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第33話:向かうは白き風が知ろしめす王国
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 馬車の中、ガタガタと揺られながら王都を目指す。
 
「やっぱりアスファルトで舗装された道路と違って、普通の路は揺れるな〜」
 
 ユートが錬成によって、アスファルトを造り道路を舗装した結果、ド・オルニエールの道で馬車の揺れは殆んど無くなった。
 
 お陰で街に出るのがとても楽になったし、領民達にしても荷が揺れで傷まない事で受けが良い。
 
 それに比べ、ド・オルニエールを一歩外へ出てしまうと砂利道や土砂道で凸凹な状態。
 
 街も石畳の路は経年劣化が激しくてやはりガタガタな状態だし、せめてよく通る路くらい整備して欲しいと嘆願書が王宮に寄せられるらしい。
 
 マザリーニ枢機卿や国王は兎も角、少しでも予算を使わずにいて裏金を作り、着服したい法衣貴族の連中は頑なに反対し続けているのだろう。
 
 議会でもそこら辺で可成り揉めている様だ。
 
 また、ド・オルニエールが独自のルートを使って、アルビオン王国との貿易をしている事にも難色を示しているのだとか。
 
 元より三十年前から徐々に税収を増やしている事にやっかんでいたが、最近になって更なる収入アップをした事で、法衣貴族達からもう憎しみにも近い視線をサリュートは感じていた。
 
 そこへ来て今度は国王の許可を得ているとはいえ、王宮を通さない独自ルートからのアルビオン王国との貿易だ。
 
 自分達が裏金という汚い金を獲ている中で、新興の子爵風情が国王を誑して、分不相応な稼ぎを堂々と獲ているのだと、そう感じているのかも知れない。
 
 下らない宮廷の雀達は、故にこそ自分達の活動する領域で、サリュートの提出する意見を容れようとは、決してしなかった。
 
 要は『調子に乗るな』と言いたいのだろうけれど、だからこそユートは王宮の膿を出す為に策略を練っているのだ。
 
 失敗は破滅を意味する訳だが、成功すれば危機察知能力の高い厄介な奴以外、そして本当に真面目な政治をしている者以外、殆んどの宮廷雀を処分出来る。
 
 そうなれば風通しも良くなるというものだ。
 
 まあ、少しばかり分の悪い賭けではあるが。
 
 そんな企みも実はユーキやシエスタは知らなくて、この計画を知っているのはサリュートと国王とヴァリエール夫妻と勿論、発案者のユートだ。
 
 僅か数人だけが知る作戦──その名も【プロジェクト・ニューウェーブ】
 
 発動には後、二〜三年くらい掛かるが……
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
 王宮に着きサリュートはユートとユーキを連れて、急ぎ謁見の間へと向かう。
 
 その場に居るのは、国王と王妃とアンリエッタ姫、それに相談役のマザリーニ枢機卿だった。
 
 サリュートは膝を着き、頭(こうべ)を垂れてそれに追従をする様に、ユートとユーキも頭を垂れた。
 
「サリュート・シュヴァリエ・ド・オガタ・ド・オルニエール、参上しました」
 
「うむ、よく来たな」
 
 それはいつもの定型文にも似た挨拶。
 
 この謁見で同席出来るのは王妃とアンリエッタ王女の二人に加えて、執政官のマザリーニ枢機卿しか許されていない。
 
 だからこんな風に形だけの挨拶でしかなかった。
 
 行うのは他の貴族では、決してやらない毎月の収支報告と、領内の活動とその結果の報告。
 
 今回の報告では、温泉郷でのヴァリエール公爵家が泊まった際の感想などと、いつもの出版関係。
 
 更にアルビオン王国との貿易に関してだ。
 
 アルビオン王国は所謂、浮遊大陸。それが故の限界がどうしても出てくる。
 
 土の持つ栄養分が不足しており、飢餓者を出す程では無いにしても、対策を打ち立てなければ近い未来、拙い事になると識者は予想をしていた。
 
 今でさえも食糧の半分を輸入に頼っている現在で、収穫量が年々減っていれば不安にもなる。
 
 抜本的な対策が必要と、ジェームズ一世は考えた。
 
 それを取引先のトリステイン王国に、自分の弟でもあるエドワード王に相談してみたら、その話をユートの居るド・オルニエールへと持っていく国王。
 
 その頃、食糧事情が大きく改善されたド・オルニエールなら、何らかの解決策も在るだろうと考えていたからだ。
 
 それを聞き、サリュートはすぐに新しい食物である馬鈴薯(ばれいしょ)の輸出を考え、これの栽培に成功すればある程度の食糧難を緩和出来ると説明した。
 
 ジェームズ一世はそれを喜び、ド・オルニエール家を息子たるウェールズ・テューダーの誕生会に招く。
 
 その話は、当のド・オルニエール家だけではなく、トリステイン王家にも当然ながら来ていた。
 
 本来であれば自分のみが行く処だが、アンリエッタ姫もそろそろ動かしてみてもよい頃だと、誰かさんを思い出して考える。
 
「という訳でして、ウチからは私と嫡男のユートが、それと新興の子爵家だけでは何ですので、ヴァリエール公爵にもご同道願っております」
 
「うむ、なればド・オルニエールを紹介した王家からも出すべきよな?」
 
「然り……」
 
 サリュートは、我が意を得たりとばかりに頷く。
 
「なれば、ウェールズ皇太子の従妹であるアンリエッタに行って貰おうか」
 
「わ、わたくしですか?」
 
「そうだ。未だ幼いとはいってもお前も王族。立派に務めを果たして来い」
 
「は、はい! お父様」
 
 戸惑いこそはあったが、少しだけ嬉しいのか将来は一輪の花であると形容される少女は、幼いながら可愛い大輪の笑顔を浮かべた。
 
「(上手くいったな)」
 
 ユートは内心ほくそ笑んでいる、ある程度の計画は国王にも話してあった。
 
 国王はそれに賛同して、計画の遂行がし易いように話を進めてくれていた。
 
 婉曲なやり方であるが、宮廷雀達に文句を付けられない様に立ち回るのなら、必要不可欠な儀式だろう。
 
 ユートはこれで大手を振ってアルビオンへ行く事が出来る上に、アンリエッタとウェールズを早めに出逢わせる事が出来る訳だ。
 
 アンリエッタ姫は将来、間違いなく美少女に成長をするのは識っている。
 
 その美しい顔は元より、肢体も宮廷にて蝶よ花よと大事に育てられ、健康的な白い肌は艶やかでスベスベな触り心地だろうし、胸も公式設定を読んだ限りでは確か八四と、シエスタよりも一センチだが大きく揉み応えもありそうだ。
 
 マリアンヌ王妃も王女の時代、男を惑わし惹き付ける美貌の持ち主だったし、充分に遺伝をしている。
 
 だが世間知らずなお姫様故にか、どうにも彼女には我侭なきらいがあった。
 
 そしてそれもまた、原作では発揮されているから、ユートは将来的に負う苦労とを天秤に掛け、お空の国に行って貰おうと考える。
 
 要はウェールズに丸投げしてしまおうと云う。
 
 
閑話休題……
 
 
 謁見後は前に来た時と同じで、王妃と王女に誘われて軽くお茶会となった。
 
 具合の良い事に、ユーキにアンリエッタの興味が向いている。
 
「まあ、貴女はユートさんの妹なのね」
 
「は、はい。姫様」
 
「でも妹が居たなんて知らなかったわ。ジョゼットは幾つなのかしら?」
 
「四歳にございます」
 
「わたくしやユートさんの二歳下なのね」
 
 ユーキは引き吊りながら質問に答えて、軽くユートを睨んでいた。
 
『謀ったな兄貴!』と言わんばかりに。
 
 ユートは何処吹く風だと言わんばかりに、明後日の方向を向いて紅茶を飲む。
 
 正に我関せずと……
 
 アルビオンに行ったならマチルダとの約束通りに、一度はサウスゴータに行くべきだろう。
 
 それから先ずは風の精霊の居そうな場所へ行く。
 
 その為にも、パーティーより早くアルビオンに向かわなければなるまい。
 
 風の精霊主へと会って、何とか風霊石を手に入れなければと、想いを固める。
 
 水の精霊主ラクスの言葉が本当なら、ユートは四精霊の王と契約可能な筈。
 
 既にユートは、次の一手に考えを巡らせていた……ユーキを見捨てて。
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
 ユートは初めてかも知れない、父親であるサリュートが居ない旅行は。
 
 サリュートはこの数日後には、王宮へと立ち寄ってアンリエッタ姫をエスコートする予定となっている。
 
 ユートはそれに先駆け、ヴァリエール公爵と白の国へと飛んでいた。
 
 ラ・ロシェールにある港から船に乗り、アルビオンへ向かうヴァリエール公爵とユート、現在は客席にてゆっくりと休んでいた。
 
「ユート君、君には礼を言わねばならんな」
 
「はい? 何ですか、藪から棒に……」
 
「ルイズの事だよ」
 
「ルイズ嬢……ああ、例の件ですか!」
 
 ポン! と左掌を右拳で打つと、思い出した様に顔を上げる。
 
 例の件とは虚無の担い手であるルイズにそれとなく虚無魔法を教え、魔法が使えないというコンプレックスが肥大化してしまって、取り返しが付かなくなる前に矯正した事についてだ。
 
 本来であれば、原典に於いてルイズは周囲の諦観や蔑みや憐憫を受けており、コンプレックスの塊になってしまっていた筈。
 
 悪く云えば魔法偏重傾向が強い莫迦貴族の上塗り、もっと悪く云えば魔法を使えない事を罪悪に思う愚者でしかなない。
 
 そんな歪みが魔法を使えない才人を召喚した時の、才人への態度として出た。
 
 尤もハルケギニアの貴族として生まれたからには、大なり小なりそういう考えがあるから、普通の貴族だったとしても大して変わらなかった可能性もあるが。
 
 其処はそれとしてルイズが魔法を使えない【ゼロ】だった事が、彼女を歪めていたのは間違いなかろう。
 
 ユートがそれに対して、事前に干渉をした結果なのだろう、ヴァリエール公爵から見てもルイズは随分と明るいらしい。
 
 一ヶ月以上、碌に魔法を使えず爆発しか顕せなかったルイズは、日に日に表情がキツくなっていた。
 
 母に叱られ、長姉に叱られて、教師にまで匙を投げられてじい、挙げ句の果てに使用人までその噂で持ちきりになる。
 
 全てから隔絶された気分になっていたのか、優しくしてくれるもう一人の姉であるカトレアにだけ、心を開くようになっていった。
 
 そんな折に、ヴァリエール公爵が思い出したのが、僅か五歳でラインにまでなったユートの事。
 
 藁にも縋る気持ちで文を認めたのだ。
 
 そして、ユートは公爵の悩みを見事に解決しただけでなく、ルイズの持つ魔法の危険性まで考えて動いてくれた。
 
 虚無……
 
 確かに始祖ブリミルを崇めるなら、行き着かない考えだろう。
 
 ルイズにしてみれば自分自身が、ヴァリエール公爵からすれば我が娘が、始祖の行使した虚無を継承する担い手などと考えるのは、不敬としか思えないから。
 
 そして知ってしまえば、今度はその逆に困った事もある。始祖の力の継承者。
 
 それは普通の考えで云うならば、正当なる王家であるという事と同義。
 
 他の貴族が知ればユートが以前に指摘した通りに、ルイズを次期トリステインの王として担ぎ上げる連中が出て来る可能性が高い。
 
 そうなったら現体制派とヴァリエール王朝派とで、トリステイン王国は真っ二つに割れてしまう。
 
 果ては、ガリアやゲルマニアに併呑されての滅亡しか有り得まい。
 
 確実に起きそうで怖い。
 
 後は戦争に利用されるという可能性であり、それこそ兵器としてルイズは使い捨てられるだろう。
 
 ヴァリエール公爵は知らない話だったが、ユートはそんな未来をライトノベルで既に現実になる事を知っている。
 
 虚無に目覚めて浮かれているルイズが、アンリエッタの復讐の為の対レコンキスタ戦で、虚無と呼ばれ軍上層部の出世の道具扱いをされる原典の未来を。
 
 更には、ロマリアの聖地奪還作戦に於いて、ティファニアと共に巫女として奉られ、戦争の旗印にされてしまった。
 
 ユートとしては、原典ではそれも已むを得ない事だと考えている。
 
 原典は助言者が居らず、全てをひっくり返してしまえる【切札】的な存在──【ジョーカー】が居ないのだから。
 
 然しこの平行世界は原典とは違い、【ジョーカー】が存在している。
 
 自分自身を【ジョーカー】と思うのは、厨二病驀地(まっしぐら)な考え方ではあるが、強(あなが)ち間違いでは無い。
 
 兎に角ヴァリエール公爵の想いとユートの考えは、利害的に見て一致した。
 
 ルイズの事はその結果でしかないだけに、手放しで誉められるのは心苦しい。
 
「(まあ折角な訳だしな、アフターケアも確りやりたいし、ピエール様にも例の構想を話しておくか)」
 
 どう隠蔽しようとルイズの虚無はいずれバレるし、そうなったらユーキの事もティファニアの事も芋蔓式にバレる可能性があった。
 
 だからこそロマリア対策は今からでも必要なのだ。
 
「ピエール様、ルイズの事もですが、実は内密なお話しがあります」
 
「む? 判った」
 
 ヴァリエール公爵は静寂(サイレント)を行使して、空気の振動が外へと漏れ出るのを防ぐ。
 
 原作でもタバサが使い、煩かったキュルケの言葉を空気の層で隔絶していた。
 
 これにより、扉の外に誰かが居ても中の声は聞こえる事が無い。
 
 とはいえ、その逆もまた然りだが……
 
「さあ聞こうではないか。君の懸念を」
 
 サイレントで聞く準備が出来たヴァリエール公爵、早速ユートに事の内容を話す様に促す。
 
 ユートが何かしらの秘密を抱えている事は、公爵も気が付いている。
 
 五歳の子供が持つには、余りに大き過ぎる知識。
 
 虚無の知識など、普通は簡単に得られはしない。
 
 それを呪文付きで識っていたとは、幾ら何でも出来過ぎなのだ。
 
 恐らくは自分には疎か、両親にすら話していないだろう何かしら≠抱え、ルイズの為にもその知識の一端を解放してくれた。
 
 だから敢えて何も聞かないと妻と共に決める。
 
 ユートがその何か≠自分達の不利益になる事には決して使わないという、そんな確信めいた予感があったし、寧ろ追及をする事は金の卵を産む鶏を絞める行為だと感じていたから。
 
 ユートは促されて首肯をしながら返事をする。
 
「はい……」
 
 既にサリュートや国王に話している計画について、ユートはつぶさに話した。
 
 その内容にヴァリエール公爵は驚愕すると同時に、その危険性に気が付く。
 
 だが上手くいけばそれでロマリア皇国の権威は失墜……しなくとも、可成り落ちてしまうだろう。
 
 代償として、ユートは未だ幼い身の上で死の危険に晒されるし、その手を血で汚す事になる。
 
 ロマリアにはヴァリエール公爵も辟易としており、どうにかしたいとは常々に思ってはいたのだが、教会の権威が余りに大きい為、公爵にはどうする事も叶わなかったのだ。
 
 ロマリアの腐れ坊主共、それはヴァリエール公爵から見ても只のニート集団。
 
 積極的にしている事と云えば、精々が献金という名の賄賂の要求であり、断れば異端審問を盾にした脅迫をしてくるだけ。
 
 貴族とて、平民から同じ事をやっているのだから、ロマリアにだけ文句を言うのも筋違い甚だしいが……一応はニート坊主と違って貴族の義務を果たした上、税金を徴収している。
 
 少なくとも、ヴァリエール家とド・オルニエール家は間違いなく。
 
 然し、これではユートがルイズの為に泥を被ると言っているに等しい。
 
「本気かね?」
 
「はい、その為にピエール様にもご協力を仰ぎたいのです!」
 
「…………………………………………判った」
 
 暫しの沈黙、表情を歪めて自身の無力に怒りを感じながらも了承した。
 
 そうこうしている内に、船がアルビオン側の港へと到着する。
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
 漸く着いた港。
 
 取り敢えずシティ・オブ・サウスゴータに行って、マチルダに会う事にした。
 
 当然だが、行き成り他国の貴族が押し掛けても良い道理など有りはしないし、港街で一泊して先触れを送っておいた。
 
 名義は【ユート・オガタ・ド・オルニエール】で、入国した目的がウェールズ皇太子の誕生会への出席、その中継地としシティ・オブ・サウスゴータに入り、宿泊したいという内容。
 
 しかもヴァリエール公爵を伴っている旨も、同時に認(したた)めておく。
 
 テューダー王家に招待された貴賓の手紙に、当然ながらサウスゴータ家は受け入れ準備に大童だろう。
 
 他国の貴族を相手にし、自国アルビオン王国の恥は晒せないのだ。
 
 一日待つとサウスゴータ家から返事と共に、迎えの馬車を寄越してくれた。
 
 馬車を走らせる事数時間が経過、二人を乗せた馬車はサウスゴータ家に着く。
 
 サウスゴータの太守が、妻と娘のマチルダを伴ってユートとヴァリエール公爵を歓待してくれた。
 
 ユートは子爵家の嫡男に過ぎないとはいえ、アルビオン王国の食糧難を解決してくれたド・オルニエールの人間。
 
 家格が下である事などは関係無いとばかりに、公爵共々上位の歓待を受ける。
 
 歓待から抜け出し、宛がわれた部屋に入ってゆっくりしていると、扉をノックする音が響いた。
 
「どうぞ?」
 
 ユートが入室の許可を出すと、扉を開いてマチルダが部屋に入ってくる。
 
「お邪魔するわ」
 
 相変わらず、深緑の様な髪の毛が綺麗な少女だと、ユートはそう思った。
 
 十一年後の原作では見られない貴族令嬢なマチルダは存外と清楚だ。原作時はフラッパーな感じな姐御肌なイメージだっただけに、貴重だと思う。
 
 本人にはとても言えない事なのだが……
 
「何のご用件でしょう? ミズ・マチルダ」
 
「いえ、ミスタ・オルニエール。少しご一緒にいかがかと思いまして」
 
 どうやら、ユートと飲もうと思ってワインを持って来たらしい。
 
「ああ、良いですね〜」
 
 現代日本人の感覚では、子供にワインを薦めるのはどうかと思うが、この世界では割と普通の様だ。
 
 トリステインでもワインは下手な水よりも安くて、子供が普通に飲んでいるのを知っている。
 
 アルビオンでは多少なり事情も変わるが、現代日本とは違って生水を飲むのは危ないし、加工をした分は割高となるのだろう。
 
 何処ぞの鉄鍋な神の舌も言っていた、『日本の水は世界一安全で美味い』と。
 
 それこそ、下手に蒸留をした蒸留水より雑味のある水道水の方が。
 
 アルビオンではワインより麦酒(ビール)が主だが、トリステインにも行くらしいマチルダは、普通に美味しいワインも知っているらしく、タルブ産の葡萄を使ったタルブワインだ。
 
 ユートはマチルダを部屋に上げて、赤と青の双月が映える月夜のテラスにて、御一緒する事にした。
 
 グラスを満たすワイン、貴族令嬢な美少女が手ずから注いでくれる。
 
「じゃあ、乾杯」
 
「何に?」
 
「男なら気の利いた台詞を言ってみなさいな」
 
 
「いや、年齢一桁の子供に何を期待してるかな?」
 
 大粒の汗を流してユートは苦笑する。
 
「クスクス、それもそうよねぇ。何となく年下に思えなくてさ」
 
 コロコロと笑い、ワインを軽く煽り喉を湿らせた。
 
 アルコールの所為なのか赤い頬が、未だ幼い顔立ちを艶っぽく魅せる。
 
「あの時の子よね、貴方」
 
「はい、トリステインの宝石店で貴女とは一度お会いしました」
 
「アルビオンに来たら寄りなさいと言ったけど真逆、ヴァリエール公爵を伴って来るのは想定外よ」
 
「丁度、一緒にこっちに来る用事が出来まして」
 
「確か、馬鈴薯……だったかしら? 貴方が∵リしたあの食物は」
 
「ええ、そうです。東方から入ってきた食物でして、栽培し大きな成果を挙げてくれたモノで、アルビオンの食糧事情を改善出来るかと思いまたから」
 
「へえ?」
 
 楽しそうにユートのする説明を聞くと、マチルダは更にワインを煽った。
 
 暫く飲んでいると眠ってしまうユート、アルコールの回りが早かったらしい。
 
 そんなユートをマチルダは抱き上げると、ベッドに寝かせて部屋を後にする。
 
「それじゃ、良い夢を視なさいな」
 
 子供を酔い潰してしまい少し罪悪感があったのだろうか? 眠るユートにそう声を掛けた。
 
 マチルダが部屋を出て少し経つと、ユートはガバリと起き上がる。
 
 実はユートはまったく酔ってはいない。
 
 一人で考えたい事が出来た為、酔い潰れた振りをしたのだ。
 
 そもそも水の精霊王との契約をした契約者(コントラクター)たるユートは、自分自身の水の流れを操作して、あらゆる毒を浄化してしまえる。
 
 アルコールもまた、毒素であると定義すれば当然ながら、弾いてしまえた。
 
 酔いたければ、弾かなければ良いだけなので便利と言えば便利な力だろう。
 
 考えたのは少しだけ未来の事、国王ジェームズ一世の弟であるモード大公が、現在別邸に囲っているだろうシャジャルと、その娘のティファニアの事をどうしたものか……
 
 正直どうにも出来ない、現時点でモード大公とは知り合いでも何でも無い上、マチルダとも知り合ったばかりだ、それでエルフの妾について知っているのは、あからさまに不自然。
 
 寧ろ変に警戒されてしまうだけだ。
 
「やっぱり手出しは無理だろうな」
 
 訳知り顔でティファニアの事を口走れば、果たしてどうなるかなど判り切っているだけに今は……
 
 トリステイン貴族である以上、ユートがアルビオンの御家騒動に関わる訳にもいかない。
 
 そんな事を今やったら、一緒に来たヴァリエール公爵の顔を潰してしまうし、どう転んでも良い事にならない予感がした。
 
「軟禁状態に等しいのに、他国の貴族の僕が知っているなんて、向こうからしたら不気味でしかないしな。仕方がないか……」
 
 心苦しくはあるが全てを救う道は無いし、況してやモード大公と直接的に話をする機会など無いだろう。
 
 一番拙いのはマチルダが今現在、ティファニアの事を知らなかった場合だ。
 
 藪をつついて蛇を出すのは得策ではない。
 
 妹の様に可愛がっているならば、幼い頃から知っている可能性が高いが、それが何時かは判らないのだ。
 
「他国の事は、やっぱ対処療法ってところか」
 
 そもそも自分の国の事だって今は自領の事だけでも精一杯なのに、更に手を伸ばすのは危険でしかない。
 
 取り敢えずマチルダに、困った事があったら相談に乗ると言っておくに留めるのだった。
 
 
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