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私は絶対あなたを愛さない
10 心を知る日

シュリは自室で薔薇をかざってもらっている侍女たちをじっと見ていた。
彼女がクシャクシャにした後、侍女たちは顔をしかめたがそれ以上はしなかった。
その侍女たちにシュリは頼んだのだ。
真っ赤な薔薇を―――、と。

白い薔薇は私には似合わない。きっと。もう白ユリの象徴は消えた。だけど、誇りは捨てない。
そのために、真っ赤な薔薇。華言葉は愛情。だけど、シュリが求めてるのは自分の色を保つ強さ。
そして、
きれいと言われるのに、人々は愛すのに、人を寄せ付けない棘。

それは、
真っ赤な薔薇に限らず他の色もある。でも、強さの度合いが違う。真っ赤な薔薇こそ、自分を保つ強さを持っているから。
そのために、
この部屋は真っ赤な薔薇で飾ろう。決して、休まる場所ではない。ここは戦場なのだと示すため。
そして、
私自身を見失わないために。決して、忘れないために。

「何をなさるおつもりですか?」

レイは侍女たちが飾っている間、シュリに話しかけた。本来なら、主に話しかけられるまで口を聞くことはできない。
だけど、
ここはシュリが優位に立てない場所。立てる立場にあるが、それは見せかけだけにすぎない。
セミルが妃をもう一人とれば、シュリの立場は第2妃になる可能性のほうが高い。相手が庶民や、小さな貴族じゃない限り。
それくらい、和解のために捧げられた哀れな王女はさびしい地位にあるのだ。

レイは大貴族の娘とまではいかないが、大貴族につぐ貴族の娘だ。その気になれば、セミルの妻になることは可能になる。
そうならないのは、本人同士が望まないからだ。
だからといって、レイはシュリを馬鹿にしたりしていない。逆に驚いてしまった。セミルが言っていたよりずっと強く、何より脆かったから。
それでも、国を大切に想う気持ちはこの国のセミルと張り合えるぐらいだろう。それくらい、彼女は祖国を愛している。
たとえ、自分を犠牲にしたとしても守ろうとする。16歳の蝶よ、花よ、と育てられた彼女が。


「白薔薇より、真っ赤のほうが好きだからよ」

シュリは自分の口から出た言葉に思わず苦笑いをしたくなってしまった。

ウソ。
本当ハ、真っ赤ナンテ嫌イ

シュリはさっと青ざめて行った。身体中が震えあがる。怖い。何か得体の知れないものが―――

「シュリ様」

レイの少し低く冷たい響きを持つ声が、シュリの思考を現実へと戻してくれた。
身体の震えがちょこっと止まる。
それでも、心は恐怖で震え続けている。

「まだ、薔薇が必要でございますか」

レイは窓際にいっぱいになった薔薇を見ながら言う。シュリはその様子に思わずふっと笑ってしまった。
まだ、あの得体のしれないものへの恐怖はおさまらない。
でも、ここはそんなのにかまっていても誰も助けてはくれない、優しい声すら掛けてもらえないのだから。
恐怖だって乗り越えないといけない。たとえ、心の血が止まらなくても。それを止めないといけない。戦うために。
聖エベレスト王国のために。

「もう、さがっていいわ。ありがとう」

シュリはにこやかにほほ笑んだ。誰もが、心を奪われてしまうようなほどの微笑み。安らぐような微笑みだった。
侍女たちは思わず見とれて、動きが止まる。が、あわてて我を取り戻し、頭を下げて出て行った。


レイが心意を探ろうとして、視線を向けているとシュリはレイを見た。
さっきのような天使のような笑みではなく、どちらかというと敵を見るような目つきで。

「知ってるかしら。神ピレキが人間だったころの最後の一言を」

いきなり、ピレキの話をしだしたシュリをさらに疑り深い目で見ているレイに気にせず
彼女はふっと口に弧をかく。

「もしも、誰も追ってこない世界に着いたなら」

シュリは思わず目を閉じる。ピレキがどんなに苦しんで、悲しんだのかを憐れむことなどできない。
だって、彼女が経験したことをされたとしても
彼女と私は違う。たとえ、ピレキの生まれ変わりだとみんなに祝福されたシュリでも。
シュリはシュリ。
ピレキではないのだから。

もしも、誰も追ってこない世界に着いたなら

そう言って、ピレキは飛び降りたのだ。民の前で。
ピレキの苦しみをすべて分かることなどできない。でも、ほんの少しなら分かることができる。
シュリも今そう想っている。

本当にその世界があったら。私は喜んでいけただろうか?
答えは否。
行きたくても、行くわけにはいかないのだ。行けないのだ。
愛するものを残してまで、幸せになろうなんて、できないから。
愛するものを守らないと生きていけないから。

ほろんでいく姿なんて見たくないから。

この国のせいで、あの祖国が滅んで行くとき
ここを、私は私の血で、汚そう。
無駄死とはいわせない。それと一緒で、私がここで生きたことを無駄とは言わせせない。
そして、思わない。

「神ピレキと私はよく似ているわ。私が神ピレキの生まれ変わりとして祝福されるくらい」
シュリは閉じていた瞳を開ける。
目に入るのは、厳しい顔をしたレイと真っ赤な薔薇と、聖エベレスト王国のものではない部屋と家具。

「でも、私の命が散るとき。それは、あの国が滅んだときよ」

シュリはぎりっと唇をかんだレイにさっきの侍女たちに見せた微笑みより
何より美しい微笑みを向けたのだった――


その心の血を止めて生きていかないといけない

番外編も今日更新します(5・4)

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