第9話:修業
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「関西呪術協会の長の娘、【千の呪文の男(サウザンド・マスター)】さえ越える魔力の持ち主、神鳴流宗家・青山家の家系、関東魔法協会の元締めの孫、紅き翼のサムライマスター・近衛詠春の娘、やんごとなき血筋……狙われる理由に暇が無いのに対して、自衛手段は本人には皆無で護衛は、麻帆良に神鳴流剣士の1人でも教師としているかな? この程度でしかない」
「む、むう……」
詠春には唸る事しか出来ずにいる。それはユートの言葉が容赦なく正しいと、本人にも解っているから。
可愛い娘が裏に関わるのを嫌い、魔法関連に近付けない様にしてきたのだが、ユートが狙われる理由というのを挙げていく中、不安が胸中を過る。
実際、ユートが挙げていた理由の一つだけでも狙われるだろうに、これだけの多さを鑑みれば確かに危険に晒してしまう。
麻帆良の義父の許へ預ければ大丈夫だと、無条件で信じていた詠春は万が一、木乃香が浚われでもしたら自衛手段が無いのは致命的だと考えた。
「魔法なり何なりと覚えていれば、仮に護衛が抜かれても自衛……最低限でも、時間稼ぎくらいなら出来るかも知れない。でも木乃香が素人の侭で、知識すら無ければどうなるか?」
「そうでしょうが……」
「詠春さんの娘として生まれた宿業だと思って、其処は諦めるしかない。それに道を決めるのは本人であるべきだと思うけど?」
親のエゴで勝手に道を決められるより、木乃香自身が納得尽くでどの道を往くかを決めるべき……それがユートの考えだ。
「ですが私は!」
「中途半端が過ぎる」
「は?」
「本当に裏に関わらせたくない、魔法を使わせたくないというのなら、生まれた時点で魔力を完全に封じてしまえば良かったんだよ。そうすれば、長の娘の癖に無能という事で誰も相手にしなかっただろうに」
「無能……? 魔力を完全に封じて? 真逆、ユート君……貴方は!」
「クス」
「魔力を封じて自分に力が無い振りを!?」
「まぁね」
正確には封じているのではなく、他のエネルギーと融合する事により小宇宙と成し、並の人間に感じられない様にしてたのだが……
「そのくらい徹底的にし、更に長の候補から完全に外す事を内外に発表、一般人の学校に行かせれば幾つかの理由≠ヘ潰れた筈」
「む、確かにそうですが」
「序でに、詠春さん達も長の位から退いて関西呪術協会から撤退すれば、殆んどの理由≠ェ無くなる」
「成程、そう……かもしれませんね」
詠春は自らの甘さに項垂れながら言う。
それでも皆無になる訳ではないのだろうが、原典を鑑みると先の部分さえ無ければ殆んど問題らしい問題は無くなる筈。
原典に無いシュレディンガー的な部分で、何やらが有るやも知れないが……
「ユート君は木乃香に裏や魔法を伝えるべきだと?」
「一般家庭に生まれたなら必要無かったかもだけど、関西呪術協会の長・近衛家に……サムライマスターの近衛詠春の娘に生まれてきた時点で、その選択肢を入れるべきだったよ」
「そう……ですね」
「詠春さんがその気なら、僕が修業の合間にでも勉強させる事は出来るよ?」
「西洋魔術ですか……」
「いや、陰陽術」
「は?」
ユートとしては西洋魔術なぞ、木乃香に教える心算はなかった。
別に西洋魔術が駄目だとは言わないが、東洋魔術の結社に於ける最大の家名、近衛家の者が下手に西洋魔術を習うとやはり問題が起きてしまう。
それに原典での木乃香は治療魔術師に適正を持ち、自衛には余り向かない。
最低限の自衛手段を持たせる為に魔法を教えるのだというのに、治療系ばかり覚えても仕方ないのだ。
「ユート君は陰陽術を教えられるくらい、知識を持っているというのですか?」
「魔法学校中退のダメ親父と一緒にしないで欲しい。術式は多分にオリジナル──ネタ技込みのパロディ──になるけど、基礎から固めていけるよ」
そう言うとユートは腰に付けたポーチを開き、中から一枚の札を取り出す。
「これは……確かに見た事がありませんが、間違いなく陰陽符!」
「基礎から初めて、春休みの間に符術の一つも使える様にして、あ! 来年も帰って来れるかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「なら来年の春休みにある程度の仕上げを。麻帆良にいる間も一人で訓練が出来る様に教導の本も与えておこうか」
折角だし、たまに麻帆良に行って修業を見てやるのもアリかも知れない。
とはいえ、下手に麻帆良に行くと騒ぎを起こしそうで怖かったりする。
加速空間を創って時間を増やすべきかもと、ユートは本気で検討をし始めた。
「判りました、ユート君。木乃香をお願いします」
詠春は意を決したのか、頭を下げて願い出る。
そんな彼にユートは首肯をして……
「了解!」
ハッキリと承った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝からユートは修業を開始する。
軽めにランニングや準備体操をして、肉体を確りと解す事から始まり、基礎的な肉体強化の鍛練。
例えば、星矢が魔鈴から修業を付けられていた頃、崖っぷちに棒を突き立ててやった腹筋千回も、前世で教わった通りにしている。
勿論、行き成り千回など難しい訳だが……
ユートは前世──ハルケギニア時代──でこの世界に来た事があり、その際に少し過去である一九八九年の聖域に出ていた。
即ち、黄金十二宮篇。
十二宮の第一の宮・白羊宮に墜ちたユートは星矢の真上に降って、頭と頭をぶつけ合ってしまう。
この時から青銅聖闘士や黄金聖闘士達と、友誼を結んでいた。
十二宮での決戦終了後は少しの間、聖域に留まって黄金聖闘士達に稽古を付けて貰っており、視たか習ったかしていない技以外は、確りと習得している。
出会う事が叶わなかったデスマスク、アイオロス、老師の技は漫画やアニメの情報からの見様見真似。
視たり直接習った技は、未熟とはいえ習得に成功。
一応、全ての黄金聖闘士と青銅聖闘士の技を修め、白銀聖闘士の技も見様見真似で使えていた。
現在のユートは小宇宙を体得しているから、一般的な聖闘士候補生よりも早く修業を終えられる筈だ。
それこそ、僅か一年程度で黄金聖闘士の資格を与えられたムウ達の如く。
未那識──セブンセンシズ──にも目覚めているのだから、肉体を鍛えるだけで良い。
「おお、優斗君。早いな」
木の枝を崖に突き立てられた棒に見立てて、腹筋やら懸垂やらをしていたら、縁側から声が掛かった。
「木乃香ちゃんか」
「何しとるん?」
「修業……かな」
動きは止めずに木乃香の疑問に答える。
「ウチ、優斗君と遊びたいんや」
「それじゃあ、修業が終わったら遊ぼうか」
「うん!」
兎に角、先ずは今朝の分≠フ修業を終えてからの話だ。
何も修業漬けの日々を送る気などない、適度な修業と適度な遊興は肉体の最適化に役立つし。
修業を終えたユートは、朝食を摂った後で木乃香の遊び相手を務める。
「占い?」
「せや。ウチな、占いが好きなんよ」
占い好きは原典の知識から知っていたが、木乃香は存外と無意識に魔法を求めていたのかも知れない。
「じゃあ、こんなんは?」
ユートが木乃香に見せたのは、自分は使わないのだがアーニャから貰った子供の練習用杖。
小さな指揮棒(タクト)の先端に、三日月の飾りが付いた様な物だ。
「わあ! 何や、かわええ杖やわぁ!」
グッズ好きも同じであるらしく、瞳をキラキラ輝かせながら見ている。
「見ててごらん」
ユートはまるで指揮者(コンダクター)の如く優雅に杖を揮い、呪文の詠唱をして魔力を通す。
「プラクテ・ビギ・ナル……火よ灯れ(アールデスカット)!」
杖の先にはライターで灯すのと同程度の火が……
「ふえ? 何なん?」
「魔法……ってヤツだよ。呪文を唱えてシャバ・ドゥビってね」
「チチンプイプイとかアブラ・カタブラやのうて?」
何処で仕入れたネタなのかユートの言葉に、木乃香は目を点にして突っ込む。
「せやけど、魔法ってホンマにあるんやね。ウチにも出来るかなぁ?」
「出来るよ。但し、僕が今やった魔法じゃなく別のを覚えて貰うけど」
「別のって?」
木乃香の疑問を受けて、ユートがだしたのは詠春にも見せた陰陽符。
五行相生や五行相克の理を以て、自然界を意志で律する陰陽術。
「結印で呪力を励起させるのは魔術なんかにも在る。先ずは其処から覚えよう」
ユートが両手を複雑に絡ませ印を切っていく。
九字護身法で、密教系列から発した精神集中法だ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
流れる様に印を形作り、手習いをして見せた。
「ほへー」
「やってごらん」
「うん! えっと、臨……って、あれ?」
行き成り、最初の一字で失敗してしまう。
「あれぇ? 上手くいかへんねぇ……」
「ちょっとずつ覚えたら良いよ。麻帆良に戻ったとしても練習出来るからね」
「う、うん」
「まあ、一応はこうして」
横に一線、縦に一線……全部で九線を人差し指を動かして切る。
「九字を切るって簡易法も有るんだけど、ちゃーんと印を組んだ方が効力も高いから覚えてね」
「うん!」
「木乃香ちゃんは春休み、この一週間しか居られないけど、その間に陰陽符くらいは起動出来る様になって欲しいから、ガンガン逝こうか!」
「な、何や字がおかしい気がするぇ……」
「気にするな! 尚、僕は気にしない!」
ユートは初日だからか、割と優しいレベルで教導をしていく。
本人にやる気が漲っている為、すんなりと頭に入っているらしい。とても初日とは思えない覚えの良さ。
実際、今日中に九字の印を組める様になれば上等なくらいに思っていたのに、何と昼までには出来ていたのには驚いたものだ。
「印を組む事で禍祓いに、結ぶ事で力を引き出す効果があるから、必要に応じて使い分ける様に」
「はいな!」
「それと、九字の印は大陸では……青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如と言うんだ」
「へえ? ウチは日本式でええのん?」
「それは構わないよ」
感心しながら木乃香は印を組む。
「臨!」
綺麗な流れで最後に印を切る禍祓いの九字だ。
「うん、昼ご飯までに出来るなんてね。ご褒美に符術を見せたげよう」
ホルダーからカードを出すかの様に、腰に着けていたポーチから符を出して、魔力を籠めると……
「不動明王印、火焔咒……カーン!」
符を消費して焔を出す。
「わぁ!」
シャカの跳ね返すカーンとは異なり、本来の意味で火焔を放つと魔法という事もあり、木乃香は愉しそうに見ていた。
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