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《大切な気持ち》
―ちあき視点―


辛いことを完全に乗り越えたわけではない。乗り越えようとしている。

その私に手を差し出してくれたのが仁王くんだった。


「今日、用事ある?」

『ないけど。』

「ならテニスせん?」


私が一人で席に座っているとなにかしら話題を持って声をかけてくれたから、辛いことを思い出すことがあまりなかった。


『仁王くんみたいなテニスは出来ないよ?』

「ラケット振ってりゃテニスじゃよ。」


私の気持ちを温かくしたり、励ましたりするのがすごく上手だと思う。私が仁王くんと話してるときに笑えるのはそのおかげ。


『教えてくれるの?』

「あぁ、」

『じゃあ、お願いしますコーチ。』


相手が男子だということを気にしたことはない。二人でいても家族と話をしているみたいで窮屈に感じたりしなかった。

ただ家族と話しをしてることと違う点を言えば、ドキドキしてること。





――放課後。

ホームルームを終えてから私の席まで仁王くんが迎えにきた。


「制服のままでは出来んじゃろ?」

『そう?そんなに激しくやる?』

「矢倉次第じゃけど。」
『平気だって。』

「なら、コート行きますか。」


仁王くんに案内されて来た場所は学校から近い場所にある公園に隣接していたテニスコートだった。

公園では小さな子供達が遊んでいるだけでテニスをするような人は見当たらなかった。


「みんな知らんらしいんこの場所。もったいないのう。」

『仁王くんはいつもここでテニスするの?』

「弟とな。」

『弟がいるんだ〜』

「矢倉に兄弟は?」

『私、一人っ子なの。でも、すぐ近くに幼なじみがいたから寂しいとは思わなかったな。』

「(ブンのことか。)」


今ではブン太に小さな弟ができたから私にも弟ができたみたいに感じる。母は専業主婦だったし、いつも家にいたから一人っ子でも独りっ子ではなかった。


「さて、やりますか。」

『ラケット握るの久しぶりー!』

「前にもしたことあるん?」

『うん。軽いラリー程度にね。』

「十分じゃ。」


私が返しやすいように優しい球を打ってきてくれた。

私のレベルに合わせて打ってくれるのは彼の優しさだと思った。(上手な仁王くんには物足りないだろうに、)


ちょっとしたコツを教えてもらいつつ、クタクタになるまで打ち合った私はベンチに腰かけた。


「疲れたじゃろ。」

『でも、楽しかったよー!』

「それはなにより。」

『仁王くんの教え方も上手だから、コツも掴みやすかったし。ありがとう。』

「矢倉に素質があっただけじゃ。」


コーチや借りたラケットが良かったというものの褒められてついつい嬉しくなった。


「そうじゃ、うちのマネせん?」

『テニス部の?でもマネいるでしょ?優李ちゃん。』

「そうそう、優李な。じゃけど最近、骨折して入院しとう。で、幸村が探しとう。」

『じゃあ、臨時のマネ?』

「気に入ればそのまますればいいじゃろに。とりあえず、なん。」

『私に務まる?』


マネなんて考えたことがない。(だって優李ちゃんが大変だって言ってたし…)

高校に入ってから帰宅部だった私には未知の世界だった。


「引退も近いし、そう務めは長くないぜよ?矢倉は勤勉じゃから有能じゃ。」


仁王くんにそう言われたからやってみようと思う私って単純だろうか?

でも、声がかかったのは嬉しかったし、少しの間だと言うから引き受けてみることにした。


『頑張ってみる!マネはいつからすればいい?』

「都合次第じゃ。」

『いつでも平気。』

「なら、明日の夕方からでいいか?朝練の時に幸村に伝えておく。きっと矢倉なら歓迎されるぜよ。」

『よろしくね。』


その日、マネージャーになることを決意したご褒美にと言って仁王くんは帰宅途中、シャーペンを買ってくれた。


「マネになるとなにかと書くことが多くなるんでね。」


たいしたことではないのに彼は私のために色々尽くしてくれた。

嬉しい半面、なんでこんなにもしてくれるのか疑問だった。


『今日も送ってくれてありがとう。』

「いや。また明日な。」

『うん、』


寄り道をして帰路についたため、暗くなり始めたのを気にして彼はまた家まで送ってくれた。

それをたまたま買い物帰りの母に目撃されてしまった。


「おかえりちあき。」

『ただいまー』

「あの子、ちあきの彼氏?ずいぶん格好良い子ね。」

『彼氏じゃないよ。友達。』

「そうなの?残念。」


母の言葉を否定する時、なぜか胸が痛んだ。母の言葉に共感出来たからだろうか?

そう思う時点でやはり仁王くんのことを意識している。


『着替えてくるね。』

「お風呂あるわよ。」

『ありがとう。』


帰宅してまず部屋に向かった。

机に鞄を置いて、制服を脱ぎ始めて違和感に気付いた。


『ない!』


机の上のあるものに気付いたのだ。


『お母さん!机にあったペットボトルは!?』

「いるんだったの?ゴミだと思って今日捨てちゃったわ。ごめん。」

『嘘!』


朝出したゴミなんてあるわけがないのに慌てて家を飛び出してゴミステーションを目指した。

途中で追い越した人物に気が付きもしなかった。それだけ急いでいたし、真剣だった。


「矢倉、血相変えてどうしたん?」


帰宅途中だった仁王くんは私に気付いて追い掛けて来てくれた。


『…ゴミやっぱりない。』

「ゴミと混じってなんか捨てちゃったん?」

『仁王くんがくれたペットボトル…捨てられちゃった。』

「は?」

『机に置いてたの。』

「あー…そう。」


すっきりしてるゴミステーションを前に佇(たたず)んでいる私に仁王くんは言った。


「そんなに大事だったんか。」


なにも言えなかった代わりに頷いた。

仁王くんの優しさが詰まったペットボトルだったから大切にしたかった。


「同じもんでもあの時の代わりにはならんしのう。」

『ないんだから仕方ないね…』


自分に言い聞かせるようにそう言った。でも、諦めがつかなくて、帰れずにいた。

しばらくすると仁王くんが思い出すように言った。


「そういやあん時、巻いてやったハンカチならまだ手元にあるじゃろ?あれ、やるぜよ。ペットボトルより使い道あるじゃろうし。」

『…もらっていいの?』

「矢倉がそれで悲しい顔しないならそれでいい。」

『…ありがとう!』


ハンカチは返さなければいけないものだから手元になくなる。だから、ペットボトルは残しておきたかった。

でも、彼がくれると言ってくれたからペットボトルを失った悲しみは一瞬で癒えた。


「しかし、そんなに大事に思ってくれてたなんて。そのペットボトルは幸せじゃな。羨ましい。」


ふわり優しく笑う仁王くんを見て恥ずかしくなった。

ゴミに等しいペットボトルにここまで真剣になれたのはあなたがくれたものだからなんだよ、と言わずとも伝わってしまったからだ。





Special Thanks!

鈴菜優李さま






あきゅろす。
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