第49話:菅原道真……散華 . 「エリカァァァァッ!」 護堂は未だに痺れていて重たい身体を引き摺りながらも、神獣として顕現した牛に吹き飛ばされたエリカを抱き止める。 「ぐっ、くそっ!」 痺れが残るからだろう、脚に力が入り難くてガクッと膝を屈した護堂は、前につんのめりつつエリカを抱き締め庇った。 「ぐあっ!」 ゴロゴロと転がりながらエリカが傷付かぬ様に自分の身体を盾に、漸く止まった時には余計なダメージを負いつつも、エリカに傷が付かなくてホッと胸を撫で下ろす護堂。 どうやら強かに身体を打たれ、エリカは気を失ってしまったらしくて、起きる気配はまるでない。 菅原道真を睨み付けると其処には、本人以外に雄牛が立っている。 普通の牛ではないのは、その大きさから解った。 全長数メートル程度と、【猪】の化身に比べたなら小さかったが、現実の雄牛があんな巨体な筈もない。 「それがアンタの神獣か」 「如何にも。我の人生には牛が付き物であった故な」 雌牛は搾乳が基本だが、雄牛はその昔に労働力としていた事から判るだろう、そのパワーは相当だ。 西洋とは異なり日本では牛が食べられる様になったのは明治維新後、日本での雄牛の用途は飽く迄も労働力だった以上、この神獣の攻撃を受けるのはヤバい。 エリカとてユート謹製の戦装束が無くば、下手をしたなら死んでいた。 「さあ、征け!」 菅原道真の号令を受け、神獣の雄牛がダッシュをしてくる。 「くそっ!」 護堂はエリカを抱えた侭で何とか躱した。 一度でも駆け出したら、雄牛は目標へ目掛けて驀地(まっしぐら)だから何とか躱せたものの、絶賛気絶中なエリカを抱えた侭では、いつか捕まってしまう。 「遠距離から戦うしかないのか……だったら!」 《ルパッチ・ケンノー・タッチ・ゴー!》 若干、雄牛からは離れた位置でベルトを操作して、リングをハンドオーサーにスキャンした。 《ヤギ・プリーズ!》 スパークする右腕を掲げると、護堂は雄牛に向けて振り降ろすと…… 「喰らえ!」 ズガンッッッ! 轟音を響かせながらも、黄金の煌めきが雄牛に目掛けて降り注いだ。 モクモクと立ち昇っている爆煙。 「や、やったか?」 これは明らかにやれてないフラグだが、この場にはそのツッコミを入れる人間は居なかった。 果たして煙が晴れると、焦げ目の一つすらも付いていない雄牛が現れる。 「な、何でだよ!?」 「クックッ、我は天神ぞ! 幾ら貴様に火雷神としての権能を封じられようが、雷を防ぐ術くらい在るわ! 桑原、桑原……とな」 「なっ!」 菅原道真が没後、清涼殿などで祟った事から祀られた訳だが、彼の生地である桑原でだけは雷が落ちなかった事から、雷避けとして『桑原』と唱えるという。 「くそ、今更ながら本当に無茶苦茶だよな!」 必勝を期した訳でもなかったが、それでもまったくの無傷だとは思わなかった護堂は毒吐いた。 だが然し、オリジナルを使ったのではなくて良かったと思う事にする。 オリジナルの【山羊】の化身だったら、ハッキリと云って目も当てられない。 そういう意味ではユートに感謝だ、オリジナルしか使えなければとっくの疾うに打ち止めなのだから。 雄牛の攻撃を躱しつつ、護堂はつらつらと考える。 「ご、護……堂……わ、たしを……捨てて、行きな……さい……」 「バ、んな事が出来る訳が無いだろう!」 「わ、たし……を捨てれ……ば、身軽……に……」 「出来ないって言ってるだろうが!」 捨てて行けと言うエリカに怒鳴る護堂、そんな真似が出来よう筈も無い。 これは草薙護堂の矜持とも云える。 仮令、誰からも偽善者と呼ばれようと、それでも……決して捨てられない。 「あれ?」 その時であった、護堂の中でナニかが弾けた。 勿論、それはSEEDなんかではなく…… 「ひょっとして……」 左腰に付いているリングホルダーから、今まで使っていない……否、使えなかったリングを外す。 「エリカ、俺の事を信じてくれるか?」 「フフ、当たり……前……じゃない……私は護堂を、信じている……わ……」 ガシャ! エリカの言葉に頷いて、護堂はベルトを操作…… 《ルパッチ・ケンノー・タッチ・ゴー!》 ハンドオーサーにリングをスキャンする。 《ショウネン・プリーズ》 「少年……? まさか……使える……様に……?」 電子音声が鳴り響いて、その音声の内容に驚く。 【少年】の化身。 今までは使えていなかった化身で、ウルスラグナの第五の化身……ユートが曰く補助系統だと云う。 護堂が真に必要とした、その時に目覚める辺り都合が良すぎる気もるのだが、今はこの巡り合わせに感謝をして使おう! 「エリカ、キスするぞ!」 「こんな時に、積極的……なのね、良い……わ、護堂……して……」 とはいえ、簡単にやらせる程に菅原道真も甘い相手ではない。 「させぬわ!」 雄牛を嗾ける菅原道真、【牛歩】という言葉がある通りで、その歩みは決して速い訳ではなかったが…… 「此方もさせない!」 ガシャ! 《ルパッチ・ケンノー・タッチ・ゴー!》 「征け、猪!」 《イノシシ・プリーズ》 護堂の影が拡大をして、その内からゴツいバイクがエンジンを蒸かせながら、その姿を顕した。 乗り手は居なくとも既に【猪】が宿る為、護堂が定めた目標に向かって走る。 【猪】のオリジナルは、巨大な何かしらを標的とした時に発動が可能な化身、このケンノーリングで喚んだ場合だと、標的が巨大である必要性はない。 当然ながらそのパワーは依代たるバイクに依存し、能力的にはだいぶ落ちる。 だがそれでも、ユートが用意した依代のバイクは、【猪】を宿すにはそれなりに良いモノだったらしく、菅原道真の神獣【雄牛】と道真自身を、嬉々として追い掛け回す。 「ぬううっ!」 騎乗者(ライダー)の居ないバイクが走って追い掛け回すとか、そこはかとなくホラーチックな光景だ。 そんな菅原道真達は放っておき、護堂は膝を立ててエリカの背中を乗せると、左手で頭を支えながら瞳を覗き込む様に見つめる。 「俺は絶対にエリカを手放さない!」 「護堂、良いわ。来て」 エリカはそう言うと目を閉じて、軽く半開きにした唇を主張した。 普段の護堂であるなら、絶対にやらないのだろう。 だけど、まだ使った事のないオリジナルの【少年】も或いはそうなのだろう、今の護堂には普段から言っている倫理観や羞恥心などの一切合切が抑えられて、例えるならそう…… 仮契約(パクティオー)の際の心理状況に近い。 あれはお互いに性的快楽が全身を軽く駆け巡る為、抵抗感や背徳感や倫理観といったキスをするという、その時に感じるのであろう心の葛藤など、それらを薄めてしまいキスし易くする効果を持っている。 更には精神的な後押しをするのか、寧ろ魔方陣の中では『あの唇に触れたい』という心理が働くらしく、原作では男性恐怖症の気があり、同性が相手でも引っ込み思案な処がある少女、宮崎のどかをして積極的にキスをしようとしていた。 果たして、現在の護堂は葛藤は全く感じておらず、エリカを救う為ならキスをする事など厭いはしない。 護堂は目を閉じてエリカに顔を近付け…… 「……んっ!」 ぷっくりと柔らかな唇に重ね合わせた。 それだけでなく、もっと欲しいのだと言わんばかりに舌を侵入させ、エリカの口内を犯していく。 普段からの護堂とは違う積極性に驚きを禁じ得ないエリカだったが、権能の為とはいえ折角の機会だと、たっぷりと堪能した。 「良い、良いの……もっと頂戴! 貴方の、護堂の熱いモノ──呪力──を私のナカに迸らせてぇっ!」 護堂の首に両腕を回し、頬を朱に染めながら叫ぶと再び唇を重ねる。 【少年】……ウルスラグナ第五の化身であり、その効果はユートも視た訳ではないから直感的に補助系統と当たりを付けたが、その正体は一時的に護堂の中の神力を譲渡し、加護を与えて呪力のみならず身体能力まで引き上げる、仲間に使う専用の補助型化身。 リングで使うと能力的には劣化するが、それにしてもエリカが持つ【ビーストドライバー・レプリカ】を併せれば、神獣にも少しは対抗が可能となるだろう。 護堂が唇を離すと名残惜しそうな表情になったが、すぐに気を取り直していつものエリカ・ブランデッリとなった。 恐らく、護堂には気付かれてはいまい。 「凄い、内側から力が溢れてくるみたいだわ!」 「往けるか? エリカ」 「フフ、誰に言っているのかしら? 護堂!」 クオレ・ディ・レオーネを左右に振り、チャキン! と真っ直ぐに構えながらウィンクしながら言う。 「そうだな、愚問だった」 「解れば良いのよ!」 今も尚、菅原道真や雄牛を追い掛け回している【猪】をを見遣り…… 「来い……【猪】!」 大声で喚んだ。 力こそ劣化しているが、その分は制御が容易にもなっており、喚ばれた【猪】は護堂の言う通り戻る。 護堂はバイクに乗ると、エリカに言う。 「後ろに乗れ!」 「判ったわ!」 エリカが乗ってタンデムすると、フルスロットルでバイクを走らせる護堂。 「む、何をやらかす気だ? 神殺しめ!」 目的は菅原道真でなく、雄牛…… 《ルパッチ・ケンノー・タッチ・ゴー!》 《ハクバ・プリーズ》 リングで【白馬】の化身を発動して、炎を全体に纏うと突っ込んでいく。 ドゴォォォォンッ! 見事な轢き逃げアタックを極めると、数メートルもあり重たい【雄牛】が吹き飛んだ。 「はっ!」 数千度もの炎に包まれ、天高く弾き飛ばされてしまった【雄牛】へ、エリカがジャンプ一番とばかり跳躍をすると…… 「セヤァァァァァァァァァァァァァァァァアアッ!」 クオレ・ディ・レオーネでスプラッシュを放った。 『ブモォォォオオオッ!』 ドカァァァァンッ! それがトドメとなって、神獣【雄牛】は大爆発して消えてしまう。 微かに残る神氣…… エリカが一枚のカードを投げ付けると、大気に薄れて消えんとした神氣が吸収されていった。 完全に吸収するとエリカの手元に、カードが回転をしながら戻る。 【まつろわぬ神】の神氣強度では封印は叶わないにしても、神獣くらいであればこのカードに神氣を吸収封印が可能となっていた。 斃した後の残滓故にか、斃す前より神氣量も減る事になるが、これでエリカの【ビーストドライバー・レプリカ】に力を与える事が可能となる。 無論、専用のリングを造る必要性はあるのだが…… 「く、我が神獣を!」 「次は菅原道真、アンタの番だ!」 バイクを停止させると、右手に持ったソードガンの刀身を肩に乗せ、菅原道真に改めて宣戦布告した。 「己れ、舐めるな神殺しの小僧めが!」 流石にカチンときたか、激昂した菅原道真は弓矢を再び顕現させて番える。 矢羽を放すと数十本もの箭が護堂を襲う。 《ディフェーーンド・プリーズ》 呪力の輝く壁が顕れて、鏃が突き刺さり…… パリン! 割れてしまったものの、箭の威力は完全に殺されており、防ぐ事に成功した。 「くぅ! 防ぎおるか! ならば……」 「させないわ!」 「なにぃ!?」 呪力を高めんとしていた菅原道真に、エリカが攻撃を加えて邪魔をする。 「異国の呪術師ぃ、貴様のその膂力は先程とはまるで違う? そうか、神殺しの呪力の加護かぁぁっ!」 決して必勝にはならないにしても、傷付けるだけなら可能な今のエリカの力、それは護堂から一時的にでも分け与えられた神力による加護。 それに気が付いた道真は忌々しそうに表情を歪め、佩刀を抜き放つとクオレ・ディ・レオーネを防ぐ。 最初とは異なり、完全に防ぐ事が能わぬ苛立ちに、思わず舌打ちした。 互いに細剣と刀で打ち合わせるが、今や菅原道真の狩衣はズタズタとなって、身体にも無数の傷がある。 一方のエリカも同じで、青鍛鋼糸(ブルーメタル・スレッド)で織られた上、更に細い流白銀糸(ミスリル・スレッド)で護りの咒を織り込まれた戦装束が、もう見る影も無いくらいにズタボロに切り裂かれて、鎧の部位も罅だらけだ。 とはいえ、軽い切り傷は戦装束の能力のヒーリングで治る為、本来なら傷付けたくない顔にまで刃を受けても顔色一つ変えない。 事実、エリカは菅原道真の刀の切っ先を頬に受けたりしていたが、暫くの時を置けば勝手に治癒する。 特に今のエリカは【少年】の加護を受けている為、呪力が大幅に上がっている事から、ヒーリングの力もそれに伴い上昇していた。 だけどこれは別にエリカが菅原道真を斃そうと云う攻防ではなく、護堂の方の準備が整うまでの謂わば、時間稼ぎに過ぎない。 護堂は前にサルバトーレ・ドニと戦り合い、そして確信をしていた。 【猪】の化身は確かに、リングを使った場合は劣化しているが、力が拡散していて巨大過ぎるオリジナルより、呪力の収束が出来て複数の化身と重ねて使える此方の方が、瞬間的な出力で上回る事が出来ると。 《ルパッチ・ケンノー・タッチ・ゴー!》 《ハクバ・プリーズ》 数千度の炎を再び纏い、更にリングをスキャン。 《オオトリ・プリーズ》 バイクに乗った護堂は、【鳳】の力で飛翔する。 《オウシ・プリーズ》 パワーを引き上げ…… 《ルパッチ・ケンノー・タッチ・ゴー!》 必殺技の為のリングを、ハンドオーサーへとスキャンした。 【猪】の宿るバイクが、リングの力とリンクするとロケットブースターみたいな形状に変形する。 それこそ、サルバトーレ・ドニが弑逆して簒奪せしめた【まつろわぬジークフリート】の権能──【鋼の加護(マン・オブ・スチール)】を貫き、ダメージを徹したくらいだ。 《チョーイイネ・キック・ストライク・サイコー!》 右脚に【猪】の宿っているバイクを接続、真っ直ぐに伸ばして飛び蹴りの形で勢いよく征く。 「エリカァァァアアッ!」 合図を受けたエリカが、ニヤリと口角を吊り上げて笑うと、クオレ・ディ・レオーネの刀身で菅原道真の放つ剣檄を止め、バックステップでバク転をしながらその場を離れた。 「ぬおっ!?」 完全にエリカとの太刀合いに興じてしまって、護堂の存在を忘れていたのか、天を見上げて驚愕に目を見開いている。 「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」 【鳳】によるマッハニ〇の速度に、【雄牛】によるパワー、【白馬】によって生じた数千度の炎、【猪】の強靭さが渾然一体となって菅原道真を貫く。 「がはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 偶さか背後に存在していたホテル≠ノぶつけて、ホテルを砕きつつ菅原道真を貫いた【ストライクエンド】──正式名称がないから、取り敢えずウィザードの技名──は突き進む。 更には途中で飛翔して、大空高くに翔び上がった。 天元突破した必殺技は、全呪力を菅原道真にぶつける事によって、呪力爆発を引き起こす。 その爆発たるや、都市をまるごと破壊し兼ねないという威力で、遠くから視ていた正史編纂委員会関係者を青褪めさせたという。 バイクと共に落ちてきて着地した護堂は『ふぃーっ!』と汗を拭うと、とても良い笑顔で嘆息する。 その直後、自らが破壊の限りを尽くしたホテルやら土地を見て、『やってしまった』と言わんばかりに、ガックリと項垂れた。 . 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