59馬鹿者なりに願う事
その日の夕方、オレと坂本は少々のやじうま根性に満ちた心でらんとたえさんを同じ空間に共有するいびつな場所、黒川家に向かっていた。
徒歩で(所用時間20分弱)
その頃、宿無し高校生の後輩、なかがわが赤高近くの商店街で飼い主の買い物を待たされているセントバーナードに話掛けているとも知らず
「いーいーなーいいなーにーんげんっていいなー、って思ってるう?」
「・・・・?」
セントバーナードはもちろん返事を返す事はなかったが奴の中では一応会話は成立していたらしい
「オレはだるいぜー」
【馬鹿者なりに願う事】
じっとしたまま、不思議そうな目を向けるセントバーナードの背中に手を、頭に顎をのせながら、電池切れ間近のおもちゃみたいな音で呟かれるなかがわの声
夕方の商店街で響くに足らない音はだれかの耳に入る事もなく傍を横切る自転車にかき消される
「 ねみいなあ・・」
「・・・」
「次に声を掛けてきた人があ
「・・・・」
「オレを家に連れて帰ってえ、家族にしてくれる」
「・・・」
「て、いうのはどう?」
「・・・」
「どうでもいいかあ」
「・・・・ワン」
「星が出るまで待つかあ・・・」
その頃、やっと黒川家の前までやって来たオレと坂本
坂本のマイペースで大分タイムロスしたかと思いきや、黒川家玄関先で予想もしていなかった意外な光景を間の当たりにする。
「らん、おまえ何やってんの・・?」
「・・・え?うわ!!何で二人がいんの」
かなりの至近距離まで近づいていたのに、声を掛けて初めてやっとオレ達の存在にらんは気付いた。
到着する十数メートル前から、黒やんちの部屋の扉の前にぼーっと突っ立てるらんを発見
ドアノブやチャイムに触れる気配は一切無く、微動だにしない佇まいで玄関から離れないらんの様子は知り合いの目で見ても不気味だ
「おまえまだ、会ってなかったの?たえさんと・・」
「え〜、ケンケンなんでオレがたえと会わなきゃいけないんだよ〜・・・」
この状況でそんな強がられても、余計に今ここに突っ立てる事が謎になるだけじゃないか
あまりにも煮え切らない様子のらんにオレもだんだん面倒くさくなってきて、返事を返す前に隙をついてチャイムを押す
「バカー!!!」
「バカはおまえ!」
ポローンと響くチャイムの音を聞いてまだ逆走しようとするらんを押さえながら待つ事数十秒後、ためらうような動きで
ついに扉は開かれた
「はあい」
出て来た人物は、初めて見る顔だったが、誰だろうなんてもちろん思わない
焼けた肌と赤っぽいショートヘアーはまさに海を連想する
小柄で明るい声の女の人は、らんから聞いた「たえさん」のイメージそのものだ
たえさんが出て来たと同時にオレの手を抜け坂本の後ろに引っ込むらん
「あれ?あきお、また来たの?あれ・・?」
「ほら、全然変わってねーだろ、らん」
自分の足元にしゃがみ込み、眉間に皺を寄せたなんとも言えない表情でたえさんを見上げるらんを坂本は軽く膝で蹴る
「らん!!あんた!久しぶり・・」
らんに、満面の笑みを向けるたえさんを、オレはぽかんと見てしまう
なんだ?全然悪い空気じゃない、らんが散々悩んだ「たえさん」との再会は
今の所何か問題があるようには到底思えない雰囲気
ちらりとらんに視線を落とせば、らんはまだ無言で拗ねた子供みたいな表情をしていた。
たえさんみたいに笑顔ではないが、家出して帰って来た子供みたいに、バツが悪そうなでも諦めているような、複雑な表情
夕方の風が、髪を揺らしても、気にも止めず、らんはただじっとたえさんを見つめていた
「本当、大人っぽくなったよねー」
「たえはもう若造りかよ、気が早いね」
「あんた!私の事ガキガキ言うけどさ、私結構普通よ!あんたたちがマセ過ぎなの、昔から!」
玄関での対面から数十分後、オレと坂本とらんとたえさんで談笑しながら、黒やんちのテーブルを囲むだなんて思ってなかったオレは、坂本とも親しげに接するたえさんを前に少し緊張していた
まだ、らんは一言も喋ってない事を不自然に思ってるのはオレだけか
一人、色々考えてむやみに喉が乾く
水を煽る回数もオレだけ異常なんですが
しかし、不思議な光景だ、この坂本に対しても物怖じしないで話せる女の人を初めて見た
なんとなく、想像出来る
黒やんが好きだった人で、らんが最も恐れている人
それが本当に完全な過去の話だと言い切れればらんだって今笑っているんだろう
「でもみんな元気そうでよかった」
坂本とらんを交互に見て、たえさんは穏やかに呟く
あどけない顔立ちは、オレらと同じ年くらいの女の子に、たえさんを見せたが、落ち着いた空気はやっぱり二つの年の差を感じさせた
黒やんはこの人が好きだったんだ、目の前にして初めて現実的に確かめる
まだ黒やんとたえさんが一緒にいる所を見た事は無いが、オレは考える
それをこの目で確かめたときが、今まだ押し黙っているらんの気持ちを理解してあげられる、最初の時なのではないかと
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