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第71話:水を穢す存在と水を浄める存在
覇道財閥が所有するというリゾート地にて、怪事件が頻発している。

そんな報告がされた。

インスマウスでの事件である事は明白で、ユート達は現地へと飛んだ。

インスマウスは土着の神を奉じる者達が住んでいる訳だが、問題はそれが【深(ディープ・ワン)き者】と呼ばれている邪神崇拝者であるという事。

海神ダゴンに祷りを捧げて日夜、崇拝者を殖やすべく陸の女を拐う。

そんな昏き闇の臭いが在る土地に、覇道鋼造は光を当てる為の一手を打つ。

それがリゾート計画だ。

海水浴場が覇道鋼造に開発されて爾来、インスマウスは大きく発展を遂げた。

今では合衆国有数のリゾート地として、有名を馳せているという。

そんな地で、一ヶ月ばかり起きているのが船の難破、観光客の失踪。

事が大きくなり、覇道も頭を悩ませていた。

そして、怪奇現象には妙な噂が付随している。

夜中の不気味な呻き声。

海岸で巨大な蛙らしき存在が群れで出現する。

海面に明らかに鯨とは異なる、巨大な魚影が浮かぶ。

エトセトラ……

そんな訳で、インスマウス海岸浴場へとやって来た。


遊ぶ気満々な瑠璃やアル。


更には、何故か付いてきたシスター・ライカと付属物……元い、アリスン達チビっ子連中。


更に、更には……何故だか居たドクター・ウェストと人造人間エルザとブラックロッジの黒服の皆さん。

いつものウェストとエルザの漫才も観れた。

取り敢えず、初日は九郎も諦めて遊び倒したのだ。

ホテルに戻ると、蛙の様な……所謂、インスマウス面の現地住民がプラカードを持って、覇道を批判している所を見た。

邪神崇拝者……

魔導の資質を持つアリスンは、その危険性を察知。

アルは連中を見て、不敵な薄ら笑いを浮かべていた。

夕餉の席にて、酔っぱらった瑠璃が無体を言う。

「芸をやりなさい」

杯を片手に、全く艶っぽくない赤ら顔で言い放つ。

「──芸をしない者は覇道財閥の名に懸けて、社会的に抹殺してみせます。そう確実に!」

それはもう、空気が重くなってしまったものだった。

絡み酒な瑠璃が、次から次へとユートの杯に酒を注いできたが、元より幼少からアルコールに慣れたユートは飲み干してしまう。

因みに、九郎が女装させられた時にユートは逃げた。

その後は、ユートが露天風呂で入浴中に全裸で瑠璃が乱入してきたり……

アリスンがユートの布団に潜り込み、翌朝に一波乱があったりと様々なイベントが起きてくれた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【深(ディープ・ワンズ)き者ども】の本拠地に向かう船上で、ユートはこの後の展開に関して思いを馳せていた。

ウェスパシアヌスが居り、【ルルイエ異本】を手にする為に色々と画策をしているだろう。

ユートが元の世界に回帰するには、ヨグ=ソトホースの招喚は必須。

ならば、前段階の【強壮たるC】の招喚もまた必須。

取り敢えず、ウェスパシアヌスに【ルルイエ異本】を持ち帰って貰う。

なればこそ、此処は原作の通りにやるしかない。

気付いている。

ユートは既に、インスマウスの住民が船に近付いている事に、気付いていた。

だが、敢えて何もしない。

してはならないのだ。

その気になれば、ウェスパシアヌスからルルイエ異本を奪取も出来るし、今回の襲撃もどうとでもなる。

それでも何もしない。

目的の為には、クールに……冷血で在らねばならないのだから。

ユートの噛み締めた奥歯、握り締めた掌からポタポタと鮮血が流れていた。

斯くして、【深(ディープ・ワンズ)き者ども】による襲撃は起きて、船は沈んでしまう。

ユートは魔素の濃いこの地にて、水の精霊の加護を得る為に魔装機神ガッデスを待機させていた。

ガッデスの内部に存在する【水霊珠】を働かせ、加護を最大限に利用したのだ。

それを以て、瑠璃の安全だけは確保しておく。

ウィンフィールドと、何故か付いてきたライカはどうにも出来なかった。

「今頃、九郎さんとアルは乳繰り合ってるのかな?」

原作アルルートに於いて、薬で理性を飛ばされてしまった九郎が、アルの色香に惑って襲うのだ。

しかも、未だにナニが収まらない九郎を相手に、アルがお手々で致してくれる。

面白いイベントではあるのだが、よもや瑠璃を放ったらかして見学に行く訳にもいくまい。

ユートは、ガッデスのコックピットで気絶をした瑠璃を抱きしめながら、九郎がダゴンと戦う時をジッと待っていた。

その時こそ、デモンベインと共に戦う心算だ。

一方、その頃……

九郎は漸く治まり、アルと神殿の奥深くへと向かっていった。

ウィンフィールドとライカの2人と合流し、襲い来る【深(ディープ・ワンズ)き者ども】を斃していく。

「マァァァァベラスッ! 流石は、流石は大十字九郎とアル・アジフ! 我々、ブラックロッジに刃向かおうとするだけはある。失敗作如きではどうにもならんか、ファンタスティック! 実に、実に、実にっ! ファンタスティックだ!」

拍手と共に出てきたのは、如何にも紳士然とした風情の中年と、インスマウス面のジジイ。

その紳士からは、凄まじいまでの威圧感を感じる。

「ああ、すまない。自己紹介が未だだった。私の名前はウェスパシアヌス。ブラックロッジが導師、アンチクロスの1人だ。今後とも宜しくお願いするよ」

ウェスパシアヌスは言う。

神の招喚を始めると。


見れば、神像らしき物の上に少女が立っていた。

「女の子?」

何処か遠い異国──異界の?──青を基調とした装束纏った少女。

祭壇の上、神像の上、長く棚引く衣に身を包み、神秘的な雰囲気を放つその少女は、異界の神に支える巫女の様でもあった。

背は低く、胸は申し訳程度にしかない。

初雪の如く白い肌、右目が紫、左目が金の虹彩異色。

胸元と首筋を覆う衣と同じ色の布で纏めたお団子頭。

髪の毛はそれでも尚、長い銀に近しい白髪。

表情は陶然としている。

その少女こそ、【強壮たるC】を喚ぶ巫女であり……魔導書【ルルイエ異本】でもある精霊であった。


【ルルイエ異本】
原本は紀元前300年頃、人類以前の言語で記されていたとされる。

粘土板(タブレット)に書かれたオリジナルがあるといわれるが、既にに破壊されて中国語で書かれた巻物、英語訳、ドイツ語訳が存在している。


此処に在るのが原本かどうかは扨置(さてお)き、少なくとも自意識と精霊体を持つ程の力を有していた。

巫女の姿を見て、【深(ディープ・ワンズ)き者ども】が一斉に歓声を上げる。

そして歓声に混じるのは、忌まわしい異形の祝詞。

ふんぐるい むぐるうなふ くするふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん!

ふんぐるい むぐるうなふ くするふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん!

ふんぐるい むぐるうなふ くするふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん!

ライカは真っ青になって、俯いていた。

【深(ディープ・ワンズ)き者ども】の合唱に応えてか否か、少女も透き通っているよく響き渡る聲で、詠う様に呪文を唱える。

『くぅ〜りとぉ〜りとぉおふ〜うがふなぐるうふたぐん……』

その瞬間、少女から噴き出す強力な神氣と瘴気。

プレッシャーに心が潰れそうになる。

「魔導書!? しかも只ならぬ水妖の神氣……【ルルイエ異本】か!」

一瞬だけ、バラけてページ化した事から、アルが正体を看破した。

「大正解だ、流石は流石は流石はアル・アジフだよ! そうだ、そうだとも! 彼女もまた超一流の魔導書なのだ! これ程の【書】と魔力と我々の理論があれば、神の一つや二つ招喚出来るだろうさ! こんな、こんな風にだっっ!」

『るううううぅぅ・りぃぃえええええええ! いあ! いあ! いあ! か、みさま……っ! かみぃ……だ、ごん! だご、ん! だごん!』

爆発の様な衝撃を、魂に感じて神氣と瘴気が一気に膨れ上がる。

混じり合う二つの気は、【ルルイエ異本】の少女を呑み込み、神像を包み込む。

その胸糞悪くなる【氣】を遠く離れた海の中、ガッデスのコックピットの中で、ユートも感じ取っていた。

ダゴンが顕れたのだと。

一方の九郎達は、ダゴンの生命力吸収に苦戦する。

何とかウェスパシアヌスは退かせたが、ルルイエ異本はダゴンと共に在った。

放っておけばどうなるか、さっぱり判らない。

「第四の結印は【旧(エルダーサイン)き印】……脅威と敵意を祓うもの也……ハッ!」

アルが呪文を唱える事で、光り輝く五芒星が浮かび上がって、何とか落ち着く。

「魔術防禦を施しておいた故に、あとは出来得る限りダゴンから離れるが良い」

「了解致しました」

「それで……九郎ちゃんはどうするの?」

ライカに問われ、互いに顔を向き合わせて九郎とアルは頷いた。

「あんな大怪獣を放っておく訳にもいかないだろ?」

「後は我らに任せて、早く逃げろ!」

「九郎ちゃん!」

「ライカ様、失礼を」

ウィンフィールドがライカを脇に抱え、一気に猛スピードで祭壇の間から走り去っていく。

瑠璃がこの場に居ないのは確認済み。

だから、ウィンフィールドはユートが瑠璃を確保していると信じている。

たがら今は、己に出来る事をするのだ……全力で。

九郎はルルイエ異本に対して、バルザイの偃月刀で斬り付けるが、緑色の液体になって飛び散る。

その液体がダゴンの外殻に染み込む。

「チッ!」

ダゴンが暴れ、神殿の天井が粉砕されてしまった。

「こっちだ! さあ、付いて来やがれっ!」

外へ飛び出すと、豪雨と強風が九郎を襲う。

「やるぜ、アル! こっからでもデモンベインは?」

「何の為の招喚装置だと思っておる!」

「良し、やってやるっ! 征くぜ!」

野生動物が逃げ出す中で、九郎は聖句を唱える。

汚泥と汚液の、雫と腐臭と咆哮と呪詛に満ちる島に、聖らかな詩が響き渡った。

「憎悪の空より来たりて、正しき怒りを胸に──」

ダゴンは動きを止め、唸り聲を上げる。

「我らは魔を断つ剣を執る……汝、無垢なる刃」

ダゴンの聲が空間を歪め、世界は一時死に絶えた。

「デモンベインッ!」

それに負けじと、爆音……咆哮、雷鳴。

稲妻に、その巨大な──強大か刃金が映し出される。

爆発を伴って顕現するは、鋼鉄の巨神。

ヒトの造りし神。

理不尽を憎み、正義の刃を手に執る偽神が、理不尽の権化であり、正しく狂った宇宙の心理そのものたる、神の前に立ちはだかる。

不遜にも、威風堂々と。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ガッデスのコックピット内では、漸く瑠璃が意識を取り戻していた。

「キャァァァァッ!?」

「ユーは、ショーック!」

目を開き、開口一番で悲鳴を上げながら顎に一撃くれる瑠璃。

その所為か、おかしな台詞と共に仰け反ってしまう。

「行き成り何をする?」

「ユ、ユートがわたくしに悪戯をするから……」

「してないよ!?」

あらぬ誤解を受け、ユートは声の限りに叫んだ。

「此処は何処ですか?」

「魔装機神ガッデスのコックピット内」

「魔装機神……成る程」

ユートは魔装機神を既に、四体共完成させている。

現在はそのデータを基に、ノルスやジャオームなどの魔装機を建造中だ。

目的は最後の時に現れるであろう、破壊ロボやダゴンやヒュドラを叩く事。

元々が、ラ・ギアスを滅ぼす魔神を斃す目的で造られたモノであるが故に、ピッタリではなかろうか?

「現在、九郎さんがデモンベインを招喚して、戦闘中なんだ。そろそろ僕も戦いに参加するよ。だから手近な島で降りて欲しい」

「わたくしも此処に居ます……戦いは出来ずとも傍で見ていたいのです!」

「危険なんだけど……」

「それでも!」

ユートは瑠璃の瞳を視る。

揺らぎの無い、真っ直ぐで綺麗な瞳だ。

同時に、決して意見を曲げない決意に満ちた瞳。

「判った。コックピットは今の侭にする。イナーシャル・キャンセラーで揺れは少ないけど、気を付けて」

「判りました!」

ユートは予め切ってあったモニターを着ける。

飛び込んできた映像を観ると、デモンベインが二体の甲殻類に翻弄されていた。

巨大な体躯は甲殻化した鱗で鎧い、ヒレとエラを持つ海老の様な身体を伸張させて絡み付いている。


「な、何なのですか!? あの怪獣はっっ!」

「海神ダゴンと番(つがい)のヒュドラ、だね。父なるダゴンに母なるヒュドラ。彼奴らは番で、深き者どもから崇拝されているんだ」

「な、なんて事……」

デモンベインが、ダゴンとヒュドラの体当たりを受けて翻弄されていた。

「それにしても、二対一とはいえ何て無様を晒しているのですか!」

「仕方ないさね。デモンベインは陸戦が主で、水中戦闘の適性が低いんだから。空戦D、陸戦A、海戦C、宙戦Bって処かな?」

今のデモンベインは飛べないから、空戦は適性以前の問題だとして、海戦も泳げないなら適性は低い。

「どうしたら?」

「ガッデスの水中戦闘適性はSだから、どちらか一方をこっちで引き受けるしかないね」

そう言って、両手を宝玉に添えるとスロットルペダルを踏む。

「さあ、ガッデス。オリハルコニウムのマーメイド、その涙を激流に換えて討て……我が身のプラーナが尽き果てようとも!」

グングニールを喚び出し、海中をダゴン並の高速移動をすると、ヒュドラに思い切り突き立てる。

鱗を砕き、少しだけとはいえ攻撃が通った。

尤も、デモンベインに匹敵する巨体を相手に、半分の大きさの機体のガッデスが持つ武器だ。

精々が針に刺された程度の痛みだろうが……


デモンベイン……九郎達は突然現れた、蒼い流線形のボディを持つ機体に驚愕してしまう。

「な、何だ?」

「此方ユート。九郎さん、状況は理解しているんだ。ヒュドラは僕とガッデスで引き受けるから、ダゴンはそっちでお願いするね!」

「お、応……?」

返事を聞いてユートは即、行動を開始する。

「一つの雫は川となり、川は軈て奔流となり、奔流は懸河となる……水の威圧、その身に受けてみろっ! ハイドロ・プレッシャァァァァァァァァァーーッ!」

グングニールの先に水流が収束していき、魔方陣を形成すると莫大な水圧を懸けた懸河の如く勢いを以て、水のエネルギーがヒュドラへと突き刺さった。

懸河とは、勢いよく流れる川を意味する。

ハイドロプレッシャーは、正しく懸河であった。

原作で、ダゴンとヒュドラは結び付いてゴンドラ(仮)となっている。

ならば、同じ場所に居させる訳にはいかない。

ダゴンにせよ、ヒュドラにせよ、水圧に耐える構造となっているからハイドロプレッシャーは効き目も薄いだろうが、それでも衝撃波としてのダメージは通る。

それに目的は飽く迄も遠くに追いやる事。

ダメージは序でに過ぎないのだ。

ダゴンは、デモンベインに丸投げしてしまう。

ユートはガッデスを操り、ヒュドラへと向かう。

水の精霊の力を籠められた【水霊珠】を組み込まれ、水への抵抗を抑える流線形の装甲も相俟って、水中に於ける戦闘に適した作りのガッデス。

巧みにグングニールを使ってヒュドラを翻弄した。

グングニールは槍。

槍とは突いて、貫く為にある武器だ。

然し、元来の長物の役割は長さを活かした突きより、円運動による変幻自在の連続攻撃にある。

柄の両端を攻撃に使える事を利用し、剣の様に切り返したりせず同じベクトルで運動量を保持した侭、攻撃を繰り返す事が可能だ。

その速度は、剣を二度振るよりも遥かに速い。

然しながら、ユートは剣士であって槍術の心得など、当然ありはしなかった。

ユートが槍を扱える理由、それは【緒方逸真流】という流派にある。

緒方逸真流は、全ての武器──直接攻撃という意味──に通じていた。

槍、拳、斧、剣、槌。

流石に、投擲武器や射撃系はカバーしていないが……

武闘とは舞踏に通ずる。

緒方逸真流の動きは、直接攻撃であるならば武器を選ばないのだ。

「はぁぁぁぁっ! 【独楽乃舞い】、【刀乱刺(とらんす)】!」

緒方逸真流【独楽乃舞い】でヒュドラの死角に回り、横薙ぎに斬り払って回転を利用して、運動エネルギーの全てを籠めた突きを放つ【刀乱刺】をぶつける。

鱗が砕け散り、肉を抉られたヒュドラは堪らずその身を捩って暴れ回った。

「やっぱり、基本的な小技ばかりじゃ詰むな」

ユートは前世で奥義は使えなかったが、果たして今生では使えるか否か……

空間すら断ち斬ったという緒方逸真流の奥義、それを使えたなら仮令ば神と名乗るダゴンやヒュドラでさえ斬れよう。

とはいえ、タメに時間が掛かる為に今は使い様がないのも事実。

「先ずはヒュドラの動きを抑えるか……」

ユートは、ガッデスの力を解放するとグングニールの穂先にプラーナを収束し、魔方陣を形成する。

「遥けき東の彼方より来たれ、霧氷と霜の大いなる者よ……ヨツンヘイム!」

四重の水圧が螺旋を描き、ヒュドラを襲う。

その中央を狙い、ユートはグングニールを投擲して、ヒュドラを穿った。

水の神性たるヒュドラは、水の力には耐性もある。

然し、ガッデスのパワーも海中という事で充分に出力が増幅されていた。

それに、ハイドロプレッシャーとは違い、物理エネルギーとしてグングニールをぶつけるヨツンヘイムは、ヒュドラにダメージを通す事に成功する。

畳み掛ける様に次の技を放つ為のモーションに入り、口訣を紡ぎ出す。

「ロキの子、地を揺らすものよ、今こそ足枷を解き、我が敵を貪れ!」

海が割れて、ガッデス並の巨体を持つ二頭の狼が水で生成された。

原典で云う、フレキとゲリを顕在化したものだ。

流石に原典通りに意思を持ってはいないが、威力には関係は無い。

「さあ、征け……フェンリルクラッシュ!」

顕現したフレキとゲリは、ユートの指示に従い駆け出してヒュドラを襲って牙を突き立てた。

「ガッデス、力を貸してくれ……」

正確にはガッデスの水霊珠そのものに語り掛け、その意志と一体化する。

ユートは内なる【鍵】を以て【門】を開く。

この地球にはハルケギニアの様に、判り易い精霊の象をした存在が居ない。

故に、水霊珠にそれを設定してやった。

水の精霊王の一欠片である【ラクス】と同じ存在……

即ち、水の精霊【ガッド】である。

自我意識を持たぬ小精霊を集約し、大精霊並の力を持たせて名を与える事により役割を持たせた。

今、真に存在するであろう【ガッド】とリンクして、水霊珠が反応する。

瑠璃はユートを見て驚く。

「ユートの黒い瞳が深い蒼に変わった?」

【鍵】を以て【門】を開いたユートは、水の精霊王の契約者(コントラクター)として全ての水の精霊を従える権能を得た。

「ポゼッション!」

精霊との【憑依一体】

声が聴こえる。

静謐なる声はユートの鼓膜を震わせる事無く、脳裏に直接語り掛けてきた。

「地球の精霊主【ガッド】なのか?」

〔そう、古より在る水の精霊を統べる主。ラ・ギアスの地に住まう者はガッドと呼んでいます〕

「ポゼッションで一時的に意識がリンクしたんだな」

〔はい、ヒトにして我らと同じなる者。穢れし邪悪の水を討つは我らも同じ……貴方に力を貸しましょう〕

元より、邪悪や怨霊を討つは精霊の役割。

なれば同じ役割を持つであろう、ユートに力を貸す事に否など有ろう筈もない。

「なら、僕の知識から彼方側……ハルケギニアの魔術言語のルーンを伝えて欲しいんだ。此方でも彼方側の魔法が使えるように」

〔心得ました〕

「差し当たり、ヒュドラを討つ!」

星霊循環反応炉(スター・リンク・リアクター)を全開(フルドライブ)にして、水霊珠に力を注ぎ込む。

ユートが単体で放てないのであれば、別の力を借りればいい。

今も尚、海水がモーゼの十戒の如く割れた侭であり、ヒュドラは正しく水から陸に打ち上げられた魚状態。

グングニールを振り回し、ユートは力を溜める。

「緒方逸真流奥義の型……【絶刀(ゼット)】っ!」

上から降り下ろす事で一刀と成し、下から振り上げる事で二刀と成し、更に降り下ろす事で三刀と成す。

空間そのものを揺るがし、防禦に関係無く絶つ奥義は何の冗談か、丁度【Z】を描いている。

戦国時代の先祖が何処から識ったかは兎も角、アルファベットで終わりを示した文字【Z】を描き、敵の終わりを語る奥義とした。

ヒュドラは空間ごと断ち斬られ、三枚降ろしとなる。

「くっ、う……」

「だ、大丈夫?」

「う、ん……大丈夫」

ユートがガクリと崩れ落ちた為、瑠璃は慌てて倒れる身体を支えた。

無理もない。

只でさえ、契約者(コントラクター)の力を解放するのには負担が掛かる。

それに加え、ポゼッションまでしたのではこうなるのも当然と云えよう。

「っ! 炎の精霊がざわめいている? アレを使う気だな……」

ユートは巻き込まれない様に、ガッデスをインスマウスから遠ざけた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


デモンベインで、ダゴンと戦う九郎は苦戦を強いられている。

海中には向かない機体で、海中戦こそが真骨頂であるダゴンと戦っているのだ。

正に相手の土俵に上がっているのだから、苦戦するのも無理からぬ事。

いまいち効果の薄い【アトランティス・ストライク】では、ダメージを碌に与えられない。

かといって、デモンベインの必滅奥義【レムリア・インパクト】は、ナアカル・コードを送信する瑠璃達が司令室に居ないから使いたくとも使えなかった。

「なあ、アル。前に取り返したアレを使えないか?」

「アレ? クトゥグアか! だが危険な賭けになる。正統な鬼械神(デウス・マキナ)たるベルゼビュートですら、厳重な防禦陣を張り巡らせて放っておった。それ程にクトゥグアは厄介な存在だ……」

只の断片で可成りの威力を誇っていたのに、アル本来の力で放てば一体どうなるのか、想像も付かない。

「どの道、この侭じゃヤられちまうんだ。覚悟を決めるしかねえ! アルッ!」

「くっ、判った──クトゥグアの呪力を解放しよう。妾はどうなっても知らん、生半可な威力では治まらんからな。耐えろよ九郎!」

そう叫んで凄絶な微笑を浮かべるアル、だがその額には冷汗が浮かんでおり、唇の端は珍しく恐怖に引き攣っていた。

流石に恐怖を実感したが、今更引き下がる事など出来はしないし、引き下がってどうなるものでもない。

「応っっっ!」

九郎もまた、引き攣った笑みで叫んだ。

天を覆う暗雲、哭き叫ぶ嵐に荒れ狂う昏い海。

一切が暴虐な闇に包まれたインスマウスに、闇を呑み込む太陽が生まれた。

闇を灼く、荒れ狂う嵐よりも尚暴虐な無慈悲な閃光。

天に在る生命を祝福してくれる太陽とは違う──兇悪きして兇暴、総てを砕き、引き裂き、滅ぼすそれは、滅びの太陽であった。

その閃(ひかり)の中心。

眩し過ぎて光と呼ぶよりは白い闇と呼ぶべき、太陽の中枢。

世界を引き裂く暴虐に晒されて、鋼の巨神は居た。

自ら閃(ひかり)を放つかの如く。

猛り狂う破壊に慄(おのの)きながら、溢れ出す破滅を必死に抑え込みながら。

触れるモノの一切を灼き尽くす神の爪牙に、抗い続けている。

その姿もまた尚、輝きを弥増す光に砕かれて、呑み込まれてゆく──

「クトゥグア、やれやれ、久し振りに不愉快なものを見たよ」

高台から、地上にうまれた太陽を見下ろす一対の瞳。

瞳の奥に閉じ込めた闇を揺るがせて、ナイアは不機嫌そうに美貌を顰める。

「九郎ちゃんもいけずだなぁ……あんな神(ヤツ)の力をかりるなんて。でも──今の九郎ちゃんで大丈夫なのかなあ? あいつは気が荒いからねえ……」

クスクスと嗤う闇を纏った昏き美女は、徐々に離れてゆく別の存在にも意識を割いていた。

「ボクの箱庭にイレギュラーか。一体、誰が送り込んできたのやら」

その矢先、太陽が爆ぜる。

砕け散る光が縦横無尽に暴れ回り、インスマウスの海を蹂躙した。

「始まった」

「フングルイ・ムグルウナフ・クトゥグア・フォマルハウト……」

急激に温度が上昇する。

先ずは雨が止まった。

気温が高過ぎて、雨が蒸発してしまうからだ。

直ぐに大気が帯電した。

デモンベインとダゴンを取り囲んで、雷光が乱舞し、ダゴンが慄く様に身を震わせたように見える。

そして──雷光は瞬く間に閃光となって世界を灼く。

白く染まる視界に、灼け爛れて融解していく大地の姿を見た。

ダゴンが身を捩り暴れる。

血が沸騰し、全身から緑色の蒸気を発していた。

海魔の絶叫は、爆音に掻き消されて聴こえてこない。

「ンガア・グア・ナフルタグン……」

アルがクトゥグアに捧げる聖句を詠む。

詠い上げる。

白い闇に覆われていく世界で、デモンベインと海魔の間に白い焔を纏う獣が実体を結ぶ。

静かに佇む獣は、荘厳にして圧倒的な神氣を隠す事も無く、迸らせていた。

「イア! クトゥグア!」

白く焔える獣が奔り、獣の顎が海魔を捉えた。

一瞬で爆ぜて、海魔の躰が融解し、沸騰し、蒸発してしまう。

一片の慈悲も無く、圧倒的な熱量はそれ自身の存在を蹂躙し尽くす。

後には闇だけが残り、九郎の意識は暗転した。

その様子を離れた位置から見下ろす紳士。

四つの脚を持つ巨大な円盤──鬼械神(デウス・マキナ)サイクラノーシュ。

その下方より垂れ下がった鋼鉄の首には、巨大な人間の顔が繋がっている。

その頭の上、外套を靡かせウェスパシアヌスは戦いを視ていた。

「はは、こいつは……凄いものをみたなあ」

薄っらと冷汗を流しながら呟く。

「成程……あれは化物だ。化物だとも。神すらをも殺すとんでもない化物だ! 成程成程。大導師(グランド・マスター)が目に留めるのも解る。解るよなあ。──だが、まあ良い」

外套の下から、一冊の古ぼけた本を取り出す。

正体不明の皮で装丁された表紙は、ほんの僅かに滑っていた。

ウェスパシアヌスが何事かを唱えると、本がぎらつく緑色の光に包まれる。

光は膨張し、伸張し、軈て1人の少女の姿となった。

【ルルイエ異本】の精霊。

「……あ」

脱力し、崩れ落ちる少女の躰を抱き留め、ソッと外套で包み込む。

「【ルルイエ異本】は確かに我が手に。更には有意義且つ、興味深いデータを得る事が出来た。めでたい、めでたいよな」

サイクラノーシュが上昇を始める。

「これで【C計画】の鍵の一つが揃った訳だ。発動の日も近い、近いぞ。そしてもう一つの鍵も──」

巨大な鬼械神(デウス・マキナ)の姿が、徐々に薄れてゆく。

空の色に溶け込んでいく。

【ルルイエ異本】を抱いたウェスパシアヌスの笑顔だけが、最後まで空に残る。

愉悦に歪められた口元が、消える間際に呟いた。

「──【暴君】よ」

雨が降り頻る中、冥衣(サープリス)を思わせるスーツに身を包んだ、闇の如く黒髪に血の如く紅い瞳を持つ扇情的な美女は、嬉しそうに嗤う。


「凄い、凄いよ。もうあのプラズマ体を操れる様になったなんて。予想を上回る成長振りだ」

パチパチと、ナイアの拍手が誰も居ない高台に響く。

皮肉げに歪められた口元を舌が舐める。

少し興奮しているのか、頬がほんのりと紅い。

「今回はホントに若しかすると、若しかするかもな。イレギュラーといい、今度のゲームはボクでも予想をし切れない様だ。頑張ってくれよ、九郎君。そして、イレギュラー緒方優斗君」

ナイアが愉悦に歪む。

来る、とんでもない嵐が。

大理不尽の嵐が狂る。

ナイアは嗤う。

「嗚呼、嗚呼、嬉しいな、愉しいな。世界はこんなにも哀しい喜劇に満ちているんだ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


戦いもバカンスも終わり、幾つかの問題を残した侭に帰りのバスに揺られる。

一つはクトゥグアの制御。

街中で使えば、確実に街毎蒸発してしまう。

アル曰く、銃で指向性を持たせる事により制御していたらしい。

ユートは識っていたが……

この辺は、無理に介入せずともいずれは【エンネア】と出逢い、渡される筈だ。

今一つは、九郎とアルの距離感が微妙になっている事であるが、これは2人の問題だからどうでも良い。

それより、瑠璃の態度にも変化があったのが問題だ。

戦闘中、瑠璃を膝に乗せていた訳だが、彼女の肢体の温もりを感じながら、鼻を突く匂いに包まれていた。

前世も含め、最近になってやっと性の悦びを識った身には辛いものがある。

下半身の制御が利こう筈もなく、瑠璃の形の良い尻にユートの欲望に屹立してしまったモノが当たり、互いに何を言えば良いのか解らない状態だ。

何故か暴れ回る九郎とアルを横目に黄昏の陽射しか、或いは別の何かか……

真っ赤な顔で俯く瑠璃と、やはり紅いユートは、数日の間は微妙な態度で過ごす羽目になるのであった。



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