由里4
私と付き合うようになって、とーる君は全くアキコさんを見なくなった。
今までのすべてを否定するような、不自然なほどかたくなな彼の態度は、逆説的に彼がまだアキコさんを忘れられない証拠に他ならなかったけど。
それでも私は幸せだった。
私が見つめればとーる君も私を見つめ返してくれる。
死ぬほど望んでいたとーる君の視線を独り占めできる奇跡のようの幸せに私は溺れていた。
「由里?」
ベッドに腰かけたとーる君が眠そうな声で私の名を呼ぶので、私は忠犬よろしく尻尾を振って彼の横にちょこんと腰かける
「なに?」
とーる君は少しだけ考えこみ、それからゆっくり口を開く
「由里は俺のどこが好きなの?」
「え?」
「ごめん、やっぱりなんでもない」
とーる君の質問に私が少し驚くと
少しばつが悪そうにそっぽを向いてしまう。
私はとーるくんのどこが好きなんだろう?
「うーんと、たぶん…」
たぶん?
「私が君を好きなのは、それはとーる君がとーる君だから」
なんだよそれ
不満そうに口を尖らしたとーる君が少し憎らしくて、私はとーる君の胸を軽く小突く。
とーる君は自分のどこが好かれてるかは疑問に思っても、好かれてること自体には疑問なんて持ってなかっただろう
「とーるくんは私の事が好きなの?」
私には怖くて聞くことができない。
私の気持ちを知ってか知らずかとーる君の腕がゆっくりと私の肩に延びて私を包み込んでいく。とーる君の腕に包まれながら私は溶解していく。幸せも悲しみも不安もどろどろに溶けあい混ざり合い私の体をぐるぐると廻っていく。苦しくなって顔をうずめた彼の胸からとーる君のにおいがする。
とーるくんが私じゃダメでアキコさんじゃなきゃダメな理由もきっと「アキコさんがアキコさんだから」に違いなんだろう。恋愛感情はいつだって理不尽で、どうしようもないんだ。とーる君を思う気持ちだったら絶対負けないのに。私が一番彼を愛しているのに。
私がどんなにとーる君を思おもおうとこの幸せが長くは続かないことは私にはわかっていて。
私の存在がいつか彼を深く苦しめる時が来る事をわたしはわかっていた。
たぶん彼は自分を責めるのだろうけどそんな必要はどこにもないのだ。
彼をだまして裏切ってたのは私の方なのだ。彼の幸せを邪魔したのは私の方なのだ。
もしも私たちがが誰かの頭の中で考えられた物語の登場人物にすぎないなら、きっと私はヒロインなんかじゃなく、意地悪でうそつきな敵役の女の子なんだと思う。
今さら遅いのかもしれないけど、もしも許されるなら私はとーるくんが本当に幸せになることを願う。
アキコさんの事はどーしたって好きになんかなれやしないけど、とーる君の幸せにもし彼女が必要だというなら、私は二人がうまくいくことを願う。
私たちが一緒に過ごした短い期間
とーる君がアキコさんの事を忘れたことは一度もなかったのかもしれない。
それでも彼の骨ばった腕の中確かに私は幸せだった。
放課後。二人で並んで歩く帰り道。
夕焼けが全てを真っ赤に染めて、二人の影だけが黒く、長く、どこまでものびていく、
二人が歩く河原の淵に白い小さな雛菊が風に揺れていて、
私はこの人の隣に咲く小さな花になりたいとそんなふうに思っていた。
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