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第10話:双賢の姉妹
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 杖を投げ捨て倒れた少女に駆け寄ったベロニカは、セーニャの名を叫びつつも身体を揺する。

「セーニャ、セーニャ! ちょっとしっかりしてよ……目を開けてセーニャ!」

 端から見て明らかに姉妹が逆では? と思える身長的な差違がある。

「この娘がセーニャって、妹……なのか?」

 カミュが訝しい表情となるのも仕方がない。

 どう見ても『姉が妹』を心配する図というよりは、『妹が姉』を呼ぶ図だったのだから。

「どんな時もずっと一緒だって約束したじゃない! お願いだから返事して……セーニャァァ」

 嘆くベロニカの隣に立ったユートは、その白魚の如く綺麗な指を持つ手を握ると手首に指を這わす。

 序でに首筋にもだ。

 更に顔の、より詳しく云うなら口回りに手を翳す。

「? ユート……いったい何をしてるのよ?」

「ちょっとね。体温正常、脈拍は普通だし呼吸も安定している。こりゃ、寝ているだけだよ」

「――え、寝てる?」

 驚くベロニカだったが、セーニャらしき少女がムクリと起き出した。

「んん? ふわぁ……」

 可愛らしい声で欠伸を噛み殺しながら目を開ける。

「あら、すません。私ったら人捜しをしていて、疲れたので泉の傍で休んでいたのですが、どうやら眠ってしまった様ですわ……」

「駄目だよぉ、君みたいな可愛い娘が無防備に意識を投げたりしちゃさ。悪い男(おおかみ)に御持ち帰りされてしまうから」

「あら、でしたら貴方が正に狼さんですか?」

「出来たら寧ろ狼から護る騎士が良いな。お姫様……お手をどうぞ」

「あら、ありがとうございますわ」

 ユートに手を差し出されたセーニャは、ニコリと笑うと手を取って立つ。

「セーニャ……」

 連れと妹の寸劇を見せられたベロニカ、何とも言えない表情となってしまう。

「え、お姉様!? これは何というおいたわしい姿になられて……」

「え? セーニャ、あんた私が解るの!?」

「ふふ。何年、私がお姉様の妹をしていると思っていますの? ちょっと姿が変わったくらいで見間違えたりはしませんわ」

「……一六年。私とあんたが生まれただけの年月ね。バカ、本当に紛らわしい。私はてっきりあんたが!」

 膨れっ面となるベロニカに微笑むセーニャ、見ていて絵になる姿が美しい。

 とはいえ、カミュからすれば見れば見る程におかしな図式だった。

「なあ、お取り込み中の処を悪いんだけどよ。セーニャってのは妹だって話だった筈だが、いったいこりゃどういう事だ?」

 二人は立ち上がる。

 ベロニカは確り立って、セーニャはすぐ後ろで中腰だったが、それでも顔半分くらい高めだったり。

「実は私とセーニャは双子なのよ」

「いや、双子にすら見えねーっての」

「私がこんな見た目になっちゃったのには、ふかーい訳があるのよ。私を浚った魔物はね、此処をアジトに沢山の人を浚ってきては、魔力を吸い取って集めていたみたいなの。私は魔力を吸い尽くされない様に耐えていたんだけど、そしたら年齢まで吸い取られちゃったみたい。それで今はこんな姿になったって訳よ」

 『やれやれ』とばかりに身振りをするベロニカ。

「という訳で、私はこれでもれっきとした年頃なの。これからは子供扱いなんてしないでよね!」

「僕は最初から子供扱いはしてないよ。とはいえ……見た目がアレだから流石に公で大人みたいに扱えないんだけどね」

 ユートは苦笑い……

「事情は理解したけどさ、お前は身体がそんな状態じゃこの先、やっていけないんじゃねーのか?」

 カミュが言う。

「まあね。だからあんた達にはあの魔物から私の魔力を取り戻すまで付き合って貰うわよ」

 両手を腰に無い胸を張りながら主張するベロニカ。

「私からも是非ともお願い致します。回復呪文が使えますから皆様のお手伝いをしますわ」

 セーニャも一礼をしてから庶幾(こいねが)う。

「ああ、問題は無い。元よりその心算だからね」

「やる気満々だなユート」

「ベロニカの本来の姿とかセーニャを見りゃ、楽しみになるだろう?」

「そこかよ……」

 ガックシと項垂れてしまうカミュだが、これだからユートだとも云えた。

 口には出さなかったが、ユートとしてはベロニカのホムラでの科白も気になっていたし、どうせ別々になる気が彼女には無いと考えてもいた。

(やっぱり、妹のセーニャも美少女だよな。カミュと二人旅は愉しくもあったけど味気無かったし、これで更に愉しい旅になるな)

 不埒な事も同時に考えていたりするが……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 迷宮を更に進む。

「タホドラキー撃破!」

「此方もセーニャと一緒にドロルを斃したわ!」

「はい!」

「ドロイドを斃したぜ!」

 四人パーティとなって、効率も良くなったらしい。

 セーニャにも装備品としてはちょっとだけ良い――初期装備の槍より強い――槍を与えられ、呪文を使う際にはロッド系を扱うながらも槍を振り回して敵を貫いていた。

 ベロニカより腕力があるセーニャは、【バトルフォーク】を使い熟している。

 また、ベロニカは腕力が小さいが鞭を扱えると先程聞いたユートは、後々にはサブウェポンとして現在はメインウェポンとなる様、別口で【魅惑のリボン】を渡しておいた。

 ベロニカは魔法使い。

 やはりメインは呪文で、武器は杖が一番だからだ。

「ベギラマ!」

 ユートの閃熱呪文の熱が拡がり、魔物を次々と焼き殺していく。

「やるじゃない……」

 【ラムダ最強の魔法使い】と自ら任じるベロニカではあるが、ユートのベギラマを見て少し汗が流れた。

 どう考えても自分より巧みに呪文を使うから。

「ヤミ心あればカゲ心!」

 命の大樹の根から情報を得て、必要な合言葉を言うと開かれる扉。

 中を覗けば、青い魔物がシャドウ系の魔物を叱り飛ばす姿が見られた。

「あの魔物か?」

「ええ、間違いないわ」

 ベロニカが頷く。

 扉の向こうでは魔物がキレて叫んでいた。

「バカ共が! まんまと逃げられただと? クソが、あのベロニカって女は只者じゃねぇ! 桁外れな力と極上の資質を秘めた百年に一度の逸材よ! あの女の魔力を全てお納めすりゃ、いずれ現れる魔王様の右腕だって夢じゃねぇってのによぉ! それを……それを手ぇ前ぇらはぁっっ!」

 クワッ! 魔物の咆哮がシャドウっぽい魔物を吹き飛ばさん勢いだ。

「あの壺……ひょっとしたらあれか?」

「そう、私の魔力はあの壺の中の筈」

「成程……な」

 ユートは思案する。

「にしても、魔王だと?」

 カミュの関心は魔王≠ニいう名前。

「作戦は決まった」

「作戦?」

「ああ、よく聞いてくれ」

 作戦の説明を始めた。

 ベロニカ達はその内容に納得したらしく、作戦開始をすぐにでも行う事に。

 バン!

「な、何だぁ?」

 開かれた扉の前に立つはカミュとセーニャ。

「大人しくして貰うぜ!」

「何だ何だ、このデンダ様のアジトに勝手に入り込みやがってよぉ!」

 作戦の概要は……

『まず、扉を勢いよく開けて僕とベロニカを隠す様にカミュとセーニャが仁王立ちしてくれ』

 これが第一段階。

 ヒュルルッ!

 まるで雷の軌跡の如く、ジグザグに鎖が飛来した。

「うおおっ!?」

 驚きのデンダを放って、三角の先端が付いた鎖――角鎖が壺に向かう。

 ガシャァァンッ!

 呆気なく鎖により壺が砕け散った。

『僕は二人の死角から星雲鎖を放つ』

 これが第二段階。

 壺から魔力が溢れ出る。

「今だ!」

「了解よ!」

 ベロニカがセーニャの後ろから飛び出し、溢れ出た魔力へと突進をした。

『加速呪文のピオラを掛けるから、ベロニカは壺から魔力が溢れたら突っ込め』

 これが第三段階。

「でやぁぁぁぁっ!」

 魔力の中へ飛び込む。

 果たして、魔力は無事にベロニカへと戻った。

 背丈……年齢は先程までと変わらないが、うねりを巻く魔力がベロニカの体内を奔っている。

「戻った!」

「よし、最終段階(ファイナルフェイズ)だ!」

『事を成したら、さっさと魔物退治と往こうか』

 魔物――デンダを出し抜いたパーティは、ユートが一気に取り巻きを潰す。

「ベギラマァァッ!」

『『ギャァァァッ!?』』

 取り巻きの魔物が死ねば残るはデンダのみ。

「よくも私の魔力を奪ってくれたわね!」

「許せませんわ!」

「覚悟しな」

「さぁ、お前の罪を数えろってな!」

 こうしてデンダとの戦いが始まる。

「お、己れぇぇっ!」

 まるで挑発……というか挑発そのものな科白により更にぶちキレたデンダ。

「うらぁぁっ!」

「チィッ、させるかよ!」

 カミュへの攻撃、だけどクロスブーメランを盾代わりに、自ら後ろに飛びながらも受けてダメージを免れていた。

 だが然し、怒り心頭なのはデンダだけではない。

「メラッ!」

「ぐあっちゃーっ!」

 火炎には耐性が全く無いデンダだったから、可成り効いたらしい。

(ほう、初級呪文でも弱点を突けばダメージも大きいとはいえ、上手く選択したもんだね)

 初級火炎呪文のメラ。

 魔法使いなら最初っから覚えている呪文でもあり、威力も謂わば最弱でしかない最下級の呪文。

 小さな火球を放つ対個人の呪文という事もあって、ナンバリングで初めて出たドラクエVでは、新しいのを覚えたら使われる事などまず無いくらいだ。

 大魔王バーンならメラでありながら、メラゾーマをも越える威力を出せてしまう訳なのだが……

 ベロニカのメラは残念ながら、一般的なメラミにも届いてはいなかった。

 それでも平均的な魔法使いのメラの数倍の威力は、確かに自らを最強と任じるだけはある。

 そして最強を自認するなら弱点を突くくらい普通。

 尚、ユートではない本来の勇者ではベロニカと同じレベルだとして、同じメラを放っても威力的には全く敵わない程度である。

 デインならばベロニカのギラ並の威力だけど。

「うらっ!」

 カミュがクロスブーメランを投げ付ける。

「ゲハッ!?」

 意外なまでの威力。

「バギ!」

 セーニャにより真空の刃を持つ竜巻が放たれた。

「グオオオッ!」

 デンダが切り刻まれる。

 こうしてデンダと戦う前に多少なりレベルを上げ、セーニャもバギくらいは扱えるようになっていた甲斐があった。

「何故だ、人間如きにこうまでやられるなどとぉ! カハァァッ!」

 血に塗れながら余りにも余りな出来事に、デンダは歯軋りしながら叫びつつも冷たい息を吐く。

「人間を余りなめるな! 防御光幕呪文(フバーハ)ッッ!」

 大気中に存在する僅かな光子を結晶化、それにより光の幕として炎や氷による攻撃を軽減する呪文。

 呪文の特性上から熱気や冷気を遮断する為、砂漠のカンカン照りや寒冷地での寒さも防げる為、ユートはイシスやグリンラッドなどに向かう際は、この呪文を身体の周囲に展開して暑さや寒さを防げた。

 まあ、暑さは火の精霊王との契約から普通に防げたりするが、やはり寒さまでは防げなかったから。

「ば、莫迦な!?」

 驚愕するデンダ。

 ユートが呪文を紡ぐ。

「ま、待て! 何だそれは……何なんだそれは!?」

 バチバチとスパークする電撃と、煌々と燃え盛る炎の呪文のコラボレーションであったと云う。

「右手にメラミを、左手にはライデインを……」

 両手を合わせて呪文を混ぜてしまう。

「合体……メライデン!」

 火雷球と化した呪文を、ユートは情け容赦なぞ全く無くデンダへと放つ。

 ドゴォォォォンッッ!

「う゛ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ!」

 メラミとライデインを足して更に倍する破壊力は、既に死に体だったデンダの細胞の一片すら焼き尽くしてしまうのだった。

「汝の魂に幸いあれ……」

 呪文がデンダに炸裂したと同時に踵を返しながら、ソッと瞑目をして口にする決め科白……

 必殺であったと絶対的な自信があるからこそ。

 因みに、殺り損ねていたら赤っ恥待った無しだ。

 デンダは今際の際すらも赦されず消滅していた。

「合成呪文? しかも一人で放つ……ですって?」

 ベロニカが茫然となる。

 メラとバギでメラハリケーンといった攻撃は可能とされるが、通常では基本的に二人組で放つ呪文だ。

 一人でやるものなどでは決して無い。

 何故ならそれは、二つの呪文を同時に展開しなければならないからだ。

 両手にペンを持って違う文字を同時に書けと云うに等しく、それがどれだけの困難を極めるかは想像にも難くはあるまい。

 自身の内に流れる凄まじい魔力、魔法習得の才能といった観点から最強を以て任ずるベロニカだったが、これには驚愕しかない。

 しかもレベル的な問題から初級呪文しか使えてない自分だが、ユートは中級の呪文を扱っていた。

 後塵を拝するには彼女の矜持が赦さない。

 然しながらベロニカには無駄な傲りは無かった為、ニヤリと口角を吊り上げて呟いた。

「面白いじゃない……」

 ブルリと奮える。

 それは間違いなく興奮をしていた証しだろう。

「お姉様、魔力は戻りましたのにお姿が……」

「ん? ああ、年齢までは戻っていないみたいね」

 セーニャが心配そうに近寄ってはくるが、ベロニカ本人はあっけらかんとしたものだ。

「まあ、仕方がないわよ。数年ばかり若返ったと思って愉しませて貰うわ」

 ベロニカも女だからか、年輪を重ねるのはやっぱり思いもあり、若返ったのも多少は嬉しいらしい。

 とはいえ、三十路四十路ならまだしも二十歳にすら達していなかったが……

 指先に火を灯す。

「それに、今の私には全身に魔力がギンギンと漲ぎっているわ」

 魔法使いだから身長的な問題も、近接戦闘者に比べてハンデにならない。

 何処ぞの格闘鼠に比べ、戦闘に影響しないのだし。

「つまり、魔力の問題は無くなった……だから気にしないわよ。ちょっと背丈が足りないのだけどね」

 ユートを見遣りながら、ベロニカは呟く。

「まあ、お姉様ったら……ですが小さなお姉様も何だか可愛らしくて、愛しく思えてきましたわ」

 セーニャもコロコロと、お嬢様みたいに笑う。

「処で……ねぇ、お姉様。ユート様の事には気付いておられまして?」

「ええ、勿論よセーニャ。流石は私の妹だわ、アンタも気付いたみたいね」

 ニヤリと笑う。

 ベロニカとセーニャは、ユートの前まで歩いて来ると跪き、ベロニカの杖を挟んで互いの手を合わせて、顔を上げながら……

「【命の大樹】に選ばれし勇者よ、こうして貴方と御会い出来る日を待ち望んでいました。私達は勇者を護りし使命を負って生まれた聖地ラムダの一族。これからは命に代えても貴方を御護り致します」

 二人は同時に口を開き、自らの使命を話した。

 更にセーニャが言う。

「ユート様、貴方は災いを呼ぶ悪魔の子などでは決してありません。里の者からも聞かされていましたわ、私達姉妹が捜し求める勇者とは、瞳の奥に暖かな優しい光を宿していると」

 ベロニカも口を開く。

「ま、私は最初にアンタを見た時から全部を解っていたけどね」

 ユートは姉妹わ見つめ、ちょっと考える。

(優しい光を宿した瞳? やらしい光なら宿していそうだけど……ねぇ)

 この世界放浪をする前、クトゥルーに犯された経験から性欲が強まっており、ハルケギニアの方でも多くの愛人側室正室を問わず、淫らな宴を開いていた程のユートだけに、数年分程を小さくなったベロニカも、元のベロニカと似た風貌なセーニャも、美味しそうな果実に見えるくらいだ。

 ソコへカミュが加わる。

「勇者を護る聖地ラムダの一族か。俺の読みの通り、どうやらマジにお前は世界を救う勇者ってやつだったみたいだな」

 予言がどうのと言っていた関係だろうが、それでも半信半疑とかだったのか、カミュも少し安堵したらしい笑みを浮かべていた。

「ユートなはまだ話したい事が一杯あるんだけどね、その前にもうちょっとだけ私に付き合って。ルパス……ルコのお父さんがここからしか入れない部屋に捕まっている筈だから、一緒に捜しましょう」

「ああ、ルコを余り待たせても可哀想だからね」

 それには賛成だとユートも頷くと、ルパスが居ると思われる部屋だか牢獄だかを捜す事になる。

 まあ、アッサリと見付ける事が出来たのだが……

 その前にセーニャの防具を【魔法の法衣】に変更、取り敢えず呪文用に持った杖の他に槍を持たせた上、少しでも力を上げさせようとデルカダール神殿で得た【力の指輪】を持たせる。

 何故か左手の薬指に。


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