月と闇と私
5
あれから特に何も大きな事は起きず、のんびりと暮らしている。
朝起きて近くにある滝で顔を洗い、キノコやフルーツを食べる。その後レフから魔法について学び、昼食は神殿が沈んでいる湖にいる魚だったり朝食と同じ。そして又勉強をするか外に出てのんびりお散歩したりなどまったりと過ごす。夜はレフが狩ってきた動物らしきものを食べ終えると一緒に眠る。そしてまた朝がくるという繰り返しだ。
偶にルークが訪ねて来ては外の話や色々な物語を聞かせてくれる。僕はそれが楽しみになっているという事に薄々気が付いていた。
あの日、自分の感情が暴れるまま八つ当たりをし、突き放そうとした。自分勝手な理由で何も知らないルークにきつく当たったにも関わらず、会える事を楽しみに待っている自分がいる。
人間は信じない
また辛い思いをしたくない
けれどもこのままじゃ寂しいという我儘な気持ちもあるのは事実で、この状況を受け入れていいものか悩む毎日だ。
何故あんなに裏切られたのにこうも人を信じたくなるのだろうか
簡単に人を信用するべきじゃない
それはどこの世界でも共通することだと思う。信じたくない、けど信じてみたい頼りたい。出会って間もないというのになんなんだこの気の緩みようはと自分自身を疑う。なのにこの複雑でどろどろした感情からは一向に離れられる気がしない。
勉強の合間にゴロゴロと休憩していた時だった。
唐突にレフが立ち上がる。ゆったりとした動作ではなく俊敏に、そして空気が張り詰める。つい先程まで眠そうに寝そべっていたとは思えない鋭い目に、自身の気を引き締めた。
「此処で待っていろ」
言い終わるや直ぐに姿が見えなくなった。
一体何が起きたのだろうか。今迄此処で暮らしていて今日みたいな事が起きたのは初めてだった。魔物がうろちょろしててもレフを恐れて近付いて来ないか、或いは無害なものだけで特に何もない。
けれどもそこまで深刻でもない気がする。
確かに真剣な顔だった。でもそれだけ。本当に何か危険な事が起きていたならばきっともっと違った反応をするだろう。例えば僕だけを先に何処かに飛ばす、とか。
そんな状況に今までなった事がないからイマイチ自信がないけど、まぁ大丈夫でしょう。
あれこれ考えたところで何の意味もないのは分かりきった事なので、直ぐに考える事を放棄した。
待っている間何をしようかとごろごろシーツの上で転がっていると、何故か体が金色の光に包まれる。
あらま本当に何が起きたんだろう?
特に焦ることなく、首を傾げた状態のまま僕の体は消えた。
急に襲ってきた眩い光に目を細め、反射的に手で影を作る。強い刺激に今はお昼頃かとなんとなく感じ取ると段々お腹が空いてくるのは何故だろうか。
「おぉ!この方が…!」
咄嗟に身構えた。レフでもなくルークでもない声がこの辺りでする筈がないからだ。
大型の魔物でも勢いよく逃げ出すこの中心部に、しかもその力が最も濃いこの神殿の近くに人の声が聞こえる訳がない。
混乱する頭に低く、そして心底可笑しいとでもいった笑い声が唐突に響いた。
「そんなに威嚇するな。見ろ。お前のせいで焦っているではないか」
笑い声の当人、レフを見つけると口元は弧を描き、目も若干垂れ下がっていた。何がそんなにおかしいのか分からずむっとするが、その目が自分を映していないことに気が付いた。
何を見ているんだろう
レフの視線を辿っていくと更に疑問が増えた。そこにいたのは杖を突いたおじいちゃんと、髭の生えた逞しい男性2人。どちらも奇妙な動きをしていて、ぶっちゃけ何をしたいのか分からない。手をこちらに差し出そうとしてはやめ、口を開けては閉じ、何かしようと必死なのは伝わってくるけど、果たして何をしたいのか不明だ。
一旦意味のないファイティングポーズはやめてその2人を無言で観察していたが、いつの間にか隣に立っていたレフに頭を顎で小突かれた。
「痛い。急になにするの」
「そんな無表情で見つめてやるな。整った顔の人物に真顔で、更に冷たい目線で見られると結構堪えるものだ」
「そんなの言われても・・・。ていうか、何で急に呼んだの?」
「お前に会わせるためだ」
レフの視線がまた移動したので、それと同じように自然と僕の目も怪しい2人へと向く。
「こ奴等はこの森にある村の者でな。守り人と言われる者達だ」
「守り人?」
「そうだ。我の力が及ばない部分を守ってくれている」
さっきまでおろおろしていたのに急に姿勢を正し、真剣な表情に変わる。
なんだその変わりよう
「この森の中では力を自由に使う事が出来る。この神殿に辿り着けないように方向感覚を狂わせたり、何の目的でこの森に来たかわからなくさせたりな。だが、この森の外では使えず、外で何が起きているかなども知ることができない」
いくら力があったとしても、やはり欠点というものはあるようで、自分の力に溺れないようにしなければと気を引き締めた。
「そんな我の代わりに外側からこの森を守ってくれているのがこの守り人達だ。外で何が起きているか知らせに来たり、その時代の流れによってこの森の守り方を変えてくれている」
「まさか、この森に入ると呪われるっていう噂を流したのもこの人達?」
「そうだ。森の中にある神殿を見つけると願いが叶うなど、愚かな噂が流れたせいでな。一時期うんざりする程の者達がここに押し寄せて来ていたのだ」
先程まで狼狽えていたのに感極まった顔でレフを仰ぎ見る急激な変化に、笑ってはいけないと思いつつも笑いが零れてしまう。
「ふふ、レフは幸せ者だね。そんな良い人達と一緒にここで暮らせて」
「ああ。感謝している。それに・・・」
途中で言葉を止めたと思ったら頬に柔らかい感触が。ふわふわな毛並みとぬくもりが優しく擦り寄ってくる。
「今はケイもいる。契約もしてこの神殿から出る事も可能になった。ありがとう」
穏やかな声と表情に自分の顔も一緒に綻ぶのが分かかる。レフが幸せだと僕も幸せだ。つま先立ちをしてレフの首元に腕を回し、柔らかい毛並みに顔をうずめた。
「僕のほうがいっぱい助けてもらってるよ。レフがいなかったら多分この世界で生きていなかったと思うし、その気力もなかった。レフが今の僕の心の支えなんだよ。僕を見つけてくれて、選んでくれて、本当にありがとう」
今迄のここでの暮らしがさっと頭の中を駆け巡る。
変な女に助けを求められ
裏切られ
強姦されかけ
良い人を見つけたと思ったら
理不尽な嫉妬をされ殺されかけ
良い場所を手に入れたと思ったら
壊され騙され犠牲になった
これは前の世界で無意識の内に作ってしまった罪の精算なのか、こういう運命だったのか。助けたいという自分のエゴも含まれているのも確かで、一言に全てが周りのせいだとは言えないし思わない。でも辛かったのも事実で。
その時に傍に居てくれたのがレフだった。
まだ出会ってそんなに経っていないしお互いの事も良くわかっていない。けれどもお互いに大切にしようとしていることはわかるんだ。
この腕の中にある温もりを今はもっと感じたくて、腕に回す力を少し強めた。
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