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62広がれ、チエの輪!
オレがなかがわを我が家に招いていた丁度その頃

弱虫なオレがトンズラした黒川家は微妙に大変な事になっていたという。


らんとたえさんの事?


まあそれもある


黒やんが帰って来た?


まあそれもある。





【広がれ、チエの輪!】




オレが去り、たえさんが戻った黒川家は再び気まずいムードが流れ始めていた


たえさんは膝を抱えて沈黙、らんも相変わらず視線を揺らしながら無言

坂本は知恵の輪。


誰も言葉を発さない空間の中、坂本の知恵の輪の音だけがカチャカチャと耳障りに響く



カチャカチャ、カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ、カチャ、ガチャチャチャチャ



「あー!!もうずっと同じ方向に引っ張ってても外れるわけねーだろうがぁ!!つーか何で知恵の輪!?」

「うるせえ!なぜかあったんだっつーの!この家の床に!馬鹿兄弟のどっちかが脳鍛えようとして買ったんじゃん?文句とか疑問は黒川家に言え!」


二時間やってても一向に外れる気配が無く、だんだんとメッキが剥がれてきた知恵の輪を坂本はらんに投げ付ける


自分の足元に落ちた知恵の輪を拾いなんとなくかちゃかちゃやってみたらんに斜め向かいから視線が当てられた



「・・・」


「貸して、私出来るかも」

つまらなそうに知恵の輪を触っていたらんに、差し出される掌。

玄関での再開以来、約三時間振りにらんに投げかけられたたえさんの声は若干裏返って妙にでかかった



「・・・・」


たえさんの呼び掛けに引き続き無言のまま、知恵の輪を渡さないでいるらん。

しかし視線はバッチリあっている


「あ・・や、別にはずさなくてもいーか!ダイかたあが楽しみにしてるかもしれないしねー・・あははーあ・・」


「外して・・」


「あ・・・」


「得意じゃん・・こーゆーの、た、あ、タ、タ、・・ブース・・・」


たとだとしい口調でたえに返事を返したらんは、視線を反らすどころか完全に首を横に向けてたえさんに知恵の輪を投げる


弧を描いて飛んで来た、少し熱くなったそれをたえさんは両手でしっかりと掴んだ



「黒やんもたあも遅えね〜」


「こんだけ時間あったら余裕で鍵穴変えれたしねー」


「あきお・・やっちゃ駄目よ、あんた本当に出来るんだからそういうの」




緊迫した空気は限界まで達すると割れて全員知恵の輪にハマり出すらしい。



それから30分後、バイトから帰宅した黒やんの緊張はまだ破裂しておらず、初期段階もいい所だった

帰宅した我が家では二人の幼なじみと一人の元カノが無言で知恵の輪を回しており、余計に混乱する黒やん


「・・何やってんの?」



「脳トレ」
「・・・」
「ダイおかえり」


突然の再会でぎこちなく過ごしていた元カノと、その元カノと再会した日からなぜか避けられていた幼なじみと隙あらばすぐ我が家に何泊も滞在する幼なじみが

三人揃って大人しく知恵の輪をする光景はあまりにもシュール


「たえー・・メモに書いてあったやつ買って来たからー・・」


「ダイありがと・・これ難しいわ、初めてやる輪よ・・」


「ダイ、ケンの馬鹿がタバコ買い行って帰ってこないんだけと、どこ行った?択捉?」


「だからケンくんは、やる事思い出しから帰ったって言ったじゃん・・」


「何やることって、あいつのやることなんてウサギの餌やりくれーだろ」


「じゃあウサギの餌やりなのよ」



黒やんがたえさんに頼まれて買ってきた物が入ったコンビニの袋を、らんは無言で見つめる


音が出そうな程の視線が気になる黒やんだが、突っ込むのをに躊躇っていた

二日前の夜たえさんから電話が掛かってきて泊めて欲しいと言われた夜、その事を告げた途端にふらりとタクシーに乗って帰ってしまったらん


それから二日音信不通と思いきや、バイトから帰って来てみればうちにいる

せーごもたえの事を告げれば、変な表情で、突然だね、と言った。


なんで周りの様子がおかしくなんだよ、一番、一番動揺してんのはオレに決まってんだろうが


黒やんは結局らんに声を掛けないままタバコを持って玄関の外に出た


「あ」


「げ、まだうち禁煙?」


自分ちのドアの前で一服しながら頭を悩ませていれば、丁度帰宅した弟、民也。


「たえが居る間は・・」


「マジかよ・・ていうかさあ、たえいつまで居るわけ?」


「わかんねー・・」


「女連れてきにくいわ、禁煙だわ、悪りいけどぶっちゃけ迷惑」


「だってたえだぞ・・出てけって言えるか」


「オレなら言うよ、振っといたくせに突然また来て理由も言わずに住みついて、ヤラせもしない女に、あつかましい、って。」


黒やんの横に立ち、民也もタバコに火をつける。

民也の言葉に黒やんは頭をかき回しながら、ため息で煙を吐いた


「・・・言ってなかったっけ」


「あ?何が?」


「振ったのはたえじゃなくて、オレ」


「・・・・」


「・・・・」


「・・オレ兄ちゃんと恋バナした事あったっけ」


「フツーに知りませんでした言えや・・・」


「はいはいゴメンねにーちゃん・・」



黒やんと、たあが玄関先で片身狭く兄弟会議をしている間もずっと、らんはただぼんやりとコンビニの袋を見つめていた



「たえ、黒やん何買ってきたの?」


「えっと、色々、使う物を・・」


「ああんと、歯ブラシ、便箋、封筒、マキロン・・?(←本当はマキロンではなくコンタクト洗浄液)」


「ちょっと、あきお!勝手に見ない!」



「マルメン」


「え?マルメン?頼んでない・・」


「らんのだろ、パス」



坂本が放り投げたマルメンは、らんの膝の上にポンと落ちた。

らんは手に取り、指で箱の緑をなぞる


「なんで、オレ、今日、来るとか言ってない・・つーか二日電話も」


「どーでもいーだろ、マルメンはお前しか吸う奴いないからお前んだろ、違ってももらっとけ」



辛いのは


「うん・・オレんだよね」

ダメでもどーせ、ずっと好きだと分かっている、事



箱を握り締めたらんは、込み上げてくる物を、膝を抱えて閉じ込めた

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