第86話:教皇の正体 . 「あれ?」 双魚宮と教皇の間の狭間にある元薔薇の道、其処に一六歳程の少女が現れた。 但し銀色ののっぺりとした仮面を着けている為に、その素顔は判らない。 少女は薄い紫が掛かった銀の色の鎧を纏っており、その鎧の下はハイレグというある意味扇で情的な姿をしている。 普段は頭に鷲を象る髪飾りの様な物を装備している筈だが、現在は何故か装備していないようで、鎧はショルダーやチェストやニーなどが罅割れている上に、身に付けいるハイレグも薄汚れていた。 無事なのは仮面だけ。 そう彼女もまた聖闘士、鷲星座(イーグル)の魔鈴。 彼女こそは白銀聖闘士(シルバーセイント)の一角であり、星矢にとって師匠に当たる人物である。 白銀聖闘士・猟犬星座(ハウンド)のアステリオンがおかしな事を呟いてくれた所為で、星矢が行方不明の姉さんの候補であるのだと目していた。 因みにユートは原作知識的にも、そして第三者的な視点からの常識的にも違う事を識っている。 原作知識的に見たなら、星矢の姉の星華はギリシアのロドリオ村に居り、記憶を失った状態で六年間を暮らしていた。 常識的に見た場合だと、魔鈴の年齢は確かに一六歳であり星華と同じ年齢だ、だが然し星矢が七歳の時にギリシアへと送られた事を知って、それを追い掛けた星華が行き成り白銀聖闘士になっている筈は無い。 況してや、ギリシアへと先回りして師匠になど成れる訳がないのだから。 聖闘士の修業は受けたのがどれ程の天才で、教えたのがどれ程に巧かろうと、大成するのには一年くらい掛かるだろう。 あの黄金聖闘士でさえ、天才的な才力を以てしても九歳か其処らで資格を獲たのにだ、白銀聖闘士になるのがやっとの魔鈴が、僅か数日で聖闘士になど成れる訳がない。 星矢の修業期間は六年。 逆算すれば現在、一六歳である魔鈴は星矢を預かった当時だと一〇歳だ。 普通に考えれば、あの頃の魔鈴は白銀聖闘士に成ったばかりであろう。 恐らくは六歳から一〇歳の四年くらいが修業期間、白銀聖闘士に任じられたのは当然の才である。 つまり星華では決して有り得ない、然し星矢が勘違いしたのは無理からぬ事。 ずっと姉さんを求めて、状況証拠だけは出てきた。 ・魔鈴の年代。 ・魔鈴は仮面を着けた際、記憶を喪失している(但しアニメ設定)。 ・実は生き別れの弟を捜していたらしい。 ・日本人である。 成程、確かにこれだけ見たら星矢の姉である条件を満たしている様にも見えようが、それを覆す反証設定が他ならない沙織によって齎されていた筈だ。 星華は星矢がギリシアに送られたのを知ってから、星の子学園を行方不明になったという事。 そこを抜いて考えたからこその勘違いだった。 また原作知識で魔鈴の弟が天闘士・イカロスの斗馬であるとされているおり、星矢の完全無欠な勘違いと全てが証明している。 閑話休題…… さて、魔鈴は間抜けな声を上げてキョロキョロと辺りを見回していた。 「魔鈴、アンタこんな所で何をしてるんだい?」 「! シャイナか」 声を掛けられて振り返ってみると、其処に同じ様な仮面を着けた同僚が居る。 白銀聖闘士・蛇遣座(オピュクス)のシャイナ。 白銀聖衣は纏ってなく、鞣し革製のレオタードを身に付けていた。 「いや、星矢が此処に敷き詰められていた……筈の、王魔薔薇にやられているんじゃないかと思って」 「何も無いみたいだねぇ。罠を自力で突破したんじゃないかい?」 「そうみたいだ。星矢って直情的だし、確実に引っ掛かりそうだったんだけど」 何気に酷い師匠である。 「此処に来る前に、獅子宮に寄ったんだけどね、其処でアイオリアから新しい仲間が居るって聴いたんだ。ひょっとしたら、助言でも受けたんじゃないかい?」 「そうか。まあ、無事だったなら良いよ」 少しはホッとした様で、豊かな胸を撫で下ろす。 魔鈴のそれは心配の裏返しという事か。 或いは、本当に記憶喪失なのだとしても、無意識の内に弟を求める心が、出来の悪い弟みたいな星矢を、放っては置けないのかも知れない。 「処で、魔鈴。今まで何をしていたんだい? それにその格好はいったい……」 魔鈴は、アステリオン達を斃した後で星矢に書き置き『星矢、アテナを護りなさい』と残し、いつの間にか姿を消していた。 その後は何故か音信不通だったのだが…… 「スターヒルさ」 「な、何だって? スターヒル? あそこは聖域の中でも、教皇以外は立ち入る事を許されていない禁区の場所じゃないか」 スターヒル──それは、代々の教皇がアテナに代わって星の動きを詠み、大地の吉凶を占う場所。 天に最も近いと云われ、聖闘士でも勝手に入り込む事など不可能とされる。 「私は日本で星矢と別れ、教皇の正体を暴こうと思ったんだ。秘密の鍵を握る場所はスターヒル以外に無いと考え、死とスレスレで入り込んできたのさ。お陰でスターヒルの頂上で発見したんだ。十年以上も経った教皇の遺体を……ね」 「な、なにい!? 教皇の遺体だって……バカな……それでは教皇は、星矢が乗り込んで行った教皇の間に居る教皇の正体は……?」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 魔鈴とシャイナがそんな会話をしているなどとつゆにも知らず、星矢と優斗は教皇の間にある扉の前にまで辿り着いていた。 「此処が教皇の間か!」 押してみるが動かない。 だけどこの扉は普段は、誰がどうやって開けているのだろうか? 聖闘士の星矢で開けられないのなら、雑兵風情では決して開けられまい。 それとも、今は鍵でも掛かっていたのか? どちらにせよ、気の長い方ではない星矢は……『開かぬなら、壊してしまえ』とばかりに行動する。 「くっ、何て重たい扉だ。ビクともしない。ようし、ペガサス流星拳っっ!」 無理矢理に抉じ開ける──寧ろ扉を破壊をすると、玉座の如く椅子に座っている人間が居た。 顔が影で見えないくらいに深々とマスクを被って、本来の教皇の純白とは違う漆黒の法衣を身に纏う者。 八八の聖闘士の頂点に立っており、本来ならアテナを補佐するのが役目でありながら一三年前に、アテナを弑逆せんと企んだ男。 即ち…… 「教皇!」 「星矢か。それと、麒麟星座の少年……」 「優斗だよ」 「うむ、よくぞ此処まで辿り着けたものだな」 「な、なにい……お前が」 教皇だと目される男が、星矢とユートの前で被っていた法冠を外した。 「お、お前が教皇か!」 「二人共、よく十二宮を突破してきた。お前達こそ、正しく真の勇気と力を持った聖闘士だ……」 とても澄んだ碧い瞳で、星矢と優斗を見つめながら教皇は二人を褒め称える。 だが、そんな教皇の態度は星矢にとって癪に障るものでしかない。 「巫山戯るな。まるで善人みたいな顔しやがって! 今更、悔い改めてる暇なんて無いぜ。アテナは後三〇分足らずの命なんだから。さあ、アンタを引き摺ってでも下に降ろすぜ!」 頭に血が上った星矢は言うが早いか、右拳を教皇の胸に叩き付ける。 「な、なにい!?」 だが教皇は全く微動だにすらしない。 「星矢、済まないが私の力を以てしても、黄金の矢を抜く事は出来ないのだ」 「な、何を言う。抜けるのは教皇だけだと聴いて来たんだ! 今更、言い逃れは出来ないぜ! 喰らえぇ、ペガサス流星拳っっっ!」 今度は一発とは云わずに百発以上もの拳を叩き込んだが、それさえも涼しい顔で受け切った。 「そんなバカな! 流星拳を躱しもしないで受けて、たじろがないとは!?」 ポタリ…… 驚愕しながら教皇の顔を見ると、その双眸から涙を流している。 「涙……だと? 教皇?」 「星矢、私の行いは確かに許されるべき事ではない。私は、この教皇は……」 「星矢、教皇が黄金の矢を抜けないのは本当だよ」 「「っ!?」」 後ろから声が掛かって、驚愕をする星矢と教皇。 「アテナを救うには、更に奥に在るアテナ神殿に聳えるアテナ像が左手に持つ、アテナの楯を……アイギスの正義の楯を使わなければならないんだ」 「アテナの楯?」 「アテナ像は本来は右手に勝利の天使ニケを、左手には正義の楯を持っている。だけど一三年前にアイオロスが勝利のニケを奪ってから爾以来、アテナ神像は楯しか持っていない。その楯こそあらゆる邪悪を討ち祓ってくれる正義の楯。教皇の相手なら僕がするから、星矢は今すぐに神殿へ行き楯をアテナに翳すんだ!」 「けど、大丈夫なのか?」 星矢は心配そうな表情となりユートを見ている。 ほんの十時間程度の付き合いしかないが、共に戦ったり食事したりした結果、目的意識の共有化が為されて信頼度が上がった様だ。 「大丈夫。星矢がアテナの楯を手にするまで、踏ん張ってみせるよ」 「わ、判ったぜ!」 頷くとアテナ神殿に向けて駆ける。 「待て……」 「え、教皇?」 教皇の横をすり抜けて、星矢がその横を突き進もうとした矢先に教皇が待ったを掛けた。 「拙い、星矢! 早く行くんだ!」 「させぬ!」 教皇は星矢に拳を揮う。 「なにい! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 グシャァッ! 光速拳をまともに浴び、壁にめり込む星矢はその侭倒れ伏し気絶した。 「くっ、よせ……これ以上はっ……ぐうう……」 星矢に拳を揮いながら、独り言を呟きつつも苦しむ教皇の姿。 「(白サガと黒サガが鬩ぎ合っている。そんなに楯を取られたくないか、黒サガめっ……!)」 目の前の教皇に扮した男の正体、ユートにとっては既に明らかとなっている。 一三年前、聖域から行方不明となっている男── その名も黄金聖闘士……双子座(ジェミニ)のサガ。 サガは一種の【解離性同一性障害】であり、善と悪が極端に偏っている。 普段のサガは、神の如く力と人格で民や他の聖闘士から慕われていた。 だが、とある事情から悪の心が浮上してサガを苦しめる様になる。 それが黒サガ、悪の心を持つ漆黒のサガである。 黒サガは白サガを抑え込んで、自ら欲望の侭に教皇と赤子のアテナを弑逆しようと試みた。 教皇──シオンをスターヒルにて殺害に成功するものの、アテナはアイオロスが察知して止めたお陰で、それは未遂に終わる。 それ以後サガは善と悪の狭間で揺れ動きながらも、一三年間を教皇として聖域の掌握を行った。 白サガはいつか真の勇気と力を持った聖闘士が自身を止めてくれる事を願い、黒サガは力を以て地上支配を行って、外敵の侵略からこの地上を護る為に。 教皇──サガの髪の毛の色が徐々に変化していく。 「ぐ、ぐう……優斗と言ったな? 私を、私を止めてくれ……もう……私は自分を抑え切れん……っっ!」 どうやら心の天秤が善から悪に傾いたらしい。 ゆっくりと立ち上がり、ギラつく凶悪な瞳をユートに向けてきた。 「どうやら貴様は、色々と知り過ぎているらしいな。此処で確実に息の根を止めさせて貰うぞ、死ねっ!」 サガの右拳から放たれる光速拳、会話の最中にでも少しずつ小宇宙を高めていたユートは、白銀聖闘士くらいなら容易く葬れるだけの力を保持している。 それ故に、煌めく閃光をすり抜けるが如く…… 「何だと!? 我が光速拳を躱すとは!」 【叡智の瞳】を全開に、燃焼させた小宇宙によって全身を強化、サガの光速拳を悉く躱してみせた。 「此方も簡単に殺られたりはしない、極小氷晶(ダイヤモンドダスト)ッ!」 「なにぃっっ!? これはキグナスの?」 油断していた事もあり、本体はダメージを受けなかったが、教皇の法衣が凍結して砕け散る。 法衣の下は何故かすっぽんぽん…… 素っ裸であった。 ユートとしては余り見ていたくない光景であるが、戦闘中によもや目を逸らす訳にもいかず、威風堂々と晒されているサガの凶器を目に焼き付けてしまう。 これで短小とかなら嗤ってやるが、ソレは正に凶器と呼ぶに相応しい。 否、寧ろ聖剣か…… というか肉体美に自信があるのは理解をしたから、とっとと何かを着ろと声を大にして言いたい。 「ふん、法衣を凍結されてしまうとはな。まあ良い。私も最早、動き難い教皇の法衣など借りるまでもあるまいよ」 そう言うと右腕を天井に掲げて小宇宙を燃焼する。 「此処へ来て、私の身体を覆え! 我が聖衣よ!」 そんな言葉と共にサガの背後に顕れたのは、四本の腕と二つのアルカイックな貌を持つ黄金聖衣。 「双子座(ジェミニ)か!」 カシャーンッ! という甲高い音を響かせて分解されて、双子座の黄金聖衣はサガの肉体へと次々と装着されていく。 両脚に、大腿に、腰に、胸部に、両腕に、二の腕、両肩へと…… 最後にはヘッドマスクを左脇に持って、双子座聖衣の装着を完了する。 「(いつも思うけど、何でマスクを装着せずに脇に持ってるんだろう?)」 双子座のサガを見遣り、ユートはそんな場違いな事を考えていたが、きっと蒸れるからだろう。 「やはり驚きもせぬのか。この私が双子座の聖闘士だと貴様は知っていたな?」 「その通りだよ、教皇……否さ、双子座のサガッ! 貴方が一三年前にアテナを弑逆せんとし、それを見咎めたアイオロスを逆賊として濡れ衣を着せ、まんまと真の教皇に──嘗ての聖戦の生き残り、牡羊座(アリエス)のシオンに取って代わった男だと、僕は確かに知っているさ」 「クックック……ならば、余計に生かしてはおけん。さあ、異次元へ飛んで行くが良い……異界次元(アナザーディメンション)!」 「くっ、これが……」 上空の空間を砕き去り、歪められてポッカリと空いた次元の孔。 サガの光速拳に煽られ、ユートは異界次元(アナザーディメンション)の孔へ飛ばされ始める。 双子座のサガ、爆発的なエネルギーを扱って他者の頭脳を制御し、時空間すら思いの侭に操作する男。 しかも、乙女座のシャカと同様に五感を奪う事すらも出来るのだ。 ユートは今更ながらに、このサガという男の強大さに戦慄していた。 「うわっ!?」 然し異次元には飛ばされず元の教皇の間に落ちる。 「ぐっ、うう……バカめ、邪魔しおって。折角、カメロパルダリスを異次元へと送ってやったものを……」 〔よせ、これ以上は罪を重ねるな! アテナの生命を救い出すまで二人は殺させはしないぞ!〕 「黙れ、お前さえ居なければ私はとっくに大地を支配していたのだ! いつも、肝心な時にお前が邪魔をしていた。それさえ無ければ……うう……!」 苦しみながら、蹲っていたサガは勢いよく立ち上がり叫んだ。 サガは人格が反転したとしても、やはり善と悪が鬩ぎ合っているらしい。 「サガ、これ以上はやらせない! 喰らえ、我が翼を廻る燐光……五燐光!」 それは五つの属性。 陰陽五行属性を凝縮し、それを放つユートの聖闘士としての基本技。 北方の霊亀から水。 南方の鳳凰から火。 東方の応龍から木。 西方の麒麟から金。 中央の黄龍から土。 その一つ一つが必殺級、今のユートなら黄金聖闘士並の威力を出せる。 元よりユートの力の源流となるのはハルケギニアの魔法、魔力の上位の小宇宙によって、破壊力は格段に上がっていた。 「ぐおおおおおっ!?」 流石のサガと云えども、セブンセンシズにまで上がったユートの小宇宙で放たれた技に、後退を余儀無くされると吹き飛ばされて、壁にぶつかりその壁は砕け散ってしまう。 普通の人間であったら、確実に即死レベルの威力だった筈だ。 だがサガは平然と立ち上がって来て…… 「侮っていたぞ。よもや、この私にこれ程のダメージを与えてくるとは……」 その表情には未だに余裕が窺えた。 これ程……などと言ってはいるが、どうやら大した痛みでは無いらしい。 通常の必殺技であるが、殆んど効いていないというのは…… 「(予想はしてたけど)」 星矢のペガサス流星拳や天馬回転激突(ペガサスローリングクラッシュ)や、一輝の鳳翼天翔などを受けても涼しい顔をしていたくらいだ。 黄金聖衣を纏うとはいえ防御力が半端ではない。 「だが最早これまでだ! さあ今こそ受けるが良い、この双子座のサガの最大の奥義を!」 サガは高く掲げた両手の間に膨大な小宇宙を圧縮すると、両腕を打ち合わせる事によって収束圧縮をした小宇宙を爆発させる。 それは膨大なエネルギーの奔流となり、標的となる敵を葬るのだ。 これこそが双子座のサガ最大の拳…… 「銀・河・爆・砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)ッ!」 それはまるで雄大な宇宙に浮かぶ星々、それら全てが爆砕していくかの如く。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 銀河の星々すら砕くという必殺技は、ユートの身体を容易くエネルギーの奔流に呑み込んでしまった。 舞い散る粉塵。 「ふははははは! これで私に逆らう者は全て斃したぞ! 後はアテナが死ねばこの地上は私のものだ!」 哄笑を上げるサガ。 最早、勝利を確信するかの様な高笑いだ。 「う……」 カラリと、砕けた壁や床の一部が転がり、倒れ伏したユートを見付けた。 「なに? 未だ息があったのか。私の銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)を受けて、何としぶとい事だ。然し妙だな……肉体が砕けなかった処か、聖衣に罅一つ入らぬとは」 倒れているユートを見て怪訝な表情になるサガ。 ユートの肉体は傷だらけになり、あちこちに裂傷が出来ているし、身に付けた服もボロボロであった。 だが、纏っている聖衣だけは全くの無傷、罅が入る処か傷らしい傷すらも付いてはいない。 「まあ良い。その素っ首を叩き落とせば聖衣が如何に丈夫でも同じ事、死ね!」 ニヤリと口角を吊り上げると、倒れているユートへと鋭い手刀を真っ直ぐに降り下ろす。 バシィッ! 「な、何だと!?」 小宇宙の塊がサガの掌へと叩き込まれて、ユートにトドメを刺すにまでは至らなかった。 「何者だ!?」 姿の見えぬ誰かを捜し、サガら教皇の間を見回す。 「うう!? な……何だ、この攻撃的な小宇宙は!」 カツン、カツン、カツンと床を踏み締める音が屋内に響き渡る。 「お、お前は……鳳凰星座(フェニックス)の一輝!」 それは嘗てデスクイーン島での修業でエスメラルダを喪い、挙げ句の果て城戸光政が父親だと知ってしまって暗黒聖闘士の首領となりながら、星矢達との闘いを通じ目覚めた男。 アンドロメダ星座の瞬とは母親も同じ兄弟であり、星矢達とも実は異母兄弟。 そして、青銅聖闘士の中でも最強と目されている、それがフェニックスの一輝であった。 乙女座(バルゴ)のシャカと共に散った筈が、今此処に現れたのだ。 「ば、莫迦な。貴様は確かシャカと共に消滅した筈。それとも、九死に一生を得たその生命を再び捨てに来たのか?」 「この俺の生命など、幾らでもくれてやるさ。但し、アテナの生命だけは絶対に取らせん!」 形からしてシャカと闘っていた時とは変化した新生鳳凰星座の青銅聖衣を煌めかせ、決意の拳を握る。 この教皇の間まで辿り着くまでに、紫龍と氷河と瞬の三人を置いて来たのだ。 その三人に報いる為に、サガをこの場で打ち倒さねばならない。 「フッ、笑止な……今更、死に損ないが一人増えたか処で何になる。こうなれば三人纏めてあの世へと送ってくれるわ!」 「残念だが、あの世へ逝くのはお前の方が先だっ! 受けろ、炎と風の拳を!」 「む!」 両腕を鳳凰の翼に見立てながら、炎と風の小宇宙で不死鳥の羽撃きを魅せる。 これがフェニックス一輝の最大の拳…… 「鳳翼天翔っ!」 敵を焼き尽くす熱風。 それは正にフェニックスが天を翔るがの如く、サガを吹き飛ばすと柱へと激突させた。 「ぐ、鳳凰星座の一輝か」 「俺の事を知っているか。星矢は大丈夫なのか?」 「サガの攻撃で気絶しているだけだよ」 「そうか」 一輝は安心をしたのか、胸を撫で下ろす。 「それより、時間を稼いで欲しい」 「時間だと?」 「今は回復中だけど、もう少し時間が掛かる。僕が動ける様になるまでの時間が欲しいんだ」 「良いだろう。何処の誰かは知らんが、この場で奴と闘うなら味方だろうしな」 「ほう、未だそれ程の気力が残るか? カメロパルダリス……」 ユートと一輝が会話をしている中で、サガが平然と立ち上がってきた。 「むう、鳳翼天翔を喰らって何事もなく立ち上がって来るとは……不死身か?」 「フッ、笑止な。今までの相手には通用したのかも知れんが、私の前では貴様の技など無力なのだ」 「何だと……無力かどうかもう一度喰らえ! はぁぁぁぁっ、鳳翼天翔っ!」 サガの挑発を受けて一輝は再び鳳翼天翔を放つと、今度は吹き飛ばされる事は疎か、まるで熱風の方から避けるかの如く涼しい顔で歩いてくる。 「な、なにい!? バカな……鳳翼天翔の威力が奴を避けて吹き抜けていく?」 「だから言った筈だ。貴様の技など無力だと……な。そうら、自分の仕掛けた技で自ら吹き飛べ」 「うっ!」 サガが右腕を掲げると、掌を翳して鳳翼天翔の威力が逆流して一輝を襲う。 「うわぁぁぁぁああっ!」 一輝は逆に吹き飛ばされてしまい、柱を砕く勢いで激突をした。 「ま、まさか……鳳翼天翔が逆流し跳ね返されるとは……ぐあっ!」 床に倒れた一輝の背中をサガは踏み付けた。 「フェニックスよ、貴様は双児宮でも私の邪魔をしたのだ。楽には死なせん!」 再び踏み抜こうとするも一輝は床を転がり、サガの攻撃を躱して起き上がる。 「鳳翼天翔が効かぬとあらば肉体ではなく精神の方を砕くまでだっ。鳳凰幻魔拳でな!」 「何、精神を砕くと? この私のか? 面白いな、ならば私も肉体ではなく、貴様の精神の方を破壊してやろう。伝説の幻朧魔皇拳によってな……フッ」 フェニックスの一輝。 ジェミニのサガ。 どちらも、伝説と謳われる魔拳の使い手である。 その真髄は相手の頭脳に作用して精神を支配する事にあり、自白をさせたり、精神崩壊を促たり、果てには行動を操ったりと恐るべき拳だ。 「どちらが先に相手の精神を支配出来得るか……」 「「勝負だ!」」 サガの音頭に併せ二人が声を揃えて拳を放つ。 「鳳凰幻魔拳――!」 「幻朧魔皇拳――!」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ ユートは大人しく回復に精を出していた。 ゲームには特にデメリットも無いが、ハイポーションは薬であるから、流石に飲み過ぎて副作用なんて事になると笑えない。 まあ、ハイポーションなんて名前であるが、ユートが作った薬草などを煎じ、水の精霊の涙を多少加えたモノだから、そんな極端な副作用も無いと思うが…… 美味しいものでもないしハイポーションを一瓶飲んだら後は、治療(リカバリー)で回復している。 単体で充分な回復効果を見込めるが、治療系の魔法と組み合わせれば、多大な回復を齎してくれる触媒にもなる。 ユートは自身の肉体と、麒麟聖衣を見た。 肉体は激しく傷付いていたものの、今は徐々に回復しているから服が血塗れな以外に悪影響は無い。 聖衣は全くの無傷とまではゆくまいが、罅の一つも入ってはいなかった。 原作ではサガの銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)により、星矢の新生ペガサスの聖衣や、一輝の新生フェニックスの聖衣も砕け散っていた筈。 「(やっぱり……ね)」 ユートは得心がいったのだろうか、聖衣を撫でながらコクコクと頷く。 「(若しアレ(・・)が可能なら、試してみる価値は有るかもね?)」 闘いの方を見遣ったら、一輝とサガが互いに伝説の魔拳を放ち合っていた。 精神を支配された一輝にサガは自らの腕を打ち抜けと命令すると、言われるが侭に右の貫手で自らの左腕を傷付ける。 次に倒れているユートへとトドメを刺す様、一輝に命じるサガだが数秒後に、行き成り大笑いを始めた。 正直、怖い。 箸が転がっても笑ってしまう年齢でもあるまいに。 まあ幻魔拳で、とっても愉快な幻影でも視ていたのだろう。暫くして漸く幻影から目醒めたのか、キョロキョロと辺りを見回しながら戦慄している。 精神支配に関しては互角らしく、この侭撃ち合ったとしても千日戦争(ワンサウザンド・ウォーズ)となるだけだと判断した。 「最早、互いに幻朧魔皇拳も鳳凰幻魔拳も使えんな。こうなれば肉体の闘いしかない。どちらの小宇宙が勝っているか!? さあ……フェニックスよ、私に最後を見せてくれるのではないのか? 掛かって来い!」 「望む処だ! さあ征くぞジェミニ! 鳳翼天翔!」 三度、サガへと放たれる炎と風の輪舞曲。 然し、そんなものは効かぬとばかりに一輝を右掌打で吹き飛ばす。 「うわぁぁぁぁっ!」 「莫迦めが、鳳翼天翔など通用しないと何度返されれば解るのだ?」 「う、うう……」 「鳳翼天翔も鳳凰幻魔拳も私の前では最早、使えん。謂わば、貴様は両翼をもがれた達磨も同然なのだ!」 言いながら、サガは一輝を殴り飛ばした。 「だが、この私は違うぞ。最後にそれを見せてやる。これは此処まで闘った貴様に対する褒美だ、フッ……さあ、死の間際に確りと見届けろ。このジェミニ最大の拳!」 「うっ、これは!」 「銀・河・爆・砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)ッ!」 撃ち放たれた銀河の星々をも砕くビッグバンの如き衝撃が、一輝の全身を呑み込んでいった。 . 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