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vocaloid
籠の鳥【カイト視点】

少女は縛る、鳥籠のように。(鳥籠は、鳥がいないと価値が出ない)



「カイトカイトにしてあげる〜♪歌はまたね、頑張るから♪」
 俺は歌を歌いながら、いつも通り晩ご飯の後片付けをしていた。
 食器は軽く洗って、まとめて自動食器洗い機の中へ。今日はシチューだったので、大きなお鍋だけは手洗いでしっかり落とす。お鍋と洗い終わった食器を乾燥かごに入れて仕事終了。泡がついた手を、水で流してきれいに拭く。やっと仕事が終わって、マスターの傍にいられる。そう思うと嬉しくて、自然とリビングへ向かう足が速くなってしまう。
「マスター、お仕事終わりました!」
「・・・ん。」
俺のマスターは女子高生。今は制服から寝巻き兼用のジャージに着替えて、ソファにうつ伏せでテレビを見ている。犬と女の子が戯れているCMが流れていた。
「マスター、何見てるんですか?歌番組ですか?」
「・・・ドラマ」
「・・・面白くないんですね。その反応は」無表情に“微妙だ”と顔に書いてある様に見えた。
「・・・・・・」その顔のまま、興味無さげにあごで画面を指す。
 今テレビに映っているのは、女子高生が霊感で殺人事件を解決するという、多分一番の山場のシーンだ。友達との話のネタのために見ているのだろう・・・・正直、面白くはないと思う。
そのまま一緒に観賞していると、テーブルの方から曲が流れてきた。見てみたら、白色で丸い携帯電話から流れている。
「マスター、電話ですよ」マスターに伝えたが、
「・・・・・・・・・」無言で着信を拒否した。いまだに曲は流れている。
「もう、取っちゃいますよー」一応マスターにそう前置きしてから、携帯に出る。
「はいもしもし、舞鶴です」
『あらぁ、カイト君?久しぶりー!元気にしてた?』受話器から聞き覚えのある声が聞こえた。マスターの保護者さんの、舞鶴千早さんだった。
「あ、千早さん今晩は。お久しぶりです」
 マスターは黙って顔を上げ、こっちを見て右手を突き出した。
「あの、マスターと換わりますか?」
『もちろん!じゃあお願い☆』
マスターの右手に「はい」と携帯を乗せる。ソファに座り直したマスターは携帯を睨んで、息を吐いて、ゆっくりと耳に当てた。
「義母さん久しぶり!元気そうで良かった♪」それは天真爛漫の笑みだった。
 マスターは俺以外の人と話すときみたいに、楽しそうな笑顔と笑い声で千早さんと喋っている。すごく楽しそうだ。見た目は、だけれど。
会話はほんの1分ほどで終わった。マスターは「じゃあね☆」と言いボタンを押して、それから大量に砂を噛んでしまった人の顔をした。その後の溜め息も、いつもより疲労が多く詰まったものだ。
「お疲れですね、マスター」
「・・・なんであの人、いつもテンション高いの?」声にもかなりの疲れが乗っている。
「仕事柄だと思いますよ。フライ・アテンダントですし」
「・・・ただ飛行機乗ってるだけのくせに・・・いや、時差に脳が・・・?」
「流石にそれは・・・俺は飛行機、乗ったこと無いですけど」
 マスターは千早さんが苦手らしい。義理のお母さんなのに、と思うのは偏見だろうか?
「・・・帰ってくる」
「え?・・・ああ、千早さん帰ってくるんですか?いつですか?」
「明日」
「へー、急な話ですね。何日ぐらいいらっしゃるんでしょう?」
「早く行ってくれればいい・・・ああ、家にいたくない。家出したい・・・・」
 クッションに頭を埋没させるマスター。右手で左手首を擦っている。
「どうしようかな。いや、どうしようも無いか・・・少し我慢すればいいだけだし・・・どうせまた、1日とか2日だけだろうから・・・。最近こんなんばっかりだ・・・・」
 左手首を擦る、擦る。だんだん擦る力と速さが上がっていくのが横で見ていても分かる。おもむろに、マスターの左手を両手で包んでみた。
「えいっ」
「!」
「えへへー、マスターは冷え性ですねっ」
 指先から手首まですっぽりと手に収まった。マスターは驚いて、こっちを見て眼をぱちぱちさせる。
 とりあえず何て言おうか考えながら、手にあるマスターの左手を揉んでみる。実際アイスみたいに冷たかったし、手首を触る為でもある。
「そうですねー、千早さんが帰ってきたら、外食に行くのはどうですか?きっと前みたいにお酒飲んで『ばたんきゅう』ですよ」そう提案しつつ、マスターの手首を優しくなぞる。
正確には、その手首に水平、直角、斜めに描かれた、縦横無尽の傷を。
「・・・外は嫌だ」
「じゃあ、お酒を今のうちに買い溜めときましょうよ。見かけだと俺、大人っぽいですし」
「ボーカロイドが、20歳未満禁止の物を買うのは止められている・・・・」
「あう、そうでした」犯罪防止のため、と説明書に書いてあったのを思い出す。
「うーん・・・まあ、そう考えずに。リラックスリラックス♪」
「・・・・・煩い」
「・・・マスター、どうしてそんなに頑張るんですか?」口を閉じてしまったマスターに、祈りを込めて説得する。左手も優しく、撫でて暖める。
「心に壁を造らないで下さい。そんな事をする為に、疲れないで下さい。傷付きたくないのは分かります。でも、それじゃあ何も手に入らないじゃないですか・・・?」
 届いてほしい。届いてほしかった。でも、マスターは乱暴に両手を振り払う。
「要らない。えい。」そして髪を掴まれ、引き寄せられた。
「むぐっ!」引き寄せられた力で鼻をマスターの胸に打ちつけ、目の前が真っ暗になる。いや、それよりマスター、女の子としてこの行動は、とても危険でと言うかあの。
「・・・・カイト少し黙れ・・・喋るな」
「むうぅ、」いや、このポーズはかなりやばいですから。と言う俺を完全に無視して、
「お前は私の物だ」
 いつもよりはっきりとした声で、話した。
「お前の身体も、心も、声も、歌も、存在意義も。全て私の所有物だ」
 家では滅多に喋りたがらないマスターが、大事な事だと言わんばかりに主張する。
「お前は“物”だ。機械と人工筋肉で構成された、ただの人型だ。法律でもペットほどの権利しか持ち合わせてない、ようするに人ではない。物なんだ」
 マスターが腕に力を込める。ひどい言葉が耳に残って、反響して、痛くて。
「私が所有者なんだ。身体も心も声も歌も存在意義も全てが総じて私の物なんだ。・・・・・だから、何も要らない」
 全ての言葉に、束縛される。
「お前だけがあったら、お前さえあれば、何も要らない。お前がいれば・・・生きていける」
 腕の力が緩まり、頭が解放される。目の前が明るくなる。マスターはいつもと同じ、無表情だ。
「何も要らない。・・・只、カイトが私の物なら、それでいい・・・」
 口づけが出来そうなほど近いマスターの瞳が潤み、涙がこぼれた。
「解ったか・・・?」重力に従って俺の顔に落ちた雫を雑に拭う。もうマスターは泣いていなかった。あぁ、どうしてこの人は、こんなに感情を表現するのが下手なのだろう。
「・・・カイトの泣き虫」
 マスターはまた袖で、俺の顔を拭った。自分で出来ます、と言えなかった。
「うっ、ぅ・・・ふぇぇ」口を開けても言葉が出ない。嗚咽しか出ない。
「明日・・・うん、外食でもいいな。・・・たまにだったら、悪くない。」
 マスターは口元を歪めるだけの笑顔を浮かべて、乱暴に髪を撫でてくれた。
「泣くな・・・そうだ、アイス食べていいから。だから泣くな。・・・なんで泣くんだ・・・」
 マスターは笑顔を戻して、無表情で呟く。そう言われても、涙は溢れて止められない。
「まっますっ、・・・うっひぐ、ひぐっ」
「・・・・いい加減にしろ・・アイス、取りに行くぞ。行くからな。それまでに泣き止めよ」
 マスターは呆れてしまったのか、そう言い残してさっさと台所に行ってしまった。
きっと彼女は俺を放しはしないだろう。鳥みたいに無力な俺は、籠のように束縛する彼女から到底逃げられない。癒す事すら、出来ない。
「まずっ、まずだーの、ばかぁ・・・」
 ただ、代わりに泣けるようになりたいと思うのは傲慢だろうか・・・?



「カイト・・・私を捨てるなよ。・・・ちょっとバニラ味くれ。」
「ぐずっ・・・・俺がマスターを捨てることは無いですよ。はいバニラ」
「ん。捨てたら呪い殺すぞ・・・バニラ味甘すぎる・・・」
「会話の途中で恐い事言うのは止めてください。はい抹茶」
「要らない、食べていいぞ。・・・普通は逆、だよな・・・」
「俺が捨てないで、と言うのが普通と言う事ですか?アイスおいしい♪」
「会話の途中でアイス言うの止めろ。絶対無い事、だけどな・・・」

嗚呼、彼は彼女の鳥。(彼がいないと彼女の価値は保てない)
嗚呼、彼女は彼の鳥籠。(彼女がいないと彼は生きられない)


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あきゅろす。
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