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第31話:亢龍
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 未だに続くラッシュ。

「ぬうううん!」

「がはっ!」

 だが然し、巨狼の波状攻撃がユートの腕を取って、其処から四肢を噛み付かれてしまい崩された処へと、ヴォバン侯爵の渾身痛恨の一撃が腹へめり込んだ。

 吹き飛ばされ、地面を削りながら転がるユート。

 止まった瞬間、爆煙に紛れて素早く移動をしながら腕組みをすると、両の掌底を居合いの如く抜いて押し出した。

「威風激穿(グレートホーン)ッ!」

 その爆発力は高く、しかも速さも並大抵のものではない為、不意を突かれた形となるヴォバン侯爵は……

「グオオオオオオッ!」

 堪らず三〇メートルもの巨体を吹き飛ばされた。

 更に上空で留まった侭、透かさず右腕を揮う。

「星屑革命(スターダストレボリューション)!」

 まるでスターダストの様な黄金の煌めきが飛翔し、ヴォバン侯爵の灰色の巨体を撃ち貫く。

「ヌオォォォォオオッ!」

 流石のアポロンの権能もこれには堪らず、撃ち抜かれる度に絶叫を上げる。

 更にユートは虚空瞬動の要領で、右肩を突き出すと炎の小宇宙を纏い……

「仔獅子爆発(ライオネット・ボンバー)ッ!」

 ドゴンッ!

「グハァッ!」

 土手っ腹にタックルを噛ましてやる。

 躰にぶつける分には普通にダメージを受ける様で、ブスブスと焦げ痕が腹部に残っていた。

「己れ、征け! 我が従僕共よ!」

 再び一〇〇人にも及ぶであろう【死せる従僕】が、地面より這い出て来る。

 更には巨狼も有りっ丈の数を招喚してきた。

「なら、此方はこれだ!」

 ユートは聖句を唱え……

「闇に蠢く冥府の住人達、暗く果てない大地の底より魔なる星は甦る。汝ら我が闘士となりて来たれ!」

 大地に手を付けて権能の名を叫んだ。

「転輪する百八の魔星(ランブル・スペクターズ)」

 冥界の奥底に存在するであろう鉱石で造られたと思われる漆黒の鎧、冥衣(サープリス)を纏った人型がボコリボコリと地面より湧き出してくる。

 色は統一されているが、て形は様々な一〇八人に加え統一規格であり、両手鎌を手にした冥衣を纏う者が約ニ〇〇人顕れた。

「ぬう、それは我が従僕と似た感じがするな」

「アンタの【死せる従僕の檻】……それはエジプトに於ける冥府の王、オシリスから簒奪した権能だ!」

「ほう?」

「アポロンが元々は大地の神だった様に、オシリスも同じく大地が生んだ神……アポロンとの相違点は純粋な意味で大地と冥界の神、地母神の系譜たる穀物神。地母神が大地と闇の神となるのは、割と何処にでも在る神話だ。日本の伊邪那美がそうであったし、ギリシアではデメテルがそうだ。その系譜は建速須佐之男命やペルセポネ。そのいずれも冥府と関わっている」

「ふむ、饒舌なものだな」

「まあ、其処ら辺はどうでも良いんだけどね」

 ズルッ!

 ヴォバン侯爵を除く他の連中がずっ転けた。

「アンタが僕の権能を似ていると称したが、そいつは当然の事だろう。エリカ・ブランデッリは既に知っているだろうが、この権能は冥界の王ハーデスから簒奪したモノ。因みにハーデスの母は地母神レア。先の話にも通ずる」

 地母神の系譜が冥府を統べる、或いは何らかの関わりを持つのは最早必定。

 デメテルはハーデスとは兄妹、デメテルの娘であるペルセポネはハーデスの妻とされた。

「だけど【死せる従僕の檻】と違うのは、人間の魂を縛り付けたモノではなく、肉体は単なる人形。本体は冥衣の方だという事だ……仮に破壊されても僕の呪力で幾らでも再生が利く」

 形こそ違え、再生が利くというのはお互い様。

 死せる従僕──大騎士や魔女──と冥闘士達が戦闘を始めた。

 巨狼もスケルトン達が屠っていく。

「死と再生の輪廻、それがこの権能。オシリスの権能も魂の呪縛により、同じく死と再生の輪廻にある筈」

「クックッ、その通りだ。とはいえ貴様に浄化された連中は還らぬがな」

 本来ならばヴォバン侯爵の死でしか解放されない、だけどその呪縛そのものを焼き祓ってしまったから、その死せる従僕は昇天してしまい、もう喚び戻す事は叶わなかった。

「さてと、そろそろ終わりにしたい処だな。僕の巫女が手薬練引いて待ってる。此処に来るまでに割と良い感じだったし、今宵は割と際どい処までヤれそうだ。いつまでも爺さんの相手をして、夜が明けたら勿体無いからねぇ……」

「ふん、それは私には解らぬ感覚だな」

「やっぱ枯れてるよな」

 爺さんだから仕方ないのかも知れないが、ヴォバン侯爵は戦闘欲と食欲以外、余り持ち合わせていない。

 何十年かに一夜くらい、或いは戯れの手慰み程度に性欲を満たす事もあるやも知れないが、基本的に殆んど性欲を持たなかった。

 子供が居るなんて聞かないし、ひょっとしたら若い時分からそうだったのかも知れない。

「だが、冗長染みて来たのも事実ではあるな」

 アヴァロン内に黒雲──雷雲が敷き詰められる。

「アヴァロンの中の気候は基本的に穏やかなんだが、それを嵐にして見せるか。【疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)】とか云ったか?」

「その通りだ小僧! 我が権能は嵐を呼び、雷光を操るのだ!」

 吹き荒ぶ颶風、鳴り響く雷鳴、光輝く雷光……

「風伯、雨師、雷公ね」

 【疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)】……嵐の権能であり、侯爵の背後に三つの人影。

 それが彼が弑逆した神々という事なのだろう。

 質量さえ有るのではと疑う程の突風がユートを襲うものの……

「な、なにぃ!?」

 ユートは風を右掌だけで止めていた。

「流石に神氣混じりの風を支配するのは大変だけど、何とか支配権を奪ったぞ」

 ユートの風の契約者(コントラクター)としての力により、遍く総ての風を統べる風の精霊王の地上代行者の権能で、ヴォバン侯爵の起こした風を支配下に置いたのだ。

 尤も狂ってこそないが、神氣の混じる風は制御も難しく、今にも暴発しそうな風の精霊を宥めるのも一苦労だったりする。

 故にすぐ散らした。

 攻撃に転じる程の余裕が無かったという訳だ。

 だが然し、ヴォバン侯爵の狙いは風には非ず、本命は収束をした雷。

 流石のユートも雷までは簡単に捌けないし、躱すしかなかった。

 とはいえ、徐々に追い詰める様な軌道で落ちてくる稲妻は、ユートを少しずつ焼き始めている。

 火傷までは負わないが、雷が触れればやはりダメージが通るのだ。

 しかも亜光速にまで達しながら、手数の多さに躱し切れてはいない。

 先の狼と同じ、足りない速度の分は数で相対的に補えば良いと云う事。

「其処だ!」

「チィ、しまった!」

 舌打ちするも、もう全てが遅い。

 周囲を稲妻が襲いつつ、頭上には膨大な稲妻を収束させたモノ。

 ズガァァァァァァン!

 強力無比な雷撃がユートを頭上から襲う。

「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!」

 地面すら融解させる熱、その熱自体はダメージにならないが、雷撃そのものは確りダメージが通る。

 当然だろう。

 この雷撃は権能で呼んだとはいえ、落ちた稲妻自体は自然界のエネルギー。

 カンピオーネであるが故にこそ、高い抵抗力で少しは防げるのだろうが、先ずを以て完全には防げない。

 だけどそれでは済まなかったらしく、上空に空気の層が出来上がっていた。

 エリカとリリアナはギョッと目を見張る。

 甘粕も冷や汗を流して空を見上げていた。

 大気のプラズマ化現象。

 収束と圧縮を繰り返した大気が、完全に電離状態となり陽イオンと電子に別れて自由運動を始めていた。

 固体は溶けて液体化し、液体は蒸発して気体化する訳だが、気体もまた現在の状態となるとプラズマ化という第四の形質を執る。

 即ち魔術理論的に視て、固体=地、液体=水、気体=風、電離=炎と云う事となる訳だが、純粋に炎ではないのが厄介だ。

 プラズマの熱はユートに効かない、だが電離体には膨大な量の電子が渦巻いている状態である。

 更に突き詰めれば簡易的な核融合──小振りとはいえ恒星をも生成出来そうな勢いだった。

 あんなモノが降ってきたら此処ら辺一帯が焼き尽くされてしまい、草薙護堂でさえ助からないかも知れない状況。

「あ、あの爺さん、俺の【白馬】の化身の力を大気の操作で造る気なのか?」

 護堂からしても洒落では済まない為、恐怖と絶望が頭の中を支配する。

「ぬっ!?」

 プラズマが散っていく。

 圧縮をしていた大気──謂わば空気が流れて風となっているのだ。

「小僧、貴様か!」

 倒れていたユートの腕が伸び、明らかに何かを指示している動き。

 ユートは知っている。

 ユートは識っている。

 【風の聖痕】で怒りと憎しみに駆られてた和麻が、膨大な風を乱暴に操作してプラズマを放っていた事。

 故に操作された大気を乱してやれば、プラズマ化は防ぐ事が可能であると。

 まあ、別の作品で何やら似た遣り取りがあった様な気もするが、今は其処まで考えている余裕は無い。

「ア、原子崩雷(アトミック・サンダーボルト)!」

「ヌオオオオオオオッ!」

 唯、愚直に殴るだけではあったものの、名前の通り簡易的な原子核融合を起こしたプラズマを、拳に乗せて放つ射手座の黄金聖闘士の秘技──アニメ版だから原作では違うだろうが──で腕がイカれるのも構わず一億発、光速で撃った。

 嵐の操作をしていた故、ヴォバン侯爵は防ぐのは疎か躱す事すら叶わず喰らってしまう。

 それを好機と駆け出し、それこそ光速でヴォバン侯爵の目前まで迫り……

「極冷竜巻(ホーロドニースメルチ)!」

 ロシア語で【冷たい竜巻】を意味する、白鳥星座(キグナス)氷河の最大の拳──十二宮以降は別として──を放った。

 凍気を籠めた拳を所謂、コークスクリューで打ち上げる様に放つ事によって、凍気を竜巻状に放つ事が出来る強力な技。

 これでヴォバン侯爵を、上空へと巻き上げてやる。

「グガァァァァァァッ! 凍る? 私が、神を殺せし私の肉体が!?」

 魔術を弾く肉体を持ったカンピオーネ、それなのにヴォバン侯爵を凍らせる力に驚愕を禁じ得ない。

「これは魔術じゃない」

「な、なにぃ!?」

 すぐ後ろで声がした。

 ユートがヴォバン侯爵を背後から羽交い締めにし、共に上昇をしているのだ。

「カンピオーネが弾けるのは単一の呪力だ、小宇宙は複数の呪力を融合昇華したエネルギー。故に多少なりとも弾くとはいえ、アンタにも攻撃は通る!」

「ぬう、小僧ぉぉぉっ!」

「さあ……僕と宇宙旅行と洒落込もうじゃないか!」

「な、何だと!?」

 ユートは、更に小宇宙を上昇させていく。

 廬山昇龍覇を自らの肉体で発動させるという、これは龍星座(ドラゴン)の正に最後の秘奥技。

「廬山亢龍覇っ!」

 老師──天秤座の童虎より廬山昇龍覇を習ってから最終的に使える様になり、自分なら亢龍覇を放っても死なないと理解した上で、いつの日にか闘いで用いようと考えた技。

 尤も、ヴォバンは炎を呑み込む太陽神の権能を持つからか、自身を焼かない様に周囲の大気摩擦によって生じた熱気を呑み、何とか耐えていた。

 成層圏すら抜け出して、ユートとヴォバンは宇宙に飛び出す。

「貴様、何という事を!」

「ふふふ、中々に素敵なものだろう? 誰にも邪魔をされない星の海だ」

 どうやらヴォバン侯爵も呼吸法を持つらしい。

 或いは、カンピオーネの直感がやらせているのか?

「まあ、それを爺さんと観たんじゃ風情も何もあったものじゃないけどな」

「ふん、戯れもこれまで。貴様の生命は此処で終わりだ!」

「此処では嵐の権能は使えない、空気が無いからな。死せる従僕を出せたにしても無重力状態で闘えるとも思えないし、巨狼もまた同じ事だ」

「ぬ?」

 ヴォバンは自らの身一つで闘う必要があった。

 因みに、大気の振動による音声伝達で会話をしている訳ではなく、呪力伝達を用いて二人は会話を成立させている。

「我は戦神、我が右手には勝利の天使。汝が我と共に在る時、常勝は我にあり」
 ユートは聖句を唱えるとその名を紡ぐ。

「【勝利を呼び込む天使(ニケ)】よ来たれ!」

 異空間より顕現するは、護堂の【猪】の化身と比べれば、遥かに小さな翅を持つ長い銀髪の少女。

 アテナから貰った神氣で得た権能により生じた神獣ニケ、アテナの傍らに常に存在するという勝利を祈願する天使で、元居た世界のアテナ──城戸沙織が右手に持つ黄金の杖とは名前を同じくする存在。

「ニケ、ユナイト!」

 ユートの右掌に乗っていたニケに命じると、コクリと頷いてユートの胸元まで飛んで、煌めく光を放つと共に融合をした。

「麒麟星座(カメロパルダリス)の神聖衣!」

 融合によりまるで水晶の如く透明感ある闇翠色へと変化し、翼を背に持つ豪奢な形へと進化した神聖衣。

 オリンポス十二神のみが纏う事を許されるという、神衣(カムイ)に最も近いとされ、青銅、白銀、黄金を超越した聖衣だった。

 ユートの力が爆発的に高まったのを感じたのだろうヴォバン侯爵は、驚愕からか目を見張っている。

「小僧、それは何だ!」

「神聖衣(ゴッドクロス)、神の血で甦った最強最後の聖衣は、極限すらも越えて小宇宙を高めた時、奇跡を起こしてこの形へと進化をするんだ。それをアテナの権能で人為的に引き起こしたという訳だ!」

 ヴォバン侯爵からすれば意味不明な部分も確かにあったが、つまりはユートがパワーアップしたという事だと理解した。

「面白いぞ小僧! ならばその力を、このヴォバンに存分に魅せて我が無聊の慰めとなるが良い!」

 この権能は制限時間が短い、ソッコーで決着(ケリ)を着けねばなるまい。

 真なる神速──この世界の神速は雷速の事──による超速戦闘。

「村正抜刀(エクスカリバー)!」

 斬っっ!

「ぐあっ!?」

 その二撃≠ヘヴォバン侯爵の両腕を斬り裂いて、次なる一撃の為の動きを以て攻撃を連続する。

「星屑革命(スターダストレボリューション)!」

 先に撃った際には殆んど効果無しだったが……

「ガハァァァアアッ!」

 黄金の煌めきがヴォバン侯爵を穿ち、それは確実なダメージを与えた。

「トドメ、銀河の星が砕ける様を見ながら消えろ!」

 両腕を頭上で十字に組んだ状態で小宇宙を燃焼し、振り下ろす際に収束させて爆発させる双子座が最大の奥義……

「喰らえ、銀河爆砕(ギャラクシアン・エクスプロージョン)ッッ!」

 それは宣言通り、周囲に浮かぶ星々すら砕き兼ねない威力を持ったエネルギーの奔流。

「グハァァァァァァァァァァァァァァァァアアッ!」

 ヴォバン侯爵はその強大なエネルギーに呑み込まれてしまい、三〇メートルの巨体ごと文字通り宇宙の塵となって消えた。

「くっ、限界か。ユナイト・アウト!」

 やはり掌握して間がないからか、まだユナイト出来る時間が短い。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 肩で息を吐くユートを、ニケが心配そうに潤んだ瞳で見つめていた。

「大丈夫、戻っても良い」

 ニケを送還するものの、ユートは未だに警戒を解いてはいない。

 ボワッ!

 宇宙空間だというのに、炎が燃えている。

 恒星も宇宙空間で燃えている以上、不思議な事でもないのかも知れないけど、あれは普通に燃えるのとはまた異なっており、通常は炎を燃やせはしない。

 ユートは炎術で真空だろうが水中だろうが土中だろうが、普通に燃やす事など容易く出来るのだが……

「炎から復活か? 爺さんは不死鳥かベヌウか、或いは朱雀か鳳凰でも殺していたのか?」

 炎の中からは、斃した筈のサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵が、全くの無傷≠フ姿でユートの前に再び顕れた。


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あきゅろす。
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