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第39話:機神招喚!
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 ――あ、駄目だ……死んだ!

 ユーキは迫り来る炎の塊を目にしながら、頭の中は妙にクリアになっている。

 その炎に炙られれば人間の身体などあっという間に燃え尽きる、時間にして僅か数秒の筈の出来事が今のユーキの目には揺ったりと感じられていた。

(熱そうだな。今の内にアイオーンを喚べたりしない……よねぇ)

 思考は音より速く動いている癖に身体はそれに付いて来れていない。

 脚を動かしたくてもタールのプールに浸かったみたいに重く、口を開こうとしても接着剤でくっ付いているんじゃないかと思うくらい固くて動かせなかった。

 だけど……否、だからこそはっきりと視て取れたのだ。

 ユートが炎とユーキの間に入り込み、蒼と空……二つの輝きをその身に宿して壁となった場面をハッキリと。

 振り返ったユートの瞳がまるで穏やかで……

優しく慈しむ様に微笑んでいたのを、ユーキは確かにその目に焼き付けていた。

「……なっ!? あ、兄貴ぃっ!」

 我に返ったその時、火竜の吐息ブレスはユーキと、その後ろに居るカリーヌ夫人とルイズには届かず、ユートの身体一つで遮っている。

 否、否否否否!

 断じて否!

 身体一つなどではない! ユートの身体を覆う蒼と空の煌めきが、ユートの身体に届けば確実に骨まで残さず焼き尽くす筈のブレスを防いでいた。

 その煌めきとは?

「せ、精霊光……?」

 水の精霊王と風の精霊王――この二つの加護がユートの身を護っていたのだ。

(そうだ、さっき振り返った兄貴の瞳……蒼色と空色の虹彩異色だったよね。確か風の聖痕で八神和麻が風の精霊王の力を発した時は、彼の両目がまるで空の様な色に変わった筈)

 両目が空色――

(待って待ってよ! さっきの兄貴の瞳は……それじゃあ真逆っ!?)

 息が尽きたのかブレスが漸く止まる。

「今っ、エアハンマー!」

 遍在のカリーヌがその隙に風の魔法で攻撃し火竜の意識を自分へと向けた。

 位置的にカッタートルネードの様な大きな魔法は使えない為、兎にも角にも本体が何とかするのを待つしか無いのである。

 一方のユートは炎が止んだと同時に地面へと倒れてしまった。

「兄貴っ!」

 普段は誰かが居る所では呼ばない呼び方、慌てていたのかユーキは叫んで倒れるユートの身体を支える。

 その瞳に涙を浮かべて。

「莫迦、バカ兄貴! 同時に水と風の精霊王の力を解放したんだね? そんな事をしたら脳が焼き切れて廃人に……最悪、死んでたかも知れないんだよ?」

 ユートの瞳がオッドアイになってた理由、それは即ち二つの精霊世界への扉を同時に開いた事にある。

 異能の力を揮う為に主に使われる肉体器官は何処になるのか? それは即ち脳。

 人間の脳の使用率は30%にも充たない、
他の部分は全て眠っている状態だ。

 そんな未使用な領域の一部を覚醒させて、それにより異能の力――魔法や超能力などを初めて使う事が可能となる。

 許容量を遥かに越えた力を揮おうとしたならば、脳がリミッターを掛けてしまって普通は能力そのものが使えない。

 それをユートは無理矢理にリミッターを外してしまい、精霊王から与えられた代行者としての権能を使った。

 脳にはとんでもない負担が掛かった筈。

 壊れる直前に精霊界の扉を閉じて事なきを得たが、それでも余りに強い負担を強いた為に倒れてしまったのだろう。

「な、何があったのですか?」

「カリーヌ様、兄貴をお願いします……」

「ジョゼット、貴女はどうするのですか?」

「あの火竜を殺します」

 顔を上げたユーキの瞳からハイライトが消え表情も無くなっている。

 ゾクリッ!

 嘗ては【烈風】と呼ばれて、トリステインではマンティコア隊を率いたカリーヌをして背筋に怖気が奔る程の静かな怒り。

 今のユーキは殊更に激昂こそしていない、
然しそれが却ってユーキの怒りの激しさを物語っている様に感じられた。

「アレに対抗する手段が有るのですか?」

「勿論。僅かな時間しか使えないから使い所が難しいけど、兄貴の無茶に比べればどうという事もない」

 手にした赤黒い自動拳銃。

「【アイオーン】、征こうか?」

《セットアップ》

 それは一瞬の輝き。

 その刹那の刻でユーキの服装が漆黒を基調とした物へと変化した。

「機神招喚……」

 マギウス・スタイルとなったユーキは、手に拳銃を高々と掲げながら口訣を紡ぐ。

永劫アイオーン! 時の歯車きざはし断罪さばきの刃。久遠の果てより来たる虚無……」

 それは契約。

 それは誓約。

 力への畏敬にして暴力を揮う事の悦び。

永劫アイオーン! なれより逃れ得るものは無く、なれが触れしものは死すらも死せん!」

 ユーキを基点として山脈の上空と地上に浮かぶ魔法陣、それが顕れるという事は敵たる火竜に最早逃れ得る術など無い。

 それが触れると云う事はもうこの火竜の死は確定したという事だ。

「来よ、永劫の銘を与えれし鬼械神デウス・マキナ……アイオーンッ!」

 招喚に応えユーキの身体を闇色が覆う。

 全長約一〇メイルな闇の機神はユーキという魂と意思を得る。

 ユーキという心臓を得る。

 今こそアイオーンの腕はユーキの腕へと、アイオーンの脚はユーキの脚へと変わった。

 アイオーンが睥睨する視線はユーキの視線となる。

ざっと見て、アイオーンの全長の一〇メイルに対する火竜は、成体故に数十メイルと単純なスケールに於いては不利に思えた。

 だけど鬼械神とは神の模造品であり、このアイオーンはそんな模造品の贋作とはいえ、それでも神を名乗る機械なのだ。

 況してやユーキにとってみれば最高の兄貴ユートが造り上げた雛型プロトタイプとはいえ鬼械神。

 火竜如きに敗ける道理など有りはしなく、
確りと握られた【アイオーン】と【アンブロシウス】の二挺、それを構えながらユーキは火竜を見据えながら呟く。

「実際、君の住処テリトリーに入ったボクらにも問題はあったよね、野生の領域は人間の法なんて関係無いんだから」

 それは理解出来た。

ユーキ達のした事とは人間の社会に例えれば勝手に庭先に入り込み、家主が文句を言ってきたから逆ギレをして攻撃を仕掛けたという事に他ならない。

「それでもね、ボクにとって優先されるのは兄貴なんだよ。だから……さ」

 理解こそはしていてもそれで優しくするには限度もある。

 それは飽く迄も自分本意な身勝手で他者を踏み躙る行為。

 只管ひたすら傲慢に……

「死んでね?」

 ユーキはその暴力アイオーンを揮った。

拳銃から放たれる魔法。

カリーヌ夫人もルイズも、銃という武器は知識としてある。

然し銃とは弾を詰めて火薬を容れて、その火薬に火を灯して初めて鉛の弾を発射するという面倒極まりないものだった。

それがどうだろう?

ユーキが──鬼械神アイオーンが撃っている拳銃は、どちらも放つ速度も弾を籠める速度も半端ではない。

しかもだ、放っているのは鉛弾ではなく魔法。

どうすればあんな巫山戯た武器が造れるのか、それにあの鋼の巨人……

「アレってゴーレムなの? それともガーゴイル?」

ルイズの疑問は、魔法のみを偏重するトリステインの貴族からすれば、当然出てくるものだろう。

あんな代物、見た事は疎か聞いた事すら無い。

体格差をモノともしない力を揮い、あの火竜の巨体を格闘戦で揺るがせている。

装甲には傷も付かないし、ブレスすら防ぐ。

重々しい外見に似合わず、割りと素早く動いているのも見逃せない。

ユーキの言っていた鬼械神とは、如何なるモノなのかルイズは気になっていた。

それはカリーヌ夫人も一緒で、偏在が火竜と戦っているのを見ながら、ユートの看病をしつつも鬼械神なる存在に関して考えている。

あの様な存在、カリーヌの40年を越える人生の中でも見た事が無い。

しかも造ったのはユートだと云う。

魔導人形(ゴーレム)ではない。

魔法生物(ガーゴイル)でもない。

まるで巨大な漆黒の鎧兜が動いているかの如く、異様な姿をしている。

自分とて、その気になれば火竜の一頭や二頭、完勝出来るだけの自信も実力もあるが、それでもアレは異質だと感じた。

「っ! 拙い……、頭に血が上ってる」

「気が付きましたか?」

目を覚ましたユート。

何やら柔らかい感触が頭に感じられる。

ハッと気が付くと、夫人の顔が目線の真上に有った。

これは所謂、膝枕らしい。

「カ、カリーヌ様!?」

「著しく消耗しています。動いてはいけません!」

「は、はい……。僕はどの程度寝ていましたか?」

「寝ていたという程の時間は経っていませんよ」

確かに、数分間しか動けないアイオーンが未だ動いているなら、一分かそこらしか経っていないのだろう。

「あの莫迦、闇雲に戦ってどうする。ユー……ッ!」

叫ぼうとして、激しい脱力感を感じた。

動くには、如何なるモノであってもエネルギーが必要となる。

生物、魔法、精霊、それどころか森羅万象。

エネルギーという代価を支払い、何らかの形で動いているのだ。

声を出す──それだけでもエネルギーを消費する。

ならば、大声を張り上げる行為は更に大きなエネルギーが消費されると云う事。

歩くより、走った方がより消耗するし、疲労もする。

なら、ただ話すより叫ぶ方がより消耗するのは正しく自明の理。

ユートは叫ぼうとしたが、エネルギーの消耗を鑑みた肉体が、ユートの行為に待った(リミッター)を掛けたのだ。

その事を理解したのだろうか、カリーヌ夫人はユートに話し掛ける。

「アレが何なのか、それは解りませんが、もしあの子にアドバイスが有るなら、偏在を通じてわたくしが伝えましょう」

「……判りました」

カリーヌ夫人の持ち掛けた話は理解出来たし、御言葉に甘えてアドバイスの内容を教えた。

カリーヌ夫人は首肯して、偏在にそれを伝える。

それは、圧倒的というのも莫迦らしい力を、ユーキが知る瞬間でもあった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「くっ!」

ユーキは呻き声を上げながらおかしいと思った。

幾ら雛型(プロトタイプ)が貧弱とはいえ、火竜一頭を相手に梃摺り過ぎる。

圧勝とはいかないまでも、勝てるだけの力を感じた。

それなのに、ダメージこそ与えているが未だに斃せていない。

「(ボクが……使いこ熟せていない?」

当たり前の事に気付く。

戦闘訓練は一応とはいえ、ユーキも受けている。

が、受けて間もないユーキの戦闘力など、押して知るべし。

使っている鬼械神が仮令、窮極の存在だったとしてもだ、実戦経験も碌に無い様な小娘が果たしてどれだけ戦えるか?

ユートは実戦経験は兎も角として、前世での剣術修行の経験と今生での訓練で、ある程度は戦闘の心得などが培われている。

然しユーキの前世は、機械弄りが好きで漫画やライトノベル、後はアニメを観ていて幸せな引き篭り。

発明が認められて、彼女も出来た頃になって引き篭りを卒業したくらいだ。

戦闘など出来る訳もない。

精々が拳銃の引き金を引いて、狙った場所に撃つくらいだった。

最早、それは使い熟す熟さない以前の問題だ。

「ジョゼット!」

「っ! カリーヌ様?」

「安心なさい。ユート君は無事ですよ」

カリーヌの言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。

「あの子からの伝言です。白いリボルカートリッジを装填し、全ロードして口訣を紡げ。口訣は……」

カリーヌ夫人から伝言を聞いて、ユーキは顔を上げると胸の支えが取れた気がして晴れ晴れとした表情を浮かべた。

カリーヌには判らないが。

「さっすが、兄貴!」

“こんな事も有ろうかと”用意されていた逆転の一手というヤツだ。

科学者ならば、一度は言ってみたい台詞だろう。

「それともう一つ」

「へ?」

「勝手にキレて、何を無様晒してるのかな? ちょっと甘やかし過ぎたかもね。無事に帰れたらO☆HA☆NA☆SHIだ。レッツ、少し……頭、冷やそうか? だそうですよ」

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」

ある意味、魔王(なのは)様の影響を受けたユートからの死刑宣告を聞き、ユーキはムンクの如く叫びを上げて、ガックリと項垂れた。

そしてユーキは、ゆっくりと顔を上げて火竜を睨み付ける。

「フッフッフ……、お前の所為だぁぁぁぁっ!」

言い掛かりも甚だしい。

銀色の六連装リボルバー、【アンブロシウス】に唯一つ有った白いカートリッジを装填。

その時間、僅か三秒。

トリガーを連続で六回引いて、口訣を紡ぐ。

「風に乗りて歩むモノ……イタクァ、神獣形態っ!」

セラエノの、絶対零度にも近しい魔風を噴出する純白が絶叫を響かせ、翼を拡げた凍れる竜が火竜を襲う。

それは本物ではない。

イブン・カズイの粉末だって用意出来なかったのに、本物のイタクァ足り得ないだろう。

術式を組み合わせ、それらしく偽装したモノだ。

贋作の鬼械神に贋作の術。

今は未だ、無様な事この上ない代物……

それでも、今のユーキには充分なものだった。

突撃するイタクァに火竜が炎のブレスを吐き出すが、イタクァが吹雪のブレスを吐き出して防ぐ。

そしてその侭、火竜に体当たりをしてしまう。

ビキビキビキッ!

火竜はあっという間に凍結されて、心の臓は麻痺してしまい鼓動を停めた。

「や、やった……」

フッと力が抜け、膝を付くとアイオーンが解除され、ユーキの姿に戻る。

限界(リミット)まで使い、自動で消えたのだ。

それは万一に備え、ユートが付けた安全装置だった。

「っ! ハァ、ハァ……」

精神力が殆んど残っていない為、疲労感から肩で息を吐く。

「ジョゼット、よく頑張りましたね」

崩れるユーキを支えたのは偏在のカリーヌ夫人。

その顔には、普段は余り見せない安堵と慈しみを混ぜた微笑みが浮かんでいた。

それにしても……と思う。

「(あのゴーレムだか、ガーゴイルだかは一体?)」

ユートがマジックアイテムを造り、それを売り出しているのは知っていた。

だが、アレを単なるマジックアイテムと呼んでも良いものかどうか?

確かに、明らかにマジックアイテム然とした物を使って、あのアイオーンを出していたが、普通のソレとはその存在感からして違っていた。

「(あの子は、ユート君は一体何を目指しているというの?)」

カリーヌ夫人は冷や汗を流しながら、アイオーンと呼ばれたあの機神の威容を思い出す。

不完全で未完成、中途半端な鬼械神(デウス・マキナ)でしかないが、烈風の字で呼ばれたカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ラ・ヴァリエールの心を掴んで、放さなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


取り敢えず可成り暴れ回った事もあり、他の火竜達が集まってきてしまう前に、一行は火の精霊が在るだろう火口を目指す。

ユートもユーキも疲労していたし、余り動かしたくはなかったのだが、無駄な争いは余計な疲労を促すだけという事で、急ぐ事にしたのだ。

因みに、ユーキは精神力が枯渇とまではいかないが、可成り減ってしまった為にルイズが肩を貸している。

ユートは、カリーヌ夫人の背におんぶされていた。

「ユート君、元気ねぇ? これは生存本能かしら? それとも……」

「生存本能ですっ!」

硬くなっていた“自身”をカリーヌ夫人の背に押し付けながら、ユートは顔を真っ赤にしながら叫んだものだった。

貧乳のおばさんに欲情なんてしない……なんて、命知らずな事は言わない。

「今、何か思いましたか? ユート君……」

「滅相もない!」

全力でユートは否定した。

頂上から火口へと降りて、火の精霊が住(い)ます地へと立つ一行。

ユートを降ろすと、一晩は休もうという事になる。

疲れ果て、正常な判断力を失っている今の状態では、精霊との話など満足に出来ないという理由だ。

ユートが熱を遮断する結界を張り、食事を摂って寝る事になる。

結界はマジックアイテムで張った為、ユートに負担は掛かっていない。

一つでも誤てば、脳が焼き切れてもおかしくなかったのに、同時に二つの精霊力を行使したのだから、眠って脳を休めなければならなかった。

一晩が経ち、ユートは火口の目前で立っている。

「これから、精霊との交感の為に裸になるので、出来れば彼方を向いていて欲しいかな〜とか思ったり」

「わたくしには見定める義務があります!」

「さいですか……」

已むを得ず、ユートは服を脱いで裸になった。

ユーキとルイズは離れた所に避難している。

「それは?」

「竪琴(ハープ)ですよ」

「そうではなくて。何故、竪琴などを持っているのですか?」

裸になったユートは、持っていた包みを開き竪琴を取り出したのだ。

「気が付いたんですよ」

「何に?」

「精霊にも嗜好はあって、好きな音というモノが存在していると!」

人間には意思があり、感性を以て嗜好を嗜む。

なれば、同じく意思が在る精霊にも系統によって違う嗜好があり、それは音楽も同様だと考えた。

音に韻を践んで、術式とする魔法も存在するくらいならば、火の精霊を喚び出す音も紡げる筈。

ユートはラクスにも手伝って貰い、今日という日の為に練習をしてきた。

ユートが竪琴の弦に指を掛けて、爪弾き始める。

それは、激しくも雄々しい力の概念。

時に激しく時に優しい火を表す。

火は何物をも焼き尽くしてしまう反面、暖を与えてくれる。

そんな韻を音に託し、火の精霊へと呼び掛けた。

精神力を媒介として、音に呼び掛けの概念を乗せる。

ただ、無造作に呼び掛けるのではなく、何かを触媒とするのは魔術ではポピュラーな手法だった。

要は、小さな声を張り上げても聞こえないていうならば、拡声器を使って届かせようという事だ。

呼び掛けが届いたのか?

火口の中の溶岩が、ボコリと沸き立ち人型を採った。

『我を呼びしは貴様か?』

火の精霊主だろうと思われる人型が、ユートに話し掛けてくる。

「その通りです。火の精霊主……」

『精霊主? 成る程、そういう意味では貴様の考えた通りだ』

「アッサリと心を読まれたっ?」

『不思議がる事もなかろうに、大いなる金色に守護されし単なる者よ』

「あ、やっぱりそういう風に呼ばれるんだ」

意味は知っている。

ならば、その名前を敢えて受け容れるまで。

『貴様の奏でし旋律、我らにはとても心地の好いモノであった』

「練習もそこそこだったけどね、気に入って貰えたのなら何よりだよ」

『風のから報せは受けている。我らが根源へと至り、試練を受けるのだな?』

「良いのかい?」

『根源へと至るならば邪魔はすまい。然れど、戻って来たなら今一度あの旋律を奏でよ』

「御安い御用だね」

扉(ゲート)は開き、ユートはその中へと消える。

「ユート君っ!?」

端から視れば、焔に包まれたユートが焼けて消えた様に見えていた。

それ故に、カリーヌ夫人は慌ててしまう。

「大丈夫ですよ。お兄様は直ぐに戻って来ますから」

ユーキが後ろから声を掛けてくる。

カリーヌ夫人は深呼吸をすると、笑顔で振り向く。

「そう言えば、戦っている最中は“兄貴”と呼んでいたのに、今は“お兄様”と呼ぶのですね?」

「い゙!?」

あの時はキレてて取り繕う余裕が無く、つい素で話してしまっていた。

ユーキは恥ずかしそうに、顔を俯かせてしまう。

「あ、あの時は……ちょっと。2人だけの時はそう呼んでいるから」

「色々と訊きたい事もありますね」

「それは、お兄様が戻ってトリステインに帰ってから……」

アイオーンを見せてしまった以上、もう誤魔化す訳にもいくまい。

それから暫くして、再び炎が巻き上がり人型を成すとユートが立っていた。

その手には赤い石を持ち、呆然と佇んでいる。

ユーキにはその石が、火の精霊王との契約にはよって与えられた火霊石であると直ぐに理解した。


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