[携帯モード] [URL送信]
47言いたい事も言えないこんな世の中じゃ
どうしよう、段々分かってきてしまった。


坂本が、オレに、男に好きだと言われてなんであんなに単純なリアクションがとれるのか

オレが感じていた怖さの根本が


きっと坂本は今日も、オレにいつもと変わらない調子で話し掛けるだろう



いつもと変わらない心情で、オレに何の期待も抱かず。


オレが感じる不安もあいつは初めから持っていないのだ。



その違いは、多分オレのどう扱っていいか分からない初めての感情も、あいつにとっては自分に向けられる今までの延長線ほどの視線でしかないのだ







【言いたい事も言えないこんな世の中じゃ】





命懸けで告白した割にはまだ温い気分でいるオレは、状況が変わったなら、いつでも思い知っておかなきゃいけない事に気付いた。



自分は男が好きなんだという事。


坂本ももちろん男なんだから、今まで女と付き合ってきたんだという事。


昔の話にしろ、女と付き合って女とチューして、確かに誰か一人の女の子が坂本の特別だった時があったという事。


オレだってそうだった、坂本を好きになる前はそれが当たり前でそれを越えた枠の発想なんてなかったんだから。



そして、一番胸に刻んでおなかくちゃいけないのは



オレは坂本に好きと言われたわけではない事。




簡単に唇と唇がくっついて、それだけて伝わる感情からオーバーした物がオレの中に溢れ出す。


さてこの後はどーする。






「ケンケン、何で隠れてんの?」




廊下を誰かが通る度に軍隊のように伏せるオレを見て、手島が不思議そうに尋ねてくる


今日で何十回目か、反射的な体の動きに、オレは自分でも疲れていた。



「べっつにー・・」




地べたにはいつくばった体勢のまま、何食わぬ顔で手島に返事を返すオレ。


はい、そうです、オレは変な人ですよ。自分でもよく分かってるけど、そんなの気にしてる場合じゃないんだよ


廊下の人影が消えた後、オレはもう慣れたように立ちあがり、制服を軽く払ってお決まりに手島に告げる




「よし、床触っちゃったから、手え洗ってくるわ」



「分かった、つーかケンケンの潔癖って基準不明なんですけど〜」



「よく言われます」




手島にすら突っ込まれる面倒臭い行動の理由は、ただ一つ、今の心情で坂本に会うわけにはいかない。


こんな事、いつまでも続けていられるわけないけど、それでもオレは今坂本を目の前にしたら言ってはいけない事を言ってしまうだろうから。




一階にある水道の前で、冷たい水に手を浸す、これも今日何度繰り返したか分からない光景。



17人か、坂本、中坊の分際で、枯れるぞ。



オレが坂本の普通の友達だったら、アンジーみたいに笑ってられるのに




水道の上にある鏡に顔を映して、今自分がどんな顔をしてるか見てみた。


映るのは、予想通りの表情、隠しきれないダメージと不安。





今の時点でも十分幸せなのに、オレが欲張らなきゃ、坂本は変わらない。


生活も何も変わらない

変わっていくのは目に見えないオレの感情だけなのに、たったそれだけを抱えただけで変わらない日常を生きていくのがどうしてこんなに不便になってしまうんだ。






「見すぎじゃない?」




鏡を前に停止するオレの後ろに、紛れもなく同じフレームに入る金髪。



恐る恐る、瞳を横に流すとオレの肩に持たれて立つ坂本とバッチリ目が合う




ゲームオーバーですか




「おっはー・・」



「見すぎじゃねー鏡。心配しなくてもお前のケープの調子なんて誰も気にしないって」



「あー・・ははは、じゃ」




一体、なんでこいつはいつも予想も無しに居るんだよ!

あ、ここは赤高だから仕方ねーか、でもダッシュ



オレが思った通り、いつも通りの坂本の唐突な絡みにどっと出る冷や汗。



自分は、変な顔をしてなかったか確認する暇もなく室内なのにおもいっきり手足を振って走って逃げる




ああ、疲れる、本当オレだけが変な人だよ。


坂本が好きとか言ってる時点で最初っから変なんだけど



いちいち過剰に動くオレの体がしんどくて堪らない。



坂本は今までの17人にもこんな感じだったのかな、これから坂本と居る度にアンジーの話がどこか自分と被ってたらどうしよ





不安が胸をつっかえて、言ってしまってはいけない言葉が口から溢れそうになる

言ってはいけないし、オレだって言いたくない。


ぐっと堪えたら、じわじわと熱くなる目頭、我慢しても我慢してもすぐに体のどっかに移って溢れそうになるほど大きく肥大してしまった感情。



息を切らして走っても、逃げても隠れても、なんの意味もないんだ本当は




人を好きになるって、一回チューしても二回チューしてもどうしても伝わりきれない気持ちがある事を思い出した。



好きだと言うのが精一杯、どうやってこんな気持ちをあいつに伝えればいいか分からない。


笑って言えるような言葉が思いつかない、でもいつも通り笑う坂本の横で、しんどそうな顔は見せたくないな



そんなふうにはなりたくないな





あれから、そのまま放課後まで教室に閉じこもり、忘れる事なく床に伏せまくってオレは過ごした。


再び坂本に鉢合わせる事は無く、逃げたオレの所に坂本が来る事も無かった。



放課後、へとへとに疲れたオレは無意識にいつものベンチに足が向く。


しばらく訪れてなかったそこはいつも通り、誰も人が居なかった。


自分の部屋より落ちつくようになった静けさ、小さなベンチにオレは腰を下ろして空を見上げる。



見上げた空は少し赤が混ざった紫、多分もうすぐ暗くなる。雲がぐんぐんと動いて時の流れを表していた。


深く息をはきながら、オレは今日初めて自分の本当の気持ちを口に零していいような空間を与えられた気がして







「他の人に好きって言われたときも、いーねって言ったのかなー」





空の壮大さに声が震える。
他の人もオレみたいに嬉しかっただろうか

坂本の中にも同じ物を感じたんだろうか。


知りたくないけどそればかり考えて、他の事が考えられなくなる。






「いったのかなー・・」




「お前本当ここ好きな」





好きっていうかさ、もう習慣っていうか心を落ちつかせるにはここしか、って




え、オレ誰と喋ってんだろ




このお約束な場面は、よく覚えが、しかしこんな時に、今かよ、今は駄目だよ




ってえ、ゆーかさー!!!




「何でいんの!!!!?」


「あはははお前こんなとこで独り言とか言うなよ、ムービー撮られるぞ」




気付かない、オレもオレだが、本当にこいつはなんなんだ!?忍者ハットリくんか!?



いつの間にか、狭いベンチの余ったスペースに三角座りで腰掛けている坂本の姿がオレの目の前にある



信じられない、信じない、人間じゃない。



今の爆弾みたいな状況で、現実逃避の言葉が頭をぐるぐると駆け巡り、オレは今気絶してもおかしくない。


オレの言葉を一体どまで聞いていたんだこいつは



リズムの会わない脈が全身をばたつかせ、石になったかのように動かない体にムチを打つみたいにドクドク響く。




何も言うな、何も聞かないでくれ坂本。
今つつかれると、全部が、いいも悪いも分からない、ただ本音っていうだけの全部がお前に当たるよ


オレはそんなもん見せなくないんだ






「いったのかなーって何」



ああ、駄目じゃん



何の思惑も混ざらない、こんな時に限ってそんな色の目をオレに向ける


好きだ、もうだめだ、他の言葉が何一つみつからない、粗末なごましも言い訳も全部自分の体から蒸発して消えていく



胸がくるしくて、死にそうで、我慢していた小さな袋ははじき飛ぶ






「お前は好きだって言われたら今まで、ずっといいねって言ってきた?」



悪あがきで作った笑い顔の上に涙がたらりと零れた。

下手な平常心を装えば、余計に重さが際立つな




もう台なしじゃん、なにもかも。坂本はこういうの言われんの嫌だろうな、だってこういうの含めて、オレが言った好きにいいと言ったわけじゃないんだろ



オレも言いたく無かったなあ、言いたく無かったんだ、こんな誰かと比べるような事、そんなふうになりたく無かった。




誰よりも一番がいいなんて欲だけは、見せたく無かった。



きりがなくて、お前の広い世界には誰が見ても邪魔くさい。オレだって、思う。


坂本はオレの言った意味が分かってるのか、分かってないのか、いつも通り変わらないままオレを目に通す。



オレの言わんとすることが、伝わってないなら、いつも通り馬鹿にして返して。


伝わったなら、オレの感情が必要じゃないなら、捨ててもいいんだよ






「とか、思っただけ」



「言ってないよ、いーねだろ」





喉の熱を吐き出す為に呟いた声に重なる返事は余りにも淡々と



坂本がオレの方を向かずに呟いた言葉に点滅する思考。


今まで聞いたどんな音より、その声は真っさらにオレの耳に響く





「いーよって言ってた、いーねとか言ってない」




無表情のまま淡々と呟く坂本の姿が、なんだかおかしくて


でもオレはなんだか体がジンジン痺れて、胸もさっきよりずっと苦しくて、でもそれがよくて




「なんでオレにはいーねって言ったの」



「さあ」



短い言葉と同時に、初めていつもの子供みたいな顔で笑う坂本。


脳までジンジンしてきたオレは、こんな大事な場面でこんな事しか出てこない



あ、笑ってる、笑ってるなあ



震える唇は、込み上げる感情に泣こうとしてる証拠、じっとしたまま動けないオレに坂本はだるそうな視線を少し向けて前を向く。



空はもう暗くなっていた。




「ねえ、ここだるくねー?この椅子背もたれ短すぎ」



「ん・・・」




「背中痛い、こんな所いつまでも居てどーすんだオレは帰んぞ」


「・・・」




体に力が入らず、動けないまま何も言わないでいるオレに飽き、坂本は落ち着きが無くなってきて、座ったままだるそうにベンチにもたれる




今はまだ色んなものが沸き過ぎて、言葉にも出来ないほど、嬉し過ぎて逆に苦しくて


無理だしばらくは立てない


そうこうしてるうちに、坂本は鞄を拾い上げ膝に乗せた。



ああ、せめてなんか言わないと、坂本が行ってしまう前に




焦って無理矢理顔を上げたら、立ち去ろうとしていた坂本はなぜかタバコに火を付けていた。




「早く帰ろーよ」



なんだよそれ

駄目だよ、お前が居る限りはこんなの死ぬ程幸せ過ぎて、立つ事さえ無理だ





「坂本・・ちょっとケンラブって言ってみたら」



「あーお腹すいたー」




オレの久しぶりの言葉を完無視する坂本



空がキレイで、オレはそんなこいつ姿と空から眺める自分の姿を想像して、久しぶりに吹き出して笑えた。

[前へ][次へ]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!