仁王くんが止めに入ってブン太は冷静になれたのか謝ってくれた。

このタイミングで来てくれたのが仁王くんで本当に安心した。それはブン太も同じだったかもしれない。


「矢倉、大丈夫か?」


私はブン太に怒ってなんかない。

ただ、景吾を守りながら、好きな人が他にいるなんていい加減な自分に嫌気がさした。


『にお…く、』

「大丈夫、ブンはちゃんと話を聞いてくれるぜよ?」


不謹慎かな。

フラれた瞬間、あんなに辛い思いをしたのに今じゃ仁王くんに惹かれてて、小さなことで嬉しくなったり、切なくなったり、あなたが恋しくなるんだもん。


『嘘、ついてごめん…ね。私…フラれたの。』

「…そ、だったのか。知らずに俺…」

『ごめんねブン太。』

「謝るのは俺だろぃ。悪かった…悪かったなちあき。」


嘘ついてまで彼を守る必要はない。

新しい恋が芽生えているのだから枯れた恋より大切にすべきじゃないだろうか。


「よかったのう。」


ずっと、そばにいてくれたブン太ではなく、いつの間にか私の心の中に住み着いた彼がこんなにも好きだと実感した。


『仁王くん、私…もう平気だよ。』

「それ聞いて安心したぜよ。」


彼は忘れる。そして、新しい恋を全うする。

そう私は決めた。





あきゅろす。
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