67カドデをいわって
数分前まで、オレと坂本の愛の空間だった場所は
現在、言ってる本人達でさえ、白々しいと感じる、言い訳の空間となっている
「なかがわ!あれだよ!ほら、坂本がどうしても歩きたくないっつーから!オレに抱えて帰れって言ってたんだ!ヒドイよね!あはは・・」
「うん、オレ歩きたくない」
「オレは絶対抱えない!って座り込んで拒否ってたら、首噛んでくるしい!いやー危なかったオレ!」
「うん、首は急所」
何も聞かれたわけじゃないのに、いきなり説明を始めるオレ達二人をなかがわは、未だポカンとした顔で見つめる。
あああ、なぜオレにはここまでトークの才能が無いのか!!
気休めは承知だが、粗末過ぎる。
「へー相変わらずー。夏休みくらい普段と違う事して遊べばいいのに」
ところがどっこい、納得って展開も有りなのか
自分が思ってる以上に、周りは自分の事を気にしていない、という名言をオレは胸に刻んだ。
【カドデをいわって】
坂本に会ってから、思いもよらないハイスピードで、解決してしまった、那賀川アジト行方不明の件。
制服姿じゃない、なかがわを見るのは初めてだ。
今日の格好は、黒いTシャツに黒パン、色白のこいつが身につけていると、余計に黒が強調される
頭の白いムギワラと、手のヒマワリは鮮やかで、胴体と対象的だ。
「なかがわ、今日真っ黒だね」
「ソーシキでも行ってきたの?」
いつもとは違う雰囲気の格好に、オレと坂本はヒマワリを二本くるくる回すなかがわに尋ねた。
勿論、今は普通に横並びで座っている
「そうそ、ちょっと葬式があって、軽井沢に行ってた。」
上を向いて、そう言ったなかがわは、ヒマワリを一本上に投げ、また片手でキャッチする
「軽井沢?えらい遠出だな、その間オレ電話掛けたんだけど、繋がらなくて、何かあったのかと思ってた。」
「ああ、オレのケータイさー、無くなりそうになると、必ず新しいカード持って来てくれる人が居るんだわ、でも今回来なくて、電話してみたら、その人が危篤だって教えられてそれで急いで軽井沢まで行って来た。」
「え、その人がお前のケータイ代払ってたの?」
「ケータイ代だけじゃなくて、全部。表社会でも裏社会でも物凄い権力持ってる人だったから、冗談で高校に行きたいって言ったら、いつの間にか赤高に入学出来るようにしてくれたのも、その人。」
ずっとヒマワリを弄びながら、話すなかがわの顔には、 悲しみは浮かんでおらず、いつものようにうっすら微笑んでいた。
身分証明の無い、人間一人を簡単に高校に入学させられるような人物とは、一体こいつの何だったのだろうか
「その人って、どんな人?他人にそこまでしてくれる人なんて居るのか?」
「まあ、オレはその人と契約みたいなもんをしてたから、金とか仕事とか色んなもんと引きかえにー、オレはその人にもしもの事があった時命捨てて身代わりになる約束だった。」
「な!?何それ!?じゃあ、お前、命売ったって事?」
もしもの事ってどういう事?
確かに不思議だった、いつも、家が無い以外の事では特に困った様子のないこいつが、どうやって、生活を保っているのか。
今こいつが言った事だけで、充分、まっとうな世界の話ではない事が分かった。
なかがわは顔の前に一本だけヒマワリを向かい合わせ、光を放ってるような黄を揺らす。
「売ったと思ってたんだけど、変じゃない?オレ今生きてるし」
「変って・・」
「その人は死んだのに、オレは生きてる。命あげますって約束だったのにねー。病気とかじゃないんだ、通り魔に襲われて数日危篤状態でそのまま」
なかがわの顔から笑みが消えた、代わりに浮かぶのはやはり、悲しみというよりは、何かを思い返しているような表情。
そこに何が浮かんでいるのか、なかがわの心を探るのは、海に手を突っ込んで落とし物を探すみたいに難しくて
「通り魔って言うけど、多分そんなんじゃないんだよ。よく恨み買ってくるような人だったから。でもその人、オレに何も言って来なかった。危篤だって、オレが電話掛けなきゃ知らなかった。」
「え、それって」
「変だよねえ、いつも言われてたのに、もしもの事があったらよろしくって、だからオレは、本気でいつかこの人の代わりに死ぬんだろーなあって」
思って、そう呟いたと同時に、地面に一本のヒマワリが落ちる。
落とした方の手を、なかがわは驚いたように見つめ、その後直ぐにしゃがんでヒマワリを拾った。
「結局、急いで電車乗ったけど、遅くて着いた時にはもう葬式が始まってた。物凄い人がいっぱい居てなんか変な感じだったから、オレは式に参列しないで、一人でその人の寝室に居たんだわ」
なかがわは再び微笑む、数日前の光景を思い出しながら、奇妙だけど、どこか楽しそうだった。
おちゃらけたような格好のせいかも知れないけど、楽しそうで少し嬉しそうだった。
「そんで、見付けちゃったんだよねー、オレの写真。なーんにも入ってない引き出しの中に一枚だけ、いつ撮ったんだよって感じの、どっかの飲み屋でオレがすげー笑ってる顔の、全然思い出せないけど、それ見た瞬間、オレがなんだったのかちょっと分かった」
「何が、分かったの?」
「結婚もしてない、子供も居ない、身内もみんな疎遠で、金と権力は有り余るほど持ってるプライド高けー60過ぎのばあちゃんが、オレに求めてたもんは、最初っから心臓なんかじゃなかった」
なかがわと、その女性が出会ったのは、二年前の冬、ちょうど、坂本達から姿を消した頃
おっかない、おばあさんだった。
派手な格好が凄く似合って歳の割りに綺麗な人だった。
いつも電話で、誰かに怒っていて、あまり喋らないクールな人だったけど
なかがわの話に、たまに笑っていたという。
なかがわが、その人を思い出しながら、淡々と言葉を繋ぐ度に
会った事もないのに、その人の姿が見えてくるような気がした
「あー、そうか、死んだっていう事はー、もう居ない、だよね。もう、会わないし、もう、オレは何もしなくていーわけだ。」
今更な事を、確認するみたいに、なかがわは切れ切れに呟く。
言葉にしても、まるで、実感出来てないみたいななかがわに、オレはそれ以上何も尋ねる事が出来なかった。
「でね、寝室に居る所、その人の家の使用人に見つかっちゃってー、追い出されるかと思ったら、何でもいいからその人の物持っていけって、言われてこれ貰ってきた」
黒目だけで、上を向くなかがわの視線の先には、ずっと気になっていた、白いムギワラ帽子。
木漏れ日に光るそれは、なかがわの頭には少し大きくて、首を動かす度に軽く揺れる。
「庭に生えてたこれも、二本貰ってきた、夏だからすげえいっぱい育ってたけど、オレ手ぶらだったから二本だけ、あ、二人にあげるよ」
そう言って、なかがわは両手でオレ達の前に一本づつ、ヒマワリを差し出す。
ずっとくるくる回されていた、小さめの太陽は、ぴたりと止まってオレ達に顔を向けた。
「二人のカドデをいわってー、なんてねー、よくその人から来るメールに書いてあったんだけど、ねーカドデをいわってってどういう意味?」
ヒマワリを差し出しながら、オレ達に尋ねるなかがわのこの日一番の笑顔に
オレはその中に、ようやく初めてなかがわの悲しみを感じ取った。
受け取る手が震えて、躊躇するオレの横で、坂本はヒマワリを乱暴に掴み取り、その勢いで、ヒマワリを使ってなかがわの頬を叩く。
「わお、て全然痛くねえよ」
「滋賀良樹に会ってこい、今すーぐーにー」
「滋賀良樹て誰?」
「アホ、そんな事考えてる間にまた死ぬかもしれねーだろ!」
また、無茶苦茶な事言う、まずは滋賀良樹が星の人だと教えなければ、なかがわだって、どうにも出来ねーだろうと思ったが
オレも今すぐ、なかがわに教えてあげたい。
良樹がお前の事を待ってる、にせもんのパスポートに困りながら、この四日間ずっと
お前の事を待っている、と
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