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《傷に染みる優しさ》
―ちあき視点―


“学校に来んしゃい?”


翌日、仁王くんからの言葉があったから学校に来れた。

目は腫れぼったいし、足は重いとは言え、ここまで来た自分を褒めてあげたい。

とにかくこの酷い顔を見られたくなくて俯いて歩いていた私は校門に差し掛かったとき、声が聞こえた。


「よぉ、ちゃんと来たんじゃ?」


仁王くんだった。

彼はまるで私が本当に来るか確かめるために待ち伏せていたみたいだった。


『おはよう、仁王くん。』

「おはようさん。」


彼は俯いたままの私の顔を覗き込もうとして少しだけ屈んだ。しかし、今の顔を見せるわけにはいかない。俯いたまま私はそっぽ向いた。

彼はさらに屈むと下からなにか冷たい物を頬に押し当てた。

びっくりしてつい顔を上げたのが運の尽きだと思った。

しかし、彼にするとそんなこと問題ではなかったみたい。


「これやるぜよ。」


渡されたのは凍ったお茶のペットボトルだった。何のために使うのか一瞬戸惑った。

彼は固まっている私を見てハンカチを取り出し、ペットボトルに巻くと目元に当ててくれた。


「あの後、冷やしたん?」

『う、うん…』

「凍っとるから半日くらい保つじゃろ。」

『あり…がと。』

「ちゃんと学校に来たご褒美じゃ。」


昨日言ってた良いことってまさかこれだろうか?

何にしても気遣ってくれたことは嬉しいからよしとしよう。


「今日の数学の宿題したか?」

『しゅくだ、い?……あぁぁあー!』

「その反応じゃ忘れとったな?」

『うん…忘れてた。』

「見せちゃろうか?」

『え?ホント!?』


一瞬、かなり期待した。


「気が向けばな。」

『なによー!』


笑いながら歩き出した彼の隣まで足を早め、並んだ。

自分は気付いた。たった一瞬で私の思いが“数学の宿題のみ”に集中したことに。

これは彼の魔法の効果か。


「とりあえず3時間目まで粘りんしゃい。で、俺は頑張っとう姿見て楽しむ。」

『悪趣味ー!』

「あぁ、2時間目は移動教室で1時間目は体育じゃ。」

『そうだった!』

「しかも体育は長距離走じゃ。」

『……絶望的かも。』


半泣きで言ったら彼は笑っていた。それを見て、なぜか笑えた。

暗い表情をしていた私は彼に会ったおかげで救われたから。


『今日に限ってなんで長距離なの?暑いし嫌だよー』

「俺は見学じゃからいい。」

『なんで?』

「暑いん嫌いなんじゃ。」


そんな会話をしながら教室へ行くとすでに来ていたクラスメートに注目された。きっとあまりに楽しそうにしていたからだろう。


「体育教師のくせに走り方が変なんてありえん。」

『それはおじいちゃんなんだから仕方ないってばー』

「なになに。なんかずいぶん楽しそうじゃん?俺もまぜろー!」


鞄を机に置いたと同時に隣から聞こえてきた声におはよう、と挨拶をした。

丸井ブン太。彼は私の幼なじみだ。

私の挨拶に応えた後、彼は仁王くんに声をかけた。


「仁王、お前なんで今日の朝練来なかった?」


不思議そうに目を丸くしてブン太はそう言った。私はハッとして仁王くんを見たけど、彼はなにも気にしてはいなかった。


「朝、用事があったん。真田には連絡してあったぜよ?」

「いや、みんな心配してたしさ。なんだろうと思って、」

『………』


黙りこくって仁王くんを見た。目は口かそれ以上に語るって言うから、私の目を見た彼はなにが言いたいかわかったんだろう。苦笑してこう言った。


「お前さんのせいじゃなかよ。」


渡してくれた凍ったペットボトルを片手にしていた私には自分のために朝練を休んでくれた気がした。


「つか、いつの間にちあきと仲良くなったわけ?」

「昨日。」

「昨日?……そういや、」


ブン太は私の顔を見て、手に持つハンカチの巻かれたペットボトルを見てなにかに気づいたのか、その言葉の先はあえて口にはしなかった。


「もしかして…なんかあったか?まさかアイツと喧嘩したとか?」

「(アイツ?)」

『ち、違うよ!なんもないって。ただ、嫌なことあってさ〜』


これが今の私に出来た精一杯のごまかしだった。

下手くそ、もうちょっとなんかないの?と自分で自分をダメ出ししたくらい情けなかった。

彼は心配してくれてるようだった。でも、本当のことは言えなかった。

きっとブン太なら。

そう、……ブン太なら――。


「付き合う?」

『う、うん。』

「…へー?良かったじゃん。相手から?」

『悩んだんだけど、あまりに迫ってくるから断りきれなかったのが事実なんだけど…あ。これは内緒ね?』

「で、相手って誰だよ?」

『跡部くん。』

「は?跡部?…氷帝の?」

『うん。』

「ちあき趣味悪ぃーの!」

『だってー!』

「ま、きっかけがそれでもさ?これからが大事だろぃ。大事にしてもらえよ?」

『大事にしてくれるかな?』

「しなかったらケチョンケチョンにしてやるから安心しろ!」

『ぷっ、ブン太らしい。』



幼なじみは特別って言うのがわかる気がする。大事にしてくれるし、大切な存在でもあるから。

小さいときから一緒だから兄弟みたいだけど、本当は違うなんて不思議だ。包み隠さず話が出来た仲なのに。

でも、今は違う。


「なんかあったら言えよ?なんたって俺はちあきの味方だぜぃ?」

『ありがと。心強いよ。』

「(なんか…面白くなかのう。)」


真実を隠してきたことをいつか知ったとき、ブン太…あなたはきっと悲しむでしょうね。

でもやっぱり言えない。

この傷が癒えるまでは。

ごめんなさい。






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