茶色のジャンパー(ヨーコさんへ) 昨日街を歩いていて、男の子に声をかけられた。ナンパとかそういうのは初めてで、嬉しいとかそういうのは全然なくてただ普通にびっくりしてしまった。 私なんかに声をかけるなんてクリスマスを前にしてよっぽどせっぱ詰まってたのだろうか?何かの罰ゲームとか?変な宗教に誘われたり、壷を買わされたりするのかもしれない。一瞬で色んな事が頭をよぎる。 その男の子は学生だろうか。私よりいくつか若く見える。真っ赤な顔でそれでもキラキラと曇りない瞳でまっすぐと私を見つめていた。 「それで告白されたの?まるでドラマみたいじゃん。それでそれで?」 好奇心を隠しもせず綾子は身を乗り出してくる。 「うん。まぁ連絡先を交換したり…」 思い出しながら未だにまるで全然現実感が伴わないでいる。 私の知らないところで誰かがわたしに好意を抱いているなんてそれこそドラマか漫画みたいな話で想像すらもしたことがなかった。 「なんか歯切れが悪いなぁ…。あんまり好みじゃなかったとか?」 「うん。そうゆうんじゃないんだけどね」 少ししか話してないけど悪い人には見えなかった。清潔感のあるまじめで優しそうな青年だった。正直好意をもたれて悪い気もしない。だけど… 「じゃあさ、とりあえす付き合ってみればいいじゃん」 「うん。でもね」 「でも?」 歯切れの悪い私に綾子は不満そうに眉根を寄せてみせる。 その男の子は茶色のジャンバーを着ていたのだ。そうして彼が私への思いを告げる中、私は思い出していた。 「たぶん私にはまだ無理だから…」 「まだ引きずってんるの?もう半年たつんだよ」 ひとつの恋を忘れるためにいったいどれくらいの時間が必要なのだろうか?綾子はもう半年だというけど私にとってはまだ半年だ。 そんなに意固地にならないで流されちゃえばいいじゃん。 綾子の言葉どうりに流されてしまえるならどんなに楽だろうかと思う。だけど私は縛られている。 自分でもどうしようもできないほどがんじがらめに縛られている。 私は好意を寄せてくれたあの子に浅ましくもあの人の影を探していた。 寒がりの私に彼がいつもかけてくれたお気に入りの茶色のジャンバー。 我ながらばかばかしいって、くだらないってわかってる。 私を束縛するこの思いから私が開放されるときがくるのだろうか? 本当にそれを望んでいるのだろうか? 絶望は時にひどく優しく甘美で そうしてまだ。 私は思い出から逃れられないでいる。 わかれたあの日から一歩も踏み出せないままで。 [前へ][次へ] [戻る] |