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第19話:アンニュイ
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「ハァ……」
 
 ド・オルニエールの屋敷の一室でユート・オガタ・ド・オルニエールはアンニュイな雰囲気を醸し出し、溜息を吐いていた。
 
 魔法の訓練、連れて帰った女性達の世話。
 
 忙しさから解放された朝っぱらから、何故かこんな感じで空を眺めている。
 
 そう、セント・マルガリタ修道院でのミッションを終えて暫らくの時が経つ。
 
 多少混乱こそあったが、現在は確りとした統治機構のお陰もあり、既に落ち着きを取り戻していた。
 
 ジョゼット(祐希)の方もオガタ家で預かり、年齢が一定に達したなら杖契約をしていずれは魔法が使える様になる筈。
 
 それもあり、ジョゼットは予定通りオガタ家の養女となる。
 
 またセシリア達【聖女】は一部がオガタ家のメイドとなり、ユリアナの世話をする事になった。
 
 更に、葡萄畑から葡萄を採ってオルニエールワインを造る者、街で商売を始める者などが居る。
 
 セシリア本人は、娘であるフィアと共に、オガタ家でメイドをしていた。
 
 フィアは貴族子女と一緒に育てられ、本来であるなら母娘として名乗る事は出来ない筈だったが、修道院を出た事でお互いに名乗れる様になる。
 
 ユートはフィアの存在を聞いた時に予感していた、そして予感は正しかった。
 
 フィアはメイジの力を、魔力を持っていたのだ。
 
 珍しくはないが胸糞の悪くなる様な話で、セシリアはガリアのとある伯爵家でメイドをしていたが、其処の莫迦息子が仲間と大挙して押し寄せて、彼女を輪姦してしまう。
 
 汚らしい液体に塗れて、茫然と倒れていた処へ伯爵が帰って来たが、息子を叱るどころか『自分が最初に手を付ける心算だった』と吐き捨て、更に犯した。
 
 疲労と痛みでボロボロの身体を引き摺り、浴場で汚いモノを自分から掻き出しつつ、身体を擦り切れるくらいに洗いながら涙を零して泣き続ける。
 
 それ以降も、味を占めたのか莫迦息子と伯爵に犯され続けて、時には社交界のパーティーの裏で賄賂の様な形で貴族の慰みモノにされていた。
 
 未だ幼さの残る年頃から数年間、そんなただ辛いだけの日々が続く。
 
 数年間は何とか平気だったのだが、とうとう恐れていた時……父親が誰とも知れぬ子供がデキる。
 
 結果、奥方にバレてしまいセシリアは、生まれた娘と共にセント・マルガリタ修道院に入れられた。
 
 セシリアがユートの話に乗ったのは、ユートの性格を分析してフィアの庇護を頼めると判断したから。
 
 フィアは確かに誰が父親かも判らない子供ではあるのだが、それでもセシリアにとっては最後の家族。
 
 せめてフィアは幸せに、その為にユートを利用したとも云えるが、ユートにしてもセシリアに協力して貰うのだから其処は対価だと考えている。
 
 フィアはユートと同い年であり、しかも貴族の血が入っているが故に、メイジの力を持っていた。
 
 ユートは杖契約をさせ、フィアに魔法を教えていく事になる。
 
 セシリアという母親が居なければ、ジョゼットと同様にオガタの養女にするのも良かったかも知れない。
 
 専ら教えるのはユリアナとサリュートだったが……
 
 ユートが余りに優秀で、基本を教えたら後は勝手に覚えてしまい、フラストレーションが溜まっていたらしく、甲斐甲斐しい教師っぷりだとか。
 
 セシリアも流石に苦笑しながら、新しい主人夫妻へと頭を下げた。
 
 貴族子女達は大体が三歳〜六歳程度の年齢だったが真逆、全員を養女にする訳にもいかない。
 
 下手に調べられでもすれば気付かれるからだ、彼女らがセント・マルガリタ修道院に居た貴族子女だと。
 
 其処でサリュートは彼女らにはメイド見習いの立場を用意して、メイジとしての修練をさせる事にした。
 
 形としては、住み込みで働くメイドという触れ込みとなり、彼女達を将来的にはユートの部下として活躍をして貰う心算だ。
 
 本来は、同じ立場である筈のジョゼットより立場が下になるが、何事も無かった場合でもそれは同様だ、ジョゼットは王家の血筋他の子は最大でも侯爵家。
 
 だから特に問題は無い。
 
 物心も付かない少女が多かったし、予め言ってあったから特に不満も出る事は無かった。
 
 修道院長は新設した修道院兼孤児院の管理を予定通りに任せ、親を失ってしまった子供の養育や教育を他のシスターとやって貰い、修道会やロマリアが煩かった事へ対策の一環とする。
 
 多少の寄付と献金で成り立った修道院で、ロマリアの本国に金がいかない様、理論武装で無理矢理納得をさせた。
 
 『修道院への献金を本国が吸い上げると、修道院は立ち行かなくなる。かといって献金は飽く迄も善意によるモノであり、増やす事を強要するのは始祖の顔に泥を塗る行為である』
 
 そう言われ、生臭坊主共は引き下がるしかない。
 
 普段、始祖がどうのこうの言っており、その教えを広めている連中は、ド・オルニエールが教えに反している訳ではない分、何も言えない。
 
 また、【聖女】の中でも外に出なかった者はそのまま修道院で洗礼を受けて、シスターとなった。
 
 これがセント・マルガリタ修道院に於ける顛末だ。
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
 全てを終え、気が抜けたのかユートはずっと溜息ばかりを吐いていた。
 
「お・に・い・さ・ま♪」
 
「おわっ!?」
 
 行き成り後ろから抱き付かれて、ユートは吃驚して声を上げる。
 
「ユーキ?」
 
 ジョゼットの立場は今、オガタ家の長女【ユーキ・ジョゼット・ド・オルニエール】と名乗っていた。
 
 オガタの家名は直系の跡継ぎであるユートと、妻のユリアナしか名乗れない。
 
 だから、オガタの家名は名乗っておらず、ジョゼットの名前をミドルネームに残して、前世の名前【祐希】をファーストネームとして名乗る事になった。
 
 前世云々はジョゼットとユートの間のみの話しで、サリュート達にはユーキの名前は下手に本名を名乗る訳にはいかないと説明。
 
 何処の血筋か説明はしてあり、サリュートもユリアナも納得した。
 
 フェイスチェンジは使っているが、顔の作りはその侭に髪の毛と瞳はユリアナをベースとしてある。
 
 流石に、シャルロットという双子の姉が居る上に、髪の毛の色が青では誤魔化しが利かないからフェイスチェンジを使うしかない。
 
 故に今のユーキの髪の毛は銀色で瞳は赤と、祝福の風カラーである。
 
 そんなユーキは義兄となったユートにベッタリだ。
 
 無論の事、お互いに性的な意味合いは無い。
 
「何を黄昏てるのかな?」
 
「いや、別に……」
 
「ふ〜ん?」
 
「ただ、ちょっとさ。この数年間は駆け抜けたって感じで、だけど大きなヤマを越えたからか、少し気を抜いたら郷愁の念に駆られちゃったんだよ。女々しいかもだけど、前世の両親とか妹を思い出してね」
 
「そっか」
 
 そう言って、自身の胸にユートの顔を埋めて抱き締める。尤も、幼いユーキの胸にトキメキはしない。
 
「ユーキ?」
 
「君は忙しいくらいが丁度良いのかも知れないね」
 
 気遣う言葉がユートの耳に抜けていく。
 
 トクン、トクン……
 
 ユーキの生きている証、心臓の音が心地好い。
 
 暫らくはそうしていて、離れるとニコヤカに笑顔を浮かべて言う。
 
「さあ早く降りて来なよ、お兄様。ううん、兄貴!」
 
 言い直し、食堂に向かったのだろう行ってしまう。
 
 そんな義妹に苦笑いし、出ていった先を見つめ……
 
「ったく、ユーキの奴」
 
 溜息と共に呟いた。
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
『兄さん!』
 
『何だ? その呼び方』
 
『へへ、中学に上がった事だし、少し変えてみようかなって』
 
 黒のポニーテールを揺らしながら、笑顔を浮かべた緒方白亜の表情まるで悪戯が成功したという風情だ。
 
 可愛い妹。
 
 疎ましい妹。
 
 才能に溢れた妹。
 
 嫉妬したけど憎めない、家族として愛していたけど優しく成り切れない。
 
 そんな白亜が高校に入学するお祝いにペンダントを買い、ちゃんと向き合おうと思った矢先に死んだ。
 
 双子の兄の様に、家族を置いてきぼりにして……
 
 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
 
「っ! 白亜……」
 
 前世の妹、緒方白亜を思い出し、ユートはずっと仕舞ってあった匣を取り出して見る。
 
 白亜の高校入学の祝いに買っておいたペンダント。
 
「父さん、母さん……」
 
 今の生活に不満は無い。
 
 それでも、突然の死による別れは辛かった。
 
「父さん、母さん、白亜、じいちゃん、ばあちゃん、ごめん、ごめんなさい」
 
 ポロポロと涙を流して、呟くユートを扉の向こうで窺っていたユーキは、意を決した様に食堂に向かう。
 
「困った兄貴だねぇ」
 
 そんな義兄の力になろうかと少し画策しながら……
 
 一頻り泣き、少しは気分も落ち着いたユートが食堂に来ると、待っていたのかサリュート達は未だ食事に手を付けていない。
 
「遅いぞユート」
 
「すみません、父上」
 
 頭を下げ、メイドが引いてくれた椅子に座って食事を始める。
 
 オガタ家では基本的に、始祖ブリミルがどうのこうのと祈る事はない。
 
「「「「戴きます」」」」
 
 この挨拶はオガタ家初代から続く伝統だ。
 
 静かに食事を摂り、カチャカチャと食器の音が食堂へと響く。
 
 ユーキもセント・マルガリタ修道院で、貴族としてのマナーを躾られていたのか危なげ無くナイフとフォークを使い、食事を丁寧に口へと運んでいた。
 
「ユート」
 
「はい?」
 
 朝餉も終わり、紅茶を飲みつつサリュートがユートを呼ぶと、首を傾げながら返事をする。
 
「今日は虚無の曜日だし、偶には2人で出掛けてみないか?」
 
「へ?」
 
 サリュートの突然の提案を聞き、思わず目が点になってしまうユート。
 
 勤勉な父にしては珍しいと思ったから、思わず間抜けた返事をしてしまった。
 
 
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