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57欠けた三角
結局なかがわに何の助言も与えられず、情報も引き出せないままオレはなあなあと放課後まで過ごしてしまった。


らんの方と言えば、この日学校自体に来ておらず昼に一回入れた電話は留守電、一体何事でこんなに姿を眩ましてるんだあいつは


坂本にも、今日は一回も会ってない、学校には来てんだろうかあの人、と坂本の携帯に電話を入れようとした瞬間、タイミングよくオレのケータイが音を鳴らした



「ケンケン、まだ赤高?」

やはり空気を読まないタイミングで他人のケータイを鳴らすのはいじけた声のあいつからだった




【欠けた三角】




らんから赤高の近くの公園、例のさびれたカメレオンの乗り物しかない名前不明のその場所に行ってみれば、黒いハットを被ったらんが地面に体育座りをして待っていた


足元には短くなった煙草の吸い殻が数本、とてつもなく雰囲気が暗い。




「らん、お前今日どうした?」


声を掛けたオレの方に気付いたらんは、ゆっくりと顔を上げてオレの姿を確認した


ハットに邪魔されて、その時初めて見たらんの顔は停学になった時以上に魂が抜けていて、オレは思わず一歩引く




「たえが帰ってきた・・」

「タエ?」


「黒やんの元カノだって・・なんかしらねーけどカリフォルニアに留学してて、大学もそっち行くっつってたのに帰ってきたのよ・・」



黒やんの元カノ、前にらんが言っていた事を思い出す。サーファー仲間の、二個上、オレはどんな人なのか全くもって知らないのだが


らんは、言っていた。全然勝ち目がないと



「それは、また、なんで急に」



「知らねえ、何も言わない、黒やんには言ったかもだけど、オレは何も聞いてない、知らない。」



帽子が邪魔でよく見えないらんの横顔は、口だけが動いているのがわかる


地面をひらすら見つめるらんに、オレは言葉に戸惑い、流れる沈黙。


今日の黒やんが変だったわけは、この事に違いない


黒やんの言うように、らんは黒やんに怒っているのか?



「ケンケン、電話かして」

「え、お前、ケータイは?」


「今持ち歩いてないんだ」


「お前が?!つーかどこにかけんの」


「デリヘル」


「ええ!?」



らんが真顔で呟いた言葉に、オレは思わず差し出そうとしていたケータイを急いで懐にしまう


一体こいつどうしたんだ!?しかもオレのケータイ使おうとしてんじゃねえよ



「アホーーー!!!なんか血迷ってない?!」



「いーんだってー!!もう黒やんにたえが帰ってきたらもう終わりなんだっつーの!オレなんかもーどーなってもいーんだよー・・」


「おい・・」


「もー・・全部どうでもいいんだよ」



いきなり怒鳴ったかと思えば、全部どうでもいいと言って、まためそめそと膝を抱えるらん。


こ、これぞ情緒不安定、今にも脆く崩れていきそうならんの横にオレは屈む


オレはそのタエさんの事など全然知らないわけで、なぐさめも下手にしか出来ないが、客観的に見た一般論ならいまのこいつにわずかな安定をもたらしてくれるだろうか




「でもさー、らん、その二人終わったって言ってたじゃん。より戻したわけじゃないんでしょ?黒やん多分慎重派だから、一回何かで別れてんなら、そんなすぐはもと通りにならないんじゃん?」



「違うって、ケンケン、タエ今黒やんちに住んでんの・・」



「え?」



「この前の合コンの帰りから、突然電話掛かってきて、しばらく置いて欲しいって・・分かってたけど、黒やんは断るわけないんだよね」



言葉を繋ぐらんが、あまりにも苦しそうだから、なんだか言いたくない台詞をオレが無理矢理言わせてるような気がして、理解が遅い自分に少し責任を感じてしまう。


でもオレはやっぱり分からないんだよ、お前がそんなになってしまう程の「たえ」って人の威力を


横須賀君の時と違って、怒る事すら忘れてんじゃんよ、お前。




「黒やんと、たえが別れた理由なあ」


言葉と言葉の隙間に痛い痛いと聞こえるのに、カセットテープみたいにまだ言葉を続けようとするらん


なんだか自虐行為みたいに見えるそれに、オレは、もういい、と言わなければいけないのかもしれないのに


「オレだから・・」



どうしても、すんなりとらんの言葉に交じれる声が出てこない




「オレが悪いから・・」


「らん」


「別れて、嬉しかったけど、もう二度と同じ事したくないんだ・・」



最後の言葉の語尾は地面に吸い込まれるように小さく、そのまま、また沈黙に変えた。


そしてすぐ後に息を吐いて顔を上げたらんの目はウサギみたいに赤い。



「あはは・・オレの二度目は、もうないんだよ」



赤い目してるのに、笑うらんの顔はアンバランスで、この世の何よりも悲しい物にオレは見えた。

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