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第92話:アルビオン動乱
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「おっし、完成だ!」

婚約騒ぎから暫くの時間が経ち、ユートはド・オルニエールの邸の工房に引き篭って、新しい技術を取り入れた聖衣を製作していた。

といっても新規ではなく、材料が完全に理解出来た事で真の聖衣と同じ素材で、アンドロメダを造り直していたのだ。

形状は前と変わらず、最終青銅聖衣のもの。

オペラピンクを基調とした色で、全身を鎖に絡まれたオブジェ形態でユートの前に鎮座するアンドロメダの聖衣は、よりいっそう存在感を放っている。

前の【聖衣】に付加していた能力は、全て新しい聖衣に移植済みだ。

「後は、龍星座と白鳥星座の聖衣だね。それに折角、聖域で鳳凰星座の欠片が手に入った訳だし、完全自己修復の再現もしたいなぁ。差し当たり、用済みの此方は形状と能力を変えて造り直しておくかな?」

同じく、アンドロメダ聖衣の形をしているオブジェに目をやり、呟いた。

この数年後、完成した鎧は某・ピンク髪の使い魔へと譲渡される。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「んーっ! ……うん?」

一仕事を終え、背伸びをしながら地下工房から出て来ると、鷹が窓の外で暴れているのを見付けた。

「伝書鷹?」

鷹は脚に手紙らしき羊皮紙を括り付けている。

庭に出て近付くと、鷹が飛び込んできた。

「おっと、少し我慢してくれよ? どれどれ……」

手紙を読むとユートの顔が驚愕に染まり、苛立ちに歪んだ。

「そんな、莫迦な?」

「あれ、兄貴? 早いね。ってか、徹夜したの?」

「ユーキ……ユーキッ!」

「へ?」

行き成り走り、近付いたかと思えば肩を掴んで揺すってきた兄に、ユーキは混乱してしまう。

ユートの力が以前に比べ、強くなり過ぎていて勢いを支え切れずに倒れた。

形としては、ユートに押し倒された感じになる。

「ちょっ、兄貴! 朝っぱらから激し過ぎだろう? そりゃ、兄貴なら良いけど……流石に外はどうかと思うんだよ、うん」

「顔を赤らめて何を愉快な誤解をしてるんだ?」

「ち、違うの? 劣情を催して襲い掛かって来たんじゃないの?」

「一度、話し合わないといけないみたいだね」

今のユーキは、中身は兎も角として外見は11歳。

否、ジョゼットの肉体では8歳くらいにも見える。

そんな相手に我慢出来ず襲い掛かる程、ユートも餓えてはいない。

「冗談は良いとして、何の用事なのさ?」

「直ぐに、僕をアルビオンにテレポートで飛ばしてくれないか」

「アルビオン?」

「そう!」

ユーキは難しい顔になり、溜息を吐いた。

「無茶を言わないでよ! 確かに、ボクがフル詠唱でテレポートを使えば、兄貴1人をハルケギニアに限定で何処にでも跳ばせるよ。だけどね、アルビオンだと座標が特定出来ないんだ。下手をしたら下に何も無い三千メイル上空に放り出されるんだよ!?」

白の国アルビオン。

それは嘗て、ハルケギニア大陸の一部であった大地が風石の暴走で浮かび、浮遊大陸となってしまった場所に興された、始祖ブリミルの子孫が治める王国だ。

現在のトリステイン王は、アルビオン王家からの入婿として、当時は王女だったマリアンヌと結婚している為、アルビオンとトリステインは完全な同盟関係となっている。

それは兎も角、浮遊大陸となりハルケギニアを巡っているアルビオンは、座標が定まらない為にテレポートで直接跳ぶのは控えたい。

それがユーキの心情だ。

「アルビオンに行きたいんなら、港町に行って船に乗れば良いじゃないか」

「急ぎなんだ、頼む!」

らしくない焦り様を見て、それがどのくらい急いでいるのかが窺えた。

「何があったのさ?」

だから、せめて理由くらいは訊いておきたい。

「モード大公……」

「え、真逆?」

その一言で合点がいく。

「我田引水で動いてきた訳だけど、上手くいかない事も多いよ」

「そんな……だって、あれはロマリアにエルフの愛妾がバレたら事だってんで、他の貴族に説明もしないで大公を攻め滅ぼしたんだ。ロマリアの権威の失墜や、マザリーニ枢機卿の教皇就任で、その心配は無くなったのに……何で?」

「判らない。だけど鷹便でウェールズから連絡が着たんだ。国王が急にモード大公を討つなんて言い出したから、大公と家族、大公に従う貴族を1人でも救って欲しいと」

「そんな、何で原作の通りにアルビオン王が動いてるのさ?」

訳が解らない。

モード大公を攻める理由が違うのか、或いは……?

「だから僕を早く跳ばして欲しいんだよ!」

「言ったよね? 座標が定まらないって。況してや、ボクはアルビオンに行った事がないんだよ?」

「僕は飛べるし、仮に墜ちても小宇宙を使えば死にはしない!」

「…………っ! ああ……もう、判ったよ! 但し、帰ったら僕に聖闘士の稽古を付けてくれるって約束をして!」

ユートの胸に顔を伏せて埋めながら、両腕を強く掴んで叫ぶ。

「ん、判った。行ってくるから、父上や母上やみんなには言っておいて」

「うん」

ユートは、ソッとユーキの頭を撫でてやる。

そんな掌を拒む事も無く、少し擽ったそうに、嬉しそうにユーキは受け容れた。

「それじゃ、やるよ」

「ああ、ストライクブルーム、セットアップ!」

【ストライカーユニット】を装備し、ユーキの魔法が完成するのを待つ。

「ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル…………」

長い詠唱が終わり、その力がユーキの杖たる指環から放たれる。

疑わない。

自分は出来る。

往くべき場所はアルビオン王国。

そんな想いを籠め、魔法は発動した。

ユートの身体が一瞬にして消失する。

「っはぁ……」

だいぶ精神力を持っていかれたが、魔法は確かに成功していた。

後は……

「兄貴次第だよ。無事に帰って来てね」

アルビオンが在るであろう方向を向き、切ない瞳を潤ませながら呟いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ユートは大空へと投げ出されて、図らずも空中遊泳をしている真っ最中だ。

「判ってはいたよ。ユーキも懸念してた訳だしね? だけど真逆、アルビオンのアの字も見えない場所に跳ばされるとは……」

【ストライカーユニット】に魔力のプロペラを発生させて、それを回転させると飛翔する。

墜ちていたユートの身体はピタリと止まり、その場に滞空して辺りを見回す。

「見事に何も無いな」

よもや、全く関係無い場所に跳んだとも思えないが、取り敢えず移動しなければ始まらない。

「B・Wにアクセス……」

可成り疲れるからやりたくないが、これならある程度は過去や未来すら見通せる筈である。

魔力が凄い勢いで減っていくのが判った。

「くっ……見えた!」

ユートは一つ上の時空から俯瞰する事により、アルビオンの位置を特定する。

「何と無く出来そうだとは思ったけど、上手くいって良かった」

アルビオンの在る方向へと翔びながら、安堵の溜息と共に呟くユート。

アルビオンまでの航路に、何が在るでも無く高速で飛翔した。

暫く翔ぶと、先に雲に覆われた島が見える。

「アルビオン!」

既に始まっているらしく、煙が立ち上っていた。

「くそ、遅れを取った!」

サウスゴータの邸は火に巻かれている。

城の兵士達を殺す訳にもいかないし、下手に顔を見られるのも国際問題になりかれねない。

ユートはバイザーを着け、服装も普段の物とは違うのを身に付けてサウスゴータへと降り立つ。

捜した結果、サウスゴータ卿は既に虫の息。

遺言を聴いた後、埋葬する為に固定化を掛けて亜空間ポケットに。

夫人も同じくだったが……

「マチルダ嬢が居ないな」

どうやら偶々、サウスゴータには居なかったらしい。

通りで、彼女が原作の方でも生き残っていた訳だ。

「キャァァァァァッ!」

その時、正に絹を引き裂く悲鳴が邸内を響かせた。

どうしてこうなった?

何故、こんな事に?

判らない。

解らない。

理解(わか)りたくもない。

然し、現実はいつも冷酷にその刃を喉に突き付ける。

理不尽という銘の刃を。

ほんの少しの好奇心。

それを満たす為にネフテスから出て来たが、どうにも人間の世界は勝手が違う。

種族の差と言ってしまえばそれまでだが、フードを取る事すら出来ないこの地で疲れを感じていた。

そんな時に出逢ったのが、アルビオン王国の大公様。

何日か邸に逗留させて貰っていて、何時しか自身を求められて応じた。

自分がエルフ故に、邸に隠れ住むしかなかったけど、愛しい旦那様と居られるだけで嬉しい。

そんなある日、【精霊の愛し子】を見掛けた。

それと判るくらい濃厚で、エルフでさえ有り得ない程の精霊の力を感じる少年。

ついつい追い掛け、そして視てしまう。

アルビオン山脈の頂上で、少年が纏う衣服を脱ぎ去り瞑想を始めたのを。

暫くは何も起きなかった。

だが、どのくらいの時間が経ったのか判らないけど、風の精霊が応えたのだ。

そして門を開き、魂が精霊界へと赴いた。

還って来た時には、初めから纏っていた水の精霊力に加え、風の精霊力が全身に満ち溢れていたのである。

きっと自分は興奮していたのであろう。

娘に語って聞かせた。

精霊に愛された、精霊の愛し子の事を。

あれから随分と時が経ち、隠れなくてもよくなった。

だけど、これからを幸せに暮せると思っていたのに、理不尽は侵食してくる。

旦那様となった人が自分と娘を隠す。

もう駄目だと思い、娘だけでも逃がした。

自分の為に作って貰っていた村、ウェストウッドに行くように言う。

終わりの時はきた。

旦那様は殺されて、今この瞬間に鋼鉄の刃が降り下ろされる。

怖い。

恐い。

だから、シャジャルは悲鳴を上げた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ガキィィィッ!

鋼と刃金が打ち合う甲高い音が室内に響く。

城の一般兵の降り下ろす鋼と、黒いバイザーで目元を隠した少年の刃金が火花を散らしながら重なりあっていた。

「な、何だ貴様は?」

「お前こそ何だよ、いい年した男が女性を追い回して剣を向けるなんて!」

「そいつはエルフ、我らの敵だぞ!」

「そういう認識は改めていく事になった筈だ!」

その為の政策を、現教皇のマザリーニは打ち立てて、実施している。

「国王様のご命令だ!」

「そうかい、だったら貴様は兵隊じゃないな。単なる操り人形、操り糸がなければ何も出来ない!」

「だ、黙r……カハッ?」

「緒方逸真流【影刃拉】」

敵の攻撃を防ぎつつ左手に短刀を持ち、がら空きの腹を裂く暗殺系の技。

力無く倒れ、腹から血を垂れ流す。

「あ……た、助け……」

「意志無き人形は動かずにいろよ」

冷たい眼差しを向け、踵を返す。

後に残るのは、物言わぬ骸のみであった。

「大丈夫? えっと、貴女はミズ・シャジャルで間違いないかな?」

「あ、うん。確かに私の名前はシャジャルだけど」

「そっか、もうこの邸内は敵以外に生き残っている者は居ない。直ぐに此処を離脱するよ」

「あ、はい……」

ユートはシャジャルの手を取ると、モード大公の邸を出る。

王都ロンディニウム。

ハヴィランド宮殿に向けてユートは進む。

元々、サウスゴータは港町であるロサイスと王都ロンディニウムを繋ぐ都市。

ロサイス〜ロンディニウムは馬で2日の距離。

シティ・オブ・サウスゴータからなら、馬で1日といった処だろう。

だが、今のユートであればシャジャルを抱えても走りで半日も掛かるまい。

勿論、風の結界で防御をしながら最大限、シャジャルに気を遣う前提でだ。

それが無ければ、半日処か30分掛けずに行ける。

昼になった為に一度、休憩を挟む事にした。

地球に行った時に購入してあった菓子パンを、亜空間ポケットから取り出して、二つばかりシャジャルへと渡す。

「これから、ハヴィランド宮殿に乗り込んで、ジュームズ一世陛下とお会いし、今回の仕儀についてお聞きする。ミズ・シャジャルは安全の為、味方のウェールズ王子に預かって貰う」

シャジャルは頷く。

ユートを疑ってはいない。

多少、姿が怪しいとはいえ命の恩人だし、シャジャルはあの時の少年だと認識していたからだ。

【精霊の愛し子】

大いなる意志の代弁者たる精霊、その精霊から選ばれた存在こそが【精霊の愛し子】と呼ばれる存在。

大いなる意志がこの世に遣わせた使徒、エルフの世界では伝説や伝承を通り越してお伽噺に近い。

あの時の少年にもう一度、会う事が出来てドキドキと胸が高鳴っていた。

「さあ、急ごうか」

「うん」

昼食を終え再びシャジャルを抱えると、ユートはハヴィランドに向けて走る。

急いだ甲斐もあり、何とか日が暮れる前に着いた。

「さてと、前から行ってもすんなり通してはくれないんだろうな。仕方がない」

ユートは光学迷彩を掛け、周囲の景色に同化して門を潜り抜ける。

前回、食糧事情の改善の為に訪れた事もあり、迷わずウェールズの私室へと向かう事が出来た。

ウェールズはワインをがぶ飲みして時折、外を見やると溜息を吐くというスパイラルに陥っている。

恐らくは、ユートが来るのを待っているのだろう。

「(男に一日千秋の想いで待たれても、ちょっと嬉しくないなぁ……)」

ユートは苦笑いしながら、近付こうと足を踏み出す。

「誰だ? 其処に居るのは判っているぞ!」

「っ!?」

風の使い手故に、気配などには敏感だと思っていたが真逆、穏行を見破られるとは思わなかった。

「出て来ぬのであれば!」

ルーンを紡ぎ出す。

ユートには魔法など効かないが、此方にはシャジャルが居る。

「(っていうか、シャジャルの気配でバレた?)」

幾らユートが気配を周囲に同化しても、シャジャルはそんな事が出来る筈ない。

「ストーップ。姿を見せるから詠唱をやめろ」

「その声、ユートか?」

杖を下ろすウェールズ。

ユートは迷彩を解除した。

「久しい、ウェールズ」

「ああ、本当に!」

一子爵家の子供と王子では身分が違うが、ウェールズはユートを親友として見ている。

公の場なら兎も角、此処では全てを晒け出せた。

「然し、文を出して僅かに二日……よもやこんな早くに来て貰えるとは!」

鷹が二日でユートの許に着いたとしても、ド・オルニエールからラ・ロシェールまで馬を飛ばして二日。

更に、ラ・ロシェールの港からロサイスまで時間が掛かるし、其処からハヴィランド宮殿まで二日。

早くとも五日は掛かると思っていたのだ。

「だけど済まない。モード大公は間に合わなかった」

「! そうか、叔父上が……そう言えば、そちらの御仁はどなただ?」

シャジャルが戸惑う。

「モード大公の妾、エルフのミズ・シャジャルだ」


「おお、貴女が!」

パサリとフードを取ると、アセアセとハルケギニアの挨拶をする。

「あのあの、私はシャジャルと申します」

「固くならないで、叔父上の妾だというなら私にとっても叔母上と呼んで差し支えないのですから」

にこやかに爽やかな笑顔をシャジャルに向けながら、ソッとユートに近付くと小声で話す。

「なあ、叔母上と呼ぶには彼女は若過ぎないかい? 今がこれなら、妾になった10年以上前は幼いくらいじゃないか?」

よもや、父の弟がロリコンだったとは……と、多少のショックを受けていた。

勿論、狒々爺が孫や曾孫くらいの少女を囲うなどは、貴族社会でもよくある事ではあるが、清廉潔白を地でいく叔父がそんな性癖だったなら、それは衝撃的であるだろう。

「いや、エルフを見た目で判断するなよ。多分だけどミズ・シャジャルは百歳くらい越えてるぞ?」

「まぢ?」

「マジだ」

初めて見たエルフの年齢と見た目の格差に、別の意味で衝撃を受けるウェールズであった。

そして直ぐにユートは済まなそうに表情を歪めると、ウェールズに謝罪する。

「済まない、モード大公もサウスゴータ夫妻も間に合わなかった」

「そうか……叔父上達が。確か、夫妻には娘が居なかったか?」

「マチルダ・オブ・サウスゴータだね。彼女は邸に居なかったらしい。難を逃れて身を隠したんだろう」

「そうか、良かった」

「良かぁないだろう。彼女はきっと、テューダー王家を憎んでいるぞ?」

原作でもフーケはアルビオンに対し、思う処があった様だし……

「それでもっ! それでもなんだよ、ユート……」

それはきっと心よりの慟哭だったに違いない。

恐らく、本来ならウェールズはこの件に深くは関わってはいなかった。

マチルダの事など、気に掛けもしなかっただろう。

事実、モード大公の件が尾を引いていると知りつつ、サウスゴータの太守の話は原作には出なかった。

然し、ユートと親友と呼べる間柄となり、裏で様々に相談などをしてきた結果、今回の件に深入りした挙げ句にユートへ助けを求めている。

バタフライ効果というヤツであろうか、彼は確実に良い方向に変化していた。

「さて、ウェールズ。訊きたい事がある」

「何なりと訊いてくれ」

雑談も終わり、今回の件に関する話の擦り合わせを行う事にした。

シャジャルは所在無げに、椅子に座っている。

「本当に突然だったよ」

それを皮切りにウェールズが説明を始めた。

それは正に青天の霹靂。

アルビオン王・ジェームズ一世は本当に突然、弟であるモード大公に国家叛逆罪を突き付けた。

理由は特に明かされていない事もあり、一般兵は兎も角として貴族達は今回の件に動揺が隠せない。

ただ、ジェームズ一世は少し前から執拗にエルフの妾を引き渡す様、モード大公へと通告していた。

その事もウェールズは知っている。

然しだ、以前なら未だしも現在はロマリア皇国の権威失墜に伴い、エルフと協調路線を始めていた。

つまり、無理にシャジャルを引き離す理由が無い。

貴族達もエルフを危険視したり、未だに差別的な事を言う者が居たりもするが、目立った混乱は無かった。

それはモード大公の人柄が大きく、ユートもこれなら大丈夫かと思っていたくらいだ。

それなのに、剰りにKYなジェームズ一世の行動は、ウェールズをして異常に写っていた。

「去年まではそんなんじゃなかったのに、父上は本当にどうしてしまったんだ! こんな事をして何になるというんだ!」

ウェールズはテーブルに拳を叩き付け、声の限りに叫んだ。

その結果……シャジャルがビクン! と、肩を震わせていた。

「成程、確かにこれは余りにも突然過ぎるね。まるで“別人に入れ替わった”みたいだよ」

「別人……か。そうだな、そうとも取れるくらいだ。だが、父上なのは間違いないんだよ」

「何故?」

「これでも十数年は親子をやっているんだ。多少は癖なんかも知っているさ」

息子としてずっと見てきたのだ、色々と本人でなければ有り得ない癖などもあるのだろう。

「そうか、だけどこの場合は何の反証にもならない」

「どういう意味だ?」

「僕がネフテスに行ってきたのを知ってる?」

「ん、ああ。聴いている」

ユートがネフテスに行き、個人的にではあるが友好を結んだ事は、各国に通達されている。

内緒にしてバレたら、痛くもない腹を探られるだけだからだ。

ロマリア辺りが騒ぐかとも思われたが、マザリーニは確りと下を抑えてくれていたらしい。

何しろ、マザリーニは原作ではまったくのアウェイなトリステイン王国で、誰の助けをを借りるでもなく、滅び掛けていた国を支えていたのだ。

寧ろ、味方の多いロマリアで最高位の立場を得れば、水を得た魚の如く纏めるであろうと目論んでいた。

そして、それは想像以上の効果を出してくれ、ユートを手助けしてくれている。

「そこに【鉄血団結党】のエスマーイルという議員が居たんだけど、僕の敵に入れ替わられていた」

「な、何だって?」

「同じ議員のビダーシャルによれば、普段から人間に対する過激な発言こそあったけど、それでも有り得ないくらいおかしかったと言っていた。結局、彼は既に故人だった事が判明した」

一番の鷹派が故人となり、しかも偽者による跋扈を許していた負い目もあって、友好が割りとすんなり結べたのは、皮肉としか言い様がないのだが……

「真逆、誰も気付かなかったのか?」

「ああ。姿形は疎か、声や口調や癖、記憶までもが何も変わっていない。少し主張の方が過激になったくらいで……ね」

「ならば、父上は?」

「此処、ハヴィランド宮殿に人知れず閉じ込める施設は在るかな?」

「む、地下になら幾らでも在るんじゃ……父上が其処に閉じ込められている可能性が?」

「多分。エスマーイルも適当に地下へ閉じ込めていただけだったみたいだし」

その辺り、可成り杜撰だったのだが……

「それでも見付からなかったんだ。有り得ると思う」

「判った。地下に急ごう」

姿を隠しながら、地下施設を探索した結果……

「ち、父上!?」

アッサリと見付けた。

「う、ウェールズか?」

「何故、こんな所に……」

「ワシにも判らん。目が覚めたら既に此処だった」

「多分、深くは眠らせてから運んだのでしょう」

「ぬ? そなた、ユートだったか」

アルビオンにも影響を及ぼしたユートは、ジェームズ一世の覚えも目出度かったらしい。

「はい、陛下。上では陛下の名を騙る者が好き勝手をしております。弟君であらせられるプリンス・オブ・モードも、偽者の命令により亡くなられました」

「な、何と!? おのれ、我が名を騙る不届き者め……ならば早く此処を出ねばなるまい!」

とはいえ、魔法での解錠は不可能。

そんな事が出来る程ちゃちな造りではない。

「陛下、御下がりを」

「うむ、判った」

ユートはジェームズ一世が下がったのを確認すると、デルフリンガーを出して刃を外す。

「光よっ!」

マインド・トリガーにより精神力を吸い上げ、増幅すると光の刃を形成する。

「おお!?」

これには、ウェールズ達も驚いた。

杖に魔力の刃を絡ませる様な魔法は在るが、これは正しく一線を隔している。

「でやぁぁぁぁぁっ!」

気合いと共に、刃を上下に二閃すると牢屋の鉄格子が数本、斬られて落ちた。

「むう、これでも固定化が掛かっておるのだがな」

それをアッサリと斬り落としたユートに、ジェームズ一世は驚嘆するしかない。

「さあ、お急ぎを!」

「うむ!」

体力は落ちているが、これ以上の暴虐は許せないと、老体に鞭打って歩く。

謁見の間に着くと、大臣や側近達が仰天した。

「へ、陛下が2人?」

「朕に成り済まし、何を企んでおる? 偽者よ!」

ジェームズ一世が、偽者を弾劾する。

「貴様こそ、朕の振りをしてこの国に混乱を引き起こす気か?」

どちらも本物に見え、判断が付かない。

「ユート、これでは埒が飽かないぞ?」

「仕方がない、切札(ジョーカー)を出すか」

そう言って取り出したるは魔導書、死霊秘法(ネクロノミコン)断章の写本。

「クトゥグア!」

それは、火の神性クトゥグアの記述である。

更に、追加された【暴君】の魔銃に関する記述による招喚。

ユートの傍らのジェームズ一世は、特に感じる事も無いのか平然としているが、玉座に座るジェームズ一世はあからさまに嫌そうな顔になる。

「オガタ殿、陛下の御前で武器を持つなど、お控えなされ!」

流石に暴挙が過ぎると考えたのか、大臣がもの申してきた。

「構わん! ユートよ、続けるが佳い。朕が許す!」

ジェームズ一世は、威厳を籠めて言ったものだった。

「では、神獣弾!」

傍らのジェームズ一世から許可を得て、ユートは神獣弾を装填する。

「クトゥグア……」

銃口を外へ向けて放つ。

「神獣形態!」

放たれた弾丸は、窓を抜けて外へと飛び出し灼熱を纏って獣に姿を変えた。

更に、クトゥグアが姿を変えるとそれは女の姿に……

「あれ?」

写本の力はまだ弱い。

オリジナルの様な意思は、未だ無い筈だ。

精々、クトゥグアの熱による赤熱光で、偽者に嫌がらせをする程度に考えていたのだが……


「……喚ばれたので飛び出ました」

それは、ユートの知っている姿ではない。

ユートの知るクトゥグア、それは白髪に褐色肌のお姉さんだ。

目の前のそれは、お姉さんというより少女である。

赤い髪の毛をツインテールに結い、褐色処か白い肌をしていた。

「だ、誰?」

「……ん? 招喚者は貴方の筈。相手は……SAN業廃棄物」

無表情で抑揚のない声色。

少女は、コテンと小首を傾げていた。


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