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第84話:君達にアテナを託す
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「ば、莫迦な……」

ミロが呻く様に呟く。

互いに一撃必殺を旨に放った最高の奥義。

キグナス氷河の最大の拳、【極冷竜巻(ホーロドニースメルチ)】。

スコーピオンのミロの最後の一刺し、【真紅光針・赤色巨星(スカーレットニードル・アンタレス)】。

ミロの光速拳は、間違いなく氷河の腹部──蠍座に於いて一等星たる赤色巨星の部位、蠍の心臓部を突き刺す筈であった。

だが、事実として氷河の躰は貫かれておらず、ミロの指は空を切っている。

「半死半生の氷河が、俺の拳を見切ったとでも云うのか!?」

信じられない。

否、信じたくない事実。

手加減などしていないし、漢として、聖闘士として認めた氷河に敬意を評し、遇するべく侮りもせず最高の一撃を見舞った筈。

有り得ないと思ったのは、氷河を格下と侮っての事ではなく、幾ら氷河でもミロに一撃を見舞う心算であるなら、避ける事は一切考えずカウンターを狙うと考えていたからだ。

結果だけを見やれば確かにその、カウンターというのは間違いではなかった。

予想外だったのは、カウンターを極めながらもミロの赤色巨星(アンタレス)を躱した事。

「み、見事だ氷河よ……」

ピキーンッ! という甲高い音が響く。

「よもや、赤色巨星(アンタレス)を躱しながら……この俺の身体に蠍座の形状の凍気をぶつけるとは!」

ミロの纏う蠍座の黄金聖衣には、15発にも及ぶ拳の大きさの凍結点が在った。

「お前は俺が赤色巨星(アンタレス)の一撃を打ち込む瞬間、それを躱して逆に15発の拳を当てたのだ。それも生命点に……」

聖闘士は自らの守護星座の形がその侭、急所となって顕れている。

嘗て、星矢が暗黒ペガサスの放った【暗黒流星拳】──別名【黒死拳】と呼ばれる技を喰らい、血液を小宇宙の不純物で濁らされて、死に掛けた事があった。

その際、紫龍が星矢の身体に天馬座の形の孔を穿ち、悪い血を抜き出すといった乱暴な治療をしている。

あの時は治療であったが、急所という事は下手に撃たれれば死にかねない。

ミロが未だに無事なのは、彼の纏う聖衣が最強であると称された黄金聖衣であったからに他ならないのだ。

聖衣の差が明暗を分けた。

氷河は大量の血液を床へと垂れ流しながら、ドシャリと俯せに倒れ臥す。

「俺の纏っていたのが黄金聖衣でなければ、倒れていたのは俺だった。生きるか死ぬかの闘いには勝った。だが、この勝負は……俺の敗北だ!」

氷河は薄れゆく五感と意識の中で、究極の小宇宙──セブンセンシズに目覚め、絶対零度にも近い凍気によってミロの黄金聖衣を凍り付かせた。

ミロが敗北を認めるには、充分な結果と云えよう。

「然し、君は死ぬ。赤色巨星(アンタレス)こそ躱して免れたが、既に14発もの真紅光針(スカーレットニードル)を喰らい、大量の血液を喪ったのだ。後は、その血が流れ切れば死に至るだろう」

「う……うっ……」

氷河は意識が無い侭に、正しく這う這うの体で腕の力だけを頼りに前へと這う。

「そんな身体で一体、何処へ行こうと云うのだ?」

氷河程の漢が、みっともないと嗤われようとも生き足掻くのは何故か……

ミロは考える。

「兄弟である星矢達の許へか? それとも君らが悪だと断じる教皇の許か?」

ユートが言っていた話。

あれが若し本当だったら?

「本当にあの城戸沙織という娘が、アテナだとでも言うのか? 若しそうだとするなら我々はっ!?」

矢も盾も居られず、氷河の許へと駆け寄ると氷河の躰を起こし、ミロはある一点を突く。

「うぐっ!?」

暫くすると、氷河の心臓の鼓動が強くなる。

「ガハッ、ゴホ、ゴホ!」

「気が付いたか?」

目を覚ました氷河は、ミロを見て驚愕を露にした。

「血止めの急所、真央点を突いた。これで失われていた六感も直に戻るだろう」

「ミ、ミロ……何故?」

「フッ、見てみたくなったからよ。君達が何処まで行けるのか、この闘いの行方をな。それに、奴と約束もしていたし……な」

ゆっくりと立ち上がる。

氷河もまた、痛みの奔る躰を押して立ち上がった。


そしてフラフラと、次の宮である人馬宮に向かう。

ミロは、それをいつまでも見守っていた。

ミロは決して氷河を救った訳ではない。

寧ろ、最も辛く苦しい試練を与えたのだ。

その意味に、氷河は直ぐ気付くであろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


氷河の闘いは終了し、それに伴い射手座の黄金聖衣が人馬宮へと還る。

幾星霜を経て、この十二宮に黄金聖衣が全て揃った。

甲高い共鳴音が、聖域全体に響き渡る。

白羊宮で牡羊座が。

金牛宮で牡牛座が。

双児宮で双子座が。

巨蟹宮で蟹座が。

獅子宮で獅子座が。

処女宮で乙女座が。

天秤宮で天秤座が。

天蝎宮で蠍座が。

人馬宮で射手座が。

魔羯宮で山羊座が。

宝瓶宮で水瓶座が。

双魚宮で魚座が。

聖衣を震わせ、共鳴音を鳴り響かせていた。

星矢、紫龍、瞬の三人は、第九番目の人馬宮に急ぐ。

ユートも人馬宮に、黄金に輝く流星が落ちたのを見て急いだ。

「射手座の黄金聖衣が人馬宮に戻ったか。だとしたら氷河とミロの闘い、決着も着いた頃かな?」

なら、直ぐにも追い付いて来る事であろう。

それはもう、決して有り得ないレベルで。

原作では瞬を背負い、紫龍もそれに併せて走っていたとはいえ、随分と離れていた筈の氷河があっという間に追い付いている。

急ぐに濾した事はない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【人馬宮】

星矢達が人馬宮に辿り着くと、其処には射手座の黄金聖衣が安置されていた。

「これは、射手座(サジタリアス)の黄金聖衣?」

「そうか、先程の流星とはこの聖衣だったのか」

驚く星矢に納得する紫龍。

「でもどうして……これがこんな所に?」

「恐らく沙織さんが持ってきていたんだ」

憶測ではあるが、瞬の最もな疑問に星矢が答えた。

まあ、考えていても仕方がない事である。

時間も余り残っていない、星矢達が次の宮、魔羯宮に向かう為に動こうとしたら行き成り、射手座の聖衣が動く。

黄金の矢を弓に番えている射手座の聖衣が動くと、必然的に鏃もその方向を指し示す。

星矢が右に移動したならば右に、左に移動したならば左に射手座の聖衣も動く。

まるで射手座の聖衣が星矢を狙っている様に見えて、正直な話気分が良くない。

更に、射手座の黄金聖衣は弦を引いた。

「「「な、何!?」」」

これには3人共が驚く。

若しこれで、矢羽を放せば黄金の矢は星矢へと飛んで刺さってしまう。

「じょ、冗談キツいぜ!」

流石に焦る星矢。

黄金の矢は、曲がりなりに黄金聖衣の一部だ。

仮令、聖衣の上からであっても当たれば、紙の様に容易く貫通して星矢の肉体を射抜いてしまう。

洒落では済まない。

が、無情にも聖衣のライトアームの指先は、黄金の矢の矢羽を手放した。

「うぉぉぉぉぉっ!」

「「星矢ぁぁぁぁっ!」」

星矢の絶叫が人馬宮全体に響き渡り、紫龍と瞬の叫び声が谺する。

そして、それと同時に宮へ駆け込んで来るユート。

ユートが駆け込んだ矢先に見たのは、よく知っている場面。

まるで星矢を射抜くかの様な動きをする射手座の黄金聖衣、放たれる黄金の矢、そして紙一重で壁に突き刺さるのだ。

「あ、ああ……」

冷や汗を流し、驚愕と安堵から固まっている星矢。

その矢は、確かに星矢ではなく背後に有る壁を射抜いていた。

「あ、危なかった。後少しずれていたら心臓を貫いていたぜ!」

未だに止まらぬ冷や汗と、恐怖から鳴り止まぬ心臓の鼓動。

「だけど何故? 射手座の黄金聖衣は、今までずっと俺達を助けてくれていた。なのに、どうして今回に限って俺を……?」

そう、射手座の黄金聖衣は星矢が危機に陥ると、何度か救ってくれているのだ。

例えば、暗黒聖闘士との戦いの最終決戦に老いては、暗黒聖闘士の首領(ドン)にして最強の青銅聖闘士でもある鳳凰星座(フェニックス)の一輝との戦闘の中、紫龍、瞬、氷河が吹き飛ばされた際に合体して人型を執り、星矢を護っていた。

例えば獅子座のアイオリアが教皇からの勅命を受け、星矢の抹殺に動いた時には白銀聖闘士の3人、巨犬座のシリウスと銀蝿座のディオとヘラクレス座のアルゲティの攻撃に翻弄されていた星矢の身体を鎧い、その力を貸している。

そんな射手座の黄金聖衣がよりによって、星矢の心臓に目掛けて矢を放った。

星矢達の驚愕も無理からぬであろう。

だがユートは真相を識っているのだ。

「星矢、違うよ」

「優斗!?」

先程まで射手座の黄金聖衣に注視していた為か、気配に気付かなかったらしい。

星矢ばかりか、紫龍と瞬までも吃驚していた。

「何が違うんだよ?」

「射手座(サジタリアス)は星矢を狙ったんじゃない。後ろの壁を狙ったんだよ」

「何だって?」

再び驚き、星矢は後ろに聳える壁を見やる。

「けどよ、じゃあ何で俺の移動先に矢を突き付けてくる必要があったんだ?」

「う〜ん、お茶目?」

ズルリ!

星矢はずっこけ、紫龍と瞬は苦笑した。

「多分、星矢が狙い目の壁の前に立つよう誘導して、移動したらギリギリを狙って射つ心算だったんじゃないかな?」

「な、な、な、何じゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

星矢の絶叫が、人馬宮中に響き渡ったのだという。

「フッ、どうやら手荒い歓迎を受けたらしいな?」

「「「氷河!」」」

突然声がして、振り返れば氷河が人馬宮の入口に立っていた。

「ミロに打ち克ったみたいだね」

「ああ、優斗のお陰でな」

本来なら、赤色巨星(アンタレス)を受けていた氷河だったが、急激にセブンセンシズの理解が深まって、無意識に発揮した為か躱すだけの力が残っていた。

確かにユートの薫陶によるものもあるだろう。

「氷河が真面目に修業してきた証拠だよ。今まで培ってきたものが結実したって事さ。僕はその後押しに、小賢しくも知識を披露して見せただけ……」

それも原作知識をだ。

原作を識るが故、偉そうに語って聞かせる事が出来たに過ぎない。

「それでも、ありがとうと言わせてくれ」

爽やかな笑顔でそんな事を言われては、流石に照れ臭くて若干赤くなりながらも頬を掻くしかない。

「まあ、それならその言葉は受け取るよ」

「ああ」

そうこうしていると、矢の刺さった壁が支えを喪ったのか崩れてしまう。

「な、何だ?」

「二重の壁みたいだね」

星矢の疑問に答える様に、瞬が解説した。

「こ、これは!?」

紫龍は驚愕を露にする。

新たに出てきた壁面には、何故だか文字が刻まれていたのだ。


ια παιδια ηρθαν εδο

αφηνο την Αθηνα οε θενα

ΑΙΟΡΟΣ


「若しや、射手座の黄金聖衣はこれを見せる為に……ん? どうした、星矢?」

ふと紫龍が星矢を見ると、星矢の瞳から涙がハラハラと流れている。

「ア、アイオロス。貴方って人は……っ!」

「星矢、この文字が読めるの?」

「ああ、これはギリシャ語だからな。ギリシャ語は、魔鈴さんからみっちりと教え込まれてきたんだ」

因みに、ユートもギリシャ語は読めた。

だけど、空気も読めたので星矢に任せる事にする。

正式に師の下で聖闘士としての厳しい修業をした訳ではなく、趣味と実益を兼ねて【聖衣】を造ったユートとしては、この雰囲気の中に浸る権利は無いと思ったからだ。

「これはアイオロスの遺言なんだ!」

「な、何だと? アイオロスの遺言?」

流石の紫龍も冷静では居られない。

射手座のアイオロスと言えば、仁・智・勇を兼ね備える聖闘士の中の聖闘士。

「それじゃあ、読むぞ」

星矢と氷河と瞬と紫龍が、壁の前に並んでいた。

優斗はその後ろで御零れに与っている。

自分は本来、この闘いには無関係でしかなく、聖闘士ですらない。

それが判るが故に、遠慮していた。

星矢が壁に刻まれた文字を読み上げる。

「……この地を訪れし少年達よ」

──この地を訪れし少年達よ──

「君達にアテナを託す」

──君達にアテナを託す──

尊敬すべき大先輩からの、大いなる言葉。

大切な遺言。

4人は涙が止まらない。

だが、ユートは場違いというか……感動をぶち壊しにする事を考えていた。

「(アイオロスって、いつこんな遺言を遺したんだろう?)」

そもそも、遺言とは死ぬ前に予め書いておくものであるが、アイオロスが教皇に扮したサがアテナ弑逆未遂をして、直ぐにアテナ神殿から脱出。

その後、追っ手の追跡を躱す為に人馬宮に籠った可能性も否めないが、いつ見付かるかも知れない中で呑気に遺言を刻むだろうか?

場合によっては魔羯宮から山羊座のシュラ、下の方から他の黄金聖闘士の誰かが挟み込んで来るのにだ。

当時、ミロはミロス島での修業に勤しんでいた可能性もあるから、ミロと断定は出来ないが……

真逆、未来の射手座の黄金聖闘士に向けたものか?

「(うん、指摘はやめておこうか。感動を明らかにぶち壊すから)」

ユートは再び空気を読んで口を噤んだ。

一頻り感動した後で、さあ行こうという話になるが、ユートが待ったを掛ける。

「どうしたんだよ、早く行かないと沙織さんが!」


焦る星矢。

だが、時間的には人馬宮の火が未だ煌々と燃えている状態で、消えるまでに大体四十分はある。

二十分を休息と治療に使えば、魔羯宮へ二十分で行ってギリギリ間に合う。

「確かにそうだけどねぇ、急がば回れだよ」

そう言いつつ、亜空間ポケットからバスケットを取り出して広げる。

「これは?」

紫龍の質問に応えるかの様に、ユートはバスケットを開けて見せた。

「え、と……何処から見てもお弁当だね」

中身を見た瞬が言う。

「十二宮攻略も既に九番目の人馬宮。此処に来るまでに食事はしてても、九時間は何も食べてないよね?」

しかも戦闘をしながらで、当然だがその分は余計に消耗している。

「腹が減っては戦は出来ぬ……か?」

「紫龍、正解。それから、今の内に傷の治療もしてしまおう。ムウも言っていたかも知れないけど、相手は格上の黄金聖闘士なんだ。少しでも万全の状態にして挑まなきゃね」

ユートは聖衣を脱ぐ様に促して、更に液体の入っている瓶を渡す。

「どうするんだよ?」

「聖衣は僕が修復するよ。瓶の中身は治療用の薬ね」

流石に、ラストポーションに近しい【生命の清水】程のモノではないが、FFのハイポーションと同じくらいの回復が可能だ。

名前もズバリ、【ハイポーション】である。

現状、一番酷いダメージの氷河がハイポーションを煽った。

天羯宮までの話や、ミロとの会話を聴いて信用していた事も手伝い、アッサリと決断したらしい。

「こ、これは!?」

「どうなんだ、氷河?」

何気に星矢は、熱き血潮を分け合った兄弟に毒味をさせているが、それはこの際だから置いておき、氷河は驚愕する。

「ミロから受けた真紅光針(スカーレットニードル)のダメージが、消えた!」

見れば、完全に傷跡が塞がっていた。

「へぇ、スゲーな。なら、俺の折れた右脚も繋がるのかな?」

星矢も氷河に続いて、ハイポーションを飲み干す。

腰に手を添え、まるで銭湯上がりに珈琲牛乳を飲む様な姿である。

「んく、んく、んく……」

「せ、星矢……」

瞬が苦笑している。

紫龍も氷河も、星矢の姿がおかしいのか声を押し殺して笑っていた。

「ぷはー! キくぜ!」

星矢はヤク中みたいな感想と共に、濡れた唇を拭う。

「お、おお! マジか? 本当に骨が繋がってら!」

キッチリと嵌め込み、テーピングで固定していたからであろう、ハイポーションの癒しの力で確りと骨が接合されていた。

それに、アイオリアから貰ったダメージもすっかりと癒えている。

「ふむ、俺達も黄金聖闘士を相手に少なからず傷付いている。その薬、貰っておこうか」

紫龍もハイポーションを受け取り、それに倣って瞬も受け取った。

紫龍は蟹座のデスマスク、瞬は双子座との戦闘でダメージを負っている。

それに、シャカやミロからもそれなりに攻撃を受け、傷付いていた。

その傷も、ハイポーションを飲む事で回復する。

「喪った血は流石に増えないし、消耗した体力なんかも回復はしない。そこは、スタミナの付く料理と造血剤で補ってくれる?」

「そうさせて貰おう」

「ああ!」

「どうした、瞬?」

「星矢、1人で食べ過ぎだよ!?」

氷河が瞬の奇声に振り返ってみれば、星矢がバスケットの中のおにぎりを、1人でパクついていた。

「こ、こら星矢!」

「いかんな。この侭では、星矢に食べ尽くされる」

和気藹々、下の方で辰巳や邪武達が気を揉んでいる間に、星矢達はご休憩をするのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ダメージを回復し、腹も膨れて、疲労も少しは抜けた星矢達は、次の宮を目指して走る。

原作では星矢の聖衣のライトフットは、アイオリアに砕かれ罅が入っていたが、今は擦り傷も無かった。

氷河の白鳥星座(キグナス)の聖衣は、この時点で一番ボロボロだったが、ユートが【錬成】で修復した為、喪ったマスクも完備していたりする。

紫龍も瞬もダメージや疲労が無く、万全を期して此処に来ていた。

次は第十番目の宮、魔羯宮と呼ばれる宮だ。

山羊座──カプリコーンのシュラが預かっている。

「太陽が沈んだぞ!」

「火時計も残るは三つ!」

魔羯宮からは何の小宇宙も感じられない。

星矢達は、油断こそしていないが魔羯宮を一気に駆け抜けた。

「抜けた! この魔羯宮を護る聖闘士は存在していなかったのか?」

否、ユートは知っている。

ユートは識っている。

山羊座のシュラは小宇宙を絶ち、静かに潜んでいるだけである……と。

「む! みんな、飛べ!」

紫龍の言葉に従い、全員が高く跳躍する。

「なにぃ!?」

「うわぁぁぁぁぁぁ────っっ!」

「行き成り大地が裂けたぁぁぁぁっ!」

星矢も氷河も瞬も、驚愕を露にしながら飛ぶ。

唯一、ユートだけが何が来るか識っていた為、冷静に対処していた。

そう、瞬が裂け目に墜ちる事も識っていたが故に……

「うりゃあっ!」

背中から蹴り上げて、向こうまで届かせたのだ。

「大丈夫かな? 瞬」

「痛っ! うう、乱暴だったけど……助かったよ」

「うっ、紫龍が!」

「なにぃ!?」

魔羯宮側に紫龍が残っているのに氷河が気付く。

「ああっ、紫龍は魔羯宮に残った侭だ!」

星矢も紫龍が彼方にいる事に驚いた。

ユートからすれば既定事項に過ぎないが、星矢達から視れば驚くしかない。

紫龍の背後から気配がしたかと思うと、何者かの声が掛かった。

「クックック。他の4人に跳べと言っておきながら、自分の跳躍力には自身が無いようだな。それとも俺が引き裂いた亀裂に戦慄し、腰でも抜けたか?」

「俺までが跳んでいたら、全員お前の第二の攻撃によって地の底へ落とされていたろう」

「ほう、あの4人を向こう側へ逃す為に、敢えてこの場に残ったか? 小癪な。後悔するぞ小僧!」

背中に羽織るマントを風に靡かせ、不敵な笑みを浮かべている黄金の鎧を纏った闘士が其処に居る。

「俺は山羊座のシュラ! そして13年前、逃亡しようとした逆賊アイオロスを半殺しにした男よ!」

そう、嘗ての時……

アイオロスを、城戸光政が見付けた際には切り傷だらけであったというが、聖衣を纏う前の攻撃を幾らか喰らったのだろうと推測されている。

「そうか、それを聞いたら尚更、此処に残って良かったよ!」

「何?」

「この紫龍の残りの生命の小宇宙を全て、お前に叩き付けてやる! アイオロスの無念も全て籠めてな!」

紫龍の背後には、燃焼される小宇宙が守護星座である龍が浮かぶ。

今、紫龍の小宇宙は最大限にまで滾っていた。

星矢と瞬は、氷河とユートに促されて先へと進む。

さよならは言わない。

今は只、アテナを──沙織お嬢さんを救う為に一丸となるだけだった。

「クックック、アイオロスの無念も籠めて全ての小宇宙を俺に叩き付けるだと。俺は実力も無いのにデカイ事を言う奴が嫌いでな!」

「うっ!」

シュラが右腕を揮うと共に紫龍の左太股が斬られて、同時にその下の地面までもが裂かれていた。

「な、何という拳圧だ!」

「今更、何を驚いている。そら、もう一発!」

「くっ!」

然し、今度は避ける。

「うう……これが大地さえ引き裂く奴の拳の威力か。いや、拳というよりも剣。優斗の情報通り、シュラの手刀は正に聖剣……エクスカリバーだ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ユートは一つの小細工をしていた。

これは将来的な戦いを少しでもやり易くする為。

楽にはなるまい。

何故ならば、前聖戦に於いては黄金聖闘士は元より、白銀聖闘士、青銅聖闘士、果てはアテナさえも死んでほぼ全滅しているのだ。

どう足掻いても楽になるとは思えない。

それでも、少しで良いから有利に進めたかった。

自分が関わる関わらないに関係無く、原作より有利に闘える様に小細工する。

余り誉められた行為ではないが、その為なら原作崩壊(オリジン・ブレイク)をもして見せる心算だった。

ユートは唱える。

とある一つの呪を。

呪は咒となりて、言乃葉は言霊となる。

咒紋を言霊と共に紡いでいくと、それは形態を成して大いなる力として顕現。

それを用い、更なる呪を唱えた。

これは大事な事だから。

そう言い訳して、自分勝手な我侭を通すのだ。

既に決められた道筋を否定して、新しい道筋を勝手に造り上げる。

俯瞰して観測された知識を悪用し、自分に都合の良いように改変するのだ。

まあ、今更ではある。

自身が転生した世界では、既に本来の道筋を幾らかは破壊しているし、この前の世界でも同じだ。

ならば、この世界でそれをして何の不都合がある?

ユートは嗤う。

自分自身を。

ユートは嘲笑う。

己の所業を。

これはイレギュラーたる、転生者全ての原罪だ。

だけど断じる。

この世界は、俯瞰され観測されて物語として存在しているが、この地に住まう者達は紙の中のプログラム──NPCなどでは有り得ないし、世界に確実に生きているのだと。

だから、ユートは小細工を弄してでも原作崩壊を行うのである。

知り合いが少しでも苦しまない様に。

知り合いが少しでも動き易い様に。

仮令、小賢しい小細工だと断罪されたとしても。

それがユートの生きる路。

「さあ、自らの罪を数えながらその罪業に身を焦がそうか……我が力、我が身となりて!」

朱金の巨体が、天空を貫く一条の矢と成らん。


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