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坂井が嫌いだった、チャラチャラした軽薄そうな奴は嫌いだった

自分の理想とする人生を手に入れる為の努力を邪魔されるのが、何より大嫌いなのに

一体何でこんな事になってるんだ、と諸星は思う。


まだ高一と言えど、日々の積み重ねを怠ると、土台が崩れて行き、後から歪みが出て来てしまうという事は分かっている。
学校から、塾の講師から、親からいつも言われている事だ、いつだって正しいのは成功した大人の言葉

ちゃんと分かってるのに、ちゃんと分かってるはずの自分が、まだ午前中だというのに家を出、参考書も開かずに誰の家かも分からない場所居る事。

矛盾している自分の行動が、諸星の頭を悩ませた。


ここはどこ、私は誰?いや、僕は諸星千鶴。

じゃあ、あなたは誰?

あなたは


「オレ?」


気が付いたら、純白に主張された真っ黒な二つの瞳が諸星を覗き込んでいた。

スローな瞬きが二回、密集した濃い睫毛が動く。

考え事をまたも声に出していた事に諸星は気付いていない



「オレはアジト」


なかがわ、あじと、今の所はなー、と淡々と言葉を続けたなかがわだったが

その動く薄ピンクの口に目が離せない諸星の耳には一切届いていなかった。





【言葉に出来ないきもち共】




坂本から一方的に出動の指令が出たのは一夜明けた今朝の事だった。

時刻はまだ7時、辛うじて起きていた諸星だが、早朝の知らない番号からの着信にモチベーションが下がったのは確かである。



「お疲れ、オレオレ」


「昨日の奴だろ!なぜ僕の電話番号を知っている!?」

「ああ?昨日赤外線通信しただろが、しっかりしろや樫木」


呆れたような坂本の声に、苛立ちながらも諸星は段々と昨日の記憶を蘇らせる。
赤外線通信、したか?

正直、坂本の言葉が嘘だと言い切れる自信が無かった。

昨日アパートの前で坂本達と言い合ってた所までは自分の心情も含めてハッキリと覚えている。
問題はその後だ、突然の出来事によってシャットダウンされた自分の思考。

僅か5分程度の出来事、一カ所だけがクリアでそれ以外の景色がぼやけた。

その5分の間、そういえば坂本という男にされるがままのようだった気がする。
馬鹿な、手品でもあるまいし、そんな事が本当にあるのだろうか



「てわけで、昨日のアパートに9時から行って、初出勤ご苦労」


「何言ってんだ、僕は行かないとあれほど言っただろ」

「ふざけんな昨日するっつったべ、テメエ牛嶋くん寄越すぞオラ」 


「へ・・?する、って言った?僕がか?」


まさか、この僕が、あのヤンキーをまともに相手にしたというのか?

嘘だ、しかし思い出せない。
空白の5分間が、諸星を苦しめた、あの5分間で思い出せるのは白い光のオーラを纏った天使の顔だけ

まるでクリスマスイルミネーションのような、宝石のオーラ。


「で、あいつにも9時に来る言ってるから、あ、制服で行ってねこれ重要だから」


「あいつって・・?」


「昨日会わせたべ、んじゃオレはもう寝るバハハイ」


一方的に掛かってきて、一方的に切られた電話。

無音になった機械を見つめる諸星の心の中には今までに感じた事のないような物が渦巻いていた。



「誰が行くか、馬鹿が」





携帯を机の上に置き、頭をガシガシと掻きむしった後自室を出た諸星千鶴。


しっかりと制服に袖を通し、時間通り例のアパートに再び訪れてしまった二時間前の姿である。



アパートを訪れて一時間経過した現在、諸星は、まるで夢から覚めたような気分になっていた。

頭は次第に冷静さを取り戻し、いかに今自分が無駄な事をしているかを考え、心の底から後悔する。


そして、なぜ根本にある意思とは無関係に行動してしまったのか、原因を探る。

恐らく、原因だろうと思われる存在、今目の前で寝転びながらタバコを吸う男。
自分がここに来てから今までほとんど会話は無い、自分自身ここに寄越される意味が分からないのだ、チャイムを鳴らして出て来たなかがわに諸星は掛ける言葉が見つからなかった。

しかし、何も言わずに玄関に立つ諸星の訪問にも、一切感情を漂わせるリアクションを取らずに、ただどーぞとだけ告げたなかがわは、それから一切諸星に絡む事は無く、まるでこの部屋に居るのは自分一人とでもいうように悠々自適に過ごしている。


諸星のする事と言えば、本当にただの見張りだ。
先程からずっと寝転がってあまり動きもしない爬虫類のような奴を、何故貴重な時間を裂いて見張らなければいけないのだろうと諸星はこめかみが痛くなってくる。


そもそも、なぜ昨日はこの男が天使に見えたのか、諸星は謎だった。

今は目の前でタバコを吸う男はどう見ても自分と同い年位の男で、ただの頭の悪そうな奴だ。
派手に脱色した髪の毛先は痛んでいる、天使の髪はきっと人工的に加工なんてしていない。

次から次に火を付けるタバコ、天使は絶対タバコなんて吸わない。


まあ、ただ色は本当に白い、粉雪みたいにサラサラとした白だ。
その割に濃い睫毛は筆ペンでなぞってあるみたいだ。
眼球のほとんどを占める黒の端に見える白目は青みががってグラスに入れた牛乳みたいだ。



原因を探るはずが、気がついたらこんな事を考える流れになっている頭。
時計を見たら、知らないうちにそれで20分程経っている。
この一時間はずっとこれの繰り返しだ。

諸星は夏の暑さと勉強の詰め過ぎで自分はおかしくなってしまったのかと恐怖する。

カウンセリングを頼もうか、しかしここで負けてはきっと将来挫折する。


原因を探らねば、とリベンジに挑む諸星千鶴。



そして冒頭に戻る。



「ずっと喋らねえから、変な人なのかと思ってたわ」

「は?」


ピンク色から意識を覚醒させた時には、なかがわは起き上がって諸星から視線を外していた。

薄笑いを浮かべながら告げられたなかがわの言葉に、諸星は猛烈に反感を感じる。

変な人はどっちだ、家に入れておきながらずっと寝転んだまま起きないで
男のくせに変な顔しやがって

心の中では不満を撒き散らしたが、なぜか口には出せない。



「ま、坂本君差し金なら変な人に決まってっしな、いいんだけど」


「おい!僕のどこが変なんだ!」


「何考えてんだ、あの人」


ようやく抗議出来たにも関わらず、会話が成立しない。
諸星は苛立ちを覚え、もう絶対自分から話掛けてやるかと再び仏頂面を続けた。

そんな諸星もお構い無しに、なかがわは部屋の隅まで膝立ちで移動し、小さな引き出しの三つ目を開けて何かを取り出す。

突然の気になる行動だったが、諸星は意地でも気にしてる素振りを見せてやるかと不自然に視線を反らしていた。


なかがわが引き出しから取り出したのは一冊の大学ノート。
随分ボロボロで、所々のページが色褪せている。
部屋の隅に移動したなかがわは角に背をもたれる形で座り、微妙に微笑んだままペラリとノートをめくった。


沈黙が流れる空間の中、さすがに諸星はそのノートが気になる。

ペラリペラリと一ページづつそのノートに視線を向けるなかがわ。
相変わらず、こっちの事を伺う様子は無い、思わず横目で見た。



「気になる?」



一瞬の視線に素早く気付いたなかがわは、にやりと悪戯っ子のような企み顔で、諸星に声を掛ける。

突然話し掛けられた諸星は、動揺して、なかがわから視線を遠くにやった。




「これは日記だー」



「日記?」



諸星の態度を気にせずマイペースに話を続けるなかがわに、諸星は不覚にも返事を返してしまった。


なんだか負けた気がして、諸星は悔しさで眉間に皺を寄せた顔をする。




「良樹の日記」


良樹?誰だ、というか自分のじゃないのか、人の日記を勝手に見ていいのか

諸星の頭には様々な疑問が浮かんだが、意地でなかがわに返事を返さなかった。
けれど好奇心には負け、また日記を読むなかがわの方にチラリと視線を流す。



「くくくっ、おもしれー」


何なんだ、あの笑顔は


不意打ち、自分の顔が熱くなっていくのを諸星は止める事が出来ない。


初めて見た、本当に可笑しそうに笑うなかがわの顔に、諸星の心臓はドクドクと脈打つ。


駄目だ、その言葉が心を横切った。
駄目だ、駄目だ、駄目だ


同じ言葉の点滅、紐でぎゅうぎゅうに縛っていた何かが、緩んで行くのを感じた。


心に隙が生まれた、その時、まるで計ったみたいなタイミングで諸星に視線を向けたなかかわは同じ笑顔のまま尋ねる。



「ねえ、そっちは、名前?」


「諸星千鶴・・・」



呆然となかがわの顔を見つめる諸星の耳には、またもモロボシモロボシと繰り返すなかがわのその後の声は届いていなかった。

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あきゅろす。
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