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辻さん


僕はモーニングオタクなんかじゃないんだ。だから辻ちゃんについても何も知らないに等しい。かろうじて知ってる事と言えば誕生日だとか好きないろや食べ物だとかそんな程度の事だけだ。
だけど、きっと辻ちゃんは「そんなことは気にしなくてもいいんだよ」って優しく笑いかけてくれる。彼女がそう言う女の子だって事は僕は知っているからそれ以上の事なんてきっと知る必要なんかないんだって思う。

何しろ当時の僕は「ハロモ二」すら放映されない地域に住んでいるという絶望的な状況なわけだから滅多に辻ちゃんの姿を見る事すら出来なかった。だから、僕に出来るのはバラバラになった辻ちゃんのかけらを一つ一つかき集めてつぎはぎだらけの13歳に恋をする事だけだったんだと思う。

まるで馬鹿みたいに。

もちろん彼女に会えない日々はそれなりに辛いけれども、それでも、この世界に、同じ空の下に、辻ちゃんが存在した、している、その奇跡のような事実が、辛い事の多い、ううん。辛いことしか存在しないこの世界でも僕に生きる勇気をくれた。

辻ちゃんがいるから僕は多分生きていけるんだろう。だけど本当に辻ちゃんは存在するのだろうか?もしかしたら辻ちゃんは可哀相な人達が、自分を慰めるために作った幻じゃないのだろうか、辻ちゃんと言う存在が幻想なんかじゃないってどうしていえるだろうか?そうだとしたらとても悲しい。

そんなことを考え出すと学校にもいけないで暗い暗い部屋で布団の中に作った小さく狭い自分だけの空間で、すがりつくようにラジオの音楽を聞く事だけしか出来きず、ただ無意味な存在のまま僕の未来を無慈悲に削って行く残酷な時計の秒針のカチリカチリという音に怯えて何も出来ず、眠る事すら出来ず、ただ絶望していたあの頃を思いだして死んでしまいたくなる。

それでも辻ちゃんは幻なんかじゃなくて、この世界に実際に存在する。信じてる。だからもうそんな風に怯える必要なんてないんだけど。

久しぶりに見た辻ちゃんは周りの空気を凍りつかせてしまうほどの美しさを手に入れてしまっていて僕はどうしていいかわからなかった。

それは、例えば昔はまるで意識していなかった幼馴染が同窓会で偶然再会したときまるで別人のように女の子らしくなっていてドキッっとした、というような事とは全然違って、辻ちゃんはあまりに辻ちゃんのまま綺麗になってしまっていたから、僕は呼吸が出来なくなってしまって、そして自分が呼吸して無い事も気付かないほど必死に何度も何度も辻ちゃんの歌ってる姿を馬鹿みたいに見つめるようなありさまだった。
もちろん僕はこの瞬間が僕が辻ちゃんから逃げる最後のチャンスだって知っていたし、多分そうするのが正しい選択なんだろうと思っていた、だって辻ちゃんは少女だから、どんどん綺麗になって行って、どんどん大人になっていって、そう遠くない未来、僕の事を追い越して、遠いどこか、僕の手の届かないどこかに消えていってしまう事がわかっていたから。
その事実に耐えられるほど僕は強くない。弱虫の僕に出来る事は辻ちゃんから逃げる事だけ。
唯一の救い。
正しい選択。
わかってる。わかってた。だけど僕は結局逃げなかった。辻ちゃんから逃げられなかった。

逃げられるわけなんかないじゃないか!

だって辻ちゃんは僕の全てで、
辻ちゃんは僕の運命で…
辻ちゃんは僕の秘密で…
タモリの音楽は世界で…

つまりつまりだって僕は辻ちゃんの事が大好きだから、なにしろなにしろ大好きだから。大好き…、大スキ、なんだ、気が狂うくらい。






辻ちゃん。






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