私が愛した復讐の相手(ヒト)
04 裏切りは許されない、絶対に。
「近寄らないで!!」
すみれは部屋の中で駿介から逃れようと後ろへ下がるが、駿介はまた詰めてきて距離は変わらない。
「おやじが認めたんだ!! お前のこと!! だから、俺たちは一緒になるんだよ」
駿介は意味の分からないことをほざいている。
「いやよ!! 私はあんたとなんて一緒にならないわ!!」
すみれは睨むようにして言うと、駿介の目に今までにないほどの怒りが走っているのが見えた。
「お前は素直に俺のそばにいればいいんだよ」
駿介は乱暴にすみれの腕をつかんだが、すみれはそれを振り払った。
どんな屈辱だって、どんな卑劣なことだって糧にしてみせる。
だけど、こんな男のものになんてならない。
言うとおりになんてならない。
すみれはそっとそく進行する睡眠薬を口に含ませて、優雅に微笑んだ。
「私がほしいなら、奪えばいい」
駿介は少し驚いた顔をしたが、すみれはその間に駿介の口にキスをした。
彼は単純だ。 仕事でどんなに完璧でもこんなことすら見抜けないなら、ただの駒にしかならない。
すみれは駿介に睡眠薬を移すことに成功したが、それはこの後打ち砕かれることになる。
「こんなもんじゃ、まだ甘い。 すみれ」
駿介はペッと睡眠薬を見せつけるように舌にのせてすみれに見せた。
すみれは驚いたが、それを顔に出すことはしなかった。
どんなことも糧にしてきたのだから。
駿介はおとなしくなったすみれを抱き寄せた。
「流れに身を任せろよ。 すみれ。 お前は俺がいるだろ?」
すみれの耳を甘噛みすると彼女はびくっと肩を震わせた。
『彼女をまず抱きしめてあげなさい』
愛子の言葉が駿介の頭によぎった。
蘇ってくる身体の熱に逆らえる自信なんてなかったが、駿介はすみれを本気で愛していた。
だからこそ、彼女の心を求めた。
(俺は… すみれ。 お前を愛してる)
駿介は自分の身体にある熱に逆らうようにすみれをベッドにおろして、隣に入り、また彼女を抱きしめた。
すみれは驚いていたが、駿介はふっと笑みが浮かんでいた。
彼女がいるだけで、こんなにも安心できる。
長くたまった疲れのおかげか、駿介は深い眠りへ落ちて行った。
無防備で寝る駿介の寝息を聞きながら、すみれは自らに怒りを感じていた。
彼に、あの男の息子に…
私は何を求めた? 愛? それとも、幸せ?
そんなのずっと昔にあきらめたはずでしょう?
いきなり、裏をかえすの?
長年の思いを簡単に捨てるの?
もう一人の私が冷たく言い放つ。
裏切りは許されない。
裏切り?
それは私がすべきことじゃない。
私はあなたたち権力者に思い知らせるために生きているの。
私が生きる意味はそのためなのだから。
すみれは必死に自分を支えようとしていたが、久しぶりに感じる温かさのせいで睡魔が襲ってきた。
唇を噛み、駿介の中でこぶしを握り締めた。
これは、つかぬ間の休憩よ。
最初で… 最後の。
私は止まることなんてできないのよ。
すみれは自らに言い聞かせ、睡魔に身を任せるのだった。
その日の月は朧月だった。
「父さん。 彼女は月のような人だ…」
隼人はさびしそうに月を見上げて独り呟いた。
その顔はとても悲しそうで、独りだった。
裏切りは許されない、絶対に。
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