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《愛着ゆえ嫉妬》
―仁王視点―


“学校に来んしゃい?”


そう言ったはいいが、彼女が本当に来るかわからんかった。保証はない。ただ、俺は登校時間内に矢倉が来ることを願うばかりだった。

幾人もの人物が流れのように入ってくる校門で生徒の中に矢倉がいないか目を懲らしていた。すると俯いて歩いてくる生徒に目が留まった。

あれは間違いなく矢倉だ。


「よぉ、ちゃんと来たんじゃ?」

『おはよう、仁王くん。』

「おはようさん。」


俺ん声に立ち止まったはいいが俯いたまま。俺ん言葉通り、ちゃんと学校に来て安心したとはいうもののまだ安堵は出来なかった。


「(ウサギの傷の手当まではいいとして、完治するまで世話しなきゃならんのか?)」


なんて内心思いつつも矢倉のために自分から動いている。すでにこのウサギに愛着を抱いているのかもしれない。


「(さて、問題は目の腫れじゃな。)」


彼女の目がどれだけ腫れているか見ようと少しだけ屈んだがそっぽ向かれたのだった。

泣いた後の自分の顔なんて見られたいものではない。女なら特にそうだろう。

そう思って仕方なく、鞄から例の物を取り出し、屈みこんで矢倉の頬に押し当てた。

凍らせたペットボトルじゃ。

その冷たさに驚いてか矢倉は顔を上げた。目を見てもそれほどひどく腫れていないことに少しホッとした。


「これやるぜよ。」


渡たしたはいいがこれでは冷た過ぎるし、ペットボトルが汗をかくと思い、鞄からハンカチを取り出してそれに巻いてみた。

毎朝、使うことがないのに母親が鞄にハンカチを忍ばせるのが習慣になってて良かったと思う。

この時ばかりは感謝したもんじゃ。


「ちゃんと学校に来たご褒美じゃ。」


そう言った今、矢倉が笑った気がした。そう思える程度の表情だった。と、なれば彼女が本当に笑えるまでやはり時間がかかるかもしれない。

しかし、気が紛れることをしている内は昨日みたいな暗い表情はしないはず。


「今日の数学の宿題したか?」

『しゅくだ、い?……あぁぁあー!』

「その反応じゃ忘れとったな?」

『うん…忘れてた。』

「見せちゃろうか?」

『え?ホント!?』

「気が向けばな。」

『なによー!』


人の感情を汲み取ったり、言動の背後を悟るのが得意でよかったと思う。今のちょっとした会話で矢倉との距離がまた縮まったからだ。

先に歩き出した俺の隣まで足を早め、並んだのがその証拠。なにも言わないが教室まで一緒に行く気なのだろう。

つまり懐いたんじゃ。


「とりあえず3時間目まで粘りんしゃい。で、俺は頑張っとう姿見て楽しむ。」

『悪趣味ー!』


難無く会話出来るようになったところ、“同じクラスの人”という冷たい響から“クラスメート”という少し温かい微妙な言い回しに昇進した感じだろうか。


その後。教室に行くと朝練を終えたブンが先にいて、入って早々目があった。

朝練を滅多に休まない俺を不審に思ったのか、ちょっとした疑いの目でもって尋ねられた。


「仁王、お前なんで今日朝練来なかった?」


ウサギのために休んだ、なんて理由にならないだろうか。

ただ、それが本当の理由でも矢倉に悟られたくなかった。これは俺がやりたくてしたことだったからじゃ。


「朝、用事があったん。真田には連絡してあったぜよ?」

「いや、みんな心配してたしさ。なんだろうと思って、」


きっと、こんなことを矢倉に言っても無駄じゃろう。


「お前さんのせいじゃなかよ。」


ペットボトル――しかも事前に凍らせてあった手前、説得力に欠けた。矢倉にはバレたかもしれん。

ブンから攻撃を受けることを予想してなかったのは失敗だ。


「つか、いつの間にちあきと仲良くなったわけ?」

「昨日。」

「昨日?」


矢倉の幼なじみであるブンにしたら短期間で仲良くなられちゃ、ちょっとしたジェラシーを感じるだろう。

その内容にはあまり触れてこなかった。それよりも気にかかった点があったみたいだ。


「もしかして…なんかあったか?まさかアイツと喧嘩したとか?」


アイツ。

ブンのいうアイツが誰か、かなり気になる。ただ、矢倉に彼氏がいるなんて噂は聞いたことがない。

しかし、ニュアンス的に彼氏。それか片思いの相手だと思う。

昨日、あれだけ泣いていればフラれたとかか。


『ち、違うよ!なんもないって。ただ、嫌なことあってさ〜』


そう矢倉は言ったがウサギは嘘を付くのが下手だと思った。

俺の目に映る矢倉(ウサギ)が白いのは彼女が汚れていないからかもしれない。白は潔白の印とよく言う。

そう、白いウサギには嘘は似合わなかった。


「なんかあったら言えよ?なんたって俺はちあきの味方だぜぃ?」

『ありがと。心強いよ。』


幼なじみが特別な存在と言われるものの、なぜか二人がお互いを信頼しあってる姿を見ているのは面白くない。それも全く。

俺は出会って間もないウサギを可愛がっていることに気づくのだった。

つまり、


「(ヤキモチか。)」





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