第3話:小猫×優斗 . 戦闘が始まって既に数分がすぎており…… 「うりゃあっ!」 幾度かのぶつかり合いの末に、ユートの拳がYigへ突き刺さる。 然し巨体の上に意外な程の筋肉と外郭を覆う鱗で、ダメージが通らない。 Yigが拳を振り上げ、ユートの身体に振り下ろしぶつけてくる。 「かはっ!」 速度自体は速いといえ、それはユート程ではない。 だが、ユートの攻撃が当たった瞬間を狙われては避ける事も叶わず、吹き飛ばされてしまう。 轟音を上げてコンクリートの壁に激突し、壁は脆くも崩れ落ちた。 漫画などでそういう場面もよく見受けるが、実際にそれを受ける方は堪ったものではあるまい。 普通の人間なら、ぶつけた部分の骨が砕け散って、内臓が慣性による勢いで潰れてしまうだろう。 そうなれば良くて数分後に死亡、悪くすれば即死という結果が出る。 ユートの場合は小宇宙による身体強化をしてあり、麒麟星座(カメロパルダリス)の最終青銅聖衣の防禦が護ってくれていた。 お陰で身体を打ち付けられて『痛い』のと、肺の中の空気を吐き出して『苦しい』程度で済んでいる。 「くっ! 流石に旧支配者の末席に名を列ねる蛇神。簡単にはいかないか」 Yigとて主神レベルでこそないが、神の名を冠する存在には違いない。 「本体ではなく、分体なのがせめてもの救いか……」 神本体の直接招喚など、実際には簡単には出来るものでもなく、普通は分体を招喚する。 分体では幾ら斃しても、本体に還るだけで然したる意味も無いとはいえ…… 「いったい、何処の莫迦が喚んだんだ?」 分体だから招喚コストは少ないが、だとしても相当の供物を要した筈。 神の招喚など、本来は割りに合わないものだ。 マスターテリオンの様に明確な目的意識を持っての招喚ならまだ話も解るが、こんな所で女の子を追い回している辺り、暴走しているのかも知れない。 それなら招喚した人間は今頃、生きてはいないのだろう。 「喰らえ、流星拳!」 Yigに一秒間に数百発の拳を撃ち込む。 凡そ、マッハ六のパンチは白銀聖闘士級の速さだ。 一二宮の戦いに於いて、牡牛座(タウラス)のアルデバランとの模擬戦を行い、小宇宙に目覚めたユートだったが、当時は小宇宙を放つのには段階を践まねばならなかったものだ。 即ち、魔力と闘氣と霊氣と念力の融合昇華。 本来ならそんな事をするのではなく、修業によって内在する小宇宙を自覚的に鍛えるのが普通なのだが、ユートは融合昇華させると小宇宙と同じエネルギーになると知っており、一気に目覚めたのだ。 既に末那識には覚醒していた為、小宇宙さえ使えれば第七感(セブンセンシズ)を使えた。 それでも一瞬の停滞が命取りの戦いでは、致命的な隙となってしまう。 再転生の後で、海皇ポセイドンとの戦いでは瞬時に小宇宙を練る事も出来る様になったが、小宇宙を黄金の位階にまで高めるのは、流石に困難を窮めていた。 今も白銀聖闘士の位階には直ぐに至れたが、やはりセブンセンシズを常時発動は出来ていない。 「流星拳を避けもしないで防ぐか!」 見様見真似とはいえど、星矢の技は特別な技法などを必要としないシンプルな技だ。 魔法での再現こそ難しかったが、マッハのパンチを放てれば誰でも撃てる。 廬山昇龍覇の様に大幕布を逆流させる必要も無く、凍気を放つ必要も無い。 小宇宙で気流や嵐を発生させる訳でもなく、熱風を放つ訳でも無い。 音速の拳で殴るだけだ。 「今度はこれだぁぁっ! 一角獣跳蹴(ユニコーンギャロップ)ッ!」 向かい様に百発の蹴りを見舞う技。 Yigの背後に着地して再び構えを執る。 聖闘士の技が悉く通用しておらず、しかも瞬発力は意外と速かった。 「グフッ!」 尻尾を鞭の如く撓(しな)らせて、ユートの身体を打ち据える。 またもや崩れ落ちる壁。 ユートは起き上がって、治療(リカバリー)を掛けつつ快復を試みる。 〔マスター、準備完了!〕 「よし、術式を発動」 〔イエス、マイマスター〕 融合していた那古人からの合図を受けて、ユートが命令を下す。 〔術式稼働、モード:リベル・レギス!〕 紅い悪魔の様な容貌。 リベル・レギスのオーラがユートの背後に顕現し、まるで一つになるかの如く融合した。 鬼械神(デウス・マキナ)が存在しない場所や、余りにそぐわない場所では世界の修正力が働いて招喚が阻害される場合もある。 そういう場所では、術式化したリベル・レギスと融合する事でその力を揮う。 尤もユートが使う鬼械神(デウス・マキナ)はリベル・レギスではないが…… 「重力結界!」 ユートはYigの居る場に重力フィールドを発生させて、動きを封じ込めた。 曲がりなりに神の一柱。 直ぐにも抜けるだろう、だがその一瞬の隙が有れば充分だった。 「ン・カイの闇よ!」 一一個の重力塊が、Yigを襲う。 受けた部位は消し飛びこそしなかったが、ダメージは与えている。 お陰で動きが鈍り、瞬発力も落ちた。 「トドメだ喰らうが良い、極低温の刃……ハイパーボリア・ゼロドライブ!」 それはリベル・レギスに備わりし、極々低温の白き炎を纏う右掌……リベル・レギスの必滅窮極奥義。 即ち、【ハイパーボリア・ゼロドライブ】 Yigの鎌首を、それによりバッサリ斬り落とす。 生命力が高い事に定評のある蛇の神。 それだけでは安心出来ず更なる一撃を見舞う。 「終わりだ! 天狼星(シリウス)の弓よ!」 黄金の弓に、光の矢を番うと撃ち放った。 『ギィヤァァァァァァァァァァァァァァァアアッ!』 Yigの躰は木端微塵に砕けて、光を放ちながら消えていく。 「ふぃー」 残心を忘れず辺りに気を配るが、特に怪しい気配も無いのを確認の上で、一息を吐いた。 「来た早々、これとはね。先が思いやられるな」 〔ですね、マスター〕 麒麟星座(カメロパルダリス)の聖衣を解除して、先程の少女の所に戻る。 少女は未だに逃げも隠れもせず、ジッと此方を窺う様に見つめていた。 「(金の瞳か……マスターテリオンを思い出すな)」 夜中だというのに、何故か鮮烈に輝いている様にも見える金の瞳。 それに見据えられるのは悪くなかった。 「大丈夫だったかな?」 「……あ、はい」 Yigに襲われた恐怖か或いは元々の無口か…… 少女は言葉少なく返す。 「アレは何ですか?」 「知らなくて良いモノだ。望むのなら、記憶を消して無かった事にして上げる」 少女は首を横に振った。 「なら、口を噤んで誰にも話さない様に。一度は出て来たからね、下手に言之葉に上ると、それを信仰としてまた顕れかねないから」 「多分、私が帰らないから仲間が捜してます。事情を説明しないと……」 「なら仲間にだけ」 今度は首を縦に振った。 「マントは君に上げるよ。夜中とはいえ、裸体で街を闊歩したくはないだろ?」 そう言うと、初雪の様に白い頬を赤く染めながら、再びコクリと首肯する。 少女の魔氣に気付いてはいたが、ユートは追及する事もなく離れようとした。 だが直ぐに思い直し少女に訊ねる。 「この近くに高等学校って在るかな?」 「あっちに駒王学園が」 「ありがとう」 礼を言い、今度こそその場を離れていった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 少女は訊きたい事が沢山あったが、さっさと行ってしまった為に、お礼も言えない侭となる。 暫く歩くと、先輩達が此方へと向かって来た。 「小猫ーっ! 大丈夫だったの?」 長く美しい、紅い髪の毛の先輩が訊ねてきた。 きっと心配していただろう事は容易に想像出来る。 駒王学園の先輩にして、少女──塔城小猫の主たるリアス・グレモリー。 この主様は、とても仲間想いだから。 話さねばならない。 リアス・グレモリーの領域にて起きた、奇怪な事件とその顛末を…… 一方で、学園について訊いてきたと云う事は、彼とはまた会えるのかも知れないと、そう考えて無表情の中でも胸を踊らせていた。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |