第15話:偽者 . メイドのリノ。 ゲーム中には存在せず、飽く迄もこの世界に於けるファーリスの乳母の娘で、二ヶ月ばかり早くに誕生をした一六歳の少女。 可愛らしい御下げの少女であり、ファーリスに仕える直属のメイドだ。 基本的にファーリスへの世話は彼女が行う。 そんなリノの目の前にはファーリスが居た。 「リノ」 「殿下……?」 「僕も遂に一六歳となる」 「そう……ですね……」 リノの表情は固い。 「いつかは……そう、近い将来には僕も婚約者を宛がわれるだろう」 「当然ですね。殿下はこのサマディー王国の御嫡男、将来は国を背負って立たれるお方です。高貴なる姫か貴族の御令嬢が殿下と誼を結ばれ、いずれは跡継ぎを授かる事でしょう」 下級貴族ならば、或いは中級上級貴族でも三男四男とかなら、まだ手は無くもなかったのであろうが…… 「その前にリノ、君の一夜を僕にくれないか?」 「――え?」 リノも一六歳、一足先に成人をしているのだから、その意味を理解出来ない筈も無く、頬を染めながらも顔を俯かせてしまう。 「わ、私の御役目は殿下の御子様を私の子供と共に、御育てする乳母……つまりお母さんと同じだと……」 「僕だって本当なら他の誰かにリノを渡したくない。だけど僕の立場がそれを許さないんだ」 「はい……」 「だから、ファーリス杯が始まる明日の夜明けまで、今からその夜明けまでの刻を僕に」 「……嬉しいです、殿下。本当に貴方がファーリス様であったなら、きっと夢見心地で捧げたでしょうね」 ニコリと涙を流しつつ、ファーリスを見つめるリノはパン! と、目の前の彼に平手打ちをしたと云う。 「気付かれるとは……ね。参考までに訊きたいんだ、どうして気付いた?」 「私を舐めないで下さい、殿下を生まれたその時からずっと視てきた私ですよ? 幾ら姿を偽ろうと騙されたりはしません」 「凄いね、幼馴染み恐るべしって処かな?」 ボンッ! と煙を上げながら元の姿に戻る。 それはユートだった。 「昼間の御客様ですか……殿下はどちらに?」 冷たく見据えるリノ。 「勿論、僕の泊まる宿屋。ああ、部屋にはカミュ……男の仲間しか居ないよ」 ベロニカやセーニャとは一緒ではない。 「誘拐とかじゃあないよ。ちゃんとファーリス王子も了承済みさ」 「っ! そうですか……」 「明日のファーリス杯なんだが、あれには僕が出場をする事になった。今晩の事は謂わば報酬の一環だ」 「私を抱くのがですか?」 「まあね。とはいえ時間も押していたし、ちょっとした実験をしてみようと思ったのがさっきの茶番劇」 「といいますと?」 「単純に鎧兜を着ただけではバレる可能性もあるし、だからこうやって姿を偽る呪文を使ったんだ」 「そんな呪文が?」 「変身呪文だ」 「……私は役目柄、殿下の影武者を演じる可能性もありますから、変装術などは持っていますけど。呪文にそんなものが……」 成程、側仕えであるならそんな可能性もあろう。 天空シリーズに於いて、シンシアが勇者ソレイユに化け、デスピサロを欺こうとしていたのと同じだ。 まあ尤も、それはユートがシンシアに当て身を喰らわせて、自らがモシャスにより変化した影分身を死なせて魅せた事で、イベントそのものを潰したけど。 大きな衝撃で消えるし、大呪文を喰らって消し飛んだ様に見せたものだ。 とはいえ、勇者本人には話していないからシンシアは最後まで死んだものだと思っており、故郷の村へと 帰り着いた勇者を待っていたシンシアを見て思わず抱き付いて泣いていた。 勿論、二人は美味しく戴きましたが何か? 「それ、教えて下さい」 「は? 君、呪文なんて使えるのか?」 「適正はありますよ」 「さよけ……」 この世界は職業の概念が低いからか、適正といった感じで魔法の使える使えないの判断がされる。 リノには魔法適正が充分にあるらしく、一応ではあるがメラミやベギラマくらいなら扱えるらしい。 「教えても構わないけど、習得が出来るかどうかは判らないし、対価はちゃんと用意しているのかな?」 「……対価ですか」 「僕は基本的に無償奉仕はしない質でね」 次元の魔女も言っていたであろう、与え過ぎても貰い過ぎてもいけないと。 過不足無くというやつ。 「対価……私を今晩だけ、好きにしても構わない」 「……正気か? 自分から純潔を好きでもない男に捧げるとか」 「今回の事は流石に私だって頭にキてる。殿下がいつか王妃様となる方を貴族、或いは他国の姫様から娶る覚悟はしてたけど、まさか他の男に純潔を喰わせようとするなんて!」 若しリノが気付いていなければ、ファーリスであると思い込んでユートを相手に処女を散らしていた。 ファーリスに捧げたのだと思い、涙を流して悦んでいたのだからとんだ道化。 「だったらもう殿下には上げない! 私の純潔は魔法の対価に使う!」 一旦、火が点けば女の子は強くなるものだ。 今のリノは純潔を好きでもないユートに捧げる事による屈辱より、ファーリスからの正に裏切りにも等しい行為に怒りを燃やす。 『要らない』と言うなら『上げない』訳で、それなら対価に使ってユートから有用な呪文を教わった方が数倍マシだから。 どうせ結ばれない運命、ならば一度だけ……純潔を捧げて全てに決着をと思った自分がバカだった。 そんな殊勝な考えなど、ファーリス王子という名のヘタレには、通用しないのが身に染みて解ったから。 「私、こう見えて腹黒だったりしますから」 ニコリと笑うリノに苦笑いをしながらユートは…… 「なら、その腹黒が駄目だったら僕が面倒を見よう。現役ではない、亡国の王子で悪いんだけど……ね?」 そう告げるのであった。 「へ?」 余りにも不意を受けてしまう言葉。 「ええええええええええええええええええええええええええええええっっ!?」 それはリノを驚愕させるには充分過ぎた様だ。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「あ、の、女好きぃぃ! 帰ってきたら折檻しちゃるんだから!」 同じ頃、ベロニカが転がるファーリス王子を前にして憤っていた。 用事があってユートの泊まる部屋に来たベロニカ、然しながら見た途端に正体を看破してしまう。 ファーリスをフルボッコにして、企みを吐かせた後にこの科白であった。 地団駄を踏むベロニカにカミュが首を傾げる。 「にしてもよ、よく見ただけでコイツが偽者だってのが解ったな?」 「ふん、見れば所作の違いから解るわよ!」 「いや、それにしたって」 本当に一目、動いているのすら見ずに『アンタ、誰よ?』ときたものだ。 「私にも解りませんでしたのに、お姉様はユート様を本当によく見ていらっしゃるのですね? たった一目で偽者と解るくらいに」 「っ! な、な、違う!」 どれだけ見ていたのかと感心するセーニャだけど、ベロニカからしたら異性を一目で看破するくらいに見ていた……など、余りにも恥ずかしくなる事だった。 「へぇ、普段は憎まれ口を叩くが……ユートの一挙手一投足を見ていたとはね」 「う、あ……」 カミュのからかいの言葉に頬が真っ赤に染まる。 ベロニカは故郷となっている聖地ラムダに於いて、セーニャと共に同じ大樹の葉より分かたれたセニカの生まれ変わりとし、【双賢の姉妹】という括りで両親からの愛情を一身に受けながら育った。 賢者セニカの才能の片割れであり、聖地ラムダでも並び立つ存在なぞセーニャくらいしか居ない。 同じ年頃の者とて畏敬の念を持つのが当たり前。 そんな日常から遂に飛び出し、そして勇者を捜す旅に出る事になった。 ホムラの里で漸く勇者を見付けたベロニカ、その時は魂の片割れを捜すのが忙しかったが、落ち着いた時に勇者であるユートが魔法に可成り知識を持つ事実が嬉しく遂々、風呂に誘って呪文談義までしてしまう。 セーニャ以外に初めて、並び立ったユート。 ――否、寧ろ先んじてすらいたからこそ嬉しくて、旅を始めてから愉しい会話をしてきた。 成程、ずっと見てきたとは間違い様がない事実だ。 宿屋から飛び出してしまったベロニカは、元から小さな胸を手で押さえる。 ドックンドックンと心臓が激しく鼓動していた。 「あ、あたし……何で?」 今頃、ユートが好き勝手にしているかと思うと苛々してしまう。 「もうちょっと落ち着かないと……」 魔法使いたる者の思考は常に冷静たれだ。 「初めて……だったもん。セーニャ以外では」 自分と並び立つ存在で、若しかしたら先に立つ者。 聖地ラムダで天才であると自他共に認める才能は、確かに賢者セニカから受け継いだモノかも知れない。 だけど研いてきたのは、研鑽してきたのは間違いなく自分自身だ。 「ホントは、私とセーニャで護らなきゃなんだよね」 そんな必要が無いくらい強いし、色々と識っていて色々と持っていた。 「まったく、舞い上がり過ぎじゃないの……私」 自嘲してしまう。 「私にアイツの、ユートの行動を止める権利なんて、ある訳がない……か」 所詮は案内係の護衛役、ユートの彼女というのなら未だしも、そんな自分には何ら権利は発生しない。 「……あの時に、一緒にお風呂した時に思い切って胸に飛び込んでいたら今頃、私がアイツと?」 そんな事を考えていたらお腹の奥が熱くなる。 セ○クスしたいのか? そう訊ねられた時に頷いていたならば? ブンブン! 首を振っておバカな妄想を忘れた。 「ば、ばっかみたい!」 そう言いながらユートの鍛えられた鋼の如く肉体、そしてちらほら湯船越しに見えていたアレ、どっちも逞しくてベロニカの中の女を刺激していた。 「あ、あたし……既に攻略されちゃってる!?」 愕然となるベロニカ。 暫し頭を冷やした後に、ベロニカが部屋へと戻るとセーニャも戻っていた。 「お姉様、どちらに行かれていたのですか?」 「ちょっと夕涼みよ。部屋はやっぱ篭るから暑いし」 「ユート様とカミュ様の居るお部屋なら、くーらーが有りますのに……」 「居るのはファーリス王子でしょうが!」 「それは……まぁ……」 やはり所作だけで見破れるのはある意味で凄い。 「そういやさ、アンタってアイツのアソコがアアなった時、鎮めようとしていたのを窘められていたわね」 「え、はい」 ちょっと哀しそうだ。 「私では御満足して戴けなかったのでしょうか?」 「……違うと思う」 「そうですか?」 「アイツは別にセーニャを嫌ってはいない筈よ」 「ですが……私の御奉仕を跳ね避けられました」 「セーニャ、人前であんな事されたらユートだって困るわよ?」 「……あ」 それはそうだ。 ユートにせよ好んで人前での情事なぞしたくない。 ヤるなら二人だけで……それこそしっぽりと。 「まあ、セーニャの場合はそれだけじゃないか」 「どういう意味ですか?」 「セーニャは勇者様に奉仕をしたのよね?」 「はい。勇者様があの……アソコを大きくなさって、御辛そうでしたから」 やはり恥ずかしいのか? セーニャはポッと頬を朱に染めて羞じらう。 「だから避けられたのよ」 「――え?」 「アンタ、ユートを勇者様として見てるでしょ?」 「? ユート様が勇者様なのは間違いありませんし」 「私らも思わなかった? 結局、皆が私らをちやほやするのは私らが双賢の姉妹……賢者セニカ様の生まれ変わりと称されるからだ――ってね。実際、名前だってセニカ様の文字を分けて付けられてるし」 「それは……はい」 「勘違いしないでよね? 私はそれに誇りすら持っているわ。ユートだって勇者足らんとしているしきっと自分を誇ってる。だから、【悪魔の子】呼ばわりされても勇者を名乗ってるわ。だけどさ、やっぱりそれだけじゃあ息が詰まるって話なのよね」 「お姉様……」 何と無く似た境遇。 それもあるからだろう、ベロニカは幾つもの要因(ファクター)から、ユートに対して想いを募らせてしまっていた。 (はぁ、完全に攻略済みじゃないの……私ってば) 確かに、将来の相手には勇者をと考えた事が無いではないが、それはセーニャの『勇者様に』というのと変わらないもの。 だけど実際に勇者に――ユートに会ったら魔法の扱いから負けていて悔しくも思ったし、意識し続けていたらいつの間にかといった感じだった。 そしてファーリスが化けたユートを見付け、更にはユートが何処にナニをしに行ったか知り、イライラが小さな胸に去来した。 否、手慣れていたりするから何と無し気付いてはいたのである。 ユートは女を知っているのだ……と。 実際、エマという幼馴染みの存在を聞かされたし。 「ま、少し考えましょう。アイツとの接し方をさ」 「そうですわね」 姉妹が宿泊する部屋にはクーラーが無い。 だからちょっと暑いし、仕方がないからファーリス王子が転がる彼方の部屋に向かい、涼みながら休もうという話になった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ ファーリス杯の当日。 ファーリスの部屋の中、ベッドの上に王子本人は居ないが、裸で眠るユートとリノの姿が在った。 シーツには赤黒い跡が残されており、リノの初めてがユートにより散らされた証となっている。 ムクリと起きたリノは、すぐに部屋を出て水浴びをして身綺麗になり、メイドとしての服に袖を通してから再び部屋に。 「おはよ」 「おはよう御座います」 この朝から二人の関係は取り敢えずリセットして、リノがとある作戦を遂行して失敗したら、彼女の面倒はユートが見る予定だ。 再びファーリス化して、王族の朝食をしれっと食べてから、【ファーリス杯】馬レースの為の施設へ。 鎧兜を身に付けさせて貰って馬に乗り、レース場へと出ると既に満員御礼状態な会場。 見ればカミュとベロニカとセーニャ、そしてユートに扮したファーリスの姿。 壇上にサマディー王が上がってくる。 「えー、本日はお日柄も良く……」 然し誰も聞いてない。 「キャァアッ! ファーリス様が現れたわよ!」 「ファーリス様!」 「格好良い!」 ファーリスが現れた事に歓声が上がるのみ。 「凄い歓声じゃない。流石は騎士の国の王子様ね」 馬に乗って声を掛けてきたのは、黒髪に眠たそうな目をした美形。 「アタシ、シルビアっていうの。騎士の一人が怪我しちゃって代わりに参加する事になったのよぉ。仮令、王子様とはいっても手加減はしないから、正々堂々と勝負をしましょうね」 そして四人の騎士が一斉にラインへと立つ。 〔さあ! いよいよ始まりますファーリス様が一六歳となった祝賀レース!〕 司会役がノリノリだ。 フラッグが振られて馬が駆ける。 「はいっ!」 四頭の馬が走り出して、一気に二人の騎士が置いてきぼり状態となり、ユートとシルビアの一騎討ち。 ファーストコーナーを曲がって先を進むはユート。 シルビアは驚愕した。 「巧い!」 自分でもああはいかないだろうと。 ユートも最初の人生では馬になぞ乗った経験は無かったが、ハルケギニアへと転生してから主な移動法が徒歩か馬車か乗馬くらい。 自転車や電動車を造るまでは、普通に乗馬によっての行動だった。 他にも馬に乗る機会とかは割と増え、今や可成りの腕前であると自認する。 「くっ、パパとの騎士修業では乗馬も厳しく躾られたものだけど……」 追い付けない。 今一歩をどうしても踏み込めなかった。 「……敗けた!?」 そしてゴール。 一位のフラッグを受けたのはユートであった。 . 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