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第25話:緒方逸真流
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「ふむ、水色の玉……か」
 
 ユーキは野球ボールよりも二回り小さい、水色の玉を陽に透かしたりして眺めている。
 
 向こうが透けて見えるくらいの透度、宝石よりも寧ろ玻璃の様な石だ。
 
「ユーキ、これがいったい何んだか判るか?」
 
「うん、多分だけど水石の類いだと思うよ」
 
「水石?」
 
「アルビオンを浮かしてる原因で、ヴィットーリオが聖地奪還の根拠にしている風石の親戚みたいな物で、精霊力を凝縮して圧縮したモンだよ」
 
 その説明で思いだして、亜空間ポケットから【ゼロの使い魔】のライトノベルを取り出しページを捲る。
 
「って、待てい!」
 
「うん? どうした?」
 
「それは何かな?」
 
「? 読んだ事くらいあるだろう? ゼロ魔の小説」
 
「んなん、解ってるよ! ボクが言ってるのは、何故にこの世界にライトノベルが、それも【ゼロの使い魔】が有るのかって事だ!」
 
 あっけらかんと言ってくれるユートに対し、ユーキはついついエキサイトしてしまう。
 
「神(なのは)さんが亜空間ポケットと一緒に、実家に置いていたライトノベルを根刮ぎ入れてくれてたんだよねぇ」
 
 さぞや緒方家では、誰より妹の白亜が大混乱をした事だろう。
 
 事故死した家族の持ち物だけが、忽然と消えているのだから。
 
 況してや白亜にとって、兄の買うサブカルチャーは自身で買った物より多くを読んだり観たりしており、ある意味では形見のDVDやラノベが消えたら、驚愕意外の何物でも無いであろうし、悲しむだろう。
 
 まあ、そんな前世の実妹の心情は兎も角……
 
「ズッルい! こんな暇潰しが在ったなんて?」
 
 ユーキはライトノベルを取り上げ、中身を読みながら文句タラタラ叫んだ。
 
「うわ、懐かしいな〜! マジ、ズルいよ兄貴!」
 
「……仕方ないだろう? こんなん、そこら辺に置いとけないし」
 
 何しろ原典情報を書き綴った本だ。
 
 介入無しなら、預言書と言っても過言ではない。
 
「確かに、危険かもだね。シエスタに見られたらどう思われる事か?」
 
「う〜、そんな事よりも! これが水石なのは間違いないのか?」
 
 誤魔化す様に水石? を手に取りユーキに訊ねた。
 
「そうだね、間違いないと思うよ。ただの水石じゃなさそうだけどね」
 
「……? と言うと?」
 
「凄い精霊力を感じるよ。普通の精霊石じゃないね」
 
 キランと瞳を輝かせて、玉石を見つめて言う。
 
「恐らく風の聖痕で云うところの神器──【炎雷覇】や【虚空閃】みたいなモノなんだろうね」
 
 風の聖痕──炎の精霊王より認められた退魔師たる一族、神凪より出奔をした神凪和麻が後に八神和麻と名を変えて日本に戻ってきた処から始まる物語。
 
 和麻は風の精霊王の加護を一身に受けた契約者(コントラクター)で、目にはその証として空色に輝く御印の風の聖痕が刻まれているという。
 
 その噺に出てくる神器、それは精霊王に下賜された強力無比の武器の事だ。
 
 炎の神器【炎雷覇】と、風の神器【虚空閃】。
 
 【炎雷覇】は神凪一族、【虚空閃】は中国の鳳一族が管理している。
 
 現在というか第六巻──事実上での最終巻──までの持ち主は、【炎雷覇】がヒロインの神凪綾乃。
 
 【虚空閃】が鳳 小雷……此方は偽名だけど。
 
「詰まり、精霊王から下賜された神器だと思えば良い訳かな? この石……」
 
「そうだね、これは契約者(コントラクター)として、精霊王の地上代行者としての証ってとこかな?」
 
 炎雷覇や虚空閃の様な、所謂処の武器の形こそしてはいないが、この石は間違いなく代行者の証であり、契約者(コントラクター)の御印なのだ。
 
「水石より尚、高い水の精霊力を持つ謂わば、【水霊石】ってトコだよ」
 
「でもさ、これってどう使えば良いんだ?」
 
「大きさ的に、魔血玉(デモンブラッド)の代わりに使えないかな?」
 
「魔血玉!?」
 
 【魔血玉(デモンブラッド)】──それは赤の竜神(スィーフィード)の世界、所謂処の【スレイヤーズ】の世界に於いては、リナ・インバースがゼロスから、五百五十万にて買い上げた呪符(タリスマン)こそが、魔血玉を嵌め込んだモノ。
 
 魔血玉は全てが紅い宝石であり、それぞれの魔血玉が【赤眼の魔王(ルビーアイ)】【白霧(デスフォッグ)】【蒼穹の王(カオティックブルー)】【闇を撒く者(ダークスター)】を表しているという。
 
 『四界の闇を統べる王、汝の欠片の縁に従い汝ら全ての力以て、我に更なる魔力を与えよ』
 
 呪符を身に付けて、混沌言語(カオス・ワーズ)で唱えると魔力許容量を拡大増幅してくれる、魔導師には便利なアイテムだ。
 
 元はパシリ魔族(ゼロス)が上司、獣王ゼラス・メタリオムから下賜されたモノだったのだが……
 
「精霊王石を呪符にして、この世界で増幅器(ブースター)として使えるかも。風霊石、火霊石、土霊石も手に入ればね?」
 
「あと三つ? 真逆、王全員に逢えと?」
 
「敵は曲がりなりにも神を名乗る存在だよ? 必要最低限で全てを揃えるくらいしないとね」
 
 力は幾ら有っても足りないのだ。
 
 個人の力、仲間の力、経済の力、権力など、力というモノは様々。
 
「ハァー」
 
 溜息を吐くユート。
 
「取り敢えずさ、マントの留め金に加工しておくと良いんじゃないかな?」
 
「……だな、そうするよ」
 
 これで水の系統の能力が多少なり上がる。
 
 今のユートはライン。
 
 水霊石の呪符を使えば、威力だけはトライアングル級の魔法が使用可能になるだろう。
 
 実際にランクアップする訳ではないから、ラインがトライアングル級になるというだけだが、メイジとしては高いアドバンテージを得た事になる。
 
 因みに普通に精霊術を使うなら、スクウェア級の力を使えるのだろうが、現状は使う心算はない。
 
 下手に使っても系統魔法と擦り合わせが出来ないと思うし、ユートは精霊術師でなくメイジなのだから。
 
 というより、水霊術だけ使えても余り意味は無い。
 
 まあ温泉造りには役立ちそうだけど、何よりもわざわざ敵に手札を見せてやる趣味はユートに無かった。
 
 敵が何処に居るとも知れない以上は、切り札になる力をホイホイと使ってしまう訳にはいかないのだ。
 
「そうだ、そろそろ身体も鍛えないとな」
 
 魔法だけではない、腕力も鍛えていかないと……。
 
 ユートはひ弱でモヤシなメイジになる気はないし、某・元帥な伯爵家の四男、アレみたいなヒョロヒョロ君はゴメンだ。
 
「まあ、早く鍛え過ぎても背が伸び悩む事になるし、程々にね?」
 
「お前も鍛えろよ……」
 
「ボク、女の子だし〜♪」
 
 明後日へそっぽを向き、口笛を吹くユーキだった。
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
 【サリュートの部屋】
 
「何? 剣を教えて欲しいだと?」
 
「はい、聞いた話によれば父上は剣を使うとか」
 
「うむ、シュヴァリエに叙されたのも、剣の腕を見込まれての事でな」
 
 勲爵士、或いは勲功爵や騎士候とも呼ぶ一代限りの貴族位、オガタ家は代々、嫡子たる長男がシュヴァリエに叙勲される事により、貴族位を維持してきた。
 
 サリュートの代に入り、正式な子爵位を叙勲されたが故に、もうシュヴァリエに拘る理由も無い訳だが、実はユートもサリュートの様にシュヴァリエに叙勲されたいと思っていた。
 
「まあ、良いだろう。外へ出なさい」
 
「はい!」
 
 2人は邸の庭に出ると、互いに木刀を手に取る。
 
 そしてユートが構えた。
 
「何……だと?」
 
 サリュートも構える。
 
「え、何で?」
 
 サリュートとユート……2人の構えはそっくりだ。
 
「どうして父上が?」
 
「何故、ユートが?」
 
 2人の台詞が重なる。
 
『緒方逸真流(オガタ・イッシン流)を!?』
 
 それは正に、二つの緒方(オガタ)家が重なる瞬間だった。
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
.
 互いに木刀を構えると、ユートとサリュートの二人が一気に駆け出す。
 
 鈍くて軽い木刀同士がぶつかり合う音が、オガタ邸の庭に響き木霊した。
 
 鍔迫り合いの音が耳に響いて、2人共が顔を顰めながら相手の顔を見る。
 
「ユートよ、お前は何処でこの技を、オガタイッシン流の技を知り得た? 私はお前にイッシン流を見せた事など無い筈だがな?」
 
「なっ!? 父上の剣技が緒方逸真流?」
 
 サリュートも驚いていた様だが、ユートもまた吃驚していた。
 
 ユートが使っているのは【緒方逸真流】と云って、戦国時代の緒方家の先祖が編み出し、江戸時代を経て現代(平成)に伝えられていた剣技である。
 
 それが同じ名前の同じ技であり、しかも本来は交わらぬ世界である筈のハルケギニアで、しかもオガタ家に伝わっているなどと想像の埒外だった。
 
「(試してみるか?)」
 
 ユートは鍔迫り合いから一旦バックステップで後方へと飛び、再び駆けた。
 
「む?」
 
 ユートが下段から攻撃、サリュートの木刀を上方へと弾くと、出来た隙を突いて袈裟懸けに自身の木刀を振り下ろす。
 
 だが、いち早く察知していたサリュートは、身体を僅かに後ろへ反らして紙一重で避けると、完全に振り下ろされたのを確認して、回転しながら背後へと回り横薙ぎに木刀を振るう。
 
「ガハッ!」
 
 勢いを殺せずユートは、それをマトモに喰らってしまい、勢いよく吹き飛ばされてユートは気絶する。
 
 未だ五歳の身である故、身体が軽かった所為だ。
 
「む、いかん! ついついやり過ぎてしまった!」
 
 慌ててユートに近付き、介抱するサリュート。
 
「ふぅ、どうやら骨などに異常は無さそうだ。然し、ユートが使ったあの技は、オガタイッシン流【コダマオトシ】に相違ない」
 
 サリュートがユートに使った技が、オガタイッシン流【コマノマイ】と云う。
 
 どちらも謂わば基本技に過ぎない。
 
 それでも、恣意的に使ったという事は、その技を識っているという事だ。
 
「ユートよ、お前は……」
 
 謎ばかりが残り多少モヤモヤするサリュートだが、メイドを呼んで部屋に運ばせて自室に戻った。
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
 【ユートの部屋】
 
 一時間もして、ユートが自ずから目を覚まし、いの一番に目に入ったのは見慣れた天井。
 
「知ってる天井だ……」
 
「何を当たり前な事を言ってるんですか?」
 
「シエスタ?」
 
 声がした方に首だけ動かして見ると、シエスタが椅子に座っていた。
 
 心なしか目が赤い。
 
 まるで、涙でも流していたみたいな瞳だ。
 
「もしかして、看病をしてくれてたんだ?」
 
「はい」
 
「心配……した?」
 
「当たり前です。直ぐには目を覚ましてくれななくって、生きた心地がしませんでしたよ!」
 
「……そっか」
 
 大丈夫だと頭で理解していても、やはり心配なものは心配なのだろう。
 
「ありがとな、シエスタ」
 
 右腕だけ伸ばし手で頬にソッと触れて軽く撫でる。
 
 触れられた感触が気持ち良いのか、シエスタは目を閉じて頬を朱に染め、撫でられるに任せていた。
 
「ゴホンッ!」
 
「え?」
 
「キャッ!」
 
 ユートの死角になる場所で聞こえた咳払い、これには吃驚して手を放す。
 
 シエスタも小さな悲鳴を上げて肩を震わせた。
 
「ユ、ユーキ。居たのか」
 
 身体をシエスタに手伝って貰い、ベッドから起こして咳払いのした方を向き、銀髪の少女が壁に背中を預けて立っている。
 
「ゴメンねぇ、お兄様? 気が利かなくてさぁ」
 
 言外に、イチャイチャしてんなバカ兄貴と言われた気がした。
 
「(まったく、順調に好感度を上げているな。こんのギャルゲー体質め!)」
 
 ユーキは心中で愚痴る。
 
 からかわれた二人は頭のてっぺんまで血が上って、真っ赤になっていた。
 
「コホン、ユーキもお見舞いに来てくれたのか?」
 
 そんな心情を誤魔化す様に咳払いをして、ユーキに話し掛ける。
 
「まあね。お父様に一撃で熨された可哀想なお兄様を慰めに……ね?」
 
「うぐっ!」
 
 胸にグサリと、何かが突き刺さった。
 
 然し直ぐに真面目な表情になると、あの模擬戦での事を思い出す。
 
「父上が使ったのは、間違いなく緒方逸真流の技だ」
 
「オガタイッシン流?」
 
「僕が使った技は、敵の刀を下段から上方に弾いて、返す刃で袈裟懸けに斬る技……【木霊落とし】だったけど、まるで識っているかの様に避けて、更に返し技で【独楽乃舞】を放って来たんだ」
 
 ギュッと掛け布団の裾を掴んで睨み付ける。
 
「? サリュート様が同じ技を使うのは、そんなに変な事なのですか?」
 
 ユートの驚きがいまいち理解出来ないシエスタは、軽く小首を傾げていた。
 
 ユートはシエスタに微笑むと少し苦笑する。
 
「まあ、そうだね」
 
 同じオガタ家の親子なのだから、同じ流派を使ってもおかしくは無いとシエスタは思っているのだろう。
 
 然しそれは違う。
 
 緒方逸真流というのは、ハルケギニアを俯瞰出来る受容世界での剣技なのだ。
 
 それが、何故この世界にも伝わっているのか?
 
 古くは戦国時代から才を顕した緒方家の先祖が時代の流れに乗って江戸時代、明治維新、世界大戦を生き延びて平成の世まで細々と伝えた【緒方逸真流】。
 
 当然、最早意味こそ無くなっていた訳だが、緒方家の次期当主として緒方優斗も習わされていた。
 
 幸い嫌いではなかった為高校を卒業後もずっと続けていたが、未だに未熟者として免許皆伝を獲る事が出来ずにいたのだ。
 
 事実、ユートは奥義とかの類いは教わっていない。
 
 自分ではもういけると、少しは自惚れていたのだが実際に剣をサリュートと合わせてみてよく解った。
 
 五歳の肉体で、五年間も離れていたブランクなど、言い訳は幾らでも出来るだろうがサリュートの流れる様な動きには無駄が無く、自分がどれくらい未熟者だったかを見せ付けられた。
 
「(本当なら、木霊落としから直ぐに【継ぎの舞】に移行しなきゃならなかったのに、避けられて勢いを利用出来ずに振り切ってしまった……)」
 
 緒方逸真流では行動は舞いの如くと言われており、最初の動きから継いで直ぐに新しい動きに移る。
 
 これが【継ぎの舞】と呼ばれていた。
 
 優斗だった頃は、取り敢えず出来ていた動きだったのだが、目の前でサリュートの動きを色眼鏡というフィルター無しで視て、見に染みて理解してしまう。
 
「(爺ちゃんの言っていた通りだったな。僕は確かに未熟者だ)」
 
 嘗ての祖父、緒方優介の言葉が脳裏に甦る。
 
『優斗、主はまだまだ未熟者よ。免許皆伝など十年は早いわ!』
 
 そう笑いながら言われたものだった。
 
 というより妹の白亜にくらべると才能が圧倒的に足りなく、数年は先に修業をしていたユートが簡単に追い抜かれ、十二歳という幼い時期に目録を得ている。
 
 故にユートは道場を継ぐ事を諦め、白亜に次期の座を譲り渡してしまった。
 
 悔しかったし、才能豊かな妹を疎ましいと醜い感情に苛まれもしたが、純粋に慕ってくる白亜を邪険にも出来ずに、一時的だが精神の均衡を逸する経験をしていたくらいだ。
 
 きっと白亜には気付かれていたと思う、何故ならばユートが精神的に不安定であった時に……
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
 あれから一週間が経つ。
 
 今は剣の練習も身体的な基礎能力の強化に充てて、温泉を造りつつ魔法の練習をするという、ハードスケジュールを熟している。
 
 朝の朝っぱらからランニングをして準備体操をし、木刀を使っての素振り。
 
 今の身体にも慣れつつある今、勘を取り戻さなければならない。
 
 技なんて未だ数年は早いと思っている。
 
 昔は……前世では早く技を習いたくてウズウズしていたものだが、技を使う際の反動がやけにキツい。
 
 今は技の修練をしても、きっと振り回されるだけ。
 
 ユートは素振りをしながらあの時の、基本技に過ぎない【木霊落とし】を使った際の反動を思い出す。
 
「木霊落としみたいな初歩でアレじゃあな」
 
 それにユートは奥義こそ伝授されていなかったが、それ以外は大抵を教わっている為、改めてサリュートから習う必要も無い。
 
 慌てずに今は力を蓄える雌伏の時期だ。
 
 木刀の風を斬る音を庭に響かせ、そう考えていた。
 
「(それに、カトレア様の誕生会の時にカリーヌ様が仰っていた事……)」
 
『そうですね、では代わりにユート殿が10歳になったらわたくしが直々に訓練を付けて上げましょう』
 
 ルイズへの訓練が実際に行われるのなら、あの時の言葉も実行される可能性が非常に高い。
 
「(十歳か……猶予は僅か五年、その時までに烈風に対抗出来る手段を構築しておかないと、軽く逝けるんだろうな〜)」
 
 この歳で臨死体験なぞしたくはない。
 
 ブルリと背筋を奔る冷たいモノを感じ、ユートは肩を震わせた。
 
 剣の練習が終わると温泉造りに精を出す。
 
 ド・オルニエール領は、幸いにも高い山が存在しており、傍には葡萄畑が並んでいる。
 
 葡萄畑は兎も角、結構高い山の為、温泉造りの条件を十分に充たしていた。
 
 山の地脈を通す様に水脈を作っていくと、それを麓にまで持ってくる。
 
 それによって必要十分な温度を備えた湯が、ユートの目論んだ通りに沸き出てきた。これを予め数ヶ所に造って掘り出した場所が、湯溜まりとなりそれが温泉として機能する。
 
 折角だから水の精霊力を使って効能も上げておき、枯れない様に水の精霊達を常駐させた。
 
 温泉そのものは完成だ。
 
「後は旅籠を造って温泉街の切っ掛けにすれば、客も呼べる様になるな」
 
 サリュートから土メイジの部下を借り、大きな旅籠を造る必要があるだろう。
 
 貴族が御用達の旅籠と、平民でも気軽に泊まれて入れる旅籠の両方を建てる。
 
 貴族御用達の方は、多少の値段設定を高めにしても構わないだろう。
 
「食事とかも要るよなぁ。女将にはセシリアさんを置いて、中居や女中なんかも必要かな? 料理長とか、料理人、雑用には誰を置こうか?」
 
 未だ仕事が決まっていない【聖女】も居るし、近くの村から雇うのもアリか。
 
 取り敢えずセシリアと、娘のフィアには旅籠の方に移動して貰う必要がある。
 
「何れにせよ、旅籠が完成してからだよな」
 
 【精霊の涙】と呼ばれる水を大量に創れるユート、温泉の成分にそれを秘薬に近い形で混入してある。
 
「武雄翁やカトレア様には薬効成分として、それなりに効く筈」
 
 邸に帰ると早速、父親のサリュートに報告をしに行くユート。
 
「父上、温泉が完成しましたので土のメイジを貸して頂けませんか?」
 
「む? 早いな、もう完成したのか。判った、手配をしておこう」
 
「ありがとうございます。旅籠の施工に当たり、設計書を作っておきました。
この設計書の通りに建築して下さい」
 
「ふむ?」
 
 設計書を受け取り、目を通すサリュート。
 
 設計書の概念は現代日本の中でも、けばけばしい様な豪華ホテルより、情緒溢れた老舗の旅館をモデルにしている。
 
 行き成り高級ホテルを建てろなんて、ファンタジーな世界の人間には土台無理な注文だし、温泉には似合わないと感じたからだ。
 
 それに比べて百年以上の歴史を誇る老舗旅館なら、ファンタジーな人間にでも建造は可能と考えた。
 
「よく出来た計画の様だ。女将、中居、料理人などはユートが手配しろ」
 
「はい、父上」
 
 温泉の方が一段落付き、夜になるとユートは白金の鉱石を使い、マントの留め金を製作していた。
 
 白金を石から錬金は未だ出来ないユートだったが、大元の鉱石を錬成によって加工は出来る。
 
 時間は掛かったが、何とか形にはなっていた。
 
 魔血玉ならぬ精霊涙(エレメンタル・ティア)と呼べる水霊石を、白金で造った土台に嵌め込んで自分のマントを留めるのに使用、試しに着けて姿見で確認をしてみる。
 
「うん、悪くはないな」
 
 宝玉の色こそ違っているものの、スレイヤーズに出てくる魔血玉の呪符と同じデザイン。
 
「何か、こうなってみると両腕の手首とベルトにも欲しくなるか」
 
 土台は兎も角、精霊王石は各精霊王に会って契約するしかあるまい。
 
 そして、そんな決意をした日の夕餉の時間。
 
「ユート、話しがあるから食後に私の執務室の方まで来なさい」
 
「判りました、父上」
 
 来たかと思った。
 
 寧ろよくぞ一週間も待ったものだと思うが、きっと剣の流派に関しての話しなのだろう。
 
 ユートは食後の紅茶を飲みながら、どう受け答えるかを考えていた。
 
 十五分程して、ユートは言われた通りにサリュートの執務室まで足を運ぶ。
 
 コンコン……
 
 木の扉を軽く叩く。
 
「父上、参りました」
 
「入りなさい」
 
 入室を促されてユートは扉を開けて入る。
 
「失礼致します」
 
 サリュートが机の書類を片付け、ユートの方を向いて口を開く。
 
「何の話か、お前も大方は察していよう?」
 
「僕の構えや技が、習ってもないのに父上と酷似していた件ですか?」
 
「うむ。まあ、それに関しては良いのだよ」
 
「は?」
 
「永い歴史の中、脈々と受け継がれてきたのだから、そういう事も有ろう」
 
 達観した様な父に、首を傾げてしまう。
 
「でしたら今宵、僕を呼んだ理由は……?」
 
「本当はもっとお前が成長してからと、そう考えていたのだがな。温泉を八ヶ月で造り上げたお前は、私の予想より早く成長しているのかも知れん。故に話しておこうと思う……」
 
 サリュートはそこで一拍を置いて、目を閉じる。
 
 ユートは我知らず、ゴクリと溜まった唾液を飲み込んでいた。
 
「そうだ。我がオガタ家の歴史……成り立ちをな」
 
 
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