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第1話:オリオン星座のエデン
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 二〇一二年の春。

 ギリシアはアテネの最奥に存在する土地。

 此処は聖域(サンクチュアリ)と呼ばれ、結界にて周囲から隔絶されている。

 そしてこの地は古より、女神アテナを奉じて世界の愛と平和を守護するべく、少年達が集っていた。

 アテナ──ギリシア神話に於いては、天帝ゼウスが最初の妻メティスが身籠った際、最初の息子がゼウスの玉座を奪うと予言され、それを恐れたゼウスがあろうことかメティスを喰い、その智慧を奪う。

 その後、ゼウスは極度の頭痛に苦しみ、プロメテウスに斧で頭を割らせると、完全武装した女神アテナが誕生した。

 智慧と伎芸の女神として生まれたアテナは、父であるゼウスに地上を託され、神々は天へと昇る。

 爾来、アテナは数百年に一度聖域に生まれ変わり、邪悪を討ってきた。

 正義の象徴の楯を左手、勝利の象徴のニケーを右手に携え、平和の象徴としてオリーブ、知恵の象徴蛇、夜の象徴として三日月を、眷属に闇夜を見通す梟を伴い聖域に君臨する。

 二三〇年振りにアテナが降誕したのが一九七六年の事で、悪意に唆されたサガに殺され掛けるが、それに気付いたアイオロスによって救われ、城戸光政という初老の男に預けられた。

 一三年後、一九八九年にアテナ──城戸沙織は祖父である城戸光政の夢であった銀河戦争を開催。

 一〇〇人から居た孤児の内の僅か一〇人が、アテナの聖闘士として参加した。

 その後、聖域の教皇から白銀聖闘士が刺客として送り込まれて、遂に沙織は自らがアテナの化身であると星矢達に告げる。

 そして聖域に乗り込み、偽の教皇サガを討った沙織はアテナとして立った。

 アスガルドからの侵攻、海皇ポセイドンの覚醒。

 更にはアテナ降臨の真の目的……冥王ハーデスとの最終聖戦。

 それ以後にも、散発的な敵との闘いは起きている。

 一九九九年にはマルスを名乗る敵が現れ、射手座の星矢を中心に闘った。

 それから更に一三年後、聖域にて、一人の聖闘士がコロッセオで厳しい修業に励んでいた。

「おりゃぁぁぁぁっ!」

 拳を振り抜く少年。

 聖衣を纏っている以上、彼も一応は聖闘士。

 だけど相手も然る者で、その拳を平然と受ける。

「稲妻復興(フォルゴーレ・ルネッサンス)!」

 紫電を拳に纏って殴り掛かる少年だったが、それもダメージを受けた風ですらなく受け止められた。

「くっ!」

「動きは良いね。だけど、僕にその程度の雷は効かないぞ?」

 少年はバックステップで下がるが、そんな隙は与えぬとでも謂わんばかりに、自らの拳を揮う。

「喰らえ、七つの燐光の煌めきの一! 七燐水砲!」

 蒼き燐光の煌めきが収束されていき、ジェット噴射された水が光線の如く撃ち放たれ……

「うわぁぁぁぁああっ!」

 驚くべき速度で迫って、菫色の聖衣を砕かれながら吹き飛ばされた。

 壁にぶつかり罅をいれて止まると、呻きながら立ち上がった少年がふと自身の姿を見る。

 聖衣の胸部がボロボロに破壊されていた。

「くっ、参りました……」

 悔しげに表情を歪ませ、相手に一礼しながら言う。

「いや、強くなったよ」

「ですが、僕は貴方に一撃でさえ入れていない」

「黄金聖闘士が青銅聖闘士を相手に、そう簡単に入れられていたらその方が問題だよ」

「まあ、そうですが……」

 憮然とした表情で言う辺り納得はしてなさそうだ。

「エデン、君の修業は取り敢えず終了だ。今日からは堂々とオリオン座のエデンを名乗ると良い」

「はい、ありがとうございます師匠!」

「勉学方面の師のミケーネと精神方面の師フドウは、合格を出したのか?」

「はい。勉学と精神修養も大事だからと師匠に言われて早数年、そちらにも確りと取り掛かりましたから」

「そうか。ではオリオン座のエデン」

「はい!」

 師匠からの言葉を一字一句聴き逃すまいと、エデンと呼ばれた少年は真っ直ぐに師を見つめ、次の言葉を待った。

 六歳の頃から聖闘士となる修業を始め、最初は父親の友人だというミケーネから軽く習う程度だったが、正式な守護星座を持っていない雷王聖衣の聖闘士で、彼はやはり真の守護星座を持つ聖闘士の許で修業させたいと願い、アテナにそれを頼んでみた処、黄金聖闘士を師にと言ったのだ。

 ただ、守護星座の聖衣を持たないとはいえど、彼は獅子座の聖衣が空位なら、確実に黄金聖闘士になっていたと云われる実力者。

 エデンも彼に不満があった訳でもない。

 とはいえ、やはり黄金聖闘士に修業を付けて貰えるのは嬉しいもので、エデンはミケーネに今まで修業を付けてくれたお礼を言い、黄金聖闘士の下に就く。

「さて、見ての通り今の僕は生身であり、黄金聖衣も纏ってはいない」

「は、はぁ……」

 それは見れば判る。

 今の師匠は雑兵辺りがしている革製のプロテクターを纏い、服も丈夫なだけの粗末な作りの物だ。

 この状態で、聖衣を装着したエデンを軽くあしらうのだから凄まじい強さ。

「小宇宙も極限まで落とすから、たったの一撃だけ……心臓でも何処でも良い、好きな場所に全力全開手加減抜きで打ち込め」

「ハァ!? 師匠、いったい何を言ってるんです!」

 本気で意味が解らない。

 幾ら黄金聖闘士とはいっても、生身で小宇宙を極限まで落とした状態ならば、青銅聖闘士の拳でも本気で放てば死ぬ事すらある。

 まあ、この師匠はとても人間とは思えない耐久力を持つから、下手な手加減をしたら拳の方が壊れてしまいかねないのだが……

「解らないか? 僕を殺しても構わないから一撃を放てと言ってるんだ」

「どういう事ですかっ? 何故、僕が師匠である貴方を殺さねばならない?」

「心配せずともアテナからの御許しは頂いているし、この場で限りなら僕を殺しても罪に問われない」

「そんな事を言っているんじゃない! 大恩ある師の貴方を殺せなんて、出来る訳がないじゃないか!」

 まあ、実際にあの一輝でさえ地獄を見せられて尚、エスメラルダが目の前で殺されるまで、師のギルティを殺せなかったのだ。

 エデンに殺せと言って、『はい、そうですか』などと実行出来る訳も無い。

「成程、師匠は殺せないという訳か?」

「当たり前です!」

「ならば、こう言ったらどうかな?」

「──?」

「お前には父親と腹違いの姉と義母親が居るな?」

「はい」

 ルードヴィク、ソニア、ミーシャの三人は父親だけは兎も角、姉のソニアとは半分しか血が繋がってはおらず、義母親のミーシャとは全くの他人ではあるが、確かな家族の絆がある。

 本当の母親は嘗て、父親のルードヴィクが世界へと戦争を仕掛けた際、連れ添っていたと聴いていたが、その戦争で死んだらしい。

 これはルードヴィクを始めとして、義母親や姉に、ミケーネとフドウも言っている事だ。

 特にその頃のミーシャは動けず、死んだと思われていた事もあり、新しい連れ合いをルードヴィクが見付けていても仕方ない事と、そう考えてはいたが複雑な思いだった。

 それでもルードヴィクの血を継ぐエデンを、実の子の如く愛情を注いだのだ。

 だからそれがどうしたと言うのだろうかと、エデンは師匠を見遣る。

「なに、簡単な話だよ……エデンの実の母親であったメディア。彼女を殺したのは………………僕だ」

「──っ! 何だって?」

 驚愕に染まるエデンの顔を見て、師匠たる男は瞑目しながら更に言い募った。

「敵だったから、殺さねば世界が破滅していたから、そんな風に言い訳をしても仕方がない。だから一撃だけだ、その一撃に全てを懸けて放ってこい!」

「くぅぅっ!」

 確かに相手は生身だし、聖衣も纏ってはないない。

 小宇宙さえ落とすというのなら仮令、まだ未熟でしかない青銅聖闘士のエデンでも殺せる筈だ。

 だが、それでどうなる?

 今の家族は温かい。

 父親のルードヴィクは、嘗ての罪の償いに働いているというが、家に帰ってくれば善き父親で、善き夫を体現するかの如くだ。

 義母のミーシャにとってみれば、エデンは自分が動けずにいた間に愛しい夫を掠め取った女の息子。

 なのに、実の息子と変わらない愛情を注いでくれていたし、義姉のソニアにしてもそれは同様である。

 不幸な事なんて何も無かったし、顔も知らない母親の恨みなど晴らしていったい何になるのか?

 エデンは師匠の言葉に、困惑するしかない。

「く、うぉぉぉぉぉっ! 稲妻復興(フォルゴーレ・ルネッサンス)!」

 バゴォォォォォン!

 必殺技まで使ったエデンの一撃は、ユートの頬を殴り付けるに終わった。

「どうした、あんな一撃で良かったのか?」

「僕は……貴方に実力を以て勝ちたい。こんな理由で居なくなられたら、僕にとっては迷惑ですよ」

「フッ、そうか……」

「今の一撃は、僕が被った迷惑料だと思って下さい……双子座(ジェミニ)の黄金聖闘士・優斗師匠」

 一礼をすると、エデンは宿舎へと戻っていく。

「やれやれ、存外と大人になっていたのか? なあ、翔龍?」

「知りませんよ。まったく師弟で何をやってるのか」

 背後には黒い髪の毛を長く伸ばし、瞑目するかの様に呆れながら目を瞑って、溜息を吐く青年が居た。

 纏う鎧が黄金色である事から、翔龍と呼ばれた青年が十二宮の守護を預かっている黄金聖闘士だというのが判る。

「天秤座(ライブラ)の黄金聖闘士・翔龍。それで? 天秤宮からわざわざ降りてきたのは何故だ?」

「父……教皇が御呼びになられていますよ」

「ふむ、教皇が……ね」

「貴方の計画の所為だとは思いますよ」

「そうか、判った。直ぐにも教皇の間へ上がろう」

 そう言ってユートは教皇の居るだろう、教皇の間へ登るべく先ずは黄金十二宮最初の白羊宮へ向かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 エデンは聖衣を聖衣石に仕舞うと、服を聖域御用達の訓練着から普通のスーツに着替えると、聖域から出る為の手続きを済ます。

 聖域の出入口で受付をしている雑兵に、手続きで得た書類を渡すと愛想笑いを浮かべてきた。

「ははは……エデンさん、手続きは完璧です」

「そうか、済まない。手間を取らせたな」

「いえいえ、こいつが俺の仕事ですんで」

 聖域に居るのは聖闘士ばかりではない。

 雑務を熟す雑兵やアテナの世話をする女官、更にはアテナに仕える巫女など、多くの人間によって運営をされていた。

 エデンは、オリオン座の青銅聖闘士であり、白銀聖闘士や黄金聖闘士の補助を行うのが仕事。

 そんな風に考えると雑兵と代わりないが、直接的な戦力に違いはない。

 ギリシアからイタリアへ飛ぶエデン。

 目的は一つ、自身が正式な青銅聖闘士として師匠から認められた報告だ。

 連絡をしたら義姉も来てくれると言われた。

 久方振りの家族四人集合という訳である。

「ただいま、父上、母上」

「ああ、お帰りエデン」

「お帰りなさい」

 帰ってきたエデンを笑顔で迎える、ルードヴィクとミーシャの二人。

 嘗てはマルスとなって、アテナ軍へ火星士や四天王を伴い侵攻したルードヴィクだったが、今はその力を喪って罪滅ぼしの為に懸命になって生きている。

「帰って来たのねエデン」

「姉上! はい、青銅聖闘士・オリオン座のエデン。ただいま戻りました」

 白銀聖闘士・雀蜂座(ヴェスパ)のソニア。

「そう、無事に聖闘士になれたみたいね」

 女性聖闘士だが、現在は仮面を外して美しい顔を晒している。

 今、この場に居るのは愛する家族だけだからだ。

 女性聖闘士が仮面を着けるのは、聖闘士の世界というのがアテナ以外は男のみのものだったから。

 だが然し、歴史の必然として女性も闘わねばならない事はあり、女性が聖闘士になる場合には女である事を捨て、素顔を隠して闘う掟となっている。

 もしも素顔を異性に見られてしまったなら、その時は見たその相手を殺すか、愛するしかないという。

 例外として、家族になら素顔を見せても問題無い。

 まあ、聖闘士は基本的に孤児や食い詰め者がなる事も多い為、家族が居る事の方が珍しいのだが……

 数年前に白銀聖闘士となったソニアは、師匠の許に暮らしながらも任務に就いており、家族で会うのは実に二年振りである。

 今回はエデンの聖闘士就任を祝い、ソニアの師匠の南十字星座(サザンクロス)の一摩と、エデンの師匠である双子座のユートの計らいで休みを貰えたのだ。

 四人は二年振りの家族の語らいを楽しむのだった。


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