68暗い所で煮込んだ昔話
なかがわを見失うなった四日間のストレスがトラウマになったオレ
良樹に会ってもらうまで、もうどこにも行かせはしないと奴の服を握りしめながら、良樹に電話する
「ケンくん、あんまり引っ張らねーでよ・・制服以外の数少ないオレの服」
「ちょっと黙って!服なんかオレがやるから!いくらでも!」
コールが三回、四回、頼む、ここまで来たんだ、出てくれ良樹
「何だ!」
八回目のコールでついに繋がったケータイ。
良樹の声は、オレの着信を目覚まし変わりに飛び起きたような感じだ
「ケンだよ!」
「誰だ!?」
「ああ、もう誰でもいいよチクショー!!良樹、今から言う所に来て、なかがわに会ってくれ!」
「なかがわって誰だ!?」
そうだった、良樹はなかがわの事を、なかがわが忘れていった偽造パスポートに記載されていた名前、世界イチロウだと信じているんだった
世界イチロウなんて怪しげな名前になんの不信感も抱かないなんて
やっぱり良樹は凄いぜ
「あああん!なかがわ!とにかく行ってさ、お前が世界イチロウだって良樹に説明してよ!」
「だからさー、さっきから聞いてるけど良樹って誰よ。」
お前があれだけ会いたがってた星の人だっつーの!!
【暗い所で煮込んだ昔話】
すぐに届く所まで来てるというのに、なかがわと良樹を会わせるまでは結構大変だった。
あの子達は、本名すら知らないまま、何の手がかりも無しにお互いを探して
頼れるのは一夜限りの記憶、どんな事を話したのかは本人達のみぞ知る。
名前なんて何でもよくて、何者かなんて誰でもよくて
その瞬間に目の前に居た相手を信じた、星がキレイな夜。
まるで現代のおとぎ話みたいだ。
「坂本、これからどうする?オレんちにお前がタイマー録画でDVDに撮り溜めしてる番組がいっぱい溜まってるよ」
「え、夜はこれからなのにもしかして、今からそんなの見るなんて言ってんの?お前って、ホントお馬鹿ね」
坂本が疲れたつってたから、オレなりにこいつが喜ぶかなと思う提案をしてやったのに、鼻で笑われむかっとくるオレ。
さっきまではあんなにいちゃついてくれてたのに、やっぱりケンラブまでの道は険しいよ
「あ、もしもーし、最近お前湿度高すぎだから、楽しい事してあげる。今からセージくんの店に来いや」
とほほなオレをよそに、誰かに電話を掛け、どこかに呼び出し始めた坂本に
やっぱりオレは大人しくついていくしかなかった。
床に転がる酒の瓶、スプレーで落書きされまくった壁にぶつかって響くハードな音楽。
いくら聞いても目的地を教えてくれなかった坂本に連れてこられた場所は、暗くて足元が悪いダークな雰囲気のクラブ。
坂本を見失しなわないように、足を進める度、すれ違う、目の据わった奇抜な格好の人達に睨まれ、心細くなるオレだった。
「坂本、さっき誰に電話してたの?」
「夏休み入ってから、家で中学時代の写真ばっか見てる欝気味の人、あ、せーじくーん。」
話している途中で、坂本は誰かを見付け、名前を呼びながら低く手を上げる。
坂本が声を掛ける方向に視線をやれば、ピンクのかつらを被り、ピチピチのエナメル色のワンピースを着たなぜか星がついたステッキ持つ少女と
少女と話している全身入れ墨だらけで上半身裸、ヘソにマサイ族のようなピアスを付けたモヒカンの男性。
どっち!?坂本はどっちに声をかけたのだ?
わからないけど、どっちでも不安だ!
「あらら、明男じゃん、久しぶり〜、フミ君元気?最近誘っても全然遊んでくれないのよ」
「あいつは、パーマで髪痛み過ぎて黒髪にツヤがないって落ち込んでるから人前に出たくないのよ、誰もそんなとこ見てないからってメールしといてやって」
坂本の声に反応したのは、モヒカン男の方だった。
少女の方は坂本存在に気付いた後気を使ったようにどこかへ行く。
親しげな様子の二人をぼーっと見詰めるオレ、一体この人は坂本とどういう知り合いなんだ
「ケン、こいつ、セージくん。明文の友達でここのオーナー。」
「え、ケンくんかわいー。ちょっとお腹見せて、ストリッパーになりたくない?」
オレが着ているTシャツの裾に手を掛けようとするセージ君
いくら馬鹿でもストリッパーになっちゃったら、さすがにかーちゃんが泣くぜと、オレは寸前でそれを阻止した。
「いいい!!そんな見せる程のもんじゃないです!」
「あらら、まあ気が向いたら面接させてよ」
「ねー、セージ君、最近この辺で坂本の了解も得ないで遊んでるような礼儀知らずの若者集団が居たりする?」
「さー、セージくんもうオッサンだから最近の若者については全然わからんわ、何?なんか迷惑な事やってる子供達がいんの?」
「まー多分ね」
「もし見付けたら、オレにも教えといてよ、ここを市場にされちゃ困るしね〜」
少しの会話の後に、セージ君はゆっくり遊んでって〜と言って人ゴミの奥に去っていった。
オレ達はその辺の適当な椅子に座り、暗い室内で騒ぐ若者達を眺める。
坂本はテーブルに肘をついて、オレらと同い年くらいの若者が通る度に、視線で追っていた。
それからしばらくして、オレら二人だった狭いテーブルに、一人の男が近づいて、余った最後の椅子に一緒に腰かける
緩いウエーブの隙間からオレ達を覗きこむ目は、人ゴミからオレ達をやっと探し出した事を物語る迷惑そうな色だった。
「楽しい事って何だよ〜、たえが黒やんちにまだ居座ってる事より楽しい事?」
着席と同時に、タバコを加えたらんに、坂本は口を閉じたままニヤリと笑い、片目を閉じて呟く。
「そ、まだこれからよ」
よいしょ、と静かな勢いをつけて椅子を立ち上がった坂本は、オレとらん二人を残し、人ゴミの中どこかを目指して歩いていった。
坂本が消えたテーブルで、二人きりになったオレとらん。
らんと会うのは、あの日、黒やんちでたえさんと会った以来だった。
らんはオレに視線をやって軽く微笑み、タバコを唇に挟んだまま頬を両手で包む。
「ケンケンの行動って、本当わかりやすくて助かりまっせ〜」
「そーかい・・」
「あの日さ〜タバコ買いに行ったまま戻って来なかった時、たえから何か聞いた?」
らんが、オレの目から視線を外さないまま、小声で尋ねる。
オレの言葉を受け止めようとする態度とは裏腹に、瞳には小さな子供ような怯えが浮かんでいた。
「聞いた、そんで、オレには分かっちゃった。たえさんが事細かに話してくれたから、なんかオレがらんになっちゃった気がして、馬鹿みたいだけどオレまでへこんだよ」
「黒やんが、誰かと付き合った時点でさ」
らんは、自分の口からゆらゆら上る煙りを見つめ、過ぎ去った時間を遡る。
こいつが今どこに居るか、オレには見えた。
雨が降る夜の小さな小屋、らんとたえさんの心がまだ点滴の雫のように細い管で通いあってたかもしれない頃の、最後の会話。
「誰か一人を特別に好きになった時点で、ある程度の覚悟を持って、黒やんの傍にいなきゃいけなかったんだ、本当は」
らんは、信じていたかった、自分の想いを底無し沼に葬る前に
水面に映る、自分そっくりな誰か、君は思う?
黒やんより、背が低かった頃、歩幅の違いでいつも黒やんより少し後ろを歩いた。
黒やんは、歩きながら、道を間違えていないか、何回もらんを振り返りそこに居る事を確認した。
それは、一番大切な記憶。
いい事なかった日も、自分の居場所を確認するために何度も再生していた映像。
黒やんが、誰かを愛しても、何人愛しても、ちゃんと後ろに居る事を確認して歩いてくれるのはオレだけだ
沈みゆく想いと引き換えに、自分の居場所が揺るがない事を信じた
「黒やんはオレを絶対に見捨てないでいてくれる、でもそれは愛してんのとは全然違う。」
分かってるよ
「ほんの少しでも履き違えたら、駄目だったんだよ」
お前の声が聞こえる
想いは生き物だ、生きてる限り、物みたいに沈めるのは無理だったんだ
暗い沼を泳いでも殺す事の出来なかったらんの想いは、今でも一人ぼっちでぷかぷか漂いながら、身をひそめて生きている。
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