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第12話:プリンセス・アリス
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 ユートは出された紅茶を優雅に飲む。

 元トリステイン貴族故にマナーは完璧、紅茶よりはフェイトの様に珈琲の方が好み──流石に一日に七杯は飲まない──だが、紅茶も普通の飲むし、あの頃は図らずもマリアンヌ王妃やアンリエッタ姫に誘われ、ティータイムに御一緒していたからか、勝手に作法が身に付いている。

 習うより慣れろとは正にこの事だろう。

 そんな王候貴族然としたマナーを見て、アリス達は魔王らしからぬと思ったのか驚いていた。

 ただ、どうにもアリスはソワソワとしているのが、些か気になる。

「プリンセス、何か言いたい事でも?」

 だからユートは話し易い様に水を向けてみた。

 それで意を決したのか、アリスは真っ直ぐにユートを見つめると、その直後に頭を下げて……

「ユート様にお願いしたい儀が御座います!」

 焦燥感溢れる声色で言いたい事を話し始めた。

 プリンセス・アリスは、お姫様な暮らしをしながら【グリニッジ賢人議会】の議長という、組織の長をしていた傍らで好奇心旺盛な少女でもあった為、英国の魔王と冒険に出るなんて事も侭あったらしい。

 アリス自身は、魔女と呼ばれる中でも【天】の位を極めた最高位だとか。

 因みに、その対極となる【地】の位を極めた最高位の魔女が、イタリアはサルデーニャに住むルクレチア・ゾラだという。

 十二年前、黒王子(ブラックプリンス)アレクサンドル・ガスコインがまつろわぬレミエルを弑逆して、雷速を得る権能──【電光石火(ブラック・ライトニング)】を簒奪し、腐れ縁で動き回ったらしい。

 だが六年前、まつろわぬアーサーが顕現した際に、身体を壊す覚悟で封印を行おうとしたが、それに失敗してしまう。

 アレクサンドルもアリスも流石に死を覚悟した。

 喚び出した張本人など、何だか狂乱していて役にも立たなかったのも災いし、死んだ……そう思った瞬間の事、行き成り黄金の光がまつろわぬアーサーを撃ち抜いたのだ。

 光の発信源を見遣ると、銀色の仮面を被った黒に近い翠色の鎧を纏う何者かが立っていた。

 その何者かは暫くの間、まつろわぬアーサーと戦闘をしていたが、途中で小さなナニかを喚び出し、融合すると鎧が豪奢になって、パワーアップを果たす。

 その後あれよあれよと言う間にまつろわぬアーサーを弑逆し、すぐにその場から消えてしまった。

 まつろわぬ神を弑逆した以上、彼? はカンピオーネになった筈だが、それより以降は彼? が現れたという話しも聞かない。

 その後はサルバトーレ・ドニが四年前、正式にカンピオーネとなったとされ、彼が六番目として登録。

 今年に入ってから日本人が二人、七番目と八番目になって今に至る。

 それは兎も角、アリスの身体は元から弱かったが、封印失敗で更に壊れてしまって、今はベッドで寝た切りとなっており、幽体分離でこうして動くのがやっとなのだと云う。

「まつろわぬアーサーを……殺した……闇翠色の鎧を纏う仮面の誰か?」

 何だろう、その姿を見た覚えが凄くあるのだが……

「どうか致しましたか?」

「いや、それで?」

「はい、エリカ・ブランデッリの報告書には、貴方が霊薬を以て七番目のカンピオーネ、草薙護堂様の傷を癒したとか。宜しければ、そのお薬を私に分けて頂けませんでしょうか? 勿論ですが、出来得る限りでの御礼は致しますわ」

 恐らく小宇宙が使えて、セブンセンシズにでも目覚めれば、そんな境遇に負けはしないのだろうが……

 所詮は無い物強請り。


「霊薬ね……残ってない」

「は? 今、何と?」

「だから、残ってないよ。護堂に渡したのが最後だ。貴重な素材を使ってるし、造るにも時間が掛かる上にこの世界≠ノ素材が有るかどうかも判らない」

「この世界?」

 ユートは前にも祐理達に話した平行異世界の事を、アリス達にも伝える。

 アリスもエリクソンも、それには驚愕を禁じ得ないのか、目を白黒させながら聞いていた。

 だけど、平行異世界の話は面白いのだが、それでは霊薬が造れないという事実に間違いない。

 ガックリと肩を落とす。

 元々、試作品だったから素材も確保していないし、竜の目玉なぞこの世界では手に入るまい。

「まあ、傷付いた身体を治す魔導具……ではないんだけど、そういうのが無い訳でもないかな」

「本当ですの?」

 再転生してから快復薬の方は造ってないが、ユートは幸いというべきかそれを持っていた。

「ミズ・エリクソン」

「はい?」

「バケツ一杯くらいの量の水を用意してくれる?」

「わ、判りました」

 ユートは取り敢えず彼女の本体が眠る部屋に行く。

 幽体分離をしたアリスと瓜二つの女性が、ベッドの上で死んだ様に静かに横たわっていた。

 一応は生きているのであろうが、幽体分離しているから仮死にも等しい。

「持ってきました」

 エリクソン女史がバケツっぽい容器に、水を並々と容れて持ってきた。

「それじゃ、プリンセスは肉体に戻ってくれる?」

「判りましたわ」

 言われた通りにアリスが肉体へと戻る。

「さて、と」

 ユートは右腕を掲げて、盛大に叫んだ。

「杯座(クラテリス)、オブジェクト・トークン!」

 白銀色の宝玉が目映い光を放って、やはり白銀色のカップ型のオブジェが顕現した。

「こ、これは?」

 エリクソン女史が驚愕に目を見開く。

 それには答えず、ユートは杯座聖衣のオブジェの中に水を移すと……

「プリンセス、少しばかり失礼をするよ」

「はい?」

 訳が判らないのか、首を傾げるアリスの身体を手で起こして支えると、杯座聖衣の中の水を口に含んで、口移し≠ナ飲ませた。

「んむ? う、ん……」

 突然の行為に吃驚したのだろう、アリスは真っ赤に顔を染めながら、無理矢理に喉の奥へと注ぎ込まれる水を嚥下していく。

 目には大粒の涙を浮かべているが、それは口移しによる嫌悪感によるものではなく、口を塞がれ水を注がれて苦しいのが原因だ。

 何年も寝た切りだったからか、アリスに抵抗が出来る筈もなく……

「ケホッ、ケホッ!」

 唇を離した瞬間、咳き込んでしまう。

「い、行き成り何をなさるのですかぁ?」

 二十四歳だとはいえど、今までに彼氏が居た訳ではないし、黒王子も色恋沙汰にはなっておらず、不慣れな事この上無いアリスは、息も絶え絶えに文句を言ってくる。

「まともに身体が動かせない以上、これが一番手っ取り早く飲ませる方法だよ。ああ、プリンセスの唇の柔らかさを堪能出来たから、対価は必要無いから」

「ななななな! 何て事を仰有るのですかぁぁあ! やっぱり魔王様は魔王様、アレクと非常識加減で良い勝負です!」

「けど、身体は大分楽にはなっただろう?」

「──え?」

 はたと気が付き、アリスは自分の両手を動かすと、グーパー、グーパーと握々して確かめた。

「本当……少し楽になっていますわ」

「という訳で、レッツ・アゲイン」

「は?」

 その後、何度かアリスに口移し≠ナ杯座聖衣内の水を飲ませ続ける。

 その度に、柔らかな唇を堪能しつつも舌の味も楽しんでいた。

「御馳走様でした」

 ユートは合掌をしつつ、アリスに向けてお辞儀。

「しくしく……私、汚されてしまいましたわ」

 当のアリスはといえば、十中八九というか百パーセント嘘泣きだが、ベッドに突っ伏してメソメソとしていた。

 エリクソン女史は呆然となり、止める事すら出来ずに見ていたりする。

 頬を朱に染めていのは、きっとそういうシーンには慣れてないからだろう。

 何しろミス・エリクソンと呼ばれているくらいな訳だから、明らかに未婚だろうしアリスの秘書っぽい事をしていては、恋人なんぞ居なかった可能性もある。

 因みに、数回も飲ませれば自分で飲めるくらいには回復していたが、ユートは調子に乗って飲み切るまで口移しを続けた。

 可成り外道極まりない。

 とはいえ全盛期程ではないが、取り敢えず動ける様にはなった様だ。

 筋肉の衰えはどうにもならなかったが……

 そんな訳で、リハビリをしながら仕事に邁進する様に言っておく。

 話の続きはテラスでなく寝室で行ったが……

「ユート様、絶対に慣れてますわよね? どれだけ、チュッチュッしていたんですか!?」

 何故か口移しの際に熟れ過ぎていると糾弾される。

 行為そのものに忌避感を感じたのではなく、ユートが明らかにキスに慣れている点を糾弾される事になるとは、予想外だった。

「僕には前世、前々世による記憶がある。前世は貴族だったし、それなりに裕福にしたからメイドや婚約者なんかと……ね」

 前々世の記憶を元に内政を頑張り、領地は誰もが羨むくらい富んだ。

 故に、複数の妾を囲うだけの余裕もあった訳だし、実際に何十人も囲った。

 そしてその殆んどを使徒として契約を交わしている為に、時間経過による別れは天寿を全うした何人かを除けば無い。

 干渉値の事もあるから、すぐに会えたりはしないのだが、その気になれば自分が会いに行く事も可能だ。

「日本人からハルケギニアという、地球に窮めて似た世界に転生……或いはあの世界は地球の別な可能性の世界だったのかもだけど、兎に角、次に英国に転生をしたんだ。勿論、この世界とは別の平行異世界の」

 平行異世界から来たのは聞いていたが、よもや転生などという突飛な方法だとは思いもよらず、アリスとエリクソンは呆然となる。

 勿論、この話はオフレコだと魔王として厳命した。

「英国に転生という事は、ユート様は故国で英国人という事ですか?」

「そうだよ。本名というか戸籍上は、ユート・スプリングフィールド。前世とかの名前や何やら足したら、えらく長い名前になるね。緒方優斗は前々世の名前」

「あら、では前世は?」

「ユート・オガタ・シュヴァリエ・ド・オルニエール・ラ・フォンティーヌ……ラ・フォンティーヌ大公としてが最終経歴だね」

「大公? 公爵以上は王家の血筋の筈だけど?」

「ラ・フォンティーヌ子爵というのが、僕が前世で添い遂げた相手。ラ・ヴァリエール公爵の次女だけど、プリンセスと同じな上に、心臓に持病が有ったんだ」

「霊視能力を持つ魔女?」

 アリスや祐理に比べると弱いが、それでもこの世界の日本なら媛巫女と呼ばれるだけの力が有った。

「その心臓の持病を治す為に奔走して、治療法を見付けた褒美に婚約者にして貰ったんだ。まあ、相思相愛だったから義父上も婚約を許可したんだろうね」

「まあ、素敵ですわ」

 暇人なのか、他人のラブロマンスに食い付いた。

「元々、僕はトリステイン王国で度重なる手柄を挙げていたし、父上の家督を継ぐ時には侯爵の地位が約束されていたけど、カトレアとの結婚もあったし、どちらもブラッドフォルダー、最終的に大公に封じられたんだよ。オガタ家はラ・ヴァリエールの遠い分家だったから、低いけど王位継承権も有ったみたいだしね」

「な、成程……」

 どうやらアリスは信じてくれたらしい。

 自分で語っていて胡散臭い事この上無いのだが……

 魔女らしく敬虔な教徒ではないらしく、というより神殺しと普通に接している時点で敬虔とは云わないだろうが、故に転生について忌避感は無い様だ。

 前にアーシアに話した時には、少し流石に微妙な顔をしていたが……

 その後、事務的なというより仕事寄りの話を幾つかして、ユートは気になった事をアリスに訊ねる。

「そういえば、契約者(コントラクター)という言葉を知ってる? 正史編纂委員会のエージェント、甘粕のオッサンは知っていたんだけどさ」

「はい、存じております。契約者(コントラクター)、それは精霊王という存在──まつろわぬ神とはまた別の超自然存在と契約を交わした人。現在、ユート様が唯一の実在を確認されている契約者(コントラクター)ですわね」

「そう……」

 だとすれば、この世界はやはり【風の聖痕】と習合しているらしい。

 ならば、この世界の時間軸は【風の聖痕】の時間軸とどう関わるか?

「アーウィン・レスザールを知ってるかな?」

「ああ、はい。高名な魔術師ですから」

「そいつの動向は?」

「動向ですか? ミス・エリクソン、どうです?」

 エリクソン女史に水を向けると、眼鏡の位置をクイッと直して答える。

「現在、中国は香港に入って何やらしているとか」

 流石は高名な魔術師で、そして流石は【グリニッジ賢人議会】とでもいうか、確りとアーウィン・レスザールの動きを把握していたらしい。

「中国、香港? ヤバい、和麻のビギング・ナイト! 急いだ方が良いか……」

 とはいえ、ユートは中国は兎も角として香港にまでは行った事が無い。

 それにユートが転移で行くと、恐らくは廬山に出てしまうだろうし、彼処にはアリスから同胞の羅濠教主が住んでいると聞いた。

 行き成り廬山に行けば、間違いなく闘いになる。

 少なくとも、英国に来たのと同じ手段は執れないという事だ。

「どうしたのですか?」

「アーウィン・レスザールの目的は、いたいけな少女を生贄にして悪魔を召喚する……いや、下手をすればまつろわぬ神を招来する心算だと思うんだ」

「な、何ですって?」

 アリスの脳裏に四年前の事件が思い起こされる。

 ユートはこの世界では、悪魔もまつろわぬ神とされている可能性から、目的が悪魔召喚ではなく神の招来に変化しているのでは? そう考えた。

「判りました、自家用機を御貸し致しますわ!」

 真剣な表情で言うアリスはすぐに、エリクソン女史に自家用機の準備をさせ、慌ただしく動き始める。

 だからこそ気付かない、ユートも、エリクソン女史も……誰もが。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ユートがゴドディン家の自家用機で中国に向かい、それから一時間くらい……

「姫様、体力はまだ戻ってないのですから、そろそろお休み下さい」

「…………」

 返事がない。

「姫様?」

「…………」

 やはり返事がない。

 不審に思ったエリクソン女史が、ベッドの上に座るアリスに近付くと……

「姫様、聞いてますか?」

 パタリ……倒れた。

「──は?」

 すぐに駆け寄り、アリスの身体を起こして気付く。

「これは……幽体分離? まさか、姫様は!」

 ユートに付いていったに違いないだろう。

「姫様ぁぁぁぁぁああっ! 貴女という人は性懲りもなくぅぅぅぅっ!」

 トップを支える副官的な立場、それはきっとトップがほにゃららである程……苦労人というヤツだろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「何で、プリンセスが一緒に乗ってるかな?」

「あら、それはゴドディン家の自家用機ですもの」

「やっぱり成仏させた方が世の中の為か?」

「そ、それはダメです!」

 勝手に忍び込んで来ていたアリスに、ユートは頭を抱えると同時に、エリクソン女史に心の中で合掌をするしかなかった。

 ユートとアリス、図らずも二人旅となった訳だが、香港へと向けて急ぐ。

 其処に何が待ち受けているかも知らない侭に……


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