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第26話:四神真火八卦陣
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 東京都港区 青山。

 青山通りの小さな枝道を少し入った場所に輸入雑貨の胡月堂と呼ばれる怪しげな店が有る。

 それはここら辺の【民】の術者達の纏め役みたいな事をしており、店主もまだ若い二〇代前半程度の年齢で和服姿の女性だ。

 日本は大雑把に分けて、【官】と【民】が存在しており、【官】とは政府が抱える正史編纂委員会の事で祐理達、媛巫女なども所属しているし、更に最近になって警察内に設立されたという特殊資料整理課など、官権を持つ組織。

 そして【民】とは有り体に云うと在野の呪術師や、炎術の神凪一族や、地術の石蕗一族などの精霊術師がそれに当たっている。

 先の祐理が霊視を頼まれた魔導書、アレはこの店から流れたらしい。

 それは兎も角、【官】と【民】は基本的に抗争している訳でもないが、仲が良いという訳でもなかった。

 単純に表立った争いをしないだけで、互いに警戒していたり情報を探ったり、言ってみれば商売敵な訳だから当然なのだが……

 故に【官】の甘粕冬馬が【民】の胡月堂の店主と、舌戦を繰り広げていたのは必然的な話だった。

 件の魔導書以外にも何かしらあったら困るとして、釘を刺すのが目的である。

 何故かアメコミな薄い本がカウンターに置かれて、端から視れば単なるお客様にしか見えない。

 因みにこの胡月堂こそ、ユートが【禍祓い符】を売っている店である。

 そして残念と言うべきなのか、彼女らはユートこそカンピオーネの一人であると知らない。

「じゃあ、リリアナ・クラニチャール。【剣の妖精】が来日してるのもその関係ですかねー? またとんでもない大事件になっちゃうんじゃないですかぁ?」

 七人目と八人目のカンピオーネが日本人、その事に関連しているのでは──

 胡月堂の店主はその様に推測している。

 胡月堂の情報網に入ってきた情報で先日、根暗そうなじいさんをリリアナ・クラニチャールが連れて来日したとか。

 ブルブルブル……

 甘粕冬馬の携帯電話が、ポケットの中で震える。

「貴重な情報感謝します。じゃあ、私はこの辺で」

 店主に挨拶をして店をでると、携帯電話を取り出して通話キーをプッシュし、電話に出た。

「……はい? デヤンスタール・ヴォバン?」

 正史編纂委員会のメンバーからの連絡は、先程得たリリアナ・クラニチャールの名前より、更なるビッグネームで絶句する。

 万里谷祐理が彼の東欧の老王に拉致されたという、それを聴いた瞬間に東京が終了の御知らせとモノローグが流れた。

 拙い、拙い、拙い!

 これを彼に£mられるのは非常に拙い事態だと、甘粕冬馬はどうやって事態を収拾するか、思考停止に陥りながらもすぐに頭の中で考え始める。

 だが神は彼を見放し給うたのか……

 ブルブルブル!

 再び震える携帯電話。

 画面を見れば、先日になって教えて貰った彼≠フ携帯番号。

 その名前は【緒方優斗】とあった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 祐理からの電話を受け、たった一言──『ヴォバン侯爵……」と呟いた切り、連絡が途絶えてしまう。

 この事から推測するに、ヴォバン侯爵と対峙したと考えた優斗はすぐ甘粕冬馬へと連絡する。

 電話に出た甘粕冬馬へ、ユートは極力静かに詰問を始めた。

 迫力は醸し出していたりするのだが……

「さて、甘粕冬馬。一つ訊ねたいんだが?」

〔は、はぁ……いったい何でしょうか王よ〕

「恐らく既に掴んでいると思うけど、祐理がサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンに拉致された」

〔……はい〕

 誤魔化しても却って拙いと感じたのか、素直に肯定をした。

「僕の要求は二つだけだ。一つ、何処か多少は狭くて良いから適当な空地か何処かを捜す。二つ、草薙護堂とその一派に連絡するな」

〔えっと、最初のは兎も角としまして、二つ目は何故かと訊いても?〕

「邪魔だ。アテナの時みたいに妨害されても困るし、何よりサルバトーレ・ドニを日本に招き兼ねない事を仕出かす奴に、背中は預けられない!」

 一瞬、甘粕冬馬が沈黙をした。恐らくは頭を抱えているに違いない。

〔了解致しました。すぐに空地を捜します〕

 甘粕冬馬が電話を切り、仕事を開始したのだと判断したユートは、祐理の足跡を辿るべく風の精霊に願い奉る。

 風の精霊が見たモノを、ユートは空中にモニターを顕して映し出し、やっぱり空中に顕れたキーボードを高速で叩き始めた。

 精霊術と科学を駆使し、探査範囲を拡大したのだ。

 これで東京都内であればカバーが可能となる。

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵は、聞き齧る限りでは食欲と戦闘欲以外は枯れた爺らしい。

 故に貞操に関しては別に危険視しておらず、浚ったのなら少なくとも生命を奪うのが目的では無かろう。

 とはいえ、結果的に$カ命を喪う可能性は有る。

 祐理がカンピオーネを恐れる理由、それが単に噂を聞いて暴君だと知るからではなくて、もっと直接的な理由だと考えて訊いた。

 万里谷祐理はサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンに一度、浚われた事があるのだと云う。

 四年前、まつろわぬ神の招来の儀式を執り行う為、世界中から巫女や魔女達を招待≠オたのだとか。

 儀式自体は成功したらしいのだが、まつろわぬ神として招来した【まつろわぬジークフリート】は結局、サルバトーレ・ドニにより横から掻っ浚われた。

 この儀式で無事で居たのは°ヘか三分の一のみ、残り三分のニは命を落としたか乃至は、SAN値直葬されて壊れたかのいずれかであった様だ。

 今のユートならそれでも何とかなる可能性もあるのだが、むざむざと老害なぞに好き勝手はさせない。

「そんなに世界で生きるのが退屈なら……」

 そしてユートは、祐理の居場所を突き止めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヴォバン侯爵は祐理に対して講釈を垂れている。

 自身の退屈、その無聊を慰めるべく四年前と同じくまつろわぬ神を招来しようと考え、祐理へと接触したのだと云う。

 エメラルドの如く輝いている邪眼が、まるで虎の瞳の様に祐理を貫く。

 祐理の両脚が白く変色して感覚が無くなった。

 身体の一部のみを塩化、それは完璧な制御が有ってこそと、祐理にも理解する事が出来る。

 リリアナの諫言で元に戻されたが、胸が潰されそうになるくらいの恐怖に埋め尽くされ、それを紛らわす為にユートを想う。

 ユートは祐理を無理矢理に自分の手元へ繋ぎ留め、やっている事はヴォバンと変わり無かった。

 運が無かったと云える。

 あの日、ユートを見付けて霊視が降りてきたが故、訊ねてしまったのだ。

 貴方は羅刹の君かと。

 暫くは静観するべく内緒にする心算だったユートの正体、それを知ってしまっただけでなく、知った事を明かしてしまった。

 ホテルに拉致されてしまった祐理は、紆余曲折あってユートの手元にひかりと共に置かれ、既に三ヶ月の月日が経っている。

 その三ヶ月で、ユートの為人を観察して解った事があった。

 魔王と呼ぶに相応しい、そんな所作も確かに有るのだが、ユートは身内に対しては優しい。

 ひかりが無邪気に懐くのも理解出来るくらいに。

 その分、敵には残虐非道な処があるのは、如何にも魔王陛下と言うべきか。

 祐理はひたすら祈る。

「(優斗さん、約束しましたよね? 私は此処です、だから早く来て……!)」

 ユートなら必ず自分を救い出してくれると信じて、ただ祈り続けていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ユートが青葉台図書館に近付くと、無数の灰色毛皮な狼が顕れて道を塞ぐ。

「確か【貪る群狼(リージョン・オブ・ハングリーウルヴス)】だったかな?」

 使用頻度も多いからか、随分と有名な権能であるとアリスから聞いている。

 見た目には確かに灰色狼であるが、大きさは馬並という巨躯だった。

「どれだけ大きかろうが、高が狼如きが僕の相手になどなるか!」

 神獣クラスや魔獣クラスならまだ兎も角としても、ちょっと大きいだけの狼を喚び出した処で……

「雷光放電(ライトニング・プラズマ)!」

『ギャン!』

 無駄というもの。

 一気に数十もの巨狼達を消し飛ばした。

「同じ狼なら、鋼鉄の孤狼でも持って来い!」

 手刀を振り下ろしながら叫ぶユート。

「聖剣抜刀(エクスカリバー)ッッ!」

 薄く鋭い衝撃の刃が巨狼を真っ二つに裂く。

 【継ぎの舞い】により、返す刀で次の技に入った。

 緒方逸真流の動きとは、究極的には間断無く続ける舞いの如く。

 一つの技の動きを継いで新たな動きに繋げ、恰かも舞っている様に見えるのが特徴である。

「原子崩雷(アトミック・サンダーボルト)!」

 道を塞ぐ巨狼共の全てを片付けると、ユートは加速して駆け抜けた。

 暫し走ると今度は時代懸かった鎧兜にサーコートを羽織る騎士が立ち塞がり、佩剣を抜刀してくる。

「狼の次は騎士か。確か、【死せる従僕の檻】……」

 これはユートの権能とは似て非なるモノ、ユートもその気になれば同じ様な事が可能だ。

「やっぱり冥府の王辺りから簒奪したのかねぇ」

 冥王ハーデスの神氣を喰らって手に入れたユートの権能──【冥界返し(ヘブンズ・キャンセラー)】、それは死んだ人間に仮初めの肉体を与え、生前の能力を保持した侭で招喚するというモノだ。

 但し、十二時間限定という制限は付くが……

「ふむ、可成り強固な呪縛が成されているな」

 ユートから視た従僕は、死した肉体へとガチガチに縛られた状態にある。

 これでは積尸気冥界波で魂を抜き取り、昇天させるというのは無理だろう。

 然りとて肉体ごと冥界に送ったとしても、ヴォバンが喚び戻すと思われる。

「それならまずは呪縛から解き放つか」

 少し時間は掛かるけど、ユートなら出来る筈。

 瞑目するユート。

 それを好機と見たのか、死せる従僕達が攻撃をするべく動き出す。

 目を閉じた侭で剣を躱していくと、動きを封じる為に投げ技を仕掛けて転ばせてやった。

 何体かを転倒させると、他の従僕達も脚を取られて転んでしまう。

 ユートがソッと目を開くとその瞳は、まるで燃える様な緋色に耀いていた。

 それは炎の精霊王と契約を交わした証、その宝玉の如く美しい耀きを持つ緋色の瞳は炎の聖痕……

「炎雷覇ぁぁぁっ!」

 柏手を打つと緋色の刀身を持った剣が、ユートの掌から顕現した。

 現状ではユートが継承した形となる神凪の神宝たる破邪の剣──【炎雷覇】。

「我が意に応えろ、炎雷覇……界放っ!」

 両刃直刀の片手剣だった【炎雷覇】の刀身が、行き成り少し伸びて反りと美しい刃紋を映す刃となる。


 界放状態とユートが呼ぶ神器本来の力を出した姿、神凪一族の開祖と三百年前の宗主が出来た筈の状態。

 その気になれば精霊王の分け御霊すら招喚が可能となる程の制御力を与えて、最も力を使えるモードだ。

 招喚するべき炎は単なる炎に非ず、黄金(きん)でも至高なる神炎でもない。

 即ちそれは三昧真火。

 三昧真火とは一切の不純物を廃した【火】の元素の結晶であり、地上には存在しない筈の純粋な炎。

 炎の精霊王の地上代行者として、破邪顕正なる炎を纏ったユート。

「百邪を討つ為、四神の力を今此処に! 龍虎河車、雀武周天! 召還、兜率八卦炉!」

 陰陽術を以て更に火力を引き上げた。

「乾! 兌! 離! 震! 巽! 坎! 艮! 坤! 精霊術が奥義、四神真火八卦陣!」

 顕現させた方陣は飽く迄も増幅の為、だが対象となる敵を封じる力もある。

 方陣内に封じられてしまった死せる従僕、ユートの背中には三昧真火の翼が生えると、方陣へ向けて羽の如く焔が放たれた。

 炎の精霊王の力の真髄、それは完全なる破邪。

 意志の力を以て、燃やすべきモノとそうでないモノを分けて対象となる存在、それのみを焼き尽くす。

 そして此処まで威力を増した炎は仮令、神の権能による力と云えども燃やす事が可能となる。

「征ぃぃぃっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええっ!」

 ユートが燃やすべきは、死せる従僕の呪縛そのモノであり、神炎すら凌駕する三昧真火は方陣で増幅されて従僕を燃やし尽くした。

 勿論の事、周囲には一切の焦げ痕すら付けないで。

「ふぃー、ネタ技とはいえ充分な効果があったな」

 解き放たれた魂は昇天、冥界へと送られた。

 最早、ヴォバンといえど彼らを呪縛して利用する事など不可能であろう。

 此処まで大袈裟にやった理由は、万が一に三昧真火だけで呪縛を焼き尽くせなかった事を考えたからだ。

 一人ずつ燃やしていたら切りがないし。

 まあ、結果として凄く疲れてしまった訳だが……

 聖痕を閉じたユートは、再び祐理が監禁されているであろう、青葉台図書館へと駆け出した。

 百人は居た死せる従僕を昇華したが、恐らくもっと存在しているだろう。

「取り敢えずは、ヴォバン侯爵を殺せば死せる従僕を全て解放出来るのかな?」

 流石のユートも先の技を何度も放つのは厳しいし、次に出てきたら別の攻撃で何とかするしかない。

 時間は掛かったが、漸く青葉台図書館に辿り着く。

 其処へ丁度と言って良いか判らないが、黒塗りの車が同じく到着した。

 中から現れたのはユートが一番、来て欲しくなかった$l間達。

 草薙護堂とエリカ・ブランデッリ、序でに甘粕冬馬の三人だった。

 ユートに気が付いた三人が一斉に振り向く。

「甘粕のおっさん、これは何の真似だ? 僕はコイツらを決して呼ぶなと言った筈だよな?」

 苦笑いをする甘粕だが、護堂がムッと表情を顰めながら言う。

「な、何だよ! 万里谷がヴォバンとかいう爺さんに浚われたって聞いたから、俺達も来たんじゃないか。なのに邪険にするとか失礼だろ!?」

「お前は自分が何回、余計な事を仕出かしたのか覚えていないのか?」

「何の事だよ?」

 絶対零度の視線に晒された護堂は、その険の含まれた眼に射竦められる。

「アテナを呼び込んだな、それと決着寸前で邪魔してくれたし、今度はサルバトーレ・ドニを呼び込み兼ねない事までしたよな?」

「う゛!」

 全く以て容赦のない弾劾を受け、護堂は己れの悪行に言い返せない。

「第一、お前は今の状況で図書館(ダンジョン)に入って闘えるのか? 目的地までにヴォバン侯爵の権能、【死せる従僕の檻】によるリビング・デッドが襲って来る筈だぞ。図書館を破壊せずに尚且つ、従僕達にも有効な闘い方が出来るんだろうな? お前がアテナ戦の時に言っていた『周囲に気を遣う』闘い方が!」

「そ、それは……」

「無理だよな? 高が人間を相手に【猪】を使うくらいな訳だし。それとも……お前の自称騎士を肉壁にでもするのか?」

「そ、そんな莫迦な事を、する訳が無いだろ!」

「じゃあ、お前はどうやって闘う心算なんだ? 算段は付いてるんだろうな?」

 曲がりなりにも大騎士のエリカなら、同じく大騎士クラスの死せる従僕を屠れもしようが、護堂の場合は使える権能が無い。

 【雄牛】なら或いは使えるかも知れないが、所詮はそれだけでしかない。

 技術も何も無い護堂では多少、力が拡大されたからといってどうなるものでも無いのだから。

「甘粕のおっさん、やっぱ役に立たないじゃないか」

「す、すみません。草薙さん達に見付かってしまい、連れて来ざるを得ず……」

「もう良い! 邪魔だけはしてくれるなよ」

 ユートは、護堂に対してそう言うと図書館内部へと駆け出した。


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