60裏の裏の表
坂本と昔話を交わすたえさんの瞳は、たまに喋らないらんの方に心配気な色を宿して向けられている。
あまり内容が分からず相づちばかり打っているオレはずっと前からその事に気付いていた
その瞳の色が、この前の体育館での黒やんの目に似ていると、いう事も
【裏の裏の表】
正直、黒やんが帰ってくる前にオレは帰りたい
黒やんとたえさんが一緒に居るのを目の前にしたら、らんが今以上に落ち込むのは目に見えている
今黙ったままでいるらんは、坂本とたえさんの話に顔を向けたり、窓の外をみたり、最初よりは落ち着いた表情だったけど笑顔は無い。
関係無いオレがあまり出しゃばるのも嫌だけど
たえさんも、たえさんでなんで気にしている風なのに話掛けようとはしないのだろうか
刻々と時は流れていく中、進展しない場の空気にオレはだんだんと胃がキリキリし始めた
願わくばただ一つ、今の状況のままで黒やんが帰ってこない事、今のタイミングはちょっと微妙だ。
「あー・・あのオレ、タバコ買ってきまーす・・」
むず痒い空気に耐えきれず、ついにオレは言ってしまった。
タバコの予備はちゃんとカバンの中にあるのに
突然手を上げて発言したオレに、たえさんはキョトンとした表情でオレを見つめて笑う。
あれ、なんで笑うんだ。
もしかして、気まずがっている雰囲気がバレたのかとオレは焦り、恐らく苦笑いになっている笑みを返した
「すぐ・・戻ってくるんで」
「きみ、制服で買いに行く気?」
「え?あ?まあ」
たえさんが、笑ったのはオレの心中を察したからではない事が分かり、安心したのも束の間、自分が制服だという事を忘れていた事に気付く。
ああ、オレの馬鹿。
しかもそういえば、たえさんタバコ嫌いじゃん!
タバコじゃなくて卵って言えばよかったのかオレ
「そーだったー・・オレ制服じゃーん・・あはは・・」
「あはは!ケンくんて面白いね!しょうがないなあ、私が一緒に行って買ってあげるよ」
「ええ!?いや、だいじょーぶです!タバコくらい帰ってかーちゃんのタスポで買えるんで!!」
「いいの、いいの!私も一日家にいて体だれてたから、留守番がいるなら散歩行きたかったのよ」
戸惑うオレを前に、たえさんはすでに立ち上がり財布を探し出掛ける準備をし始める
なんでオレとたえさんが二人でコンビニに
確かに、らんがいる前じゃ聞けない事は山ほどあるが、二人になったからって聞けるってもんじゃないぜ
初対面だし、出掛けてる間に黒やんが帰って来てしまうかもだし
「でも、たえ普通に中学生だから余計買えないんじゃん」
「だから、私を中学生って言ってんのはあきおだけなの!!さーケンくん行くよー」
ああ、坂本、もっと引き止めてという心の中の訴えも虚しく、押しに弱いオレは、玄関でオレを呼ぶたえさんに慌てて付いていったのであった
まさか二人になる機会が訪れるとは思わなかった、さっきまで話の中の登場人物だったたえさんと
日が落ちて、町の灯りが目立ってきた景色の中、ガードレールに反って二人で歩く
たえさんは常に、あついねとか、もう夏だとか、らんにも黒やんにも関係ない話をしてオレもそれに当たりさわりない返事を笑って返した
「日本の夏は、久しぶりだなあ」
「あ、カリフォルニアに居たんですよね、いいなあ、うらやましい・・」
「うん、めちゃくちゃ楽しかった、海も街も人もよくて」
そう言って、たえさんはガードレールの奥に見えるちんけな海を見て呟いた
本当に見ていたのは、その海のもっと奥の、遠くの空だったのかもしれない
「聞いてもいいでしょうか・・?」
「え?なーに?」
「たえさんは、なんで日本に帰ってこようと、思ったんですか?」
らんも、まだ知らないと言っていた、その理由を、なぜ突然聞いてみたいと思ったのか、自分でもよく分からなかったがオレの口は急に勝手に動き出した
「・・辛かったからかなあ」
「楽しいんじゃ、なかったんですか?」
「うん、楽しかった、サーフィンするにも最高の場所で、最高のチームに入れてもらえて、最高の仲間が居て、だから辛かったのよ」
「どうして?」
「怪我しちゃって、もう私サーフィン出来ないのよ」
まるで自分に言い聞かせるみたいに、声を大きくしてたえさんは言う
「サーフィンするのに最高のものが全部揃ってる場所でサーフィンをしないで過ごすのが辛かったから、かな」
オレの質問に、一つ一つ偽りの無い言葉を、たえさんは答えてくれる
踏み込んだ事を聞いてしまったのに、なんだか驚きと申し訳無い気持ちが心の中で交ざり合い、何も言えないでいるオレは自分が情けなく感じる
「今、大学は休学にしてもらってて、この事を、親に話す為に一時帰国してるの」
「じゃあ、またカリフォルニアに戻るんですか?」
「話合いによっては、もうこのまま日本に居る事になるかも、まだ話せてないんだけどね」
「家に帰れないから、黒やんの家に?」
「私が来たら、ダイが困る事も、らんが嫌がる事も分かってたんだけどねー・・どうしてもあいつらに会いたくなって」
歩くスピードを緩めて、繋ぐたえさんの声は、さっき見たらんに向ける不安気な瞳と同じ種類の感情が含まれている
「私二年前、らんを怒らせちゃってからずっと口聞いてもらえないんだ、ダイと別れて仲直り出来ないままカリフォルニアに行って、だから・・さっき・・、本当はすっごい緊張してたの」
「え?さっき?緊張、してたんですか?」
「うん・・ケンくん、出掛けるって言ってくれて、ありがとう」
ありがとうと、言ったと同時についにたえさんは足を止めて大きなため息をついて下を向いた
さっきの、あの空間で無言のプレッシャーに耐えていたのは、オレではなく、本当はこの人だったのだと知る。
オレから見れば、らんは怒ってるというより、何かに怯えているというか、過去の古傷を痛がってるように見えるのですが
二年前、まだ幼かったあいつらに一体何が
「らんが今だに怒ってる理由って一体なんなんでしょーか」
らんの口から話される前にオレがたえさんに聞いていいものか、迷ったけど
オレはたえさんの口が開かれるまでガードレールに体を預け、歩みを進める事を無意識のうちに拒んでいた
しばらくして、静かに口を開き始めたたえさんが語った物語を聞いて、オレが思った事は
「こんな事で、中学生の男の子と今の今まで喧嘩しちゃって、私馬鹿だよね」
違う
君たち、二人はお互いの気持ちを知らなすぎた故に、傷ついたまま、遠くに来てしまった、だけだと
俯く、たえさんにオレは
心の中でそう呟いた。
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