《不思議な力》
―ちあき視点―
昨日、仁王くんに貰ったペットボトルをなぜか捨ててしまうのは惜しくて、綺麗に洗って机に飾ってみた。
スタンドライトの隣にあるヌイグルミの横にあるんだけど、あまりの不釣り合いさに笑えた。
『普通飾るものじゃないよね。』
それでも彼の優しさが嬉しかったから、そのペットボトルを眺めているだけで気持ちが温かくなった。
『そういえば、あれから泣いてないな。』
一日のうち、何度か失恋したことを思い出すことはあったけど、涙を流すことはなかった。それはこのペットボトルのおかげかもしれない。
「ちあきー!遅刻するわよー!」
『はーい!』
母親に促され、時計を見てさらに慌てた私は鞄を持って家を飛び出した。
学校に着いて教室へ向かう途中、朝練を済ませた生徒たちがバタバタと廊下を走りながら私を追い越して行った。
「矢倉おはよー!」
『おはよう。』
友達に声をかけてもらう度に挨拶をしながら教室へ向かった。
教室がぐんと近づいた時、一人の人物が私の隣に並び、前を見たまま口を開いた。
「…はよ、」
それがブン太だったから驚いた。
珍しく素っ気ない態度だったからなにかあったのかと思い、尋ねてみた。
『なにかあったの?』
「なんで?」
『なんか…素っ気ないから。』
「……昨日、仁王になんかされた?」
『え?』
ブン太が素っ気ないのは自分が関係していると理解し、昨日の出来事を真剣に思い出すことにした。しかし、仁王くんと宿題を終わらせたこと以外、特別なにもなかった。
『昨日、宿題あったでしょ?それを教えてもらってたの。』
「宿題するために授業サボったのかよ?」
その後、そんなことするなんて信じられない、と言いたかったのかもしれない。でもブン太は思い出したように呟いた。
「仁王が引っ張ってったんだったな。」
『うん。』
「アイツさAB型なんだよ。」
『ん?』
「だからAB型。」
今の話と血液型になんの関係があるのだろう、と思った。しかし、その質問の答えはすでに出ていた。彼がAB型だという答えが。
「普通じゃねーから。」
『確かに普通じゃないね。』
急に教室を連れ出されたと思ったらサボリ宣言されるし、サボリと言いながら実際は勉強してたわけで。
思い出しただけで笑えた。
「なんか、つまんねー」
『え?』
「いや、なんでもない。」
ブン太の一言が耳に入らなかったのは仁王くんのことを考えていたから。彼はある意味ユニークだと思って笑っていたからだ。
仁王くんには元彼とは違う不思議な力を感じる。それはAB型だからだろうか?
「(仁王…)じゃ、先に行くわ。」
立ち止まって振り向いたかと思えばブン太はそう言って足を早めた。先に教室へ向かって行くのをただ眺めていた私にまた声をかけてきた人物がいた。
仁王くんだ。
「おはようさん、矢倉。」
『あ、おはよう仁王くん。』
「ブンとなに話とったん?」
『…仁王くんのこと。』
「俺んこと?」
私はまだブン太ほど仁王くんと親しくはないけど、これからの一年、同じクラスだから少しずつ知っていくんだと思う。
『仁王くんてAB型なんだってね?』
「なんで知っとう?」
『ブン太から聞いた。』
「そう。矢倉は何型?」
『何型に見える?』
「口にしないだけで考え深いからB型かのう。話を聞いとらんようで聞いとるんもポイントかねぇ。なにより、強いように見えてガラスで出来とう心の持ち主じゃし。」
お見事です。と言いたくなった。昨日、一昨日で私を観察していたのだろう。
私は昨日、あることを仁王くんに話し始めた。しかし、彼の反応や返答が目に見えたから途中で止めた。そのせいで彼は気になって気になって仕方ないのかもしれない。
また、考えごとをしながら仁王くんの話を聞いていたせいで相槌(あいづち)を打てなかったことがあった。それで無視されていると勘違いされた。
辛いことがあったとはいえ、人前で涙を見せまいと夕方だれもいない教室で泣いていた。(偶然、現れた彼に会ったけど、私に仁王くんと遭遇する予定はなかった。)
『私は天と地がひっくり返っても、生まれ変わってもきっとB型だわ。』
「B型ってのは俺が知るかぎり、気持ちが素直で純粋なんよ。羨ましいくらいな。じゃけ、俺はB型が好きなん。」
『私も純粋で素直だといいけど。』
「今言うたじゃろ?知る限りって。」
それ以上、言葉ではなにも言わなかったけど、続きを表情から感じ取ることができた。目を細めて笑う仁王くんはこう言っていた。
「矢倉も素直で純粋じゃ。じゃから俺は矢倉を好きになった。」
好かれるというのはその人の中にある条件を満たしていなければならない。つまり、私は仁王くんに好かれる素質を持っていて、彼の友達条件をクリアしているということ。
「俺、好かんヤツに自分から近寄ったりせんし。」
『…それって――私、あなたの友達になれたってこと?』
そう尋ねたのには理由がある。
出会うきっかけって大切だと思ってる。たいてい気付いたら友達になってた、というパターンが多いけど。
そうであって私たちの場合はタイミングが悪かった。だから今更ながら彼が私をどう思っているか知りたくなった。
「友達になってくださいって言わんと友達になった気がしないタイプなん?」
『いや、そうじゃないけど…』
小さく笑ってから私を見た彼はなにかを思い巡らすように目を閉じた。そして、静かに言葉を発した。
「あの時に会ったんはたまたま偶然かもしれん。じゃき、俺が矢倉に会わなければ今頃、俺らどうなっとった?」
そう尋ねられて考えてしまった。もしかすると私は次に交流する機会があるまで仁王雅治をただのクラスメートとしてしか記憶しなかっただろう。
「そんな顔しなさんな。」
独りで辛い時間を過ごしていたかもしれないことを思うと怖くて、悲しくてなにも言えなくなった私を見て仁王くんは眉尻を下げてそう言った。
「今、おまえさんの隣にいるのは小さな奇跡が起きた証拠なんよ。つまり、あの出会いが偶然だったとはいえ必然だったなら、同じクラスになったのも必然でここでこんな話をしとうのも必然じゃ。」
『偶然が必然にもなるの?』
「つまりは考え方次第なんよ、」
あのときの私が心のどこかで人の温かさを求めていたなら、あなたが現れたのは必然となる。だって、帰宅していたならこういう結果にはなっていなかったから。
「さっきの質問の答えは矢倉が自分で持っとう。」
『必然だったら私たち友達よね?』
「ん。よし、矢倉の願いは俺によって叶えられたのう。」
『え?』
「今、矢倉が純粋で素直だって証明された。ひねくれとったら俺の言葉に同意しないじゃろうし。」
まるで凍っている氷を溶かす春の日差しのよう。あなたは私を温かくしてくれる。本当に仁王くんは不思議な人。
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