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第61話:ダマスカス鋼
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数日が経ち、身体も随分と回復したユートは、約束を果たす。

シエラ、ミイナ、ユーリのメイド3人娘は、ケティに直接支える世話役だった。

ケティは趣味でお菓子作りをしていたが、メイド3人娘から教わっていたのだ。

だが先日、ユーリは浚われた先で死亡してしまう。

聞いた話では、ユートが滅ぼした男はユーリのストーカーだったらしい。

何度もしつこく迫られて、辟易していたとか。

それで遂にはユーリもキレてしまい、男を手酷くフったのだ。

恐らくはその後の事なのだろう、あの男が黄金の暁会に入会したのは。

ケティ以外にも彼女らを浚ったのは、自分の欲望を満たすのが目的。

歪んだ欲望を叩き付けられた彼女は、果たしてどんな気持ちだったのだろう?

どれ程、怖かったのか。

どれ程、悔しかったのか。

どれ程、痛かったのか。

どれ程、絶望したのか。

当事者ではなく、男であるユートには計り知れない。

固定化を掛けて、亜空間ポケットに入れてあるユーリの遺体を出し、ラ・ロッタの家に引き渡した。

ラ・ロッタ男爵は、愛娘の専属メイドとして働いてくれたユーリに盛大な葬式を挙げて、遺された家族へはユーリが嫁いで辞職したであろう頃までの約10年分の給金を、見舞金や香典もプラスして渡す。

内訳は、一ヶ月分の給金が8エキューで、10年分が960エキュー。

見舞金と香典を20エキューずつで、1000エキューとなっている。

ユーリの遺族は泣きながら受け取っていた。

それなりに纏まったお金ではあるが、娘の生命と代えられるものではない。

ラ・ロッタ家はそれなりにアットホームらしく、怨みには思っていない様だ。

ユートは、ユーリの妹だというアイナから『姉の身体を連れ帰ってくれてありがとう』と、礼を言われた。

救えなかったから素直には受け取れなかったが、それでも少しだけ気が軽くなったと思う。

ラ・ロッタに派遣されて、一ヶ月が経過する。

ユートはド・オルニエールに帰る前に、グラモン元帥に連れられてトリスタニアへと足を運んでいた。

勲爵士(シュヴァリエ)の位を叙勲される為である。

正直に言えば多少気が重かったのだが、一番の功労者のユートが受け取らないと他の兵が、恩賞を受け取れなくなってしまう。

それに、ユートが目的を果たす為にも必要だった。

気を取り直し、叙勲されるべくユートは謁見の間へと歩を進める。

玉座にはトリステイン国王が座しており、その隣にはマリアンヌ王妃が座って、摂政官としてヴァリエール公爵が立っていた。

グラモン元帥も、軍部としての最高責任者故に公爵と反対の位置にたっている。

謁見の間に入り、ユートは真っ直ぐに国王の許へと向かい、公爵の出前で止まって跪く。

「ユート・オガタ・ド・オルニエール。只今、任務より戻りまして御座います」

「うむ。任務完遂、大儀であったな」

「はっ!」

国王が玉座を立つと公爵から剣を受け取り、鞘から抜き放つ。

両手で柄を持ち刃を水平にすると、ユートの肩に刃を乗せて口を開いた。

「トリステイン国王の名に於いて汝、ユート・オガタ・ド・オルニエールに対して、シュヴァリエの位を授けるものとする」

「有り難き幸せ、これよりはより一層、励む所存であります」

「うむ、期待しておるぞ。ヴァリエール公爵、ユートにマントを」

「はは!」

用意されていたシュヴァリエのマントを、公爵は手に取りユートへと渡す。

「おめでとう。この時より貴公は、ユート・オガタ・シュヴァリエ・ド・オルニエールと名乗るがよい」

「確かに拝命致しました」

ヴァリエール公爵の手からマントを受け取り、今までのマントを外して代わりに羽織る。

とはいえ、シュヴァリエのマントは何かと目立つ為、実際にシュヴァリエとして動く時以外は、通常の物を羽織っておく心算だ。

叙勲式の後、ユートは宛がわれた客室に入って休憩を取っていた。

夜になれば、シュヴァリエ叙勲と“盗賊団”壊滅を祝してユートの為に、簡単な夕食会が催される。

それに参加するとなれば、色々と気疲れする事になるだろうから、今の内に身体を休めておく。

コンコン……

「ユート、少し良いかね」

「グラモン元帥? どうぞお入り下さい」

突然、訪ねて来たグラモン元帥を招き入れると、付けられていたメイドを呼び、紅茶を準備させた。

紅茶で唇を濡らすと、元帥から口火を切る。

「先ずは、シュヴァリエの叙勲……おめでとう」

「ありがとうございます」

「見事な戦いであったよ。正直、着いていけぬ部分も多々あったがね」

苦笑いしながら、再び紅茶を口に含む。

「静かになって、戦いが終わったのかと現場に戻ってみれば、インテリジェンスソードが叫んでいる上に、ユートは倒れ臥していた」
ソーサーにカップを戻し、遠い目で語る元帥。

「更に、その髪の毛もくすんだ灰色になっておるし。まったく大変だったわい」

「申し訳ありません」

重破斬(ギガスレイブ)を使うと、魔力を根刮ぎ奪われてしまう。

それ程に威力が高く、制御も難しい魔法。

スレイヤーズでも、リナは比較的制御が簡単な神滅斬(ラグナ・ブレード)は使っていたが、重破斬(ギガスレイブ)は一番最初の魔王レゾ=シャブラニグドゥを相手にして以降、封印状態だった。

冥王(ヘル・マスター)フィブリゾに追い詰められた、『闇を撒くもの』が降臨等の他にどうしようも無い状況では兎も角、それ以外で使う事は終ぞ無い。

ユートとて、相手にしたのが邪神ズアウィア擬きでなければ、使いはしなかっただろう魔法。

髪の毛がくすんだ灰色になったのは、リナの栗色の髪の毛が白に近い色になったのと同じ理屈であろう。

時間が経過すれば、原作でリナの方も回復に伴って色が戻っていた様に、ユートの髪も一ヶ月の間で艶と光沢を取り戻した黒髪に戻っている。

「ほんっとうに大変でな、それがどれだけ大変なのかと謂えば、お前の妹だよ」

「? ジョゼットがどうかしましたか?」

一応、外ではヴァリエール公爵の所以外ではユートもユーキでなくジョゼットと呼んでいた。

「事の顛末を伝えぬ訳にもいかぬでな、私が直接伝えに言ったのだが、話を聞いた彼女が狂った様に暴れ始めたのだよ」

「うわっ……」

「まあ、それだけ妹御に愛されて居るのだろうがな、正に狂乱という感じであったわ。メイドが鎖でド頭を撲って気絶させねば、どうなっていた事か……」

「し、シエスタ……」

シエスタも精神状態が普通ではなかったのか、随分とバイオレンスな止め方をしたものだ。

「他家の事であるが故に、特には何も言わなんだが。サリュートとユリアナも、苦笑するばかりだしな」

「ウチではいつもの事なのですよ」

「そ、そうか……」

「(帰ったら、少し構ってやらないと2人とも拗ねてしまうかな?)」

気苦労の絶えないユートであった。

「その話はこれくらいで良かろう。次は呪符(タリスマン)だったか? 私としてもあれは気になるな」

ユートは苦笑して、呪符(タリスマン)の効力を元帥に教える。

「僕が着けているモノは、最大級の力を発しますからランクを一時的に引き上げますが、僕以外では使えませんね。劣化版みたいな物であれば、四個一組にして5000エキューで販売を予定していますが」

「1人分で5000!?」

「効果は魔法の威力を少しアップ。威力が10だとしたら15になりますね」

20なら30……1.5倍という訳だ。

「むむ……」

貧乏貴族のグラモン家に於いて、一組を買うだけでも散財と云える金額だった。

だが、メイジにとって魔法の威力が上がるマジックアイテムとは、可成り魅力的でもある。

「まあ、元帥にはお世話になりましたし、一組は差し上げますよ。初回に限り、3000で勉強しますね」

そう言って、試作品を取り出すとテーブルに置いた。

グラモン元帥はテーブルの上に置かれたモノを、手で触れて視てみる。

探知(ディテクト・マジック)で調べたり、台座の質を視たりと可成り興味を持ったらしい。

「台座は金……ではない。これは?」

「白金(プラチナ)です」

「ほう?」

白金はハルケギニアに存在するが、一部では金の偽物みたいな悪評が立っている所為で、価値が余り認められていない。

ユートは白金を買い集め、宝石の台座やチェーンへと加工していた。

因みに、その悪評を広めたのはユートだったりする。

「填まっている宝石は?」

「それは宝石ではありませんよ。精霊石を加工して、磨いたモノです」

「精霊石?」

「判り易く云えば、風石、水石、土石、火石の事になりますね」

「なっ!? これがか?」

グラモン元帥は驚愕した。

風石は船にも使われている為、グラモン元帥も見知っている。

併し、他はお目に掛かることなど無い。

風石が在るのだから、他の系統の石も存在するだろうとは見込まれていた。

噂ではエルフが持っているのでは? という話も時々聴こえてくる。

「この石は何処で?」

「精霊石は精霊力の収束により、精霊が石という形を採ったモノです。火石なら火の精霊力が収束される場を捜しますね」

「火竜山脈か……?」

嘘は言ってない。

実際に風石が地下で収束されているからこそ、原作でも大陸浮遊問題が持ち上がったのだから。

ユートの場合、自らの持つ精霊術士としての技能によって精製しているが……

それを研磨する事により、火石は赤、風石は白、水石は青、土石は黒とそれぞれに色分けが為されていた。

「僕と同じ様にマントの留め金、ベルトのバックル、それと両手首にリストバンドとして装着し、キーワードを唱えます」

ユートはこれ以上はツッコミが入らない様、使い方を教える事にする。

グラモン元帥は言われた通りに装着していく。

「これで良いかね?」

「結構です。では僕に倣って唱えてみて下さい」

そう言うと、ユートは朗々とキーワードを唱えた。

当たり前だが、ユートの持つ呪符(タリスマン)と詠唱は違う。

「世界の四源の一欠片よ、理に沿いて循環せよ」

「世界の四源の一欠片よ、理に沿いて循環せよ」

マントの留め金の黒い土石が光を放ち、左手首の白い風石→ベルトのバックルの青い水石→右手首の赤い火石と光が灯って、グラモン元帥の魔力が上昇する。

「こ、これは!?」

自分の身に起きた出来事は元帥を大いに喜ばせた。

「す、素晴らしい!」

「ただ、ご注意下さいね。それを買うにしろ誰かに渡すにしろ、力無き者が急に力を得るとそれに溺れて、暴虐になりますから」

「ふむ、確かにな」

経験則か、視た事があるのかはユートにも計れない。

しかし、グラモン元帥は実感の篭った口調で返した。

「余程の大魔法でも使わない限り、増幅は一回で切れたりはしません。それと、精霊石に力が無くなったら充填して下さい」

注意事項を次々に伝える。

「詳しくはこの説明書に書いてありますので、参照して下さい」

「ああ。世話を掛けたな」

グラモン元帥は、息子達の分だけでも購入したいと考えて、四組……12000エキューをどう調達するかを考えていた。

派手に征くぜぇ! と言わんばかりに軍備にお金を使うグラモン元帥なだけに、12000エキューは痛くてデカい。

ハッキリ言ってしまえば、貯蓄など皆無。

「(今度、サリュートから政務について話し合ってみようか?)」

取り敢えず、軍備ばかりに余計な予算を使うなと言われるのがオチであろうが、一応は前向きに考えているらしい元帥だった。

夕刻、晩餐会が催された。

予てより懸念をされていた盗賊団退治が為された事、ユートのシュヴァリエ叙勲を祝した国王主催の晩餐会である。

晩餐会に出席しているのは国王を始め、マリアンヌ王妃、あーぱー姫、ヴァリエール公爵、カリーヌ夫人、サリュート、ユリアナに、ユーキ、グラモン元帥だ。

「って、何故にみんなが居るんだ!?」

家族が居る事に驚く。

「お前が倒れたと聞いていたからな」

「余り心配を掛けないで」

「お兄様! 何で戦う度にボロボロになるのさ!」

サリュートとユリアナは、本当に心配したのか、泣き笑いの様な表情で迎えてくれた。

ユーキは涙ぐみながら胸に飛び込む。

「ゴメンな、ユ……ジョゼット」

家族以外の前では基本的にジョゼットと呼ぶ。

故に、言い直す。

それにしても、ユーキも女の子な仕草が堂に入ったものだった。

頭を撫でてやりながらも、そんな事を考える。

「父上、母上にもご心配をお掛けしました」

周囲から見ても、微笑ましいくらいに仲睦まじい家族だった。

何と無しに、あーぱー姫を見てみると何処か羨望の眼差しで視られていた様な気がする。

「シエスタも泣いてたよ、帰ったら直ぐに謝りなよ」

「ああ、判ったよ」

一頻りに話をして、全員がテーブルに着く。

「暫くすれば食事も持って来るだろう。それまでの間にユートの魔法について訪ねたいのだよ」

テーブルに着くと同時に、国王が口火を切った。

グラモン元帥からの報告を聴いており、それでやはり気になったのであろう。

「まあ、魔法ですか?」

先程とは打って変わって、キラキラと瞳を輝かせながらあーぱー姫が身を乗り出して聞き始めた。

「僕が“盗賊団”を潰した時に使ったのは偽・竜破斬(ドラグスレイブ)といい、多分……竜をも斃せるだろう広域殲滅魔法です」

多分……と小声で言いながらも説明をする。

実際に竜を相手に試した事は無い為、本当に斃せるかは判らない。

ただ、撃ってみた限りイケそうな気はする。

「火を三つ、水を二つ足したペンタゴンスペルです」

「な!? ペンタゴン?」

国王は表情を驚愕に染め、思わず叫んでいた。

現状に於ける魔法のランクはスクウェアが最高位で、ペンタゴンは居ない。

唯一、王族2人のトライアングルスペルを併せる事によって、ヘクサゴンスペルとする以外は、スクウェア止まりとなっている。

尤も、ユートのペンタゴンは元素の理を使っているが故に、王族のヘクサゴンより強大な魔法もあるが……

偽・竜破斬(ドラグスレイブ)が良い例だ。

ユートが使うペンタゴン、それはスレイヤーズに於ける魔王やその腹心の力を借りて撃つ黒魔術。

尤もユートのそれは所詮は紛い物で、本物を使えない自嘲を籠めて“偽”と付けている。

【偽・竜破斬(ドラグスレイブ)】……火×3水×2

【偽・覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)】……風×4水×1

【偽・覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)】……風×3水×2

【偽・獣王牙操弾(ゼラスブリット)】……風×4土×1+念力

【偽・海王滅殺斬(ダルフ・ゾーク)】……水×4風×1

【偽・魔竜烈火咆(ガーヴ・フレア)】……火×4土×1

冥王(ヘルマスター)フィブリゾの魔法は大きなモノも無くて、闇なんて系統魔法も存在しない為に造ってはいない。

ユートはグラモン元帥への説明と同様の説明をして、呪符(タリスマン)での増幅についても話しておいた。

勿論、廉価版の効力が小さな呪符に関してもだ。

結果、王軍で二十個ばかり購入する事になった。

それにより、ユートは十万エキューの臨時収入を獲る事となる。

その後の晩餐も恙(つつが)無く進んで、皆が夕餉を楽しんだ。

ユーキ達からすれば、漸くまともに食事の味が判る様になり、味わっている。

実際、ユートが“盗賊団”を壊滅させたものの倒れてしまったと報告を受けて、食事が喉を通らなかった。

それは家族だけには留まらず……否、ある意味で家族とも云える訳だが、使用人達も同様の状態なのだ。

その今までの行いが、決して間違っていなかった事への証左となるのは、こういう時なのかも知れない。

オガタ家では、上下の区分こそは確りとしているが、差別はしないし給金も充分に支払っている。

その為、ド・オルニエールでの消費率は高く、貴族に遣える者を筆頭として商人や農民、街稼業などをしている者達も豊かだ。

今のところ、ド・オルニエール限定ではあるが、一つの金利循環が確立されて、この領地に住むと他所の領地には行きたくなくなってしまう。

そんな噂が流れている為、ド・フォート領の時の様に流民が入って来る。

豊かであるが故に、そんな流民に仕事を与えて領地に定着させ、最終的には税収へと転換されていた。

当然ながら、酷い政治を行う領地の貴族は金蔓の平民を取られており、苦々しい思いをしている訳だが……

ユートは新しい技術を解放しては、それを職の無い者に伝えて雇っている。

ハルケギニアでは、技術の持ち主は非常に貴重だ。

製鉄、製薬、製紙といった製法取得者を増やしつつ、それを次代に伝える学徒の育成も行う。

ド・オルニエールの者は、ユートが領内に何を齎したのかを知っている。

だからこそ、次期領主たるユートが倒れたと聴いたら心配もするのだ。

自分達の明日の心配などではなく、純粋にユート自身の心配を……

晩餐会も終わって、食後のティータイムを楽しむ事となり、話は割とヤバめな方向にも進む。

例えば精霊に関して。

ユートが四系統精霊と交渉を持っている事は、両親とユーキは元より、国王夫妻とヴァリエール公爵夫妻も知っている事。

唯一、グラモン元帥だけが知らなかった。

別に意地悪で教えなかった訳ではなく、当時は元帥が関わっていなかっただけではあるが、少しだけ拗ねてしまった様だ。

『そんな面白そうな事を、サンドリオン達だけで』……とか、ブツブツと呟いている。

話の内容は、新しい水の精霊との交渉役が決まらないという事だった。

「水の精霊も何が気に入らぬのか、交渉役を歯牙にも掛けなくてな」

「陛下、その事でお話が御座います」

「む? 申してみよ」

ユートは話始める。

それはユートが戰(いくさ)に赴く前の事。

「我が家はモンモランシ家より、借金の申し入れをされました。その際、この先に起こる戦争で伯爵の娘、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ嬢の力を借りるべく話しました」

「反対したであろう、長女で兄弟が居らぬからな」

「されましたね。巫山戯るなと怒鳴られましたよ」

国王もヴァリエール公爵もグラモン元帥も、然もありなんと一様に頷いた。

「とはいえ、邪神との戦いに敗れたなら人類は破滅するしかありません。受け継ぐ領地は疎か、生命ですら喪われましょう」

「跡継ぎ以前の問題か」

「そこで、将来はミズ・モンモランシを水の精霊との交渉役に推挙する事を約束致しました」

「は?」

ヴァリエール公爵が間抜けた声を上げる。

「水の精霊を喚び、約束もして貰いましたので他の者が交渉役には就けません。ご存知の通り、水の精霊は誓約を司りますから」

「せめて余に話を通すくらいはして欲しかったが?」

「する心算でしたが、直ぐに戦いに出てしまいましたので、ご報告が遅れた次第です」

その戰(いくさ)でユートがどれ程の戦果を挙げ、どんな目に遭ったかを鑑みれば怒る事も出来ない。

だから、厳重注意をするに留まった。

「なれば今後、モンモランシ伯爵の息女を水の精霊との交渉役に就ければ良いのだな?」

「陛下から認めて戴けるならば、精霊術士として修業中のミズ・モンモランシも安堵して身も入ります」

ユートは懐の広い国王に、深く礼を言った。

「それと、先程のお礼という訳ではないですが、これをお納め下さい」

「ふむ?」

ユートが控えている使用人に渡して、それを使用人がヴァリエール公爵に渡す。

摂政官であるヴァリエール公爵が安全面を確かめて、国王へと手渡した。

「これは、ナイフか?」

「一種の御守り刀、懐剣としてお持ち下さい」

国王が鞘から引き抜くと、不可思議な模様のある刃が出てくる。

「ほう?」


刃に美しい紋様を持つ刃。

少なくともこんな刃は見た事が無いし、刃に使われた金属も今一解らないモノであった。

「ユートよ、説明をして貰えるかね?」

「はい。その懐剣に使用している金属はダマスカス鋼と呼び、正式な名称はダマスカス剣と云います」

【ダマスカス鋼】
ウーツ鋼とも呼ばれる高炭素鋼材で、サンスクリット語で『硬い』『ダイアモンド』を意味している。

特殊な不純物の組成から、坩堝内で製鋼されたインゴットの中にカーバイド(Fe3C)の層構造を形成し、これを鍛造加工する事で表面に複雑な縞模様が顕れれて、刀剣用の高品質の鋼材として珍重された。

内部にカーボンナノチューブ構造を持つ。

ウーツ鋼意外でも、異種の鋼材を積層鍛造し、ウーツ鋼を鍛造した時に現れるのとよく似た縞模様を表面に浮かび上がらせた鋼材が、積層鍛造鋼と呼ばれていて安来鋼などと混ぜ合わせる事により、現在は主に高級ナイフ用に用いられる。

模様の映えを優先させる場合は、炭素鋼と併せニッケルが用いられる事が多い。

鋼材をモザイク上に組み合わせ、折り返し鍛造を行わないことによって、任意の模様を浮かび上がらせる事も可能である。

また、鋼製のチェーンやワイヤーを鍛造することで製作するチェーンダマスカスやワイヤーダマスカスといった鋼材も知られる。

ユートが造ったのは積層鍛造鋼ではなく、ウーツ鋼の方だった。

ユートが現代知識から造ったモノは、先ず王家に献上している。

今回のダマスカス鋼についても同様で、国王の懐剣として献上しておいたのだ。

「まあ、お父様にばかり……ズルいですわ!」

空気も読まず、アンリエッタ姫がそんな事を言う。

「(あーぱー姫ぇぇぇ!)」

頭を抱えたくなった。

ふと視ると、何となくだが他の皆様方もあーぱー姫と同じ目で、ユートを見ている様な気がする。

「ハァー、取り敢えずあーp……ゲフン! アンリエッタ姫には僕の懐剣を差し上げます」

「本当ですか?」

「はい」

更に皆様方を見回すと……

サッと目を逸らされた。

「皆様方にはお世話になっていますし、領地に戻ったら鍛造してヴァリエール公爵夫妻とグラモン元帥にもお贈り致します」

そう言った途端、ニッコリと笑顔になった。

大人気ない人達だ。

序でに、両親とユーキにも造って贈るかと、ユートは盛大な溜息を吐いた。

ダマスカス鋼製の懐剣は、自分のと献上用のを二振りだけ、戦いに赴く前に持ってきていた為、亜空間ポケットに入れてあったのだ。

話も終わり、客室に戻ったユートは亜空間ポケットから懐剣を取り出し、あーぱー姫へと贈っておいた。

翌日、王宮を出て国王が用立ててくれた馬車に乗り、約一ヶ月振りの我が家へと帰宅する。

邸に入るなり、ユーキと同じリアクションでシエスタに泣かれたのは、言うまでも無いだろう。



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