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《ナイチンゲール症候群》
―仁王視点―


炎天下で走る気は更々ない俺は木陰からみんなの頑張りをただ眺めていた。

みんな?

いや。今、かなり嘘言うた。自覚したんじゃ。知らぬ間に矢倉を眺めていたことを。

まったく、自分で自分を偽ってなんの益があるんじゃ。


「(しかし、頑張るのう。)」


矢倉だが、それなりに楽しそうにしていたから安心した。矢倉の異変に気づき、気を遣いつつも矢倉に気を遣わせないようひたすら喋り、一緒に走ってる友達だろう星井(繭)はいいヤツだと思った。

それから少し後、ひぃひぃ言いながら走っていたブンはついにダウンしたらしく、俺の隣に横たわった。


「なぁ、仁王。なんで今日の朝、ちあきといた?」


余程、俺のことが気になるのか。それとも矢倉のことが気になるのか。

恐らく後者だと思うが、前者も間違いではないだろう。


「やっぱり、アイツとなんかあったのか…」

「ブンが言うとるアイツと俺の中のアイツが一致しなきゃ話が食い違うじゃろに。アイツじゃわからんし。」


ブンなら口が軽い(バカ正直ともいう)から簡単に“アイツ”が誰かを聞けると思った。上手く誘い込んだが珍しく――


「でも、言わないってちあきと約束したし俺はその約束を破るつもりはない。だからアイツって呼ぶ。」


口車に乗らんかった。なぜ彼女に服しているのか、答えは簡単だった。しかし、今は気付きたくなかった。


「ちょいと走るか。」


これ以上ブンから尋ねられるのが怖くて俺は自ら立ち上がり、走りはじめた。

尋ねられる度、小さな変化を遂げているなにかに気が付くような気がしたからだ。

走るといっても全く適当でやる気が全然起きない。それでも部活で走り慣れているせいか、体力の違いゆえか、女子のペースよりはかなり早いペースで走れる俺は矢倉に近づいた。


「テンポ乱れとうよ。」


そう言って、俺は意味もなく横目で彼女を見てみた。すると矢倉もこちらを見た。

あぁ、俺はなにを期待しとう?


『それは仁王くんもじゃない!』

「面倒なんじゃ、」

「こらこら!しっかり走らないか!仁王、矢倉。」

「『はーい。』」


今まで女なんか興味なかったんに急にどうしちゃったん?

矢倉はただのクラスメート。傷を負って動けなかったウサギさんじゃ。


「(あーいかん。考えや行動が乙女になりつつある。)」


俺はただ彼女に立ち上がるきっかけをあげただけ。傷ついたウサギを手当してやっただけ。

なのにその役目を終えたら俺と彼女の関係はどうなる?なんて考えとう。ただの親切な人、では終わりたくないと心の隅で思っとう。


「(人は恋をするとわがままになるっていう。これって好きになりかけとうのかねぇ…)」


これから恋が芽生えたならどうすべきか。その答えがすぐに見つかることはなく、1限目の授業を終えた。


体育の授業から教室に戻って来てまず矢倉の元へ向かった。2限目の授業は受けるつもりがなかったからだ。


「のう、矢倉?」

『なに?』

「宿題出来た?」

『なにもしてない。』

「ならよかった。」


自分の失言と感情に気付いた。

よかった、ってなんじゃ?

きっと、矢倉が宿題を済ませてないことを心のどこかで願がっていたのだろう。

この短期間で宿題が終わるわけないのにわざわざ聞きに来るなんてやらしいヤツ。


「(ま、いいか。矢倉には意味不明な発言で終わるし。)」


それよりも自分が掴んだ折角のチャンス。チャイムが鳴るまで2分しかない。今教室を出れば屋上に着いた頃に授業が始まるだろう。

俺は宿題をするのに必要なものを持ち、矢倉の腕を引いて歩き出した。


「よし、行くぜよ。」


机と椅子がガタガタと大きな音を立てた。座っていたのに急に立ち上がり歩き出したせいで机の足で躓(つまづ)いていた。

鈍臭いウサギなんて見たことなかよ。


『ちょっと仁王くん、授業は!?』

「サボリ、」


教室を出る際、ある人物と目があったがすぐに反らした。見ている勇気がなかった。


さて、サボり魔の定番スポットである屋上に着いた時、チャイムが鳴った。もう授業に戻れない。


「よし、今ん時間に宿題終わらせるんよ。」


今の言葉で事態を理解したらしく、強張っていた表情が緩んだ。それで安心したのか、俺の正面に座った。

それから教えられながらも勉強に励む姿を見ていた。自分の表情が緩んでいたことに気付いた。


「(あーいかんいかん。)」


考えを改めなければ、と思い、髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。それを不思議そうに見ていた矢倉に気付き、すぐに髪を直した。


『ところで仁王くん、』

「その仁王くんってのやめん?」


なにを期待してそう言ったのだろうか。君付けされていると距離は縮まらない気がしたんかもしれん。


「うちに来れば仁王くんは三人いる。」

『三人?』

「俺と親父と弟。つまり、仁王ってやつはたくさんいるが仁王雅治は一人ってこと自覚して呼んでほしいん。意味わかるか?」


実際、苗字で呼び捨てされることではなく、名前で呼ばれたかったのかもしれない。

しかし、


『そんなこと言ったら仁王くんだって矢倉って呼ぶじゃない。』


そう言われて、上手く逃げられた気がした。しかし、回りくどい言い方をした俺も逃げていたから同じこと。今は互いに勇気がなかったんかもしれん。


「じゃあ、いつかな。」


期待している俺、そして困惑してる矢倉。なにをどうしてほしいか具体的に言わなかったから逃げられた。いや、言えなかった。俺はまだ弱かったん。


『……仁王くん、明日、先生に怒られるね。』

「二人で怒られれば恐さも半減じゃ。」


今となってはただの同情ではない。そばにいて支えてやりたいと思うまでになっとった。

傷を負ったウサギと会って間もないんに――なんて言わんでな。

俺もそう思うから。


「まいったのう。」

『なにが?』

「なんでもなかよ。」

『?』


ただ手助けするだけのつもりだったが傷を見て、手当てした。手当てするだけのはずだった。

どうやら俺はナイチンゲール症候群を患ったようじゃ。それがきっかけでも恋は立派に育つと言う。


「(はぁ、やっぱり乙女思考じゃ。男でも恋をすればしおらしくなるんじゃのう。)」


結局、認めることにした。

矢倉をクラスメートや友達ではなく、一人の女として見ている――つまり、矢倉を好きになりかけていることを。





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