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第37話:Summer vacation
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 サマーバケーション……謂わば夏休み。

 一ヶ月半にも及ぶ長期の休暇、学生にとっては宿題と遊びの二律背反(アンヴィバレンツ)に悩まされる時期でもある。

〔本当に信じらんない! お兄ちゃんってば、エリカさんと二人きりで旅行に行っちゃったんだよ!〕

 電話の向こうでプリプリ怒っているのは草薙静花、ブラコン気味だから夏休みの空いた時間をエリカに奪われてしまって、御立腹な様子であった。

「ああ、ウチも英国の知り合いに誘われてマンションの住人総出で旅行に行くんだが……」

〔え゛? うう、優斗先輩まで私を一人にするんですかぁ?〕

 今頃、へちゃ顔で涙ぐんでいそうな静花、ユートは苦笑いをしながら訊ねる。

「何なら静花も来る?」

〔っ! 行きます!〕

 思い切り食い付いた。

「ちゃんと一郎さんの許可は得る様にね?」

〔は、はい!〕

 こうして静花の夏休みの予定が決定する。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 英国はウェールズの山奥に転移した一行は、すぐに街へと降りてアリスが用意した送迎車に乗り込んで、英国の首都ロンドンへ……更にその北部ハムステッドの高級住宅街に向かう。

「そういえば静花は勢いで来たけどさ、英語と伊語は出来るのかな?」

「え? 英語は少し出来ますけど、流石にイタリア語なんて出来ませんよ」

「だろうね。祐理、【啓示の法】で何とかなる?」

「申し訳ありません。私もイタリア語は完璧に出来る訳ではなく……」

 本当に申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 【啓示】や【教授】は、飽く迄も自分の知識≠伝える魔術であり、知り得もしない知識を伝えられる筈はない。

 祐理の家は国際的な付き合いがある筈だが、恐らく英語を基本としており、他の言語はマスターしていないのだと思われる。

「まあ、仕方ないか」

 ユートは何やらヘッドホンらしき機械を取り出し、それを約一名≠除いて全員に渡す。

「あの、これは?」

 祐理が代表して訊くと、ユートが懇切丁寧に機械の使い方を教えてくれる。

「これは翻訳機だ。耳に入る言語を設定したモノへと変換してくれるし、口元にあるマイクが設定した言語に換えてくれるよ。設定はヒアリングを日本語にし、此処でのスピーキング設定を英語にすると良い」


 勿論、イタリアに向かったらイタリア語に再設定をする必要性があるが……

 今回の旅行はアリスと共にイタリアへ行くのが目的となっており、此処に来たのは主宰者であるアリスを迎えに来たという訳だ。

「これはユート様、どうぞ此方へ。姫様が御待ちになっております」

 ピシッとした眼鏡の美女パトリシア・エリクソンに促されて、ユート一行は邸の奥へと向かう。

「あの、万里谷さん」

「何ですか?」

「姫様って? 英国の王女様と知り合いなの?」

「ああ、違いますよ。此処で姫様というのは、尊称といいますか……ニックネームみたいなものです」

「ニックネームが姫様?」

 一応、魔術や裏関係を知らないのはどうかと思い、護堂の事は除いて教えているのだが、どう話せば良いのやらと悩む祐理。

 尤も、護堂の事も夏休み中に知られるやもと派手に逝く癖に、自分を平和主義と嘯く似非平和主義者である彼を思い出す。

「えっと、プリンセスと呼ばれるているのは、その方が御仕事柄で偉い立場に在るからです。それと一応はゴドディン公爵家の御令嬢ですので」

「はぁ、そうなんですか。優斗先輩、そんなお姫様と知り合いなんですねぇ……若しかして、そのお姫様も優斗先輩を?」

「はい。その、プリンセス・アリスは確かお身体が弱くて寝た切りだったそうなのですが、優斗さんにお薬を貰って元気になられたのだそうです。それでその、察して下さい……」

 静花も祐理が言いたい事はだいたい理解した。

 ミス・エリクソンの後に続き、ユート一行はアリスの部屋へと迎えられる。

 コンコン……

 ノックすると、部屋内のアリスに声を掛けた。

「姫様、ユート様方をお連れ致しました」

「入って下さい」

 扉を開いて入室すると、プラチナブロンドの美少女──年齢が二十四歳には見えない──が優雅に紅茶を啜って……

「ブフォッ!」

 ユート達を見遣った瞬間に噴き出した。

「ケホ、ケホッ!」

「ひ、姫様? 何をやっておられるのですか?」

 噎せるアリスの背中を叩きながら、ミス・エリクソンが困った顔をする。

「な、な、な、な、な……何故、アテナ様が此処に居るのですかぁぁああ!」

「……へ?」

 アリスの絶叫と目が点になるミス・エリクソン。

 アリスが指差した先に居るのは、短い銀髪の上に青いニット帽を被るは冥府の鉱石の如く闇の瞳の少女。

 見た目に年の頃は十四歳か其処ら、初雪の様な美しい肌は以前から着ていた服に隠れている。

 事情を知らない静花は、首を傾げるばかりだったが祐理や恵那など、事情を知っている者達は『さもありなん』と頷いていた。

「いや、実はアテナが最近になって家に来てね……」

 ユートが語るのは恵那の事や神凪の事が終わって、アリスからの電話を貰った直前≠フ話だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ピンポーン!

〔どちら様でしょうか?〕

「開けよ、緒方優斗に話があって訪れた」

 このマンションに来客は基本的に有り得ない。

 何故なら双子座の迷宮により、このマンションを目指している者を迷わせて、決して辿り着けない様にしてあるからだ。

 此処に辿り着けるとしたら例外を除き、マンションの住人のみである。

 監視カメラから見ると、マンションのインターホンの前に立つのは十四歳程の少女だった。

 応対したアリアンナは、アテナの姿を知らない。

 故にアッサリ入れた。

「邪魔をするぞ」

 アテナの顔を知る祐理は驚愕し、媛巫女として凄まじい神力を内包するアテナに対して、露骨な警戒心を露わとする恵那。

 力を持つ事には気付いていたが、裏に関わってなかった翠鈴は平常運行。

 操はおっとりとアテナを見つめている。

 アテナをマンションへと招き入れたアリアンナは、祐理と恵那の様子に首を傾げながらニッコリ笑う。

 そしてマンションの主、緒方優斗は……

「あれ? アテナ」

 のんびりとした口調で、バスルームから半裸姿を晒して出てきた。

 対するアテナは照れもしないで無表情──否、少しばかりの悦びを秘めた表情で挨拶を交わす。

「久しいな、緒方優斗よ。貴方との再会に、妾とした事が些か心が昂っておる」

 それは戦女神の性(サガ)とも云うべきか、ユートも元来は敵たるまつろわぬ神を前に、沸き立つ戦闘意欲を抑えるのがやっとだ。

 それで尚、ユートが発した言葉は単呪明快。

「まあ、立ち話もなんだ。お茶を出すから上がりなよアテナ」

 お茶に誘うのだった。

「どうぞ〜」

「うむ」

 全員が一般人と呼ぶには無理がある呪力を持ち合わせているのは、アテナにも理解が出来ている。

 まつろわぬ神は人間には余り取り合わないものの、今のアテナはユートの影響なのか、少なくとも護堂と相対した時みたいなあからさまな無視はしない。

 紅茶を飲むアテナに質問をしてみる。

「で、日本には居なかったと思うんだけど、何でまた此方に来たんだ?」

「ああ、勿論理由はある」

 カップをソーサーに置き直し、ユートの顔を見ると話を始めた。

「実はな、最近になって妾の中の戦女神としての心がどうにも昂るのだよ」

「それは物騒だね。何処かでまた闘いでも起きるって事なのかな?」

「かも知れぬな……」

「それで、わざわざ僕の所に来たのは? まさか僕に闘えとでも言う心算?」

「フッ、解っておるではないか。その通りよ、我らが逆縁を晴らすも良いかと思っておったが、貴方の闘い振りを観るのも一興かと考えてな。妾が与えた神力は力と成したのであろう?」

 確かにアテナにはあの時に神力を分け与えて貰い、足りずに権能に成り得なかった神氣ったが、欠けていたパズルのピースが填まるかの如く象を得て、権能に成ったのだから借りみたいなものがある。

 それに未だ権能を全て、掌握し切っていない。

 カンピオーネの鍛練には万の修業より一の実戦だ。

 向こうから顕れてくれるのなら丁度良いし、優雅との約束だってある。

「何処で闘いは起きる?」

「ふむ、人間がナポリとか呼ぶ地よな」

 その時ユートのポケットのスマートフォンが、振動を以てコールと為す。

「ちょっとゴメン、電話が鳴っているみたいだ」

 アテナに話を中断する旨を伝えてスマートフォンを取り出し、画面を確認して誰からかを調べた。

 其処には『腹黒姫』……本人が知れば涙ぐみながら暴れそうな名前≠ェ表示されている。

「Hello」

 相手は英国人故に、挨拶は英語。

 判っていた事だが、相手は腹黒姫(アリス)本人で、何だか憔悴し切っているかの様で、遣り切った達成感を醸し出す声色だ。

「イタリア旅行?」

〔はい、もうすぐサマーバケーションなのでしょう? 何とか、何とか御仕事を済ませたのでっ! 旅行を御一緒しませんか?〕

 切実なナニかを感じた。

「けどな、ウチには可成りの人数が居るのに置いてきぼりにするのは……ね」

 マンションに住まうのはユートだけでなかったし、赤の他人ならまだ兎も角として、同じ部屋に住む仲間なのだから置いていくという選択肢は無い。

 それに今は問題(アテナ)が在った。

〔……でしたら皆様も!〕

「みんな女の子だけど……それでも?」

 アテナも含めて。

〔う゛! も、勿論です。女に二言はありませんわ〕

「判った、旅行の手配全てしてくれるなら行こう」

〔御待ちしてますわね♪〕

 電話が切られたから再びポケットに仕舞い、周囲を見回しながら訊ねる。

「夏休みはイタリアに旅行に行く事になった訳だが、行きたい者は手を挙げて」

 取り敢えず全員が℃閧挙げて、ユートは満足そうに頷く。

 アテナも労せずユートを連れて行けて満足なのか、旅行の日までマンションで寝泊まりする事になった。

「そういえば、どうやってアテナは此処へ?」

「そうだよね、此処って確か変な結界が張ってあって来れない筈じゃ?」

 祐理の疑問に恵那も頷きながら言う。

「結界? 確かに何やら在った気はしたが、特に阻まれはしなかったぞ」

「「え?」」

 それに答えたのは当然、結界を張った本人。

「あの結界は僕の生まれた世界で聖域(サンクチュアリ)の双児宮に、僕が現在は守護する宮に張ってある結界でね。彼方側のアテナを護る為の結界なんだよ」

「アテナを……」

 祐理も聞いてはいたが、やはり慣れない。

「世界が異なるとはいえ、僕の結界が本来なら守護をするべきアテナを阻む筈もないだろう?」

 人格も属性も能力も容姿も何もかも違うとはいえ、やはり彼女はアテナだからこの結界が彼女を阻む理由はなかった。

 守護するべきアテナを阻んでは本末転倒だから。

 アリスとの電話の後は、和気藹々とした会話に興じていたり……

 アテナがマンション内に居る事は、もう気にしても仕方ないと諦めたのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 話を聞いていたアリスはテーブルに突っ伏す。

「つ、つまりあの時には既にアテナ様が居られたという訳ですか?」

「ああ、だから言ったろ。全員が女の子だって」

 女神のアテナも当然ながら入っている。

「まあ、イタリアにはどちらにせよ行く事になっていたからね、航りに船というべきだろうな」

 アリスはよもやユートがまつろわぬ神を連れて来るとは思わず、女としては少しどうかという事をしてしまって、恨みがましい目でユートを睨んだ。

「うう、普段会えないのにこんな悪戯されるなんて、あんまりですわ」

「悪かったよ」

 苦笑いをしながらアリスの手を取り、青い瞳を見つめながらユートはソッと頭を撫でてやる。

 流石に二四歳のアリスは恥ずかしいのか、顔を赤くしつつそっぽを向いた。

 そんな二人の様子を呆然と見つめる一同、特に静花は何が何やらさっぱりで、だけどアリスをちょっとばかり羨ましそうに見る。

「そういえば、アレクサンドルにはアテナ様の来訪を伝えたのですか?」

 ふとアリスが気が付いて訊ねると……

「伝えたけど?」

 あっさりと言う。

「ユ、ユ、ユ、ユート様のおたんこなすぅぅぅ!」

 アリスは遂に頭にキたのか走り去ってしまった。

 そんなアリスを見送り、頬を掻くユート。

 ユートとアレクサンドル・ガスコインは同盟を結んでおり、互いに国を往き来するなら連絡を入れる手筈となっている。

 当然ながらアレクサンドルにはその日の内に連絡を入れており、アテナの事もその際に話してあった。

 最初はアテナの話を聞いて渋い声になったが、英国にはアリスを迎えに行くだけで、決して滞在する訳でもなければアテナが暴れる訳でもないと話すと、何だか少し考えて了承する。

 それは兎も角、アレクサンドルとの約定通りにすぐ英国を発つ。

 不機嫌だったアリスをあやすのは大変だ、ユートの自業自得だが……

 自家用機に乗り込んで、イタリアへと向かう最中にアリスが訊ねる。

「ユート様?」

「何かな?」

「アテナ様が来られたと云うのに、どうしてこの目で視るまで私は気が付かなかったのでしょうか?」

「ああ、簡単な話だよ……アテナには発散する神氣を抑える魔導具の腕輪を身に付けて貰っているからね、直接的に視認したのならば兎も角、近付いた程度ではアテナの気配は【天】の位を極めたアリスといえど、気付きはしないさ」

「やはり確信犯でしたか」

 プクッと頬を膨らませ、諦めた様に溜息を吐く。

「それにしても……折角の旅行ですのに、騒動に巻き込まれる事が確定とは」

 本当なら二人きりで──ミス・エリクソンが居るから二人きりにはなれない──旅行を楽しみたかったというのに、まさかの女連れというのはまだマシな方、まつろわぬ神を連れて来てみたり、旅行先でも何だか厄介事が有りそうな話になっていたりするのだから、恨み言くらい言いたい。

 しかも草薙静花の存在。

 既に初対面同士で互いの紹介を済ませており、静花がカンピオーネの一人である草薙護堂の妹だと知ってはいるが、よもやユートと仲好くしているとは思いもしないアリス。

 アテナやアリアンナとのトランプに興じる静花を、アリスは見つめていた。

「そうです、草薙王(くさなぎのおう)はユート様から見てどうなのですか?」

「未熟」

 端的に答えた。

 如何に未熟だとはいえ、カンピオーネに違いはないのだから、アリス達からすれば畏怖すべき存在。

 だけどユートから見たならば、魔術も武器も満足に使えない程度の未熟者でしかない。

 まあ、だからこそユートはウィザードライバー擬きを与えたのだが……

 取り留めない話をしながらも、ユート一行は目的地のイタリアに向かう。

 不安と期待が綯い交ぜとなりながら。


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