嫉妬の炎は燃え盛る(前編) 「シュクリーさまはいらっしゃるでしょうか・・・・」 「わわ、クンヤさまっ!」 がらりと扉が開いたかと思うと、執務室に絶世の美女と謳われる、皇帝の親族のクンヤがシュクリーを呼んだ。シュクリーは座っていた椅子から立ち上がり、「ダッ・バールさま、またよろしいでしょうか・・・?」と言った。毎度のことなので、宰相中将でありシュクリーの上司であるラシード・ガズィー・ダッ・バールは頷いた。 そして彼の部下は白いローブを翻し、嬉しそうに笑いながらクンヤとともに執務室から出て行った。 それは最近ラシードの頭を悩ませる、ひとつ。クンヤがシュクリーに会いにきてくれるのは、シュクリーを弟のように思っている自分としてはとても喜ばしいことなのだが、そのクンヤが陛下をお慕いしていると聞くと、何だか嫌な予感がしてならないのだ。誰もが知るとおり、陛下とシュクリーの仲はいろいろと良い感じで、男同士だけれどシュクリーは女の子のようなので普通のカップルに見えるし、こちらとしても応援している。だから、陛下に恋という感情を持っているクンヤを見ると、少し心配になる。 何も起こらなければいいのだが、とラシードははあと溜め息を吐いた。 「今日は、近くで陛下を見ることができました・・・」 少し興奮気味に話すクンヤの声を耳に入れながら、シュクリーは微笑む。 「父が、陛下に謁見を申し出て・・・その時に私も陛下にお会いすることになって・・・」 「そうなんですか〜」 紅くなる頬を抑え、クンヤは呟く。それはもう恋をする乙女のようでとても可愛らしく、思わず頭を撫でたくなる。 貧しい時、友達は数人いた。だけど、女の子の友達はだいたい売られていき、シュクリーはほとんど男の子と遊んでいた。だから、クンヤとこうやって話をするのは大変新鮮なことであり、とても楽しい。 「シュクリーさまは、いらっしゃらないんですか・・・?」 「何がですか?」 「お慕いしている人です・・・」 急な言葉にシュクリーは思わず目をまん丸にしてしまった。 お慕いしている人。瞬時に思い浮かんだのは、あの不機嫌な顔の、王座につく人。 「いえ・・・・・いませんよ?」 シュクリーは素直に答えたつもりだったが、何だか心の中に違和感があってしょうがない。まるで嘘を吐いてしまったときのように、変な気分が心を占めて、気持ち悪くなる。 「あぁ・・・そうですよね。シュクリーさまは宮殿にお仕えしている身分ですものね」 すいません、不粋なことを。とクンヤはぼそぼそした声で言った。いえいいんですよとシュクリーは返す。 何故、あの不機嫌な顔が思い浮かんだのだろう、と疑問を残して。 その数日後のことだった。 「おい」 宮殿の廊下をゆったりと歩いていた時、後ろから低い声で呼ばれたのは。 「はははははははいっ、何でしょう?!」 あまりに低い声だったので、何だか不安になり、シュクリーはどもった声でその声に答え、後ろを振り返った。 そこには普段のように不機嫌に眉間にしわを寄せ、まるで一切口を開かないとでも主張しているように口を結んでいる皇帝がいた。 「お前礼儀も知らんのか。ちゃんと目上にはあいさつしろってことも」 「わわわわわわわわっ! ごめんなさいっ、すいません陛下。えええええっと、お、お早うございます・・・・?」 ぶすっとした不機嫌な声に、シュクリーはびくっとしながらも大きな声であいさつをする。だがお早うございますというあいさつに向かない時刻だったので、皇帝はくすりと小さく笑った。そしてぐしゃっとシュクリーの髪を掻き揚げると、微笑む。 「この前俺の髪に触った仕返し。あと、今はこんにちはの時間」 「え、あう、あ、はい」 その微笑に不覚にも心臓は五月蝿く波立ち、早鐘を打つ。 何も言えず何も出来ずに突っ立っているシュクリーを皇帝は見ると、その髪をぐしゃぐしゃっとかき混ぜて笑った。 「や、やめてください〜・・・っ!」 ある意味、意地悪だ。とシュクリーは思った。今日は優しくてこの前のように意地悪ではないけれど、何だかやられた感がすごく感じられて、シュクリーは少し不機嫌になった。 「じゃあな」 さんざんかき回され、ぐちゃぐちゃになってしまった髪にもう、と呟きながらも、シュクリーは怒れなかった。 ただ、なんとなく嬉しかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そんなシュクリーを見つめながら、陰のほうで女がひとり蹲って頭をかかえていた。 その顔はそれはそれは美しく、絶世の美女だとかどの芸術にも勝るものはないと謳われた顔。けれど今は美女とは呼べなかった。その顔は嫉妬にゆがみ、般若の表情だった。 「シュクリーさまの・・・・うそつき」 壁をぎりりと握り締めた手は、傷んでいた。 [*前へ][次へ#] |