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私は絶対あなたを愛さない
06 哀しげな瞳
セミルはこの後政務があるようで、シュリと別々の部屋に向かうことになった。

シュリはレイに開けられた部屋に入ると、後ろについてきた侍女たちを見た。
「下がって」
その一言だけで、彼女たちは抵抗することはせず人形のように出て行った。
レイだけは残っている。
シュリはレイにも口を開こうとしたが、その前に顔が悲痛にゆがんだ。

こらえていた、涙がこぼれていた。
笑顔に隠していた、悲しみが。

シュリはレイがいると分かっていても、涙をこらえることはできなかった。
今は嗚咽をこらえることだけで精いっぱいだった。
泣いてはいけない。
そう分かっていても、止めることなどもうできなかった。

ならば、せめて。
この涙が流れたことが、ここにいるレイ以外に気がつかれないように。
それが、シュリの精一杯の抵抗だった。


嗚咽をこらえるシュリの傍で立っていたレイはシュリの小さな肩をつかんだ。
その肩は見るより小さく、大きく震えていた。
唇を噛んで、嗚咽をこらえる少女。
「分かってるわ。あなたが言いたいことくらい。分かってるつもりよ」
シュリは震えそうになる声を必死に押さえながら、レイを睨むように見た。
この国は私の愛する国ではない。
人質として、連れてこられた国。

「私は、私に与えられた義務を果たしてみせるわ」
シュリは震える身体を睨み、唇に弧をかいた。
強がり。
小さく儚い強がり。
それでも、今は彼女を支えることとなるだろう。

「今夜はここにセミル様が来られるそうです」
レイはシュリの肩が小さくビクリと震えたのを見て見ぬふりをした。
彼女の小さな強がりは少しの衝撃でもろく、崩れてしまう。
それでも、それを付き通すしかないのだ。

「分かったわ。一人になりたいわ」
シュリの一言にレイは首を横に振った。
逃げたり、自害される心配があるからだ。

そのレイの考えを読み取ったように、シュリは笑った。
声をあげて、まるで子供が言いモノを見つけて喜ぶように。

「聖エベレスト王国が不利になるようなことなんてできるわけないわ。ましてや、それでは私が愛する国が滅びてしまうもの」
シュリの瞳は笑っていなかった。
どこか寂しげな瞳だった。
それで、さっき笑ったのは本心ではないことが分かる。
今にもその瞳は潤んできている。
それを気丈にこらえている彼女は一人で泣きたいのだろう。

国のために、自害することすらできない。

レイはゆっくり頭を下げて、出て行った。

ドアがしまったとたん、シュリの瞳から涙がこぼれた。
それから、どんどんこぼれてくる。
さっきは無理やり止めて、こらえていた涙が次は止まらないというばかりに。

それを見てシュリはギュッと唇を切れるかと思うほど噛んだ。
嗚咽だけはこらえなくてはいけない。
これは、絶対に。

和解した国。
その国に私は望んできたのだから、泣くなんてことあってはいけない。

シュリは嗚咽のかわりに笑った。
それは、無理に作ったものだったが、こうするしかなかった。
こらえることができなかったから。
シュリはすべてが失っていくような気分だった―――。


レイはシュリの部屋のドアに寄りかかり、ふっと息をついた。
彼女の嗚咽のように聞こえる笑い声は小さくレイの耳にも届いた。
小さなその肩に。

レイは忠誠を誓ったセミルの命に従うつもりだ。
だけど、16歳の少女はただ道具として、否人質として。
ここへ来たのだ。
それをどうして見過ごすことができるだろうか。

それでも、セミルは。
セミルはシュリのことを…

レイは行き場のない想いを無理やり飲み込むのだった。


セミルはレイに報告をうけながら、政務に取り掛かっていた。
父親である王はのんびり王妃とラブラブしている。
あの二人は政略結婚でも愛し合っている。
王妃もだいぶ年を取ってきている。

はたして、俺もあんな風になれるのだろうか。

セミルは己の中に出てきた疑問と一緒に冷めた答えが出てくるのだった。
なれるはずがない。
彼女を、国を救うために、と縛ったのは俺なのだから。
国のために抱かれると言った彼女の瞳に俺はうつってなかった。
彼女の瞳には悲しみと怒りと、そして、愛する国と愛する人々しか。

俺はうつってなかった。

唯一、うつったのはシュリを抱いた二回目だろう。
彼女はその日は目をそらさなかった。
まるで、その目に焼き付けるように。

彼女の瞳は国を救うためだけに、そのためだけに、俺に抱かれると言ったのだから。
寵愛などいらない。
国さえ無事でいれば、それでいい、と。
あの目が言っていた。

あの国を滅ぼしたら、彼女は自害するだろう。
それは免れたとしても、彼女は俺や、この国を許さないだろう。
それだけは苦しい。
彼女を失うことが一番恐ろしい。
だからといって、そばにいてほしい。

セミルは己のわがままさにあきれながらも、身体によみがえる熱を沈めていた。
国のために、と言った彼女。
それでも、この腕のなかに捕まえることができる。
今はそれだけで幸せだ。

彼女の心を手に入れるのはそれからでいい。
セミルは今夜のことを思い、口元に笑みを浮かべていた。


彼女の心がほしいから

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あきゅろす。
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