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45いいのだ
オレの家に突然やって来た坂本は、オレなんかほったらかしでずっとマギーをいじくって遊んでいる。


マギーの口にキヌサヤを突っ込む事に夢中な坂本を、無言で眺める、インオレの部屋。


オレはあんなに頭を悩ませていたというのに、元凶のこいつは腹立つ程いつも通り。


暇だよ、坂本。オレでも遊べよ。


こないだみたいに、くっついてきそうな気配、一切無し。



心の中で愚痴ってみれば、
悩んでる振りして、自分の知らない所で「また」を期待していた自分に気付き

結構、ショック。






【いいのだ】






坂本と居てこんなに、落ちつかないのは初めてだ。


坂本が動く度に、わざわざ反応してしまうオレ、ぼんやりしてる振りをしてるが、本当はちっともぼんやりなんかしていない。



坂本が気になって仕方ない。
何で来たの?なんで居るの?

オレの中はうるさいのに、一つも言葉になって出る事は無かった。


危ない吊橋の中心に居る事は分かっていた。





「で、こいついつ食べるの?」




オレの部屋にやって来てから、仲間外れにされて数10分。


やっと口を開いたという事に、食いつきながらも、聞き捨てならないセリフにオレは勢いよく坂本からマギーを奪い返して睨んだ。



なんて奴だ!こんな無力なウサギを!しかも坂本から貰ったオレのウサギ!

なんてむごい事言うんだよこいつ!

坂本からもらったウサギを食べるだなんて、坂本許せん!!


つーかなんでオレは坂本の事で坂本に怒ってんだチキショー!

意味わかんねーよ!こいつのせいだ!




「冗談だっつーの!なんでテメーはいちいち泣きモードに入んだよ、いつもいつも。ダリーな。」



睨みをきかせ、本気の警戒態勢になっていたオレに、坂本はちょっと呆れ気味でオレに言葉を投げかける。

いつも、いつも、って。オレはこいつの前でそんなに泣いた覚えはねーし。


今だって泣きモードっていうよりは、怒りモードだ。


それでもオレはどうしょうもなく下手をした気分になって、恥ずかしい気持ちが込み上げて来た。


だって、こんな行動、坂本を好きが故の行動を坂本に指摘されるなんざ、恥。


こいつはオレの気持ちなんか、知る訳も無いから、一人でムキになって、こいつの行動全部自分の気持ちに添わせて上がり下がりして。



改めて思い知らされる。



好きだと認めるまでなら、感情さえあれば誰でも出来るのだが。


男が好きなんて惨めだ。



心臓の早さも虚しい。


煩わしいのに沸き上がる期待にギリギリ折れそうな程引っ張られて痛い。


空中に舞った、オレにしか見えない言葉の渦に、渇いた頭が突然命令して、枯れそうな声が意志とは無関係に出た。





「何でオレにチューしたの?」




何、何言ってんだ?オレ。


静かな部屋の中で、坂本がその言葉を聞き逃すはずもなく、オレに顔を向ける。

今まで、四日間音沙汰無しで、初めてまともに開いた口がこれかよ。

他にも色々あったじゃねえか、突っ込むべき所はさ。
仙山の事だったり、ウサギの事だったり

それなのに、何を省いて、こんな事言ってちゃあ、今までずっとこの事考えてましたって伝えてんのも同然。


会わなかった四日間も、今まで部屋に居た数十分もずっと。坂本無言で見ながら、その事ばっかりって!
恥ずかし過ぎる!
死にたい!



オレはラッキーだったのかもしれないのに、あんな事されて正直学校行きだして自分から坂本に顔合わせんの無理だと思ってた。


そっから気まずくなったら嫌だなと思ってた。


でも、その前にいつもと変わらない坂本がやって来て、死ぬ程のどかな時間を過ごす事が出来ている。

ここで上手くやれば、何も無かったみたいに全部元通りの幸せが返って来るはずだっただろうに。



でもオレは自分でぶっ壊した。


坂本が触れないから、流すべき事なのかもしれないという事には感ずいていたのに。







「お前がして欲しそうな顔してくるから。ウサギ値切ったから余った分のサービスだよ。あ、お前ありがとう言ってねえだろ、ありがとうは?」



な、な、して欲し!!

どういうこっちゃ!


頭の重要な部分の芯をポーンと引っこ抜かれたような衝撃。


つーか今まで、何も言わなかったのは、思いだしたようになぜか礼をせがんでくるのは



こいつの中では、オレの絶体絶命にやってきて仙山潰したのも、チューも、ウサギやったのと同レベル位の行動だったのか



放心で遠くを見つめるオレに、坂本ははやく言えと服を引っ張ってくる



なあ、この場合本当にオレは礼を言わなくちゃいけないのかな。


仙山とウサギは別として、チューはてめえの解釈だろ。


オレはそんなんが来るなんて予測してなかった。


してあげようかと前置きをされたとしても、多分オレはイエスと言って無かった。



だって好きだから、冗談でそんな事されても、マジの反応とっちゃうんだよ。


お前はして欲しそうだったからしてあげたのボランティア精神でも、オレはお前が頭から離れなくなる。



増間好きになって、期待するのループ。


そこで、お前は自分とオレの温度差に気付いて、それでその後何が出来る?




この気持ちはお前が好きなおもしれーもんじゃないんだ。



ちっとも面白くなくて、重くて道をすんなり通れない、お前がオレを横に置くのが邪魔くさくなるような、そんなもんなんだよ。



分かれよ。






お礼どころか、言い返しすらしないオレに坂本は不思議そうな顔でじっとして黙る。


やっぱり無理だ、こうなった以上、オレは前通りなんて出来ない。





「坂本、分かれよ。」



「何が?」



「そんなオレの顔に気付くんなら、分かれよ。オレ坂本が好き。」




「・・・」




「好き、チューして坂本」




前通りになんか、出来ない。前通りになんかやってたら、期待し過ぎて、絶望もきっと一杯して死んでしまう。


こいつがこんな調子なら、きっとどんどん溺れて、怒る振りも出来なくなる。



こんな言い方をしたのは、少しでも曖昧に取られないように。
今思ってることをそのままに。


グレーの位置にいるのが、今のオレには一番辛かった。


気持ちを知られて嫌われるより、一回のチューを思い出にこれから今まで通りやっていく方がずっと苦しかった。



もう一緒に居れないって事よ、オレの最後の努力だ。



オレの言葉に無言のまま睫毛を伏せる坂本。

こいつは睫毛の色も薄い。眼球に合わせたみたいなキレーな色。



残り少なくなってきただろうと感じる、坂本とかわす言葉を待ちながら


オレはやっぱこいつが好きだなあと思いその色を眺めていた。







「前から思ってたけど、お前のオレの事見る目ってさー。」




突然口を開き始めた坂本。
その声は淡々としていて静かで、一切の感情が読めない。



「縋るってゆーか、祈るってゆーか、オレこいつの神様なんかなーって思ってた。」




伏せられていた睫毛は上がり、再びビー玉の目がオレを覗く。


オレは口を挟まずじっとしたまま、ただその目に自分の姿を映した。




「ずっと何なのかわかんなかったけど、それがそーゆう事?」




坂本は、何かが繋がったような言い方で、オレに笑い掛ける。


その笑顔の意味を、投げやり気味に聞いていたオレは瞬時に判断出来ず


ただ坂本の笑った顔に、心臓をバクつかせるしかできない。






「ふーん、オレの事好きなの。なんか、いーね、それ。」





坂本の答えは、満面の笑みで、いーね。のシンプルな一言。


その「いい」の意味はどういう感情なのか、深く悟れないけど、そんな小難しい事オレはこの瞬間に全部どうでもよくなった。



なんでもいい、軽くてもいい、坂本がオレの「好き」に「いい」と笑う。




やっとオレはオレのままで坂本の隣に居る感覚を取り戻した。



オレは男で、坂本も男だけど、同じ人間の形をしてるから思いっきり抱きつく。

好きで、抱きつくのに、何の支障も無い生物に生まれてこれて嬉しい。





「これは、いい?」



「うーん!普通!」




オレの抱擁に、微妙なリアクションの坂本。
贅沢を言ってはいけないが、あまりにもムード無い声色にオレは顔を付き合わせてぶすくれる。



無言で口を尖らせながら坂本を見ていたら、突然狭くなる視界。


鮮明に残る感触が、再びオレの口元に戻ってくる。





「これは、いい?」




口を離した瞬間、ニヤリとイタズラ顔で笑う坂本。



馬鹿じゃねえの、死にます。



「いいに、決まって、る、ですよ、つーか」



「ん?」



「オレ、またして欲しそうな顔してた?」



「いや」




また、サービスしてくれたのかと思いきや、短く否定する坂本。


オレは戸惑い気味にその顔を見つめていたら、にっと歯をみせて見せ付けるように舌を出す





「今のはオレがしたかったから。」




顔に、血が集まっていくのをかんじる。


何だよ、そういう事は、する前に言ってくれや。



自惚れても仕方ないじゃん、嬉しくても仕方ないじゃん。





愛されてるかのよーだって、勝手に思ってもいいじゃん。






「坂本、あと10秒」




「8秒、いくらお前だってそー簡単に坂本に触れられると思ってもらっちゃ困るんだよね」




「いくら、お前って、じゃあオレ以外だったら何秒?」



「2秒」




ああ、ラブ。





残り最後の8秒間に、坂本と一瞬でも気持ちが重なったか
.
オレは想像する。そしてポジティブに期待する。


いい、って思ってる坂本を、自惚れながら想像する

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